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スキルなんていらない  作者: みやざわ
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4:森の住処

 森に戻ると寂しさが増す。普段はあまり感じたことのなかった感覚で、人を見ただけで心細さを感じるような自分の弱さが、いらだたしかった。


 わたしは、調理場にしている川の近くの決まった場所に袋を置いた。日が、沈もうとしていた。袋から今日食べる分を手際よく取り出すと、作業台として使っている切り株の上に置く。


 火打ち石(ソルボの鱗。とてもかたく、擦ると火花が出る)で薪に火をつけ、そこに鍋(これは昔町で買った)を乗せる。鍋が温まるのを待っているあいだに、作業台、って言っても気を切っただけの台で野菜と肉を切り分ける。


 革袋に入った油(キコの実から取れる)を鍋に垂らして、肉と野菜を放り込んだら、少しの間炒める。肉に色が付いたら川の水を注ぎ、味付けのトウニケの実の種を砕いたものを振りかける。


 後は蓋をするだけ。わたしはあまり料理に興味がないから、毎日焼くか煮るかくらいしか選択肢がない。焼き肉にしても良かったのだけれど、盗賊とやりあったし、街に行って久々に人のたくさん居るところに行って疲れてしまので、なにか力になるようなものを作る。


 完成するのを待っている間に、今日使った罠を仕掛けなおす。鍋は放置していても問題ない。はじめは動物に荒らされていたけど、しばらく作業場として使い続けていたら、寄ってこなくなった。わたしの縄張りと認めてもらえたのかもしれない。


 罠の設置は重労働だ。穴のあいた場所を埋めなおし、空から丸太が襲いかかってくる罠は、設置が特に大変だ。太い枝の上から自分と同じくらいかそれ以上の重さのものを引っ張り上げなくてはならなくて、初めのうちはずいぶんと苦労した。


 明日にやればいいか、と一瞬頭の隅で考えたけれど、普段の習慣がそれを許さなかった。


 自分の身を守る作業だけは、怠ってはいけない。それは、ひとりで森に住むわたしにとって、とても大切な掟だった。


 

 鍋のところに戻って来た時には、完全に日が暮れて、ほとんど真っ暗になっていた。薪を足して火を強め、蓋を開ける。鍋からは美味しそうなにおいとともに湯気が立ちのぼった。味見をして最後の味調整をする。


 うん。まあまあかな。


 自分で削った木の器に注いで、同じく木で作った椅子に座った。一日の疲れがどっと出て、全身の重みを強く感じた。空を見上げると、いつものように星が瞬いて、なんだかすがすがしい気持ちにすらなってくる。


 ここまでくると、ほとんど寂しさは感じない。毎日の習慣ってやつは、心を安らかにしてくれる。


 川の穏やかな流れを見ながら、肉をほおばる。肉汁が口の中に広がって、幸せだと思う。こんな生活だけれど、まあいっかなんてことも考える。


 でも、不安もある。このままいつまでここで暮らしていくのだろうか。わたしはまだ若い……一応は。魔物との距離の取り方もわかってきたし、その辺の盗賊であれば、どうにか対処できる。


 でも、だからといって安心はできない。病気になったら? 縄張りを飛び出した魔物が襲いかかってきたら? 名のある盗賊に目をつけられたら? 考えたらきりがない。


 さらに言うと、考えたくはないことだけれど、わたしが、歳を取ってしまったら……


 おばあさんになっても、森で住み続けるつもりなのだろうか。無理に決まっている。罠だって、仕掛けるのは大仕事で、食糧も手に入れることは難しくなる。


「どうしたものかねえ」


 口から出た言葉に自分で頷く。ほんと、どうしたもんか、だよ。


「キュウイ?」


 草むらから鳴き声がした。現れたのは、メルルクだ。


「あ、久しぶり」


 一応、魔物に分類される生き物で、農村では害獣として指定されているらしいけれど、わたしの前では大人しい。この森に来てしばらくして仲良くなった。


 見た目はクロウ(魔物化した狼)に近い。灰色のもこもこの毛を持っていて、両手で抱くと毛がはみ出るくらいの大きさだ。だからと言って、その力は侮れなくて、歯の力は強く、かたい植物でも噛み切ってしまう。


「キュウ……」

「こっちにおいで」


 わたしが手招きすると、近寄ってきて、膝の上に乗った。気のせいか、わたしを気遣うような表情をしている。この子はわたしが失敗をして、落ち込んでいると現れてくれる。頭の良い、そして優しいやつだ。


「今日はいろいろなことがあったよ」

「キュー」


 この子には名前をつけていない。つけようと思ったけど、やめた。わたしはいつまでこの森で生きているかわからないし、この子も強い魔物じゃないから、いつまで一緒に入れるかわからなくて、だから、名前をつけなかった。


 名前をつけてしまうと、たぶん、今よりもずっと、大切に思ってしまう。そうしたら、わたしが、死んでも、この子が死んでも、きっといいことにはならない。


 わたしはひとりごとのように、今日あったことを呟く。メルルクが膝の上で体を丸めて、わたしの話を聞いてくれた。と、思う。たぶん。


「街がね、とっても騒がしくて、活気があったんだ。でも、なんだかみんな、焦ってるみたいで。魔物が増えたんだってさ。わたしはいつも通りの生活をしているうちに、世界は変わっていくんだよね。わたしは、わたしのままで、周りばっかりが変わって行って、いつの間にか置いていかれて、はは、なに言っているんだろうね」


 少し、感傷的な気分になっていた。街の不穏な空気に充てられて、心が弱くなってしまったのかもしれないと思った。


 心にもやもやとしていたことを喋ると、落ち着いた。わたしは立ち上がって、寝床に向かうことにした。メルルクはわたしの体をするすると登って、肩につかまった。


 いつもは、わたしが寝るそぶりを見せると森の中に消えたものだけれど、今日は一緒にいてくれるつもりらしい。ほんとうに優しい子だ。


「そっか、ありがとね」

「キュ!」


 寝床は調理場から少し歩いたところにある、木の上の家。わたしが森にやってきた頃から住んでいる家だ。


 あたりは完全に暗くなっていた。鍋を温めた薪の燃えさしから松明を作って、寝床まで向かう。クロウの遠吠えや虫の声が聞こえた。


 昔は怖かった夜も、今では、なにも感じなくなっている。足元が見えなくても、体が覚えているから、夜空を見て、あくびをしながらゆっくりと歩く。


 寝床のある大木の前で立ち止まると、わたしは松明を消した。メルルクは肩から気に飛び移り、素早く木を登っていく。続いて、わたしも木の出っ張りに手をかける。どこにつかまって、どこに足を載せるかは、体に染みついていた。


 体が寝る直前みたいにだるくなっていたけど、勝手に体は動く、するすると木を登り、寝床にたどり着いた。


 外は暗くても、木の上は明るい。輝く月と無数の小さな星が、わたしの寝床を照らしているからだ。


「キュウイ!」


 メルルクが、布団の上に座って待っていた。


 わたしはマントを脱ぎ棄てて、服を着替える。と言っても、寝るとき用の、同じような服ではあるけれど。


「じゃあ、もう寝ようか」


 横になって、そういえば、朝食の準備をしていなかったことを思い出す。買ってきた干し肉なんかの保存食は調理場においてきてしまって、非常食にもしたくないような堅いパン干し肉ばかりだ。


 すこし後悔してから、どうでもいい気持ちになる。


 明日のことは、明日考えればいっか。


 メルルクがわたしの胸のあたりで体を丸めて、すこし経つと寝息を立てた。


 けれど、わたしは眠れなかった。今日のことが頭の中をぐるぐると回っていて、なかなか寝付けなかった。


 これはいけないと思った。今までの経験上、寝つきが悪いと、良くない夢を見る。思い出したくないことを思い出してしまう。


 かたく目をつぶって、数字を数えた。いやな予感は消えなかった。


 けれどいつしか、頭はぼんやりとしてきて、やがてわたしは眠りに落ちた。

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