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スキルなんていらない  作者: みやざわ
17/33

17:竜の巣

 森の最深部。人間はおろか、魔物ですらめったに踏み込めない聖域。森のなかでも最も魔力濃度の高い場所で、その影響もあって、木一本一本があり得ない程大きく育っている。


 曲がりくねった巨大な根が、目の前でからみあっていて、異様さに改めて圧倒される。ここは、以前来た時と全く変わっていない。まるで時間が止まってしまっているようだった。


 最深部への道は、霧の巨人の守る入口からしか入れない。なのにわたしは一度だけ、ここに来たことがある。あいつに連れられて、彼に会いに行ったのだ。


 うねる木々の根は、ひとつひとつが巨大で、わたしは、根の上を歩いてへと進む。


 目的はただ一つ、伝説の魔物「竜」に力を借りるためだ。


 前に一度来た時には、その姿を見ただけだった。言葉を交わしたのはあいつだけで、それは言葉ではなく、別のなにかで会話しているようだった。


 あいつは、竜の前でしばらくの間知らない言語で喋ったあと、わたしを呼んだ。


「こいつをよろしく」


 あいつは竜にそれだけ言って、わたしを連れて聖域を出た。竜は何も言わなかった。


 勝算があるわけじゃない。竜に手を貸してもらえるなんて、万に一つもあり得ない。けれど、わたしにはこの手しか思いつかなかった。


 普段なら、盗賊に追われている位の事なら、彼は力を貸してくれないだろう。でも今は、森が燃やされようとしている。魔術師を止めなくては、彼の居場所もなくなってしまう。


 で、あれば、もしかしたら協力してくれるのではないか。直接魔術師を倒すとか、そんなことではなくても、わたしに力を貸してくれるんじゃないかと思った。


 もしも、無視をされてしまったら? わたしは、竜とどうやって、言葉を交わすかすら知らないし、あいつもなにも教えてくれなかった。


 巨大な木々が幾つも絡まり、さらに巨大な大木を作り出す場所に、わたしはたどり着いた。わたしの体ほどの蔓の間をすり抜けながら、少しずつ進んでいく。


 蔓をかき分けて奥へ進むうち、霧が濃くなっていった。魔力濃度がさらに高くなり、肌に伝わってくるほどだった。


 不思議と、恐怖は感じなかった。わたしは、この森の異様な雰囲気に飲まれていた。


 森の奥へ踏み入れてから、他の生き物に出会っていない。ここは竜だけが住むことを許された聖域なのかもしれない。


 たった一人で来るのは初めてでも、竜の居場所はすぐにわかった。竜の発するおぼろげな光と、魔力濃度の高さが、わたしを導いてくれていた。


 聖域に踏み込んだ時点で、行く手を阻まれることを予想していたけど、なんの反応もない。少なくとも、竜はわたしに会ってくれる気はあるらしい。安心すると同時に、どうやって彼を説得するか、まったく考えていなかったことを後悔する。


 でも、これでいい。竜ははるか昔から存在する、生ける伝説。わたしがなにか小細工をしたところで彼には通用しないはずだ。


 光が強くなり、まもなく竜の巣が近いことを確信する。絡まった蔓の間を通り抜けると、そこに竜がいた。


 大きさは、町にある二階建ての豪華な屋敷ほどだろうか。体を丸め、目を閉じているその姿は、眠っているというよりも、瞑想しているように見えた。


「あの!」


 わたしの言葉が聞こえたのか、竜はゆっくりと首をもたげる。そしてわたしを見据えるように、こちらを向いた。すると急に体が動かなくなった。彼の持つ魔力の作用かもしれない。でも、ここでひるんでいたってどうにもならない。


「わたしを覚えてる? 前に一度会ったことがあるの。リーズっていうんだけど」


 竜にはなんの反応もない。ただじっとこちらを見つめている。


「助けて欲しいの。魔術師を止めないと、この森が焼かれてしまう!」


 それでも竜は答えなかった。わたしは彼の目を正面から見据え、何かしらの言葉を待っていた。竜はわたしを敵とみなし、排除しようとするかもしれない。けれど、わたしにはこの手しか残されていなかった。


“それがどうした”


 竜の声らしきものが、頭に直接響いて来た。魔術師の精神感応スキルとは違う、あたたかで、それに重みのある響きだった。


「答えてくれてありがとう。急におじゃましてごめんなさい。でもどうしてもあなたに伝えたいことがあって」

“お前の言いたいことは把握した。だが、そのうえで、我になにをせよというのだ”


 竜は動じていない。どうやら、わたしの思考を読み取り、一瞬でこれまでの状況を理解したらしい。そのうえで、まったく興味ないとでも言いたげに応えた。


「でも! このままでは森が壊されてしまうの。だから……」

“くだらぬ。この森がこのように守られ、繁栄してきたのは我の力によるものだ。しかし、森が我を生かしているのではない。ただ、ここに居る。それだけのことだ。いくら破壊されようとも、森は森でしかないからだ”

「どうしてそんなことを言うの! あなたには力があるんでしょ。だったら協力してくれたっていいじゃない!!」


 わたしは、急に沸いて来た怒りを抑えることができず、黙りこんでしまった。それが理不尽な怒りであることはわかっていても、彼を責めずにはいられなかった。それは同時に、わたしに対する怒りでもあった。魔術師を止めるには、わたしはあまりにも無力だったから。


“我ら龍は何物にも属さず、ただ存在することを命じられ、永遠ともいえる時を過ごす。今ここで森が破壊されようと、それは些細なことであり、我がここに居る限り、いずれ木々は息を吹き返す”


 竜は淡々と言葉を紡ぐ。それは、正しいことなのかもしれない。わたしは、彼に反論する言葉を持っていなかった。頭に浮かぶのは、でも……とか、だって……とか、そういう言葉ばかりだった。


“お前にとって、この森とは何なのだ? なぜ我の力を借りてまで救おうとする。このまま逃げてしまえば良いではないか”

「それは……」


 たしかにそうだ。わたしは、なぜ、ここまでして、森が壊されることを恐れているんだろう。ここがなくなってしまったら、生きていけなくなるから?


 それとも、長い時間住んでいたから情がわいた? どちらも違う気がする。


 一瞬だけ、あいつの顔がチラと浮かんで、慌ててかき消そうとする。


“ほう、お前をここに引きとめている理由は、やつなのか”

「へ? ちがう! ぜんっぜんちがう! 今、何故か思いついただけ!」


 そうだ、そんなわけがない。わたしは、この生活を守りたくて、森がなくなることを防ごうとしているんだ。そうにきまっている。


“そうだな。やつにはいくつか聞きたいことが残っていた。やつが戻ってくる可能性があるとするなら、きっとこの森で、そしてその目的は、お前だろう”

「それってどういう……?」

“やつの趣味の悪さにも困ったものだ”


 竜の顔がほころんだ気がした。人とは顔のつくりも違うから、それが笑顔なのかどうかわからないけれど、場を満たす空気が和らいだような気がした。


“良いだろう。手伝ってやる”

「え? ほんとに?」

“ただし一度だけだ。さらに条件をつける。我は直接その魔術師とやらに手を下さない。場だけは作ってやるが、後は自分の力で切り抜けて見せろ”

「え、え、ちょっと待って! もっと説明して!」

“甘えるな。やつの言葉を忘れたか。道を外れたものには―”

「生きる条件さえも与えられない」


 今まで忘れていた言葉だった。なのに自然に口から流れて出たことに自分で驚いた。


“そう言って、やつは自分を戒めていた。やつもまた、本来の道から遠く外れていた”

「わかった。なんとかしてみる」


 それで十分だった。まったくの無策だった状況に比べたら、ずっと生きる可能性が高くなってくる。


 わたしは改めて、あいつの言葉をかみしめた。普通に生きていたら教えられることも、道を外れれば誰も教えてはくれない。自分の頭で考えて、状況をうまく利用するしかない。


“これからのことを思えば、この段階で我の力を使ってしまうことを後悔するかも知れんぞ?”

「いいの。わたしは、今できることを全力でやるだけ。先のことなんてわかるわけもないし。この先死ぬことがあったら、それまでのことよ」

“面白い娘だ。だからこそ、やつが目をつけたのであろうがな”

「……そうかもね。ありがとう」


 竜が突然、何かに気づいたように上空を見上げた。


“門番がやられた。じきにこちらにやってくる”

「じゃあ、行くね。ほんとうにありがとう」

“やつに会ったら、ここに来いと伝えろ”

「わかった。ここを死なずに切り抜けられたらね」

“期待している”


 わたしは竜に背を向けて、走り出した。

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