第97話 【狙われた女子高生】
雪子は、昼休みからずっと、探るようにこず枝を見ていた。
だが、特段、何かを言ってくるようなことはなかった。
学校が終わり、菊水こず枝は、ひとり帰路についていた。
雪子は今頃、部活で走り回っていることだろう。
礼二郎は、いない。
久しぶりに男友達と遊ぶらしい。
いつもお昼を一緒に食べている、あのふたりだろう。
なので、今日のダンジョン攻略は、お預けである。
新しいスキルを試せないのは辛いが、仕方ない。
礼二郎にとって、あのふたりは、数少ない男友達なのだ。
ちなみに、礼二郎の女友達は〝ゼロ〟である。
礼二郎は、クラスの女子から、台所に出没する黒い虫のように、嫌われている。
「はぁ……」
こず枝が深いため息を落とした。
礼二郎が女子から嫌われているのは、こず枝のせいだった。
正確には、〝こず枝の密告〟により、褐色少女ロリが、そう仕向けたのだ。
すわ、モテ期到来、と思われた礼二郎のバラ色な日々は、結果的に灰色一色となった。
この上、男友達とも疎遠になろうものなら、目も当てられない。
礼二郎の高校生活は、漆黒の闇と化すだろう。
(ロリちゃんなら、むしろそれを喜びそうだわね。それはそうと……)
テクテクと歩きつつ、こず枝は、別の思いに悶々としていた。
(――全力を出してみたいッ)
力一杯跳んでみたかった。
全力で走ってみたかった。
新しい魔法を、心ゆくまでぶっ放したかった。
そして、できれば――全力で戦ってみたい。
なのに……なのにだ。
迂闊には、力を使えないのだ。
この力を人に知られると、いろいろと面倒なことになるのは、わかる。
こず枝も、それは理解している。
かといって、バレると〝即、人生終了〟ではないのだ。
いざとなれば、イライアに頼み込んで、相手の記憶を操作してもらえばいい。
(イライアさんか……)
とはいえ、イライアに頼りたくはない。
イライアだけじゃなく、異世界組に対しては、なるべく、借りを作りたくなかった。
散々世話になっておいて、今更とも思うが、これは乙女心な問題なのだ。
でも、力は試したい……。でも、自分で後始末ができない……。でも……。
ぐるぐるぐるぐる、こず枝は悩んでいた。
(……どこか、後腐れなく、力を試せる場所がないかしら)
こず枝が眉根を寄せ、頭を捻る。
すると、何かを閃いたのか、目にぱぁっと喜色を浮かべた。
だが、すぐに頭を振り、また難しい顔に戻る。
(いくらなんでも、自分からB地区に行くなんて……)
こず枝の考えたB地区とは、全国的にも有名な無法地帯のことだ。
元々潰れた工場地帯で、今では、いかがわしい店が建ち並んでいる。
ガラの悪い連中が跋扈し、他県にも知れ渡るほど危険な場所だ。
まともな住民なら、昼間であれ、決して近づかないであろう。
女子高生がひとりで乗り込もうものなら、どんな目に合うか。
そこまで考えて、あれれ、とこず枝は首を傾げた。
――つまり、言い換えると……気兼ねなく、存分に暴れられる?
しばらく悩んで、こず枝はその案を、いったん保留にした。
己の力を過信して、痛い目に遭うのはごめんだ。
(いっそ、誰か絡んでくれないかしら……ん?)
こず枝が物騒なことを考えていると、後方から気配を感じた。
(――わたしを、見てる?)
確かに自分に向けられた意識を感じる。
これもレベルアップの恩恵だろうか。
(もしかして、雪子? ――いや、違う)
ねっとりと絡みつくような視線である。
色で言うと、濁りきった黄色。
これが雪子であるはずがない。
こず枝が、この視線に感じ取ったもの。
それは〝明確な悪意〟だ。
こず枝は少し考えて、駅とは違う方向へ歩を進めた。
(一体誰かしら? でもこの感じなら誰でも……)
暫く歩いても、視線は途切れない。
そのとき、対面から歩いてきた男性が、こず枝を見て、ぎょっとした表情になった。
そこで、顔に手を当て、こず枝は初めて気がついた。
(わたし、もしかして……)
――こず枝は、ずっと嗤っていた。




