2:ステータスとスキル
この世界にはスキルというものがある。
スキルあらねば人間にあらず、スキルにより人間は発展し、繁栄してきた。
……らしい。わたしはそうは思わないけど。
でもたしかに、スキルがなかったら、人間は魔物への対抗手段を持たなかっただろうし、武器も持たず、ずっと穴ぐらで怯えて暮らしていたかもしれない。
人は生まれて一定の時が経つと、教会で洗礼を受ける。
神の加護を受けた聖職者が、子どもにスキルを取得する力を与える。そこで人ははじめてステータスを開くことができて、取得できる項目から自分に合ったスキルを選ぶ。
スキルっていうものがなんなのか、わたしにはよくわからない。
ある一定の行動を続けることで得られる不思議な力で、歩いたり、走ったりしているだけでも「脚力向上」のスキルを取得することができて、そのほかにも、生活の様々な場面で使われる多様なスキルが存在する。
スキルには「常時発動型」と「選択発動型」の二種類があって、例えば「体術」は脚力向上や、筋力向上のスキルを高めると取得できるけど、これは「常時発動型」でステータスを開かなくても効果は発動する。
一方「選択発動型」はステータスを開いて選択しないと使用できない。「常時発動型」以上に多くのスキルが存在していて、その多くは、世界に漂う「魔力」を利用するため「魔法スキル」と呼ばれている。
とてもややこしい仕組みだ。考えるだけでもうんざりする。
けれど人はこの、ステータスとスキルと共に生きてきた。いつ、どの時代からこの仕組みがあったのか、それは全くわからない。わたしの、親の親のそのまた親の時代から、ずっとステータスはあって、誰も不思議に思ったことはないらしい。
まだ森に来る前、祖母にしつこく尋ねて、逆に聞き返された。どうしてそんなこと気にするのかって。誰もそんなこと考えたことがないって。
でもさ、おかしくない? 自分でもよくわからない力が、急に湧いてくるんだよ?
昨日までできなかったことが、スキルを取得したとたんに簡単にできるんだよ?
わたしは、どこか変なのかもしれない。
スキルとはなんなのか、ずっと考えていた時期もあったけれど、結局、納得できる答えを思いつくことはなかった。
確かなことは、それが世界の理ってやつで、わたしにはどうすることもできない絶対的な決まりだってことだけだ。
これはわたしの持論なんだけど、スキルは生活を便利にしたけど、同時に生き方を狭くした。
人の一生は、ステータスを開いた瞬間に、なにもかもが決まってしまう。スキルを取得すれば、もう後戻りはできない。
自分でスキルを選べるってことは、とても自由なことのように思えるけれど、実際はそうじゃない。
親の元で生活する子どもに、選択権があるわけなくて、家が農家であれば、畑を耕すため、鍬を扱うスキルが求められるし、商人であれば、計算能力を高めるスキルが必要になる。
実用的なスキルを取得するには時間がかかるから、育った環境によって、取得するスキルはだいたい決まっている。
だから、子どもたちは親の言うとおりにスキルを取得し、そうやって生きる道が決まる。
ただ、逃げ道がないわけじゃない。王国の戦士に志願すれば、兵士になるという道が残されている。身体能力の高さやスキルを扱うセンスは必要とされるけど、努力で人生の選択権を得ることができる。それに――いや、このことはあまり考えたくない。
……でだ。
どうしてわたしがこの森で住むことになったかというと、このスキルっていう、動かしようのない決まりがあるからだ。
わたしは洗礼を受けて、にもかかわらずステータスを開かなかった。だからもちろんスキルを取得していない。この国ではスキルを取得していないことは重罪で、街でそのことが知れると即牢屋に入れられてしまう。
わたしが生きていくためには、盗賊とか犯罪組織の一員になるか、人目につかない場所で生きていくしかなかった。それで、わたしは後者を選んだ。
人の道から外れた人間は少なくない。農家をやりたくない一心で村から飛び出したり、汚職か何かで国の官職から追放されたり。理由は様々だけれど、自分の職を失った人間は、盗賊や荒くれ者の集まりに流れ着く。
そういう需要のためにスキルの再取得を請け負う闇業者もいて、世の中はうまくできているものだと感心する。たいてい街の貧民街に店を構えていて、違法なスキル取得のほとんどはこの経路で行われている。
けれど、再取得には洗礼に連なる専用のスキルが必要で、闇業者のなかには身を持ち崩した聖職者がいるんじゃないか、なんて噂もある。
わたしにはそういう道だってあった。盗賊でもなんでもいいけど、何らかの組織に属して、自分の道を選ぶってこともできたはずだ。この国を出ても良かった。
でも、わたしはそうしなかった。自分の意志で、森で生きていくことを決めた。
今からでも、ステータスを開いて、スキルを取得すれば、わたしは普通の生活を送れるようになるかもしれない。けれどわたしは、絶対にそんなことはしない。
人はわたしの生き方を不思議に思うかもしれない。意地を張っても意味がないことは、わたしにだってわかっている。でも、こうするほかなかった。こうでもしなければ、わたしは過去から逃げ出すことができなかった。
………………
…………
……
ああ、自己紹介がまだだった。
わたしの名前はリーズ。
わたしを知っている人間はわたしのことを「宿なしリーズ」なんて呼ぶ。なによ「宿なし」って。もっと言い方ってものがあるでしょうよ。
ま、なんて呼ばれようとどうだって良いんだけど。
ただ、森に住んでるからって、野生児みたいな扱いは納得いかない。たまに居るんだよね。街でわたしを必要以上に怖がってるやつ。わたしは魔物でもなければ、人とは違う何かでもないっての。
とにかくわたしは、この魔物のうようよいる森のなかで生活している。決して楽な生活ではないけれど、家だってあるし、生活用品もそろっているから、案外快適な生活を送っていたりする。
さっきみたいに、盗賊が迷い込んで来て、臨時収入もあるし。まあ、うまくやっている。
生活の基本は、やっぱり罠だ。罠を仕掛け、動物や魔物がかかるのを待つ。動物は食糧になるし、皮は街で売れる。魔物はその体内に魔石をもっているから、さばいてそれも街で売る。
わたしの作れる範囲の罠では、たいした魔物は獲れないけれど、それでもまあまあの収入になる。たまに魔物の逆襲にあい、ひどい怪我を負うこともあって、わたしの体にはいつも生傷が絶えない。
ひとつ困ることがあるとするなら、油断したらすぐ死ぬかもしれないってこと。どう猛な魔物の縄張りに入ってしまったら最後、生きて帰れる保証はない。
それでも、スキルを使わない道を選んだことに後悔はしていない。
明日死ぬことになったとしても、わたしはステータスを開くことはないと思う。
だけど、多少不便に思うことがある。
例えば今こうして盗賊から手に入れた品物をお金に換えるため、街へ向かっている時だ。
多種多様なスキルのなかでも、移動スキルはあると便利な筆頭だ。草木を避けて森の中を自由に動くことができるものもあるし、役に立つスキルはたくさんある。
だけどわたしにはそんなものはない。いつだって、自分の足で歩かなければならないのだ。
でも、文句なんて言ってられない。できるだけ最短ルートを意識しながら木々の間をすりぬけていく。久々の街だ。上手く盗品を売りさばくことができたら、美味しいものだって食べられるかもしれない。
わたしは、期待に夢を膨らませながら、森の中を駆け抜けていった。