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第98話 【かかってきなさい】

 夕暮れ時の森林公園は、人がまばらだった。

 コースを散歩をする老人や、ランニングをする若者を、時折見かけるくらいだ。

 周囲が薄闇に包まれた頃、こず枝は、遊歩道から外れ、少し奥まった草地に立っている。

 その背中へ、下卑た声が投げられた。



「まさか、自分から人気のない所に来るとはな」

 

「俺たちの、日頃の行いがいいからだろうぜ、げひゃひゃッ」



 こず枝が振り返ると、私服姿の大柄な男二人が、歩み寄ろうとしていた。

 ニット帽をかぶった男と、首までタトゥーの入った金髪の男だ。

 あれ、とこず枝は小首を傾げた。


()()()()ふたり? もっといると思ったんだけど)


 動かないこず枝に、男達がゆっくり近づき、こず枝から二メートルの位置に立ち止まった。

 ニット帽の男がニヤけた顔で、こず枝の顔を覗き込む。



「おいおい、めちゃくちゃ上玉じゃねぇか」


「これを使い捨てかよ。勿体ねぇな……」



 金髪がごくりと喉を鳴らした。

 ひ、と短い声を上げ、こず枝は怯えた表情で、一歩後退る。



「な、なんですか、あなた達ッ」



 こず枝の震える声に、ニット帽の男が唇を舐めた。

 一歩踏み出しながら、ポケットから何かを取り出す。

 


「大人しくしてりゃ、痛い目に遭わずに済むぜ」

 


 バチバチと音を鳴らす、それは〝スタンガン〟であった。

 さらに、こず枝へ近づこうとする。

 その肩を、金髪の男が背後から掴んだ。



「ちょっと待てよ。せっかく、こんな()()()()()場所なんだぜ?」

 


 金髪の言葉に振り返り、ニット帽に、少し迷うような間が空く。

 だが、すぐに向き直り、歪んだ笑顔になると、こず枝の全身を舐めるように眺めた。



「だよな。どうせ、長谷川さんに、めちゃくちゃにされるなら……」


「俺たちが少しくらい味見しても……」

 


 金髪が、ニット帽の前に出て、こず枝に手を伸ばす。

 そのとき、金髪は不思議そうな顔をした。

 こず枝の顔が、もう怯えていないことに気づいたのだ。

 だからどうした、と言わんばかりに、金髪は手を伸ばす。

 瞬間、こず枝は腰を落とし、間合いを詰めた。

 


「頼むから、死なないでね」

 


 こず枝が、少し申し訳なさそうに言った。

 少し遅れて、金髪が顔を下向け、驚いたように見る。

 こず枝は、金髪の腹に手を当てた。

 いつの間に、という金髪の言葉を、小さな声が遮った。

 


「《衝撃波(インパクト)》」

 


 バンッ、という破裂音とともに、激しい衝撃が金髪を襲った。


 

「う゛えぇぇッ」



 声を上げながら金髪が吹っ飛ぶと、二メートル後方で地面に落ちた。

 腹を押さえて苦しそうに転げ回る仲間に、ニット帽が目をやった。

 次いで、恐る恐るといったふうに、こず枝に視線を移した。

 こず枝は、右手を突き出したまま、少し驚いていた。

 


「すごい……。反作用を完全になくせるんだ」

 


 その言葉の意味もわからないだろう、ニット帽は、ぶるぶると頭を振る。

 何かの間違いだ、こんな細い女が、男を吹っ飛ばせるわけがない、と思ったに違いない。

 ニット帽は、こず枝に掴みかかった。

 


「て、テメエ、何しやがったッ」

 


 震え声で叫ぶ男を見て、こず枝は目を疑った。

 

 

(嘘でしょ。まるで止まってるみたい)

 


 男の手が、あくびが出るほどノロノロと、こず枝に迫る。

 こず枝は、その手首をなんなく掴み、少し力を入れた。

 


「ぎゃぁぁぁッ! は、離せぇぇッ!」

 


 ニット帽がスタンガンを、こず枝に向ける。

 その手首も、同様に掴み、また力を入れた。

 ニット帽はさらに悲鳴を上げ、スタンガンを落とした。



「な、なんなんだお前ッ」

 


 ニット帽が身を捩るが、こず枝の手はびくともしない。

 目を見開き暴れるニット帽を、すぐに解放した。



「これで終わりじゃないでしょ? さあ、かかってきなさい」



 こず枝が平然と言い放つ。

 ニット帽は、きょとんとした表情になる。

 さあさあ、とこず枝が催促した。

 次第にニット帽の顔が、怒りでだろうか、赤黒くなった。

 


「なめ……やがって……うおぉぉぉッ!」

 


 叫びとともに、ニット帽がパンチを、キックを繰り出す。

 


「クソッ、なんで当たらねえんだッ」

 


 こず枝は、その全てを、紙一重でかわした。

 まるで幻を相手にしているようだと、ニット帽は思っているだろう。

 パンチもキックも、バカにしてると勘違いするほど遅い。

 掴みかかる両手も、ひらりと躱した。

 

 ――そして数分後、ニット帽は動きを止めた。

 


「どうしたの? まさか、もう諦めちゃうの?」



 心底残念な、こず枝の問いに、返答はなかった。

 ニット帽はゼエゼエと息を切らし、下を向いたまま何も言わない。



「……こんなものなのね」



 こず枝が、落胆のセリフと溜息を吐き出した。

 ニット帽が、青ざめた顔を上げる。

 溜息をもう一つ吐くと、ニット帽に小さな掌をかざし、こず枝は言った。

 


「《衝撃波(インパクト)》」



 首から上を襲った、とんでもない衝撃。

 それが、ニット帽の最後の記憶だろう。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 こず枝は、落ちたスタンガンを拾った。

 いまだ転げ回る金髪の側に行くと、震える足でなんとか立ち上がる。



「なに……しやがった、このアマ……」



 金髪が恐れと怒りの入り交じった表情で、こず枝をねめつけた。

 バチバチとスタンガンを作動させつつ、こず枝は笑顔で尋ねる。

 


「あなた達は何者なの? どうしてわたしを狙ったのかしら?」


「……誰が言うか、クソ女」


「あっそ」



 こず枝はスタンガンを男の腹に押し当て、スイッチを入れた。

 絶叫して倒れた金髪の首筋に、もう一度スタンガンを押し当てた。

 薔薇のタトゥーが、少し焦げたような色になった。

 金髪が動かなくなったのを確認すると、顔を上げ叫んだ。



「いるのは分かってるのよッ。出てきなさいッ」



 その言葉に弾かれたように、一人の人影が遠くの木陰から現れた。

 てっきり向かってくるかと思ったが、一目散に、その人物は去って行った。



「あれは、うちの制服ね」

 


 こず枝は、逃げていく人物を見つめた。

 顔立ちはハッキリしないが、逃げたのは、同じ高校の男子生徒だった。

 


「やっぱり、わたしが振った誰かかしら?」



 入学以来、何人もの男子が、こず枝に告白してきた。

 全て、こず枝は断っている。

 そのうちの一人なのだろうと、当たりをつけ、そして興味を失った。

 また襲ってきたら、それだけ楽しめる。

 そう思って、男子生徒を追わなかった。

 こず枝は持っていたスタンガンを、高く放り投げた。

 右手で構え、叫ぶ。



「《火炎弾(ファイア・バレット)》ッ」



 5センチほどの火の塊が高速で発射され、スタンガンに直撃した。

 バラバラに砕け散ったスタンガンを見つめ、ニヤリと笑う。



「《ファイアボール》より溜めが少ないのね。――いいじゃない」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




 こず枝が去った後、意識を失った男二人が取り残されていた。

 ゴソゴソ、とその場所に一人の人物が現れた。


 暗闇の中、携帯のライトを頼りに、その人物は現場を検めた。

 屈強な男が二人に、バラバラになった何か。


 その人物は、熱の残る残骸を、一つ手に取る。



「やっぱり、そうだったのネ……」



 そして、こず枝の去った方角を見つめた。



「――菊水が〝ヒーロー〟だったんだワ」



 黒井雪子は、独り言のように呟いた。


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