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スキルなんていらない  作者: みやざわ
31/33

31:最後の手段

 わたしは神経を研ぎ澄ませる。仮に一撃でも魔法を受けてしまったら、二度と立ち上がれないだろう。石によるスキルの無効化範囲は狭い。一瞬の油断が、死に直結する。


「これはおもしろいねえ」


 そう言うと、勇者はわたしに向かって立て続けに魔法を打ち込む。飛んでくる魔法を、できるだけ引き付け、最小限の動きでかき消していく。


 勇者はわたしを侮り、油断している。だからこそ、まだ反撃の機会は残っている。時間さえ稼げば、魔術師が目を覚ます可能性もある。


 今はただ耐えるしかない。でも、耐えることができなかったら――


 魔法を防ぎながら、じりじりと近づく、相手は明らかに手を抜いて楽しんでいた。


「すごい! 出力は結構上げたつもりなのに、まだ消せるのか」


 距離が近づいていく。完全に懐まで入ることができれば、勝機はある。


 わたしは、腰に下げた、できれば人には使いたくはないと思っていた短剣に手を伸ばす。


 ――今だ!


 体をひねって魔法をかわし、勇者の懐に――


「ああ、そう来ると思っていたよ」


 勇者の蹴りが、わたしの体に吸い込まれるように打ちこまれた。


「ぐッ!!」


 膝を追って、崩れ落ちた。痛みが全身を駆け巡っている。息を吐くことすら困難だった。


「もうこんな手しか残っていないんだね。残念だよ。もっと楽しませてくれるかと思っていたのに」


 全部、読まれていた。考えが甘かったのだ。わたしを軽んじているといっても、こんな手段で、どうにかなるわけがなかったんだ。


 “もしも、お前の用意した策が全て相手に通用しなかった場合、お前は覚悟を決めなければならない”


 ルシの言葉をかみしめる。そうだ。覚悟なんて、いくらでもして来た。


 “一度、それをやってしまったら、もう後戻りはできない。お前は、重い運命を背負うことになる”


 構うものか。死ぬことに比べたら、どんなことだって容易い。死ぬことだけは嫌だ。おかしな言葉だけれど、死ぬくらいなら、死んでしまった方がましだ。


 わたしは、痛みにのたうちまわる体に鞭を打ち、残りの力を振り絞って立ち上がる。


「うん? まだやるのかい? 嫌だなあ。あまり痛めつけたくはないんだよ」


 大丈夫。まだ、動けないほどじゃない。時間がたてばたつほど、少しずつ痛みは和らいでいる。


「わたしは、わたしだから。やっぱりあなたには渡せない。これからの先の苦労より、今この瞬間の、わがままを、貫き通したい」


 わたしの言葉に、勇者はせせら笑う。


「はは、なにを言って――」


 勇者が何かを言い終わる前に、わたしは石から鎖を引きちぎり、口にほおり込む。


「待て! 何のつもりだ!」


 勇者の手が伸び、わたしは後ろに跳んでかわした。


 なにが起きたってかまわない。そう、固く決心しながら、わたしは石を飲み込んだ。


 つるりとした表面の石が、喉を通るのがわかる。変化はすぐに起きた。


 全身に痛みが走った。蹴られた痛みとは違った種類の激烈な痛み。まるで熱した鉄が流し込まれたような感覚。体中を突き刺すような痛みに、わたしは、声を上げることすらできなかった。


 痛い。その言葉すら口にできない。うめき声すらも上げられず、筋肉が硬直し、座りこむことすらできなかった。


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛さを通り越した先。なにも考えられないほどの激痛。


 こわばった体に、光が生まれた。わたしの胸のあたり、青くて淡い光が生まれた。


 わずかに、痛みが引いている。思考が正常、いや、なにが正しくてなにがおかしいのかも分からないけれど、少なくとも、ものを考えることくらいはできるようになっていた。


 勇者はわたしの様子に驚いたのか、後ずさりしている。よほど、ひどく苦しんでいたらしい。


 苦しみが和らいでくると、次に不思議な感覚が呼び起こされる。自分の体が、ほんの少し軽くなったような感覚。


 自分の内側から、全方向に向かって、なにか強い力が放射されている。


 衝撃は突然だった。胸の淡い光が一瞬強くなったかと思うと、波のような衝撃が、わたしの体の外に向かって広がっていった。


 わたしを中心にして、魔法スキルの防御壁のような膜が、周囲に向かって広がっていく。それは、胸の光と同じ、青い光だった。その光は、勇者までも飲み込み、周辺一体を包んだ。


「な、なんなんだそれは!!」


 勇者は動揺している。こうなってしまった原因がわたしの行動にあるにせよ、どんな現象を引き起こすかはわかっていない。ルシは何も教えてくれなかった。


「こけおどしか! さっさと終わらせてやる!」


 勇者はステータスを展開するため、両手を広げた。わたしは痛みに震え、見ていることしかできない。


 ――だけど。


「あれ? どういうことだ? おい、なにをした!?」


 ステータス画面は開かない。勇者が何度手を動かしても、一つも出て来なかった。


 ああ、そういうことなのか。わたしはすべてを理解した。


「わたし自身が、兵器になってしまったってことね。わたしの精神に共鳴して、この周辺をスキルを使用できない環境に変えてしまった」

「そんなバカな!!」


 さっきまであれほど余裕を見せていた勇者は、今や情けないまでに動揺していた。わたしにはそれが手に取るようにわかる。


「だけど長くは持たない。早いところ決着をつけましょう」


 全身の痛みは続いている。自分でも、手足を動かせていることが不思議なくらいだ。


「くそ! 早くとどめを指しておけばよかった!」


 わたし腰に下げた短剣を取り出し、勇者に向かって歩いていく。今、ここでしか、彼を倒せる方法はない。もしも逃げて態勢を整えられてしまったら、二度と機会は訪れないだろう。


「くそ! くそ! このぼくが、スキルを使えないだと!?」


 勇者は完全に取り乱していた。大声を挙げ、クソ! クソ! と連呼し続けている。


 わたしはその姿をなんの感情もなく見つめていた。今やわたしにとって、体の痛み以外のことはどうでもよかった。早くこの苦痛から逃れるためにも、目の前の、敵を、倒すほかなかった。


「なぜ! なぜだ! どうして僕からスキルを奪った。ぼくにはスキルが必要なんだ。スキルがなければ、ぼくは……ぼくは!!」


 勇者は自分をかき抱くようにしてうずくまる。わたしは、それをただ、黙って見ている。


 目の前の異常な状況に動じないほど、今のわたしは冷静だった。体の痛みが、余計な考えを封じているのかもしれなかった。


「さあ、戦いましょう」

「うるさい! うるさい! うるさい! どうしてみんなぼくの邪魔をするんだ。せっかくこの力を手に入れて、ぼくははじめて幸せになることができたのに!」


 そういったかと思うと、勇者は突然顔を挙げ、わたしの方を見た。その顔は、もう普通ではなくなっていた。大切なものを奪われ、壊れてしまった人間の顔だった。


「貴様のせいだ。許せない。絶対に許せない! 殺してやる。ただでは殺さない。死ぬよりも辛い苦しみを味あわせてから殺してやる。肉をひきさき、体中のありとあらゆる部位をバラバラにしてまき散らしてやる。ぼくからスキルを奪うということがどういうことか思い知らせてやる」


 勇者はゆらりと立ち上がった。腰から長剣を抜き、わたしと相対す。


「ぼくはね。スキルは与えられたものだけれど、剣の腕だけは自身があるんだ。これまでたくさんの人を殺したからね。防御スキルを幾重にも張って、こちらは絶対に傷つかない状態で、スキルを使わずなぶり殺してやるんだ。はじめはなかなか殺せなかったけれど、何十、何百人と殺しているうちに、人を斬るのが上手くなった。ぼくに勝てると思うなよ」

「話は終わった?」

「死ね」


 勇者が走り、わたしも走り出す。


 勇者の長剣が横なぎに振るわれた。身体強化スキルがないとはいえ、男の力で振るわれた剣は、高い威力を持っている。わたしは短剣で受け止め、軌道をずらす。スキルがないといっても、やはり男と女。受け流すだけで精いっぱいだった。


 だけど、今この状況で、わたしと勇者は対等な条件。わたしは、受け流した力を利用して、回転しながら相手の懐に飛び込み、わき腹をないだ。


「ちいい!」


 手ごたえあり。勇者の服を切り裂き、皮膚を切りつけた感触があった。もしも勇者が油断せず、体を鎧で包んでいたなら、傷一つつけられなかっただろう。


 即座に身を伏せ、後ろに飛び、次の攻撃に備える。


 わたしにとって、真剣を使った対人戦は未知のものだ。けれど、これまで森で生きてきた経験が、体を動かしていた。


 勇者は引かない。長剣を上段に構え、わたしに向かって突進してくる。そしてそれは、正しい。力の差がある以上、押してこられればこちらが弱い。


 だけど、わたしは怯まなかった。上段からの攻撃をかわし、逆手に持った短剣で、首を狙う。けれどその攻撃片腕ではじかれ、わたしは次の攻撃に備えて、再び距離を取った。


「来いよ! ぼくと戦うんだろ!!」


 勇者が走りながら剣を横なぎに放つ。わたしは、軌道をよみ、その場に伏せ、剣撃を間一髪のところで回避する。


 勇者もバカではない。振った剣を上段に切り替え、わたしに向かって振りおろす。


「がっ!!」


 わたしは、伏せた瞬間に、土をつかんで、勇者の顔面に向かって投げつけた。剣の軌道がぶれ、剣先が地面にぶつかった。


「んのやろう!!」


 勇者はやたらめっぽうに剣を振りまわし、わたしの攻撃を妨害する。行動が予測できない分、わたしは、予想外の一撃に、短剣で受け切れず地面を転がった。


「ふん!! こんなものか。逃げてばかりじゃぼくには勝てないよ。いつまで持つかな」


 そうだ。このままでは、わたしは、勇者に一方的に攻撃を受けるまま、いつか、剣にとらえられてしまう。そして待っているのは――死だ。


 勇者は、わたしを攻撃範囲内にとらえ、大降りに剣を振りぬく。その剣にはすでに冷静さすら生まれている。わたしは、短剣でぎりぎりのところでいなすが、指先にしびれを感じはじめていた。短剣もいつまでもつかわからない。


「スキルはこの世の摂理だ! 返してもらう!!」


 勇者が肩をめがけ、斜めに斬り下ろす。その威力に剣をはじかれ、わたしは態勢を崩した。わずかに生まれた隙を、勇者は見逃さなかった。渾身の一撃をぶつけるため、もう一歩、深く踏み込む。


 バキッ


「道から外れた人間が、潰されるような摂理なら」


 勇者の足元にあったのは、小さな落とし穴だった攻撃を受け流しながら、少しずつ誘導していたのだ。大きなものでなくていい。ほんのわずかでも戦局を変えられるならと思い、自分の手で作った。小さくて、浅い落とし穴。足首くらいしか入らないけど、態勢を崩すのなら、それで十分だ。


「スキルなんていらない」


 勇者が前のめりに倒れる。わたしは、その動きを予測していた。相手の動きにあわせて膝を曲げ、力をためる。


 そして、倒れ込む勇者の顎に向かって飛び、膝を、叩きこんだ。


 それが決め手だった。勇者の体の力が抜ける。わたしの全体重の乗った一撃が、無防備な顎に炸裂し、彼は、意識を失って倒れた。


「ああ、やっと終わった」


 わたしは空を見上げて言った。


 長い戦いを終えたにしては、あんまりな感想だった。

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