第10話 【残念な女神と、くだらない天罰】
「うわ、想像以上の反応に、さすがの私も引いちゃいます」
人目もはばからず号泣する礼二郎を見て、女神が後ずさった。
「戻してくれッ。今すぐ、あの世界に戻してくれぇぇぇッ」
泣きはらした顔を上げ、両手を地面についたまま懇願した。
礼二郎、魂の叫びである。
「だからダメですってば。今戻ったら子供をポコポコ作っちゃうでしょ。そうなったら、ますますあの世界に愛着が沸いちゃうじゃないですか」
「な、なんてひどいことをッ。――あッ、もしかして、いざことに及ぼうとしたときに、アレがアレしないのは……」
「ピンポーン。正解です。それも、アレしないためのリミッターでしたぁ。うふふ」
「こんちくしょぉぉぉッ。なんてひでぇ奴だ! あんた鬼だ! 悪魔だぁぁぁぁぁ!――あ痛ッ!」
ゴワンッ。突然現れたタライが礼二郎の頭を直撃した。
タライは地面に落ちる前に、フッと消え失せた。
(なんだ、今のはッ?)
「よりによって悪魔はないでしょ、悪魔は。私は〝慈愛の権化〟たる女神様ですよ? ちなみに私の悪口を言うと、今のように天罰が下りますから、そのつもりで」
「はぁ? 何が〝慈愛〟だッ、ふざけるな! お前なんか〝地雷〟女神だ、バーカ、バーカ!」
立ち上がり、叫んだ。
すると空中から、再度タライが現れた。
「フッ、なめるなよ。なんだ、こんなもの……あ痛ッ!」
タライを避けようとして足を踏み出すと、バナナの皮でひっくりこけた。
さらに、ゴインッ、タライが頭を強打した。
「うふふ、天罰を甘く見ないでください。仮にも女神である私と、直接約束したことですよ?」
「ぎぎぎッ」
「少し冷静になって考えてご覧なさい。もしあなたが、その状態であのアンチエイジング魔女に初めて会っていたとしたら、恐ろしいこじらせ魔女の、超絶お色気試験を突破できましたか?」
「ぐぐぐッ」
「大暴れするボッチなロリッ娘の魔法に抵抗できましたか?」
「ぐぐッ」
「男性不信になっていたへそ曲がりな猫娘ちゃんと、いろいろと残念な鎧お姉さんを、下心無くケアできましたか?」
「ぐ」
「それに、今あなたが戻ったとしてどうするんです? そのお猿さんも真っ青な欲望を、あのめんどくさい女性達にぶつけるつもりですか? そんな思春期アタックしたら、あなたの築き上げた信頼なんて、痴漢をした教員が如く、一瞬で崩壊しちゃいますよ?」
「……」
「どうやら、わかってもらえたようですね」
「……わかりたくないけどわかりました。でも、このまま別れるなんてひどすぎます。せめて手紙を届けてください」
「仕方ないですね。では、手紙を一通だけ届けてあげましょう」
「はぁッ? 一通だけッ? それは酷すぎ……あ痛ぁぁぁッ」
一歩踏み出した足の下に、なぜかゴルフボールが現れ、足首をぐねってしまった。
まさか、この程度の不平で天罰が下るとは。
「文句は受け付けません。はい残念でしたーッ」
「くっッ。さっさと紙とペンを貸してくださいッ」
礼二郎は、女神が空中から出したペンと紙を受け取った。
机がないので地面に置いて、女神に見えない角度で手紙を書いた。
手紙は書き上げるたびに女神の検閲が入った。
少しでも悪口や日本の情報が入っていると、タライが落ちてきた。
神のリテイク要求である。
そして五度目の改稿で、ようやく女神の合格をもらったのだった。
「それでは、この手紙をあの者に渡せばいいのですね」
「はい、せめてそれくらいはして下さい。すぐに、届けてくださいよ?」
礼二郎は、少し嫌味を込めて言った瞬間、横に飛びのいた。
タライは落ちてこなかったし、足下にバナナの皮もなかった。
「了解しました。あなたが帰ったらすぐに届けるようにしましょう。では元の世界に戻すにあたり、あなたの力は回収させていただきます」
礼二郎の目の前にステータス・ウィンドウが立ち上がる。
みるみるうちに数値が減っていく。
53だったレベルは、今や5まで落ちている。
「アイテムボックスはレベル20以下なので使えませんね。つまり神器の数々は自動的に元の場所に戻るわけです。苦労して集めたのにごめんなさいねぇ、うふふ」
「くッ」
「力もすべて回収……と言いたいところですが、魔王討伐のご褒美として、レベル5までのスキルと魔法は残しておきましょう。持ち物も、現在身につけているモノは……たいした物は持っていませんね。バッグに入れておきますので、お持ち帰り下さい。服装は拉致したときの服と同じものを用意しました」
いま、拉致っつったか? つまり、このクソ女神は拉致を認めおったのだ。
しかも魔王討伐までさせておいて報酬はたったそれだけかよ! と、言葉が喉まで出かかった。
だが、これ以上しょうもない天罰を食らってはたまらん。なので、ぐっと我慢した。
「それでは、おつでしたーッ」
女神がそう言った。お軽い感じだ。本当に女神か、こいつ?
礼二郎の体が少しずつ透明になっていく。
それを見守る女神のニヤニヤした顔は、最高に腹が立った。
なので、礼二郎は消える直前、○指を立ててみた。
天罰はくだらなかった。
〝挑発するジェスチャーをしない〟とは約束してないからだ。
最後に見えた女神の悔しそうな顔が、礼二郎の溜飲を少しだけ下げてくれた。
ざまぁ。




