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第100話 【強い者イジメ】

 昼休みになり、水筒と弁当を手に、高橋葉子は席を立った。



 一番後ろ、〝カヨッペ〟こと、加代の隣へと移動し、腰を下ろす。

 すぐに、〝ナッツン〟こと、山本夏美も弁当を持って、やってきた。

 ナッツンは、前の机をくっつけると、葉子と向かい合うように座る。


 葉子は、ちらりと隣のカヨッペに目を向けた。

 そこには、得意顔で弁当箱を広げる、親友の姿があった。

 見て、葉子は、目を丸くした。

 ナッツンも、目をまん丸にして絶句している。


 小鼻を広げてドヤ顔をした大萩加代の机にあるのは、いつものコンビニ弁当ではなかった。

 まるで今日は遠足か、運動会か、はたまた正月かしら、と勘違いするほど、豪華な二段重ね弁当だ。


 ――すごいッ! 誰が作ったの? 考えにくいけど、こず枝お姉様かしら?


 葉子は思わず、自分の弁当と見比べた。

 卵焼きとミートボールが二個ずつに野菜炒め。

 それと総面積の7割を占めるご飯――それが自分の弁当だ。

 なんともわびしく感じる。

 かたや、カヨッペの弁当は、高級料亭の会席料理がごとく、手が込んでいる。

 そのおかずひとつひとつの美味しそうなことといったら。


「美味しそう……」


 ボソリと呟く声が聞こえた。

 声の主――ナッツンが慌てて口を押さえた。

 

 ナッツンも同感らしい。

 なんてことなの、と葉子は胸の内でぼやいた。

 本当なら、即座に交換会が開催されているはずだ。


 ――あの美味しそうなおかずを、見るだけだなんて!


 ちらりと、教室廊下側に目を向ける。

 化粧をした女子生徒二人が、ジッとこちらを見ていた。

 葉子達の監視役だ。

 丸々としたエビフライは諦めるしかないらしい。


 ――あのエビフライなら、ミートボールと卵焼き全部と交換してもいいのに!


 溜息一つ落とし、自分の弁当に箸をつけたとき、教室のドアが勢いよく開いた。



「もじゃ子ぉぉッ!」



 入ってくるなり、太めの人物は叫んだ。

 府鳥美沙だ。

 派手な化粧に、短すぎるスカート姿で、ツカツカと美沙が近づいてくる。

 その後ろには、同じく派手な化粧をした塩田トメ子がいた。


 バンッ! 美沙は、袖をまくり上げた腕で、カヨッペの机を叩き、

 


「もじゃ子、てめぇ、何しやがったッ!」

 


 怒りに顔を歪めて、カヨッペを睨み付けた。

 えらく薄着だが、寒くないのだろうか。

 カヨッペの机の上からは、いつの間にか豪華弁当が消え失せていた。

 美沙が現れた瞬間、鞄にしまったのだろう。

 さすがカヨッペ、と葉子は感心してしまった。

 カヨッペは、ボソッと呟く。


「……ブヒブヒ?」


 葉子は吹き出しそうになった。

 聞こえなかったのか、いぶかしげな顔で美沙が、



「あ? 何だってッ?」


「話が全然見えないって言ったのよ」



 豚語でね、と小さく付け足す。

 またまた吹き出しそうになる。

 


「とぼけるんじゃねえよッ。真之先輩のことに決まってるだろうがッ!」

 


 と、豚は……違った、美沙はさらに強く机を叩く。

 ん? とばかりにカヨッペは首を傾げた。

 


「真之って、昨日の下品な男のこと?」


「下品、だとぉッ!」

 


 叫ぶと、美沙が豚足もとい、ハムのような手を振り上げた。

 自分が殴られるかのように、葉子は思わず目をつぶった。

 


「ちょっと、美沙、落ち着きなって」

 


 美沙と違う声が聞こえ、葉子が目を開ける。

 塩田トメ子が、美沙のハムを掴んでいた。

 美沙を宥めると、トメ子はカヨッペに向き直る。

 


「――あんた、本当に知らないの?」


「だから、なんのことよ?」

 


 カヨッペが少し苛立ったふうな口調で言った。

 早くお弁当を食べたいに違いない。

 トメ子は、何かを見定めるような目で眉を(ひそ)める。

 


「真之先輩、救急車で運ばれたんだよ。あんた達と別れた後に行った、カラオケボックスでね」


「それとわたしに、何の関係が……」


「先輩、病院でずっと呟いてるらしいのよ。『加代さんには絶対近づきません。ごめんなさい』って」


「へ? わたしに近づかない? って、わたし、あいつに狙われてたのッ? しかも〝さん付け〟って……いったい、どういうこと?」

 


 カヨッペが驚きの色を帯びた声を上げた。

 トメ子は納得したふうな顔になり、そう、と呟き、背を向けると、

 


「――本当に知らないみたいね」

 


 言って、歩きだした。

 その背中へ、小太り美沙が、慌てたように声を掛ける。

 


「ちょッ。トメ子、これで終わりッ?」

 


 不満げな声に、トメ子は立ち止まり、振り返った。

 


「もじゃ子は嘘をつかないわ」

 


 その確固たる物言いにだろうか、美沙は口を閉ざした。

 もっとも、とトメ子は続けた。

 


「嘘をつくほど賢くないって意味なんだけどね」

 


 ニヤリと笑うトメ子に、カヨッペもまた笑む。



「あんたよりは賢いってーの」


「言ってな」


 

 トメ子が言うと、カヨッペとの間に奇妙な空気が流れる。

 葉子は、懐かしいような、切ないような気持ちになった。

 そのとき、葉子の水筒を、ハムのような手が、ガッと掴んだ。

 あ、と言う間もなく、水筒の中身を、カヨッペの頭にぶちまける。

 


「調子に乗ってんじゃねえッ! もじゃ子のくせにッ!」

 


 美沙が空になった水筒を放り投げた。

 濡れたカヨッペの髪が、もじゃもじゃと膨らむ。

 シンと静まった教室に、美沙の笑い声と、水筒の跳ねる金属音が響く。

 葉子はカーッとなり、思わず立ち上がった。

 その葉子を、美沙はジロリとにらむ。

 


「なんだ、てめぇ? 文句あんのかよ?」

 


 ぐ、と葉子は、言葉に詰まった。

 美沙はフンと鼻息をひとつ吐くと、ある男子に向け、叫んだ。

 


「おい、前平ぁッ。自慢の空手で助けてみろよッ!」

 


 前平良太という男子生徒は、慌てて顔を背けた。

 左足のギプスが痛々しい。

 未だ松葉杖なしでは歩けないこの男子生徒は、空手部に所属()()()()

 そして、カヨッペに惚れていた。

 イジメが始まった当日、良太は立ち上がった。

 誰もが恐れているなか、この男子だけはカヨッペに話しかけた。(もっとも、カヨッペは返事をしなかったが)

 大好きなカヨッペに、いいところを見せるチャンスと思ったのだろう。

 だが、その日の下校時、強面の集団が良太を襲った。

 二週間の入院を経て、学校に戻った良太は、カヨッペと目も合わせなくなった。

 空手部も退部したらしい。

 誰もが、その犯行の黒幕を知っており、恐れていた。

 その人物こそが、カヨッペを孤立に追い込んだのだ。

 


 丸い顔に醜悪な笑顔を張り付かせ、美沙は教室を見渡した。

 


「お前らはどうだッ。誰か〝樹利亜先輩〟に刃向かってみろよ、ああんッ!」

 


 全員が顔を下向け、何も言えなかった。

 葉子も腰を下ろし、俯いた。

 


「腰抜け共がッ」

 


 吐き捨てると、美沙は大股で教室から出て行った。

 一部始終を複雑な表情で見ていたトメ子も、美沙の後を追った。


 シーン、と耳が痛いほどの静寂が、教室を満たす。


 二人が消えた教室で、誰もが口を閉ざした。

 そのとき、押し殺したような呻きが、葉子の前から聞こえた。

 見ると、ナッツンが下を向いたまま全身を震わせ、嗚咽を抑えていた。

 その目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 気づくと、葉子も泣いていた。

 泣いているのをカヨッペに見せないように、顔を背けた。

 何もできない自分が、情けなかった。カヨッペに申し訳なくて、理不尽な状況が、悔しくて、悔しくて、たまらなかった。

 


「――さあて、と。嫌な動物もいなくなったし、お弁当にしましょうッ」

 


 隣から元気な声が聞こえ、葉子は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

 弁当箱を取り出し、もじゃもじゃ頭になった少女が、口の周りをペロリとなめ、



「ほうッ、これは……うん、〝ほうじ茶〟ねッ。――うむうむ、実に甘露であるッ」

 


 言って、誰ともなしへ、ニカりと笑った。

 教室に笑い声が満ちる。

 葉子も、ナッツンも、泣きながら笑い、そして笑いながら泣いた。

 カヨッペの強さ、明るさにどれだけ救われてきただろう。



 ちなみに正解は、〝緑茶〟だったりする。

 



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