30:回想・封印されし力
――新月の二日前。
準備は最終段階を迎えていた。魔術師のスキルにより草原に大穴をあけ、水に流しこむ。その作業がついに終了した。スキルの使い過ぎで、疲れ切った表情の魔術師は、先に自分の寝床に戻っていった。
わたしは、大穴の前で座り、ぼんやりと水面を眺めていた。考えた計画の準備は、ほぼすべて終了した。森に設置した大網は、仕掛けが動くかどうか何度も試し、魔術師へ送る合図も、合わせる動きも、何度も練習した。
できる限りの準備をしたはずなのに、それでも不安は晴れていなかった。水面を眺めている時も、これで倒せなかったらどうしようと、そのことばかりを考えている。
まさか、全ての策が成功したうえで、それでも勇者が無傷であるとは思えない。たとえこの大穴から出てきても、追い打ちで魔法を叩きこめば、それで倒せるはずだ。
……何度もそう自分に言い聞かせているのに、いつまでたっても不安が消えない。きっとそれは考え過ぎなのだろうと、思おうとしても、不安はいつも心のどこかにあった。
「おお、よく出来たもんだな」
気づくと、隣にルシが立っていた。
「わたしはなんにもしてないけどね」
「計画を立てたのはお前だろ。立派なもんだ」
わたしは黙って水面を見つめる。ルシもなにも言わず、そこに居た。
「ねえ、これで勇者を倒せると思う?」
「なんだよ。自信がねえのか」
「うん。正直言うとね。わたしができる限りのことはやったつもりだけど、それでも、まだ足りないと思う」
正直に自分の考えを話した。本当は誰にも言うつもりはなかったのだけれど、ルシには、聞いていて欲しかった。
「城から盗み出した石ってやつを見せてみろ」
そう言って、ルシは地面に腰を下ろした。
わたしは言われるがままに首から下げていた石を外して渡す。
「あたしが盗んだわけじゃないけどね」
「わーってるよ」
ルシは、一通り眺めてから、わたしに投げて返した。
「お前、それがどんなものか知ってんのか?」
「わからない。城に隠されていたってことくらいしか。今まであった誰も何故この石が重要なのかを話してなかった」
「一度試してみるか?」
ルシはそう言うと、人差し指を立て、小さな黒い球を発生させる。
「え、ちょっと!」
「あまり手加減はしない。その石で受け止めてみろ」
ルシが指をわたしの方に向けると、小さな球がゆっくりとこちらに向かってくる。
速度は遅い、けれど、その球に、とてつもない魔力が宿っていることは、肌で強く感じた。もしも、触れてしまったら、どんなふうになってしまうのか想像もできない。わたしは、この場所が一瞬で崖の上にでもなったような気になった。
けれど、この状況で、逃げ出すこともできない。わたしは石を持ち、慎重に、黒い魔力の塊に近づける。ルシの言うことを信用しないではなかったけど、恐ろしかった。それほどに、怖れを感じていた。
球が石と接触する。すると、黒球が一瞬揺らいだかと思うと、はじけるように消えた。
緊張感が解ける。黒い球だけでなく、そこにあった濃密な魔力の感覚も消えてしまった。
わたしは石を近づけた格好のままで固まったまま動けずにいた。
「それはな、魔力により発生した現象を打ち消すものだ」
「え?」
「お前でなかったら、違和感にはすぐに気づいただろう。身につけているだけでスキルが不発していたはずだからな」
わたしは、改めて石を眺めてみた。普通の宝石とは違う、不思議な光り方をしている。まるで、中でなにかうごめいているような……
「どうして、天使はこれを欲しがっているの?」
「ま、その話の前に、前提として、なぜあれほどの力を持ったあいつが、わざわざ人の手を使おうとしたか、気にならないか? 石なんて最初から自分で取ればいいだろ。自分の領地のものなんだから」
「うん。言われてみると確かに気になる」
「だがこれは、前に説明した通りだな。一族の掟をかたくなに守ろうとした結果だ。それで、城の人間を利用し、盗ませた」
「え、でも彼は自分でやったって……」
「きっかけはそうだろうな。だが、あいつ自身、誘導したはずだ。すんなり石を盗むことができたのも、あいつが介入したことも大きいだろう。当初の予定では、城の人間に盗ませ、王直属の部隊が回収する。回収した石を王に使わせ、後は指示を出す。こうすれば、上のやつらに見つかることもない。しかし――」
「わたしのせいで全部狂ってしまった」
「まあ、そういうことだ。俺の存在も計算外だっただろうが……。ところで、その石、なにに使うんだろうな?」
「スキルが使えなくなるってことでしょ? 使えなくなって得することってある?」
「自分たちに使うわけじゃねえよ。その石があれば簡単に相手を無力化できるってわけだ」
「それって、もしかして……」
「おそらくはな。やつは石を使って他国を占領するつもりだったんだろう。もちろん人間の手でな。あくまで自分は表に出ず、じわじわと領地を広げる算段だ。人間同士の争いによる領地の変動は、ある程度認められているからな。掟を守るだけのつまらんやつらばかりだと思ってが、なかなか面白いことを考える」
「……でもちょっとまって、なんでそんなものが、城に収まってんの?」
「いいところに気がついた。そいつは、まだ神が介入する前の人間が作ったものだ」
まったく、想像もつかない話に、わたしは言葉を失った。城の宝物ってだけでも、持っていていいものか不安なのに、なによそれ。
「人間が争い、それを止めるために神がスキルの仕組みを作らせたことは話したな。この石がが作られたのは、まさにその戦争のさなかに生み出された兵器の一部だ。その兵器は発動すると全ての魔力による現象を無効化し、当時国や軍を運用するエネルギーを全て魔力に頼っていた国々は、この兵器の登場により一方的に壊滅させられた」
めまいがした。手に持っているこの石が、国を壊滅させた? あまりにも途方もない話に、わたしは、今すぐにでもこの石を遠くに放り投げてしまいたいという気持ちになった。
「ま、そんなもんがあっても戦争にならねえし、すべての国が使い放題になったら面倒だ。そこで各国は、同じような兵器を作り、協定を作って封印した。魔法大戦の後に多くの兵器は葬られたと聞いていたが、この国の城にあるってことは、誰かが掘り返して保管したんだろう。ステータスを与えられた今の人間でも、持っているだけでスキルが使えなくなるってことはわかるからな。危険だと判断して厳重に封印し直したってところだろうな」
「ふー。ちょっとまって、いろいろ言われても分かんないよ。頭のなかがぐちゃぐちゃで、なにから考えていいか分かんない」
「理解する必要はねえ。それが作りだされた経緯も、どうやって城に封印されたかも、俺たちにはどうだっていいことだ。ただ、もしも、もしもだ。これからの戦いで、必要に迫られたら、使うしかねえだろうな」
わたしはルシの厳しい視線を受取った。
「わかってる。それで教えてくれたのね。相手がどんなスキルを使って来ても、この石があれば対処できる」
「というわけでもない。石はスキルを打ち消すことができるが、兵器としての形を持っていない状態では、相手の魔法スキルを受け止めるだけが精一杯だ。相手のスキルを完全に封じることができるわけじゃねえ」
「じゃあ、結局、相手を倒すための決定打にはならないってこと?」
「そういうことだ。だが――」
ルシの表情がより険しくなって、わたしは息を飲んだ。
「たった一つだけ、その意志の力を最大限に使う方法がある。もしも、お前の用意した策が全て相手に通用しなかった場合、お前は覚悟を決めなければならない。一度、それをやってしまったら、もう後戻りはできない。お前は、重い運命を背負うことになる」
ルシはそこで、ためらうように大きく息を吐いた。
「その方法は――」




