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スキルなんていらない  作者: みやざわ
18/33

18:決着

 待ち受けることには慣れている。


 わたしは竜の魔力に包まれた聖域から少し離れた場所で、息を潜めていた。ここには身を隠す場所はいくらでもある。しかも霧に包まれ視界は悪い。であれば、ここはわたしの独壇場というわけだ。


 スキルのないわたしが戦うには環境を利用するしかない。


 わたしは、静かに時を待つ。目をつぶって、周囲の音に耳を傾ける。すると遠くで爆発音が聞こえた。間違いない。魔術師がこちらに向かっている。


 しかしわたしは動かなかった。大きく息を吸い込んで、改めて呼吸を整える。今やるべきことは全てやった。あとはその時を待つだけだ。


 どおおおおおん!!


 聖域の入り口に爆発が起きる。絡み合う巨大な蔓などおかまいなしに、周囲の木々を破壊しながら、空中浮遊スキルを使用した魔術師が現れた。


「ああ、もう! なんなのよここは! めんどくさいったらありゃしない!!」


 魔術師が大声で喚いていた。ここに来るまで相当なスキルを使用したはずだけど、疲れた様子はまったくないようだ。


「いるんでしょ。さっさと出てきなさいよ。これでわかったでしょ。どんな手を使ったって、あんたじゃあたしをどうにかすることはできないって」


 その通りだ。わたしだけの力では、魔術師をどうこうすることはできない。


「ここよ」


 わたしは声を上げ、魔術師に姿を見せた。巨大な、うねる根の上に立ち、彼女を見下ろしていた。離れてはいるものの、どんな魔法スキルでも十分に届く距離だ。


 それがわかっていて、あえてわたしは、魔術師の前に顔を出した。相手に現状を示し、下手な行動を取らせないためだ。


「あんたバカなの? 姿を現したらどうなるかわかってんでしょ。せめて不意打ちでもして見せなさいよ」

「そうね」

「ふん。罠でもしかけてるんだろうけど、あたしに通用する罠なんてない」


 魔術師はステータス画面を開き、わたしに向かって素早く呪文を詠唱する。彼女もバカではない。詠唱の短い小規模なスキルだ。そう、それでいい。


 魔法が発動する。その一撃ですべてが終わると、魔術師は考えたはずだ。


 ――でもそうはならない。


 突然の爆発。炎の魔法は、わたしの体まで届かなかった。


「なっ!!」


 魔術師が驚きの声をあげた。


「まだ魔法を使う?」


 わたしの言葉に、魔術師の表情がこわばっている。


 魔力濃度が高い場所では、魔法スキルが暴発することがある。聖域の魔力は竜によってもたらされていて、彼はその濃度を思うがままに調節できる。


 竜の言っていた場を作るというのは、このことだった。


 これならば、うかつに広範囲の魔法は使えない。魔術師自身に影響があるだけでなく、周囲の大規模破壊による二次被害もあり得る。魔法を使えないということはつまり、わたしにも勝つ可能性が生まれるということだ。


「なるほどね。うまいこと考えたものだわ。こうも魔力溜まりがあると、うかつに魔法は使えない」

「その通り。さあ、どうする? 降参する?」

「じゃあ、こういうのはどうかしら?」


 魔術師の対応は早かった。ステータスに指を走らせて、短く呪文を詠唱する。彼女の周囲に赤い光が満ちる。おそらくは、自身の筋力か、もしくは身体能力を強化する魔法スキルだ。


 広範囲魔法が使えない以上、別の手を使ってくる。それはわかっていたことだけれど。


「もうちょっと慌ててくれたっていいと思うんだけどな」

「まあ、少しは驚いたかなって感じ」


 魔術師がにやりと笑った。


 わたしは身構える。この距離であれば、どのような攻撃でもかわせる自信があった。


 ――だけど。


「わ!」


 魔術師の体が消え、背後から声が聞こえた。けれど、声が聞こえるよりも先に、わたしの体は動いていた。一瞬だけ、彼女の動きの残像が、見えた気がしたからだ。


 前に伏せたわたしの背中の上を、魔術師の放った蹴りが、恐ろしい早さで通り過ぎるのを感じた。


 わたしは、即座に身体を跳ね、別の木の根に飛び移る。


 魔術師の姿を確認。わたしの居た場所からこちらを見ていた。


「うーん。こんなもんかしら。やっぱり自分に使うのは慣れないわ。あたしはやっぱりどっちかっていうと、後方で大魔法打ってるのが性に合ってるのよね」


 わたしの額に汗が流れる。まさかこれほどのものとは思っていなかった。目でとらえられないほどの速さの生き物は、魔物で何度か見たことがあったけれど、まさか人間にこんな芸当ができるなんて。


 けれど、彼女が魔法が使えないのは事実。身体強化スキルであれば、避けることはできる。後は、相手の出方を――


「すぐに終わらせてあげる」


 再び、彼女の姿が消えた。だけど、冷静さは失わない。別に存在が消えたわけじゃない。必ず攻撃の際にはわたしの近くに来るはず。


 わたしは、体をずらして、絡みあう太い根の一つを背にした。予想通り、体を横なぎにしようと蹴りが放たれていた。根で攻撃を防ぎ、反撃するつもりだった。


 だけど――


 魔術師の気迫とともに放たれた蹴りで、背にした根がたわむ。


「うぅ!!」


 その蹴りは、根を破壊してわたしの体に到達した。とっさに蹴りの方向に飛んだけど、予想以上の衝撃がわたしを襲った。


 空中で体をひねり、手近な蔓に触れて威力を減少させる。地面への激突は免れたものの、かなりのダメージを受けていた。


「あら? さっきまでの余裕はどうしたの?」


 魔術師がわたしを見下ろしながら言う。


 体に触れて、折れている箇所がないか確かめる。幸い、動けないほどのダメージはない。わたしは呼吸を整えて、魔術師を見据える。


「正直驚いた。まさか身体強化魔法だけでこんなに強いなんて」

「でしょう? ほんとうは使いたくなかったんだけどね。体が強化されているとはいえ、木を蹴ったりすると痛いでしょ。怪我するほどではないけど痛いのよこれ。でもね。これだったらあんたをボコボコにできる。もうあきらめがついたでしょ。逃げたってことは機密のことを知ってるってことよね。場合によってはあんたがその機密を持ってるって可能性もある。早くよこしなさいよ。そうしたら楽に死なせてあげる」


 わたしは何も答えない。体を休ませながら、今なにができるのか考える。現在の状況は悪い。これはいつものことだけれど、魔術師の持つ肉体強化魔法があれほどのものとは、正直思ってもみなかった。


 しかし、考えてみれば、なぜ、一撃を入れたあとに追撃して来ないのだろう? わたしを甘く見ているのか。余裕を見せているのか。


「返事がないようですけど?」


 魔術師が消えた。上空からの攻撃。動きの軌跡が、わずかに見えた。わたしは、最小限の動きで体をひねり、横へ跳ぶ。


 魔術師の体は地面に激突し、爆発が起こったように地面の土をまき散らす。


 わたしの身体にも大きな衝撃があったけど、それを反動にして、大きく飛び、そのまま、絡まった木の蔓の間に身体を潜ませた。


「っつ。今のはちょっと危なかったかな」


 わき腹に触れると、血がにじんでいた。どうやら、彼女の弾き飛ばした木の破片が、体を掠めていったらしい。


「はあ。また隠れるの? いい加減にして欲しいんだけど。魔力切れを期待してるんだったら諦めた方がいいわよ」


 わたしは魔術師の言葉に反応せず根の絡む隙間の、奥へ奥へと身を滑らせて、姿を隠した。一旦体制を整えたかった。


 時間はあまりない。魔術師の一撃は、太く強靭な木の根を簡単に破壊する。同じ場所に隠れていてもいずれはやられてしまう。かといって、逃げるわけにもいかない。わたしが魔術師に勝てる場所があるとしたら、ここしかないからだ。


 考えろ、考えろ。


「あたしはさ、大きな穴から出てきて、あんたに気づいた時から、薄々感づいていたのよね。弓使いはすでに死んでるんじゃないかってさ。でもあんたをすぐには殺さなかった。理由はわかる? あたしは、やつを買ってたのよ。だからやつが殺されるくらい強い人間、しかも、見た目は女。どんなもんかって気になっても仕方ないわよね。さあ、ほかに策はあるの? まさかこれで終わりじゃないんでしょ?」


 魔術師の声が聞こえる。戦いの最中でもとにかく良く喋る。しかしなにかが気にかかる。彼女はいささか喋り過ぎてはいないか。だとしたらその理由は?


 ズウウウウン!


 周囲に衝撃が走る。魔術師の攻撃が始まったのだ。わたしは、わき腹の傷の状況を確かめて、根と根の間をすり抜けながら移動する。


 まさか、時間を稼ごうとしている……?


「そうか!」


 だとしたら、戦いようはある!


 木の根からはいでて、幹につかまり、太い蔓草の走る表面に手をかけながら上に登っていく。この手なら、魔術師に一矢報いることができるかもしれない。


 けれど、もしもこの予測が間違っていたら?


 今度こそ死ぬかもね。


 しかし、迷っている暇はない。正解だろうと間違っていようと、どちらにしたって死んでしまうのなら、最後まで足掻いてみたい。


 ズウウウン!


 さっきまでわたしのいた場所が破壊される音がした。太い枝の上に立ち、周囲の状況を確認する。魔術師は、無残に破壊された木の幹を探っていた。わたしは大きく息を吸い。覚悟を決める。やるのなら今しかない。


 木の幹にからみついている他に比べると細い蔓を巻き取って、枝に巻きつけ、片手でしっかりと握りしめる。ただ、魔術師に近づくことができればいいのだ。


 落ち着け、失敗すればたぶん、死が待っている。


 わたしは跳んだ。木の蔓がきしみ、わたしの腕もきしむ。魔術師の上空で手をはなし、そのまま、彼女に向かって飛びかかった。


「こっちよ!」


 その声が聞こえたのかどうかわからない。魔術師はこちらを見て、一瞬、恐れのような表情を浮かべた。


 魔術師の背後に着地。地面からの衝撃が足に響く。間髪をいれず、相手の懐に向かって飛び込んだ。わたしにできるのはここまでで精いっぱい。まともな攻撃なんてできるわけもない。


 だから、全身で魔術師にぶつかった。


「ぐうう!!」


 地面に背中を叩きつけられ、魔術師が呻く。わたしは素早く転がって、距離を取ってから、体制を整える。ここから追撃ができればいいのだけれど、体はもう動かない。高いところから着地した衝撃で、足がしびれていた。


「やっぱり。思ったとおりだった。身体強化魔法には大きな隙が発生する。だから喋って誤魔化していたんだ」

「いたた……」


 魔術師はゆっくりと体を起こして、体に就いた土ぼこりを落としながら立ち上がった。


「ふう。だからなんだってのよ。今のは油断したけど、次はない」


 魔術師は、ステータス画面を開き、構えを取る。次こそわたしをしとめるつもりだ。


「でも、強化スキルの使い過ぎは、体を痛めるんじゃないの? 鍛えているなら何度使っても問題ないんだろうけどさ」


 相手の動きを伺いながら、マントを探り、そして、手をついて、ふらふらと立ち上がった。


「そうよ! だから早く終わらせたいの! 魔法が使えないなんて最低! こんなこと、魔術学校以来の屈辱よ! あの時は魔法禁止、なんて言われて、数日間森で放置された。魔術師には魔法しか価値がないのに、どうしてわざわざ魔法を捨てなければならないの? 二度とあんな生活はごめんだわ。あんたの生き方だってどうかしてる。街に居たらもっと楽に生活できるのに、わざわざ不便なところにしがみついて、一体この森になにがあるっていうのよ!」


 わたしは動じなかった。彼女ほどの使い手であれば身体強化魔法の使い方はよく知っているはずだ。それでも、制御できないほどに隙が発生するということは、魔力だまりが身体強化魔法にも影響を与えているということ。


 となれば、対処のしようはある。魔術師の攻撃方法は実に単純だ。わたしに向かって直進し、一撃を叩きこむ。背後に回ることはあっても、それ以上の展開はない。


 魔術師の居た場所に土煙が舞う。直線的な攻撃にあわせて横に跳び、地面に手をついた。跳んだ反動を利用して立ち上がり、走り出す。


 避けることは簡単だけど、二撃目に備える必要がある。わたしは再び跳んで、地面に手をつき、さっきと同じように反動で立ち上がり、走り出す。


「どうしたの? 逃げてばかりじゃない。まさか、もう打つ手なしってわけ? いい加減追いかけっこにはうんざりしてるのよね。さっさと決着をつけましょうよ」


 喋りながら、魔術師はステータスを開き、次の身体強化魔法の準備をしている。わたしはそれを阻止することも、逃げることもしなかった。


「これで終わりにしましょう」


 そう言って、彼女の体が揺らいだ。身体強化魔法が発動し、一直線にわたしに向かって直進してくる。


 わたしは、魔術師に背を向けて走り出した。


 動揺が伝わってくる。たしかに、このままでは直撃を受ける。わたしは背骨が折れ、正面にある木の幹に叩きつけられるだろう。


 それでも、わたしは、正面に向かって走り続けた。背後からとんでもない早さで、魔術師が襲いかかってくる。


 諦めたわけじゃない。これが、わたしの、策だ!


「わ!?」


 魔術師が困惑の声を挙げた。後ろを振り向くわけにはいかないから断定はできないけど、足を滑らせたはずだ。


 その原因は、つぶれた木の実の汁だ。この場所では、小さな木の実がこぶし大の大きさまで育つ。攻撃をかわしながら、足元に仕掛けていたのだ。


 向かう先にあるのは、垂れ下った太く頑丈な蔓。わたしは、走ったそのままの勢いで、跳び、蔓をつかんで一回転をした。


 そして、態勢を崩し、速度を落とした魔術師の背中に、両足で重い蹴りを叩きこんだ。


「がっ!!」


 という言葉とともに、魔術師は前のめりになって倒れ、そのまま、転がって行った。軌道を無理やり変えられたことで、身体強化分の衝撃が、そのまますべて彼女を襲っているはずだ。


 わたしは、蔓から手を離し、着地して座りこむ。


 あー、もうだめ。


 魔術師は倒れたまま動かない。


「やった、勝った……」


 わたしは両手を高く挙げ、そのまま後ろに倒れた。


 しばらくは動きたくない。

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