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スキルなんていらない  作者: みやざわ
27/33

27:女の戦い

 そしていくつかの朝と夜が過ぎ、新月の夜が明けた。


 前日は魔術師――レアとの打ち合わせの後、罠の点検を終えて、すぐに眠りについた。目が覚めたのは、まだ日が昇る前で、心を落ち着かせるために、体をほぐすことに時間を費やした。


 計画は万全とはいえないまでも、できる限りのことはしたつもりだ。


 日が昇り、森のなかを歩いているとレアが現れた。いつもは浮かんで移動しているのに、今日に限っては、歩いてわたしに追いついて来た。きっと、これからの戦いに備えてスキルを温存しているのだろう。


「いよいよってわけね」


 声の調子がおとなしい。レアはその性格に似合わず、緊張しているようだった。

 

「うん。体調はどう?」


 この作戦には魔法スキルがなくてはならないものだ。全てはレアにかかっていると言ってもいい。ここ数日は何度も打ち合わせをして、動きを合わす練習を何度もした。備えは十分にしてきたつもりだ。それでも不安は残っている。


「かつてないほどに十全ね。ここまで調子がいいのは、歴代最高の成績を叩きだした魔術学校卒業試験の以来よ。あの時はよかったなあ。あたし、女なのにやたらと同期や後輩の女子に人気でね。盛大に祝ってもらったものよ。魔術師の森を出る時には大勢に泣かれたし。まあ、その話はどうでもいいとして。あたしって、本番に強いのよ。ここぞという時は、絶対に体調を崩さない。前に一度あった大規模魔物侵攻の時も調子が良くて、大魔法で片っ端から魔物たちを殺しつく……言葉が汚いわね。根絶やしにしてやったわ」

「あんまり変わってないと思うけど」

「そう? 殺すって言葉を使わないだけ上品な感じになってない?」

「……でも、調子が良さそうで良かった。勇者はいつごろくるかな」

「さあね。こちらの居場所なら探知くらいはできるだろうから、予定通りの場所で待っていましょう」

「うん」


 勇者を待ちうけるのは、選びに選んで決めた場所だった。太くしっかりとした木々に囲まれた広場。レアのスキルで、邪魔になりそうな地面から飛び出た根などを排除して、動きやすいように整えた。ある程度の広さがあるから、これなら火炎魔法を使用しても、そう簡単に木々に燃え移ることはない。


「あんたこそどうなのよ。体調は万全なわけ?」

「うん。良く眠れた」

「どうかしてる。これから死ぬかもしれないのに」

「もう馴れちゃったのかも。森に来たばっかりの時は、いつ死ぬかわからないってずっと思ってたから」

「やっぱり壊れてるわ、あんた。どうしようもなくね」

「そうかなあ?」


 風が強く吹いて、木々がざわめいた。身構えて、勇者が来ないことを確認して、大きく息を吐く。


「もしさあ」


 ふいに、レアが口を開いた。


「うん?」

「この戦いが終わったら、あんたどうすんの?」

「終わったらって、無事で終われるかどうかもわからないけど」

「仮定の話よ。あの黒ずくめの……ルシとか言ったっけ? あいつと一緒に行動すんの」

「そ! そんなのわかんないよ! あいつは何も言わないし!」


 突然ルシの名前を言われて動揺する。まったく、戦いの前になんていうことを言うのだ。


「あー、いいわねえ。そういうの。あたしもそういう時代あったわ。憧れの騎士と同じ部隊に配属されるかどうかで、眠れぬ夜を過ごしたものよ」

「何のこと言ってるかぜんっぜんわかんないんだけど」

「あら、動揺しちゃって、かわいらしいこと」

「なにその上から目線! 同い年くらいでしょ!」

「あたしは経験の量が違うのよ」


 だから何の話だってえの!


 と大声で言いそうになったけれど、急に冷静になってしまって、わたしは黙り込んだ。


 ほんと、実際のところ、これが終わったらどうなるのだろう。先のことを考えたって仕方ないというのはわかっている。でも、考えずにはいられない。ルシは、わたしを、どうするつもりなんだろうか。 


「どう? 少しは落ち着いた?」

「へ?」

「あんた自分で気づかないだろうけど、かたくになってたから。ちょっとからかったの」


 そう言って、レアはにやりと笑った。


「やめてよね。余計なことで集中を乱したくない」

「それがダメだっていうのよ。集中しよう集中しようって、そのことばかり考えていたら、視野が狭くなって、予想外の出来事に対応できなくなる」

「とか言っちゃって、グモフをけしかけた時、レアだって動揺してたでしょ。予想外の事態に対応できないって、そういうことじゃないの?」


 わたしはここぞとばかりに言い返す。


「あら、痛いところを突く。スキルに頼った生活を送ってると、いざって時に頭が働かなくなるのよね。ま、あたしほどの魔術師であれば、魔法を駆使して切り抜けることができるんだけど」

「できれば、勇者もそうであってほしい」

「どうかしらね」


 そして、沈黙が訪れた。レアのおかげで、心が落ち着いた気がする。


 レアは静かに動き、わたしの後方の茂みに身を隠す。この作戦のために、何度も話し合いながら、魔法を使う定位置を決めていた。


 わたしは目を閉じて耳を澄ませ、その時を待った。


 ……ガサ。


 待つ覚悟はしていたのに、勇者は意外にも早く現れた。ガサガサと茂みがゆれ、わたしたちの整えた広場に、細身の男が姿を現した。


 わたしはその姿を見て、素直に、美しいと思った。今まで見た、どんな男の人よりも、あいつは別にするとして、顔が整い、身のこなしに気品と言うようなものが漂っていた。鎧は着けていないこともあって、均整の取れた体格がより美しく見えた。


「やあ、もっと遅く来た方が良かったかな?」

「いいえ。もう準備はできてるから」


 相手に緊張を覚られないよう、厳しい口調で言いかえす。相手に心の動揺を見せてはならない。これは戦いの基本だ。


「君が、反逆者かい? なんだかぼくが聞いていたのと違うな。もっとこう、背が高くて、力強そうな女性を想像していたよ」

「がっかりした? でも戦いの場では見た目は関係ない」

「いや全然。ただ残念だな。ぼくは若くてかわいらしい子を殺したくはないんだ。念のため聞いておくけど、石を渡してくれない? 渡してくれたら……いや、もうこのやり取りはやめようか、それでどうにかなっているなら、ぼくが呼ばれてないからね」

「あなたこそ、今だったらやめられる。勇者であるあなたが、手を汚すことなんてないじゃない。あなたの力は、魔物の討伐とかこの国に住む人のために使われるべきじゃないの」

「言うねえ。でも、これも大事なお仕事なんだ。さっさと終わらせて、次の指令を待つことにするよ。しかし、君は良いねえ。そのまっすぐな目、ぼくは嫌いじゃないよ。もしもこの戦いが終わっても、君が生きていたら、お近づきになれないかな」

「なに言ってんの?」

「ぼくはね。この力を使って、もっと人生を楽しくしたいんだ。戦いはぼくに名声と地位を与えてくれたけど、女の子と居る安らぎまでは与えてくれない。ぼくは王からも信頼されているし、その気になれば、この国を動かすことだって可能だ。今や君は機密を奪った罪人なわけだけれど、ここで許しを請うなら、居場所だって作ってあげられるよ。もちろん、ぼくのできる範囲でね」


 やめて、もう喋らないで。


「天使の指示に従ってるだけでしょ? そんなことができるとは思えない」


 挑発するように、それより話題を変えたい一心で、わたしは強い語調で言い放った。


「天使……ああ、あの人のことか。おいおい、やめてくれよ。ぼくはあの人に力を貸しているだけさ。ぼくがいなかったら、現世に手を下せないらしいからね。力関係としてはこちらが上さ。たしかに、あの人のおかげでぼくは今とてもいい暮らしをさせてもらっている。けれど、いいなりになっているわけじゃない。ぼくのところに来れば、こんな森で生活しなくても、とても楽しく暮らせるよ。ただし、ほかの女の子と仲良くできるなら、だけどね」

 

 寒気がした。気持悪い。レアから勇者の話は聞いていたけれど、初対面の人間に、しかも敵対する相手に、こんなこと言う人間だとは考えたくもなかった。戦うのなら、早く戦いたい。できるだけ迅速に、この男を黙らせたかった。


「さっさとはじめましょう」


 わたしはきっぱりと言った。もう二度と、わたしのなかの勇者を崩さないで欲しい。


「ふう。残念だ。わかったよ。良いよ。どこからでも来るといい」


 そして、戦いが始まった。


 だが、勇者は動かない。相手はわたしを甘く見ている。こっちの出方を伺っているのか、それとも自分から攻撃する必要もないとたかをくくっているのか。おそらく後者。だったらこちらの予想通りというわけだ。


 手始めにマントから煙幕が発生する煙玉を取り出し、勇者に向かって投擲する。数個分をいっぺんに投げつけると同時に、後方の木の陰から火炎魔法が放たれる。発火した煙玉は勢いよく煙を発生させ、視界が完全に閉ざされる。

 

「おそらく、とは思っていたけど、今の魔法スキルはレアだね。あの人の予想はあたっていたようだ。ぼくを裏切ってどうなるかわかっているんだろうね?」

「うっさいわね! あんたにあたしの生き方をどうこう言われたかあねえのよ!」


 後方から怒号とともに、いくつもの炎の矢が放たれた。そ勇者に向かって殺到する炎の矢にあわせて、懐に忍ばせた小型ナイフを投擲する。


 防御スキルは、物理と魔法、一度には発動できない。魔法スキルにあわせて通常の物理的攻撃を混ぜることで、スキルの展開を混乱させ、場合によってはダメージさえも与える。


 ――だけど。


 煙が大きく揺れ、次の瞬間には上空まで吹き飛ばされた。勇者は無傷の状態でそこに居た。風の魔法スキルにより煙を拡散させたのだ。魔法を防御しながら、同時に別の魔法を使用している。通常ではありえないことだ。


 けれどその理由はすぐにわかる。


 勇者の正面には、2枚のステータス画面が浮かんでいた。


「これで少しは分かったかい? ぼくはこの国の誰とも違うんだよ。まさに選ばれた人間なんだ。どんな攻撃だって、二つのスキルでいかようにもかわすことが出来る」


 ここまでは想定通り。得意げに話す勇者は依然として油断していた。


 間髪いれず、魔法が飛ぶ。今度は炎だけでなく、氷の矢、雷の矢、自然に存在する各属性の魔力の塊を立て続けに放った。


 防御魔法には、魔力そのものの力を弱める魔力防御と、各属性の耐性を高めるスキルがある。限界まで高められた属性魔法を防ぐには、耐性スキルで威力を軽減する必要がある。各属性を無作為に放つことで、防御スキルの発動を阻害するわけだ。


 さらに、ここに加えて、わたしが動く。


 属性魔法が勇者に直撃したところで、レアはわたしに向かって身体強化魔法を発動する。その威力はすでに体験済み。体の動きを制御するために、何度も練習を重ねてきた。


 わたしは渾身の力で勇者に向かって飛びかかる。その間にも、わたしに進路を遮らない角度で、常に魔法の矢が撃ち込まれている。


「だから無駄だって言っているだろう」


 渾身の一撃は、同じく身体強化されていると思われる勇者の両手で止められた。

 

 けれどわたしは慌てない。隠し持っていた眼つぶし(エルドに使ったもの)を顔に向かって投げる。さすがの反応の速さで、目に入ったかは分からないけれど、勇者に一瞬の隙が生まれた。わたしは素早くマントからすり抜け、勇者の体に巻きつける。そして、後方に向かって跳び、距離を取った。


 一定の距離を取ったところで、レアの全力の火炎魔法が放たれる。超高熱の火の球が飛び、勇者に直撃。一瞬で燃え盛った。


 わたしのかぶせたマントには、燃えやすいように、ガナムの鱗を粉にした発火剤の袋、そして表面に油をしみこませていた。勇者の体から炎が上がり、次の瞬間、小規模な爆発が起こった。


 爆発の煙が風で流れていくと、そこに居た勇者の姿は、真っ黒に焦げていた。生きているのか、死んでいるのかも分からない。けれど、ここで油断するわけにはいかない。


 わたしは、勇者から右方向に離れた場所の気に向かってナイフを投擲する。木に張られた縄が断ち切られ、地面に仕掛けられた網が勇者を包み、そのまま上空へと引き上げた。


「ははは、これはすごいねえ。さすがにちょっと危なかったかもしれない」


 それでも、やはり勇者は生きていた。


 苦しむ様子もなく、網が切り裂かれた。空中で静止したまま、焦げた体が徐々に回復していく。こうなることは予想していないわけではなかったけれど、間近で見ると、やはり恐ろしかった。


 恐怖で膝が震えそうになるのを必死にこらえながら、わたしは次の行動に移す。


「風魔法! お願い!」


 わたしは、後方に居るレアに向かって叫んだ。

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