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スキルなんていらない  作者: みやざわ
23/33

23:目が覚めて

 目を覚ますと、見慣れた風景がそこにあった。ここはわたしの家だ。


「よお、起きたか」


 ルシが部屋の真ん中に陣取ってこちらを見ていた。


 わたしは、目覚めたばかりのぼんやりした頭で、必死に今言うべき言葉を考える。


「……バカ!」

「バカはねえだろバカは」


 ルシが苦笑いをする。わたしだって、そんなこと言いたいわけじゃない。でも、そんな言葉しか出て来なかったのだ。体を起して、改めてルシを睨みつけた。


「いろいろ聞きたいことはあるけど、まずこれだけは言わせて。今までどこに行ってたの?」

「そりゃいろいろだな。ひとつのところにいるのは性に合わねえからな」


 また、はぐらかそうとしている。こいつと話すには根気ってものが絶対的に必要なんだ。


「なんで……わたしを置いていったの?」


 ルシは黙ってこっちを見ていた。


「気弱になってるな」


 とつぶやく。


「そりゃそうでしょうよ! あんたが突然いなくなって、どんなに苦労したか! それはまだ自分でなんとかできたから良いようなものの、昨日今日だけで何度も死にかけたのよ!」

「だが、生きてるじゃねえか」

「まあ、そうだけど……」


 言葉がつまった。別に、こいつに頼りたいわけじゃない。今まで一人で生きて来れたんだし、でも、それにしたって!


「キュウ…」


 メルルクが、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。


「心配してくれているの? バカとは大違いね」

「キュ!」


 メルルクの体をなでていると、いくらか気分が落ち着いた。わたしは改めてルシを見据える。


「それで、今になって戻ってきたってのはどういうわけ?」

「そいつだよ」

「え?」


 ルシの視線の先にはメルルクがいた。


「この森を出る前、俺はそいつに後のことを託した。思いつきで提案したことだが、そいつは快く引き受けてくれてな。もしも、お前の命が危険にさらされた時は、必ず守ると誓ってくれた」

「この子が? どういうこと……?」

「俺はそいつに仕掛けを作った。自分の命を捨てて、お前を助けようとした時、魔法が発動し、俺に知らせが届く」

「そう、なんだ……」

「キュキュウ!」


 わたしはメルルクを見た。嬉しくって、もう一度、優しく撫でた。いろいろ言いたいことはある。でも、今言っても仕方のないことだ。多くの言葉を飲み込んで、わたしは口を開いた。


「それで、これからどうすんの? さっき起こったことって、夢じゃないんだよね。あんな約束して大軍勢が来たら、わたしじゃどうにもならない」

「いや、あいつはそんなことしないよ」

「どうしてわかるの?」

「勘」

「勘って……」

「やつはおそらく小数、いや、たった一人、最高戦力をぶつけてくるだろう。断言できるが、お前だけでは、絶対に勝つことはできない」

「なによそれ。結局勝てないんじゃない」

「ああ、お前だけならな」

「それって……まさか」


 ルシの顔を見て、わたしの頭に、魔術師の姿が浮かんだ。けれど、彼女はわたしと戦った敵同士で、手伝ってくれるとは思えない。


「そう、魔術師だ。俺からは多少説明してやった。後はお前がどうするかだ。味方に引き入れるのか、それとも、裏切りという可能性をとって、見逃すのか」

「そう簡単に裏切ってくれるとは思えない」

「だろうな。あいつにも考えがあるらしいから、お前の説得次第だろう。話す気があるなら、今は川の近くに居るはずだ」


 そう言って、ルシはわたしを見据えた。わかっている。わたしが魔術師のところに行くと、知っているのだ。


「助けてくれて、ありがとう」


 ほんとうは、ほんとうに、言いたくないことだけれど、言わないと気が済まなかった。


「森での生き方を教えたのは俺だ。助けるのは当然だろ」

「うん……」

「にしても全く変わんねえな! 服も前と全然変わってねえじゃねえか」


 ニヤニヤしながら聞いてくる。痛いところを突くやつだ。


「別にいいでしょ! ここでの生活にはなんの支障もないんだし」

「それにしたってよお。人間のガキは見ないうちに変わるもんだが、変化がわかんねえんだよなあ。背とかちゃんと伸びてんのかよ」

「成長はしてんの! この服だって何度か作りなおしたし!」

「どうだか」

「はあー? 物覚え悪すぎでしょ」


 ルシは全く変わらない。前にここに居た時と同じようなやりとりで、わたしは、不覚にも、涙が溢れそうになった。


「もう! 外に出てくる!」


 わたしは涙を見られないように立ち上がり、扉を開く。外はもうすっかり暗くなっていた。


「気をつけていけよ。魔術師がその気なら、お前を殺そうとするかもしれない。ま、その時は俺が止めるがな」

「わかってる!」


 乱暴に部屋から跳び出し、するすると地面に降りていく。あまりの勢いで、少し手のひらが痛くなった。


 魔術師の居る場所はなんとなく予想がついた。川の近くで、体を休めることのできる場所はあそこしかない。


 少し歩いて、河の方に向かうと、予想通りと言うべきか、魔術師はわたしがいつも使っている炊事場に居た。薪の前に座り、わたしの鍋を使って、なにか料理をしているようだった。


「起きたの」


 わたしが声をかける前に、魔術師が鍋に視線を注いだまま言った。


「うん。ついさっきね」


 魔術師は、やはりこちらを攻撃するつもりがないらしい、わたしは警戒を解いて、彼女の向かい側に座った。


「あんたも食べる?」

「いいの? もらおうかな」


 魔術師は立ち上がり、慣れた手つきで鍋をよそった。


「材料は使わせてもらったわ。あと食器もね」

「うん。良いよ別に。場所が分かりにくくなかった?」

「あたしも台所に立つのは慣れてるからね。だいたいわかる」


 皿を受取って、一口すすった。優しい味が口の中に広がった。


「美味しい。なんか意外」

「料理できないように見える? それはあんたもでしょ」

「わたしのは材料を適当に放り込んでるだけだから。でもこれは料理って感じがする」

「魔術師になるにはね。下積みの時に延々と家事をさせられんのよ。同期と持ち回りで、師匠と先輩、その場に居る全員の料理を作るの。掃除も大変だったけど、味に文句をつけられる分、料理が特に大変だったかもしれない」

「へえ」

「師匠が言うにはさ、家事は魔法の原点なんだって。昔は、女は家の中の家事の効率化のためにしか、スキルを使わせてもらえなかった。でも、その中の誰かが、料理の際に火加減を調整するために炎の魔法スキルを使いはじめた。それから、少しずつ魔法を使う女性が増えたってことらしいわ。女の魔法はね、台所から生まれたの。今でこそあたしたちは魔術師なんて呼ばれてるけど、昔は、女のくせに魔法スキルを使うなんて、とか言われたらしくてね。魔女って言葉は今は使われていないけど、昔は罵倒の言葉だったんだってさ」

「なるほどねえ……知らなかった」


 昨日戦っていたとは思えないほどの、穏やかな空気が流れていた。魔術師は鍋の火加減に集中していたし、わたしは、彼女の何気ない話にすっかり感心してしまっていた。わたしはスキルについて何も知らない。スキルの仕組みや、それを出し抜く方法をいくら学んでいても、実際に使う人間のことは考えてもみなかった。


 魔術師にもいろいろあるんだなあ。そんな呑気なことを考えながら、わたしは、やわらかく煮られた肉をほおばり、染み出る味を堪能していた。


「どお? いい味出てるでしょ」

「美味しい」


 それから、沈黙が続いた。魔術師は相かわらず鍋のスープを味わっていて、わたしも、なにかを言い出す気にはなれなかった。


 しばらくして、魔術師が大きく息を吐いた。


「あの黒ずくめからいろいろ聞いたわ。あんたも大変なことになったね。詳しくは教えてくれなかったけれど、国王を裏で操ってるやつがいたとはね。わたしはまんまと利用されたってわけよ。あたしの全力魔法でも止められないなんて、今までいなかった。そんな奴とどうやって戦うの。そもそもそんな奴がいること自体、信じられないけど」

「うん。わたしも、もし実物を見ていなかったら、信じられなかっただろうと思う」

「だいたい、あの男からの話だけで信じろっていうのがどうかと思わない? 国王を陰で操る天使があたしもろともあんたを殺そうとしたって? ハハ、冗談」


 何も言い返せなかった。わたし自身、この状況が、まだ夢のなかのような気がしている。今日という日が始まって、ユミルから話を聞いたこと自体が、全て夢なのではないかと思えた。それくらい、一日でいろんなことが起こり過ぎていた。


「……なんてね」

「え?」

「信じられない、ってのは嘘。実はあたし、途中から全部見てた。気を失ったふりをしていただけ。だから、信じるとか信じないとかそういう話じゃないの。あたしが、これからどうするかってのが一番の問題なのよね」


 考え込む魔術師に、わたしは何と声をかけていいのかわからなかった。彼女とわたしの状況は違う。今からわたしから石を奪うこともできるし、なにもせず姿を消すことだってできる。それらの選択肢を否定して、勝算の低い戦いに協力してほしいと言えるだけの理由を、わたしは持っていなかった。


「でもね。迷ってもいる。状況からして、あたしが巻き添えを食らったのは間違いないし、あたしの命がどうでもいいと思われてるってこともどうやら間違いないらしい。あんた、ラスタロがどうなったか知ってるんでしょ」

「わたしを追ってきた人ね。話を聞こうとした途端に死んだ。とっても苦しんでた」

「そうよね。あんたが殺せるわけがない。いくつかの戦場を見てきたから、殺せるやつか、そうでないかは分かるつもり。あんたは絶対に殺せない。ということは、薬か、魔法か、どちらかで遠隔で殺されたってこと。わたしには仕掛けられていないようだけど、いつ殺されるかも分かったもんじゃない」


 わたしはうなずいた。


「それで迷ってるわけ。あの羽の生えた男は、わたしを無視した。死んだと思っていたのか、殺す価値もないと考えたのか。あの状況じゃ、その余裕がなかったのかもね。だから、このまま国外に逃げ出すことだってできる。あるいは、今からあんたを殺して……物騒な言い方はやめましょう。機密を返してもらって、王都に戻ることもできなくはない。でも、それで本当に良いんだろうか? この状態でもどってあたしは殺されないだろうか。生きていたとしても、任務失敗の汚名を、このまま一生引きずっていかなくちゃならないかもしれない。だから――」

「わたしは――」


 魔術師の言葉を遮るように、わたしは口を開いた。


「あなたに手伝って欲しい。わたしだけの力じゃ、きっとどうすることもできないけれど、魔法があれば、いくらでも手があるんじゃないかって思ってる」

「必要なのはあたしじゃなくて、魔法ってことよね」

「別に、そういうことじゃ……」

「いいの。魔術師ってのはそうやって生きている。人から利用されるために技術を磨くようなものだから。魔法を使う場は、現実にはあまりない。だから利用されて、こちらも利用する。それがあたしたち魔術師なの。あんた、もしかして、巻き込んで申し訳ないとか思ってる?」

「思ってる。できることなら、わたし一人でなんとかしたい。でも、たぶん無理。だからあなたの力が必要なんだ。他に出せる条件も、言葉もないけど、どうか協力して欲しい」


 できるだけ、心を込めて、言った。自分でも、なんてつまらないことしか言えないのだろうかと思う。


 魔術師は目を丸くしてわたしを見ていたけれど、急に笑い出した。


「ハハハ!! あんたは面白いよ。普通さ、もっとあたしを騙すようないい話を持ってくるもんでしょ。あたしが居ないとあんた死んじゃうんだよ。なのになんでそんな正直に言っちゃうのよ」

「でも、本当のことだし……」


 わたしが申し訳なさそうに言うと、魔術師はあーあ、と緊張がほぐれたように息を吐き、笑顔を見せた。


「かなわないね。あんたがもしも男だったら、あたしは手を貸さなかったかもしれない。今まで自分だけの利益のために魔法の力を利用しようとする男はいくらでも居たからね。でも、あんたは違う。女だし、自分の生き方のためにあたしに助けを求めている。それを断れるほど、あたしは魔女になれない」

「じゃあ……」

「いいわ。手伝ってあげる。その代わり、生き残るために全力で考えなさいよ。あたしにできることは全部やってあげる」

「……ありがとう」


 わたしは、誰かの協力を受けるということを改めてかみしめた。たった一人の時とは違う、より大きな責任と重圧。それが今わたしの体にのしかかっていた。


「もう一杯食べる?」


 深刻そうな顔をしているだろうわたしに、魔術師は笑顔で聞いた。


「うん」


 わたしは自分でもぎこちない笑顔を作って、皿を手渡した。

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