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スキルなんていらない  作者: みやざわ
26/33

26:喧騒の街

 戦うために作戦を立てていると、どうしても必要なものが出てくる。


 食糧ならまだしも、道具は森では手に入れることができない。わたしは意を決して、街に向かうことにした。


 もちろん、無策で飛び込むわけじゃない。魔術師に相談すると、


「今から遠くの村に向かうと時間もかかるし無理か。良いよ、人の注意をあまり引かないように魔法を使ってあげる。できるだけ長く作用するものにするけど、持って半日くらいかな」


 と言ってくれた。


 後は、効果があるのかわからないけど、フードを目深にかぶり、なるべく人に顔を見られないようにする。


 見つかったからといって、戦いの日まで期限までは殺されるわけじゃない。それでも、なんらかの妨害はされる可能性がある。ルシがそう言うので、わたしは内心ちょっと怯えながら街へと向かった。


 けれど、その心配が無用なことに、森を出てすぐに気づいた。街は喧騒に包まれていた。


 これまで見たことのないお祭り騒ぎで、わたしは一瞬、森に帰ろうとまで思ってしまった。けれどすぐに考え直す。姿を隠すには、人が騒いでいる方がずっと良い。


 街に潜り込んだ時、騒ぎの理由はすぐに分かった。


 往来の人々が口々に言っていた。なんて勇壮な行列だろう。辺境での魔物討伐ではほぼ一人でご活躍されたそうだ。一目お姿を見ることができて良かった。


 人々の言う行列はすでになく、姿を見ることはできなかったけれど間違いない――


 勇者が来ているのだ。


 英雄の登場に街が沸き立って、人々が浮かれに浮かれていた。

 

 城の方へ向かえば、勇者を見ることができるかもしれない。わたしは自分を必死に押しとどめて、いつもの貧民街への道に足を踏み入れた。


 少しだけ心が揺れた。人々の尊敬を集める勇者。ルシと魔術師が言っているだけだから断言はできないけれど、その勇者と、わたしは戦うことになるのだ。できることなら、ずっと、あこがれの存在で居てもらいたかったとも思う。


 街の中心地が騒がしかった分、路地を抜けたその場所は、いつにもまして暗く、寂れて見えた。わたしは一直線で、マイルスの居る、いつもの店に向かった。


「ちょっと申し訳ないんだけど、急ぎでいくつかものを用意してもらいたいの。追加で料金は払うから」


 お金の入った袋を台の上において、必要なものを伝えた。


「わかった。猶予はどれくらいだ?」

「うん。できれば日が暮れるまでには」

「マジかよ。急ぎも良いところじゃねえか。ま、ほかの店に声をかければやれないことはない。ただ、追加料金多めには頂くぜ」

「いいよ。ただ、予算以上は払えない。ツケにするつもりはないからね。品物の選定はそっちに任すよ。できるだけいいものをお願い」


 マルスはそれからなにも言わなかった。ただ、お金を受け取って、頷くだけだった。彼にお金を渡してから、なんていうか、わたしの気持ちが切り替わった。足早に貧民街を離れ、街の市場へと向かう。


 森で食料は手に入るけれど、今一緒に居るのは3人だ。ルシの分はいらないとしても、それでも日用品は不足しがちだ。今まで一人分だった食器だって欲しいし、調味料も多めに用意しておきたかった。


 市場では、店主になるべく顔を見せないよう買い物をしたり、話す時には声を低くしたりした。できるだけ“宿なし”が街に来ていると気づかれないようにしたつもりだけれど、その効果があったのかどうかわからない。勇者の行列の影響で市場はいつにもまして賑わっていたし、客が誰かなんてどうでもよくなるほどに忙しそうだった。


 買い物が終わり、なんだか姿を隠すのもバカらしくなったので、街の中央広場の隅で少し休憩することにした。街は勇者到着の興奮がまだ冷めてないらしく、勇者が出てくるはずもないのに、その賑わいは、途切れることがなかった。


 ぼんやりと人の往来を眺めていると、数日前にここに来たことを思い出して、今の自分の境遇があまりにも変わってしまったことにうんざりした。でも、これも運命ってやつかもな、なんて、適当なことを考えながら、街の兵士の数を数えたりして時間をつぶした。


 しばらくして、わたしは緩慢な動きで立ち上がり、貧民街に向かって歩きだした。日は落ちつつあって、もう準備はできているだろうと思った。マイルスは、口ではああ言っていたけど、とっても仕事が早いから、すでに準備はできているはずだった。


 店の前に就くと、マイルスがこちらに向かって手を挙げた。台には荷物が積まれていた。


「ありがとう」


 わたしは礼を言う。荷物の横にお金の入った袋も置いてある。律義にお釣りを入れてくれたらしい。全部取ってもらっても良かったのに。


「あれ?」


 品物を確認していて、おかしなことに気づく。頼んでいた品物とはちがう袋が置いてあった。それを取り出してみると、服が入っていた。冒険者がよく身につける、軽くて丈夫な布の服。首周りには作成者の紋が刻まれている。なかなかに高価なものだ。


「それはノズの毛を編んで作ってるそうだ。丈夫で長持ち、多少魔力の耐性もつく、うちで出せる自慢の一品だ」

「どうして……?」

「必要になるかと思ってさ。これから、でかい戦いでもあるんだろ?」

「わかる?」

「いつもと買うものが違うからな。それ位はわかるさ。あと、今までにそういうやつを何度か見たことがある。博打で一発逆転を狙おうとするやつらとかな。今日のお前は、それよりずっと深刻そうだ」

「まあね」

「死ぬんじゃないぞ」

「そのつもり」


 しばらくの沈黙ののち、わたしが口を開いた。


「いままでさ、ありがとね」

「なんだよ急に」

「女で、しかも宿なしのあたしを、まともに相手してくれたのはあんたが初めてだった。馴染んでからは街で普通に買い物もできるようになったけれど、それまではずっと助けてくれた」

「やめろよ。がらでもない。これから死ぬつもりかよ」


 彼の言葉に応えず、わたしは続ける。


「それに、ときどきさ、相場より少し上乗せして買ってくれたよね。気づいたのは最近だけど、気づかなかったのは悪かったと思ってる。ほんとうにありがとう」

「ば! そんな事ねえよ」

「長く街に通ってたら、相場の情報も入ってくる。それでも気付かなかったのはわたしがバカだったからだけど、でも、うれしい。感謝してる」

「頭でも打ったんじゃねえか。それか、明日には死んでるかのどっちかだな」

「それは、わたしにもわかんない」

 

 そしてまた、沈黙が訪れた。


「もう、うちにはこれないかもしれないな」

「うん。先のことはわからないけれど」

「生きろよ。おれはさ、別に見返りが欲しくってやったわけじゃねえんだ。ただ、おれも親に捨てられて、ここの親方に拾われたんだが、あんたを見てるとさ、やっぱすげえよ。おれだったら、早々にのたれしんでいる。自信持てよ。ふつう、身寄りもなくひとりで生きていくなんて出来ねえからよ」

「ありがとう……」

「あーあ、これからつまんなくなるな。うちも常連で固まっちまってるし、おめえの持ってくる品は結構なもんだったんだが」

「ごめんね」

「あやまんなよ」

「ごめん……」

「生きてたら、いつかまたうちの店に来いよ。どれだけ先のことになっても良いからよ。そしたら何かおごってやるさ」

「うん!」


 わたしは、マイルスの優しさに、少し泣きそうになって、顔を伏せて、足早に店の前を去った。だめだ。まだ泣いちゃいけない。全部終わったら、その時、初めて、泣いていいんだ。


 荷物は思いのほか多く、肩にずっしりと重みを感じた。でもこれくらいなら、家に戻るまで十分に体力は持つ。途中で何か起きない限りは……


「ずいぶんと慌ただしいな」

「まあね」


 振り向くとそこには白銀の鎧を身に付けた大男が立っていた。エルドだった。


「これが最後の忠告だ。騎士団に入れ。お前に指名手配がかかっている。現在はまだ我々騎士団と警備兵にのみ指示が出ているが、いずれ街中の人間が、お前の顔を知ることになる」

「もう、そういう段階の話じゃなくなってんのよ」

「どういうことだ? 私もおかしいと思っている。確かにスキルを取得しないことは罪だが、騎士団直々に命が下るなど、前例のないことだ」

「ほっといて」

「今ならまだ間に合うかも知れん。王に助命を乞え、そして騎士団に入るのだ。そうすれば――」

「もう何もかもが手遅れなのよ! 次の新月の夜が明けたら、わたしの生死が決まる。生きてたら、追手を出すなりなんなりすればいいわ。それまでは放っておいて」

「そうか。で、あれば私はお前と刃を交えなければならぬ」

「わたしが丸腰でも?」

「仕方ない」

「そう……」


 わたしは、エルドに向かって歩き出す。武器も持たず、ゆっくりと近づいていく。エルドが安堵したような表情を浮かべる。この状況では、わたしはほぼ逃げられない。だから、こうするしかない。


「わかってくれるか」


 わたしは彼の前で立ち止まる。剣を構えたエルドが、わたしを見下ろしている。


「ごめんね」

「なっ――」


 エルドからは、わたしが視界から消えたように見えたかもしれない。黒いマントが、わたしに有利な展開を与えてくれる。懐から取り出したのは、すりつぶしたキコの実の入った袋だ。それをエルドの顔にめがけて投げる。


 キコの実は調味料にも使えるが、それが目に入った場合、激痛がはしる。もしもエルドが油断していなかったら、こんな手は使えなかった。


「がああああああ!!!」


 エルドの声が響き渡る。いずれ、ほかの兵士も現れるだろう。わたしは、走って街の出口へと向かう。もうここには戻れない。少なくとも、戦いが終わるまでは。いや、エルドにあんなことをしてしまった後だから、二度と……


 わたしは街を出た。森に入り、炊事場にたどり着くまで一度も立ち止まらず、振り返りもしなかった。

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