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スキルなんていらない  作者: みやざわ
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9:突然の襲撃

 ユミルは話を続けた。


「警戒は厳重でした。ですが、そこには必ず穴がある。わたしは力が強いわけでも、まして魔魔法を使いこなせるわけでもない。ですが、人員がどのように割かれているか、城がどのような構造であるかは、これまでの経験と調査の結果、誰より詳しいという自負を持っていました」


 彼の話を要約するとこうだ。


 ユミルは、日々、調査にのめり込んで行った。はじめは、彼の友人の行方を探すためという名目があったけれど、その目的はすでにどうでもよくなり、その時すでに、宝物がなんなのかという一点に執着していた。


 財務管理室の役人には、城に保管された記録を閲覧できる権限が与えられている。機密事項を除けばという制限つきではあるけれど、彼にとってはそれで充分だった。


 さらにユミルは、最上位の情報整理スキルを持っていた。これは彼の真面目さに由来するもので、城での職を得るための努力の結果だ。書類を一度見ただけで把握できるだけではなく、どの情報がどこにあるかまで、頭のなかに刻まれるスキルだった。


 情報整理スキルは彼の仕事を円滑にし、城の内部でも高く評価されていた。けれどそれが、彼の人生を変えてしまったみたいだ。


 彼は言う。


「もしもわたしが、城の内部の書類に目を通すことができる役職になく、さらに高い情報整理スキルを有していなかったならば、こんなことをやろうと考えなかったかもしれません」


 わたしもそう思った。スキルは、人の望みを簡単に叶えてしまう。だから、スキルによる犯罪や、身を持ち崩す人間も生まれる。街で何度も見た光景だった。


 ユミルは調査を進めるうちに、どうすることもできない壁にぶつかった。城の構造を調べることで、宝物のすぐ近くまではたどり着くことができる。人の交代の時間を調べれば、警備兵たちを欺くことも不可能ではない。


 だが、問題はやはり幾つも張り巡らされた結界だった。


「わたしが目をつけたのは、魔力風です。数十年に一度、魔力の渦が発生することは知っていますか?」

「知らないなあ」

「その原因は龍の縄張り争いとも、魔界の扉が開いた余波とも言われています。この世界の魔力が渦でかき回され、魔力の風が吹く。わたしは、結界を突破するために文献をあさっていたところ、その発生周期に目をつけました」


 魔力の渦は、決まった周期で発生する。本来なら、数十年に一回のこの渦が、またしても彼に味方をした。もしくは運が悪かったともいえる。魔力風の周期が迫っていた。


「結界が弱まるのであれば、抜け道はいくらでもあります。高額ですが、金を出せば、結界を無力化する道具がないわけではないのです」


 準備がそろい、ユミルは最後に、彼を手助けしてくれる兵士を探した。なるべく、貧しく、金で動く兵士。騎士団に入る人間は、貧しい出であることが多い。騎士となって出世すれば、たとえ貧しい家の生まれでも、人生を変えることができるからだ。


 その兵士は、母親が病を抱えていた。兵士は何としてでも金が必要で、ユミルはその弱みに付け込んだ。


 ユミルの頭には、このたくらみが成功するにせよ、しないにせよ、結界が破られたことが発覚した場合、彼も、その兵士も生きてはいないだろうと考えが浮かんでいた。


「金を渡す際、すこしだけ悩みました。このまま彼を巻きこんでいいものかと、ギリギリまで考えました。しかし、私は、宝物の正体を知りたいという気持ちを止めることができなかったのです」


 彼は、兵士にできるだけ多くの金を与えた。ユミルは城で働く人間のなかでも、それほど高給というわけではなかったが、蓄えはあった。それが彼の罪悪感を唯一軽減する方法だった。


 研究や調査、または、情報を手に入れるための賄賂でその大半を失ってしまっていたけど、彼にとっては気にならなかった。


 後悔することはなかった。彼の両親はすでに以前の災害で亡くなっていて、大切な人間もいなかった。仕事と家を往復するだけの彼が、唯一心を許した存在が、彼の友人だったらしい。


 とにかく、ユミルの行動を止める者は誰もいなかったのだ。


「そして魔力の渦が発生する夜。私はついに決行したのです」


 準備は万全だった。彼は、城のなかの抜け道を駆使して、宝物庫に難なくたどり着いた。金を渡した兵士は、体調の不良を訴え、結界を守る警備兵の注意をそらした。なにもかもが上手くいっていた。


 そして、魔力の風が吹く。スキルを使う者ならだれもが知っている。風のようで風ではないもの。なにかが体を通り過ぎ、スキルが使いにくくなる現象が発生する。


 結界が揺らぎ、厳重な宝物庫にわずかなヒビが生じた。ユミルはその時のために闇のルートから大金をはたいて買った、魔力スキル無効化の結晶石を、扉に向かって投げた。


 通常なら、彼の買える結晶席程度のものなら、破れる結界ではなかった。でもその時は、魔力の風が吹いていた。彼の思い通りに事は運んだ。結界は緩み、わずかな時間ではあったけれど、その間を通るだけの空間を作ることができた。


 宝物庫の最深部にあったのは、小さな箱だった。ユミルは箱を懐に入れると、来た道を戻った。たったわずかな時間だった。やがて魔力の渦は静まり、警備兵も戻ってきた。


 彼の目的は達成された。けれど、もうこの国にはいられないということもわかっていた。彼は、残りの金と荷物を持って城の居住区から出た。彼は、王の手の届かない遠くへ行くことを決めた。ケゼクの先は通過点に過ぎず、その先へ。


「箱は今、私の手のなかにあります」


 長い話が終わり、ユミルは一息ついた。わたしはその話にのめり込んでいた。あの城で一体なにが、隠されていたのだろう。財宝よりももっと重要なもの。


「それで、一体なんだったの?」

「まだ、分かりません。箱のなかを覗いてははいないのです」

「でも、それを手に入れるために頑張ったんでしょう?」

「いえ、私にとって、もうこれは、意味のないものかもしれません。中身などどうでもよかったのです。盗む過程では、私は人生で感じたことのない充実感を得ました。ですが、今は恐怖しかありません」

「とても高価かもしれないじゃない。きっと別の国に売れば……」

「そうかもしれません。ですが、もう、どうでもいいことのような気がします。友の仇でもなく、金のためでもなく、道を外れずに平凡に生きてきた私の、最後の反逆だったのかもしれません。後悔はしていませんが、今はただ、遠くへ行きたいと思っています」


 その時、音を聞いた。弓のしなる音と、次の瞬間、矢が引き放たれる音。わたしはとっさに物陰に伏せた。


「ぐうっ」


 狙撃の目的はユミルだったらしい。背中に矢を受けて、膝から崩れ落ちる。大事そうに抱えていた箱が、地面に落ちた。


 立て続けに幾つもの矢がユミルに降り注いだ。わたしはそれを、ただ見ていることしかできなかった。


 ユミルは口から血を流しながら、こちらを見て笑った。


「すみません。巻き込んでしまって。私はここまでだったようです」

「動けるなら物陰に移動して!」

「いいんですよ。これが運命というものです。私は、とても楽しかった。ほんの一時ではありますが、あの城を、権威の象徴を、攻略している気持ちになれたのです。それは、恐れ多いことですが、爽快でした」


 ユミルはゴボッと大量の血を吐いた。


「喋るなって!」

「ああ、こんなものか。所詮、私には荷が重すぎたのだ。しかし、楽しかった。このようなことをした私は、天に昇ってゆけるだろうか。神は私に慈悲をくださるだろうか。いや、しかし、神はすでに、城のなかに……」


 ひとりごとのようにつぶやき、ユミルは動かなくなった。

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