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スキルなんていらない  作者: みやざわ
21/33

21:最初の思い出

 はじめて森にたどり着いた時、わたしは、まったく途方に暮れていた。


 木の葉がこすれ合う音と、遠くから魔物の鳴き声が聞こえていた。 


 これからいったいどうなっていくのだろうかと思った。家に帰りたくない、帰るものかと決めたものの、わたしは、一人で生きていく力を持ち合せていなかった。


 食事も身の回りのことも、ほとんどすべてのことを、祖母に任せてなにもしたことがなかった。わたしにあるのは、同じ年齢の女の子よりもはるかに有り余る体力と、人と戦う方法の知識だけだった。 


 自分の姿の写る水面をしばらく見つめて、わたしは、ようやく決心して、立ち上がった。


 魔物の鳴き声は消えない。心の底に、寂しさと、恐怖が広がっていく。日はすでに落ち、薄暗くなった森のなかで、わたしは、フラフラと歩き出した。


 足はまだ回復していなくて、感覚もない。自分が歩いているという感覚ももてないまま、あてもなくさまよっていた。


 森のなかを歩くという経験もなかったわたしは、今どこにいるかも理解できなかった。周りは、木、木、木、見分けもつかない同じ風景が続いている。歩きだした時に感じた恐怖は、やがて麻痺して、まるで夢のなかを歩いているような感覚になった。 

 

 わたしは、今どこに居るのだろう。もしかしたら、わたしは本当に夢を見ているのかもしれない。ぼんやりとした頭でそう思った。

 

 目を覚ましたら、またあの忙しい毎日が始まる。朝から走って坂を上り、駐屯地の兵士に痛めつけられる。そんな毎日がまた繰り返されるのではないかと思った。心のどこかで、それを期待して居る自分に気づく。


 どれくらい歩いただろうか。遠くに、明かりが見えた。


 わたしは、そのことにさして驚くわけではなく、ぼんやりと、そしてゆっくりと近づいていった。危機感とかそういうものはすでになくなっていて、感覚だけで体が動いていた。


 大きな木を回り込んで、光を放っている場所を覗き込むと、人がいた。


 薪の前に座って、こちらに背を向けていた。


 わたしの足は止まらなかった。相手がどうとか、関係なかった。ただ、火にあたりたかった。夜になって、すこし肌寒くなっていて、それで勝手に足が動いていた。 


「ここに人がいるなんて珍しいな」


 わたしの足が止まる。薪の前に座っている男が、背を向けたまま言った。


 一瞬、逃げることを考えた。考えて、足にそういう命令を出そうとした。けれど、足はやっぱり考え通りに動かず、その場に固まったままだった。


「まあ、火にでも当たれよ。別に取って食おうってんじゃない」


 男は背中越しに、肉を掲げた。なんの肉かは分からないけど、木の棒に差した、ひどく雑な料理とも言えないようなものだった。


「ほら、遠慮すんじゃねえよ」


 男は背を向けたままで言う。それでもわたしは動かなかった。相手を信用していいのかどうか考えていたとか、決してそういうことではなく、目の前の状況を、ただ、人ごとのように眺めているだけだった。


 ぐー。


 そこで、わたしのお腹が鳴って、森に来てはじめてわたしは、自分の体というものを意識した。急に現実感が戻って来て、重い疲労と空腹を感じた。


 この状況はあまりよろしくない。知らない森のなかで、得体のしれない男から話しかけられている。相手は、わたしに気を使って声をかけてくれているようだが、なにを考えているかわからない。


 逃げた方がいい。わたしのなかの声がそう主張する。けれど、わたしにとって、自分のことはもうどうでもよかった。わたしは、親の元から逃げ出して、頼るものもなにもない。どうでもなれという気持ちになって、ゆっくりと赤々と燃える焚き木に近づいていった。


 男の横を通り過ぎ、向かいにちょうど良く置かれていた丸太に座る。


 目の前で両ひざを立てて座っていた男は、わたしの方を見るでもなく、手持ちぶさたに肉を炙っていた。


 わたしは空腹の限界で、吸い寄せられるようにその肉を見つめていた。すると、男はそれに気づいて、


「これ、食うか?」


 と肉を掲げて見せた。


 ぐー。


 とまたお腹が鳴った。


「いらないの?」


 わたしが聞いた。

 

「ちょっとな、こういうことをやってみたかったんだよ。普通の人間みたいに」


 男はよくわからないことを言って、立ち上がり、わたしに肉の刺さった棒を手渡した。


 その時のわたしは、相手が誰かなんてどうでもよかった。


 夜に紛れるような、黒い服で身を固めたあからさまに怪しい男。襲われる様子はないにしても、関わっていいことなどあるはずないのに。それでも、肉の誘惑には勝てなかった。


 それに、たった一人で薪の前にいる男を、わたしは、どういうわけか、他人とは思えなかった。この世界でたった一人になってしまったわたしは、だれか、人の近くに居たかったのかもしれない。


 肉を受取って、わたしはむさぼるように食べた。なんの肉かは分からなかったけれど、とても美味しかった。今まで食べたどんな肉よりも、美味しく感じられた。


 肉を食べ終わって一息ついていると、男が、


「ところで、なんでこんなところに一人で居るんだ?」


 と聞いた。


 わたしの口は自然と動いた。誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。喋るつもりはないことまで全部喋った。今まで母にされたこと。そして、許せなかった変化。体がステータスを拒絶したこと。


 相手に伝わっているかも考えず、時系列もばらばらで、言いたいことを全部喋った。男はわたしの顔をじっと見つめながら、なにも言わずに話を聞いていた。


「ふーん。ってことは要するに、はみ出し者ってわけか」


 男は心なしか嬉しそうに言った。


「そういう簡単な言葉で説明されたくない」

「おもしれえな。気に入ったよ」


 男は突然立ち上がり、


「こっちに来い」


 といって、森の奥に向かって歩き出した。


「ちょっと待って!」


 わたしは、慌てて後を追った。ただでさえ暗いのに、男は闇に紛れる格好をしていて、油断していると見失いそうになる。森に入ったことなんてあまりないから、地面の根っこにすぐつまづきそうになるし、かといって、下ばかり見ていると、低木の枝にぶつかったりする。


 必死になって男を追った先には、大きな木があった。木の上には、月に照らされて、かすかに家のようなものが見えた。


「これもな。作ってみたんだよ。全部手作業だ。何度か投げだしそうになったが、面白かった。やはり自分の手でやってみなければ見えないこともあるな」


 暗くてよく見えなかったけれど、男の声には無邪気な嬉しさがあふれていた。


「落ちて死ぬなよ」


 男は木の幹に手をかけ、まるで体重がないとでもいうように、軽々と登っていった。男が見えなくなって、わたしは暗闇のなかに一人取り残された。


 どうすりゃいいのよ。木になんて登ったこともないし。


 そんなことを思って、幹の出っ張りに手をかける。良く見ると、幹には細くて頑丈な蔓が這っていて、登るのに苦労はしなかった。足の方は限界でも、自分の体を支えるくらいの力は残っていたから、ほとんど力任せで登った。


 途中で、なんとかコツのようなものをつかんだような気もするけど、頂上にたどり着く頃には、疲れ果ててしまっていた。足が疲れ、腕も疲れ、わたしの体で疲れていないところなんてなくなっていた。


「遅かったな」


 男は部屋の中心に座って、わたしを待っていた。その頃の内装はもうひどいもので、なにも置いてないといって良いようなものだった。寝どこも獣の毛皮がしいてあるばかりで、ひどく殺風景な部屋だった。

 

「疲れてんだろ、ここで寝るといい」


 わたしは、疲れ過ぎてわけもわからず、男を見返していた。


「なんもしねえよ。ガキは趣味じゃねえしな」


 男があきれ顔で言った。


 何か反論したい気持ちもあったけれど、わたしは、男に言われたとおり、寝どこで身体を丸めた。


 なにが起きても諦めようと思っていた。それくらいに、疲れていた。


「なんで、ここまでしてくれるの?」


 何気なくつぶやいた。もうすでに眠気が迫っていて、答えてくれなくていいとも思っていた。


「気に入ったから、じゃ、納得できねえか?」

「わかんないよ」

「じゃあ聞いても無駄だろ、寝てろよ」

「リーズ」

「あ?」

「わたしの名前。一応言っておこうと思って。あなたは?」

「くだらねえ。名前なんざどうだっていいだろうが」

「な・ま・え」

「けっ、わかったよ。ルシだ。覚えてくれなくても構わねえ」

「ありがとう。ルシさん」

「さんづけなんてすんじゃねえ。後名前を呼ぶな」

「おやすみ」

「いいから寝ろ!」


 そうして、その男――ルシの言葉を最後にわたしは深い眠りに落ちて行った。

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