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スキルなんていらない  作者: みやざわ
15/33

15:黒い絨毯

 今日のわたしは走ってばかりだ。


 魔術師たちが向かう場所はわかっている。そうなるように罠を仕掛けた。グモフが現れた場所から伸びた道は、木々のまばらな広場のような空間に出る。


 わたしはそこに向かっていた。


 空中浮遊スキルの発動には限界がある。かといって、魔術師は基本的に脚力向上など身体能力強化系の「常時発動型」スキルを取得していないことが多いから、地面に降りて走るわけにもいかない。


 となると、どこかでグモフの群れに対処しなければならない。魔法を落ち着いて詠唱できて、兵士たちが集まって対処できるような広場が必要だ。魔術師はきっとそう考える。


 木々の間をすり抜けて、開けた空間に先回りしてたどり着いた。周囲の木の一つにに素早くよじ登り、息をひそめて待つ。


 わたしの考えの通りに動いてくれるか不安だったけど、まもなく魔術師が現れた。


「もう! 速く走れっての!」


 血相を変えて広場になだれ込もうとする兵士たちに向かって言い放つ。呪文の詠唱はすでに始まっていた。千匹を超えるのドルフを相手にするのだから、広範囲魔法のはずで、それは一定の時間を要する。


 広場に続く一本の道に集中するグモフを魔法で一網打尽にする。それがこの状況で、魔術師ができる最善策の一つだ。


 わたしは、大きく息を吐いた。もしも木の隙間から逃げるような行動をされたら、この作戦は成功しなかった。


 広場に兵士たちがなだれ込む。魔術師を通り越して、体制を立て直そうと振り向いた時、


 ――バキッ。


 連鎖的に、太い枝が複数折れる音が地面から響き渡った。


 そう、もっとも原始的で、でもいざしかけられると対処の使用が難しい罠。


 落とし穴だ。


「わああああああああ!!!!」


 兵士たちの叫び声が轟いた。


 その落とし穴は、わたしが今まで掘ってきたなかの度の落とし穴よりも深い。たとえ数十人でも飲みこんでしまうほどの大穴だ。


 この穴は、わたしが掘ったわけじゃない。地面の浸食によって渓谷のように口をあけていた地面を、長い時間をかけて、木の枝や葉っぱで地面のように仕立て上げた場所だった。


 地面は丈夫に作ってあって、一人二人であれば落ちることはない。わたし自身も、通り道として使うこともある。けれど一定の重量を越えると、地下に崩落する。死ぬほどの高さではないけど、短時間で這いあがれるほどには浅くない。


「なに!? なんなの!?」


 魔術師が困惑し、呪文の詠唱が途絶える。さらに、兵士たちの後を追ってグモフの群れが穴にめがけて走り込んでいく。


「ぎゃあああああああ!!」

「たすけてください!!」


 興奮したグモフは兵士たちをやたらめったに噛みついているに違いない。毒はすぐに体を巡って、声が出なくなるほどの痛みを感じるだろう。 


 だけど、これで終わりじゃない。まだ魔術師が残っている。彼女は兵士たちの叫び声を聞きながら、しかし冷静だった。空中浮遊スキルを維持したまま、周りの状況を把握しようとしている。


 どんなに冷静を装っても、わずかな動揺でスキルの制度は低下する。わたしは、マントから取り出した、投げ網を魔術師に向かって投げた。


 空中で広がった網は、魔術師の体を捉える。


「え!? ちょっと!?」


 もがいても無駄。動けば動くほど、体にからみついている。魔術師が、精神の均衡を欠いた場合、どうなるかは、本人が一番よく知っているはずだ。


 空中浮遊は継続的なスキル使用が必要なため、ずっと集中していなければならない。


 となれば。


「きゃあ!!」


 バランスを崩し、穴に落下していく。いくら高度なスキルを持つ魔術師でも、グモフにかまれて平気と言うことはないだろう。わたしは、枝の陰から落とし穴の様子をうかがった。


「これで、大人しくなってくれるといいんだけど」


 グモフの毒は人によっては強く反応が出過ぎて、最悪死んでしまうこともある。わたしは少しだけ心が痛んだ。だからこの手は使いたくなかったのだ。


 今日は人の死を見過ぎていた。できれば死んでほしくない。しばらく様子を見て、助けに向かうことも考える。今度こそ、情報を引き出せるといいのだけれど。


「これでおわり?」


 魔術師の声が聞こえた気がした。わたしの背中に、冷たい汗が流れた。


“これで終わりかって聞いてんのよ!!”


 頭のなかに爆音が響き渡った。あまりの大きさに、頭がくらくらした。


 巨大な穴から上空に向かって炎の柱が燃え盛る。炎の勢いで、数十匹のグモフの死体が宙に舞い、穴の周囲に降り注いだ。落とし穴をふさいでいた枝の焦げた臭いが鼻をついた。


 わたしは両手で頭を抱えながら、状況を確認しようとする。穴のなかから、ゆっくりと魔術師が浮上していた。


 そんな、一体どうやって……!!


“居るんでしょ? 隠れてるのはわかってるっての。しかもあの男じゃない。一体誰? どうしてわたしたちを襲ったの?”


 わたしは、枝の陰に身を隠して必死に考える。この場をどう切り抜けるべきなのか。頭のなかで、いくつかの策が浮かび、消えて行った。


 魔術師は無言でステータスを開き、呪文の詠唱を開始する。その長さから、今までに使ってきたどの魔法よりも強力なスキルを使うことは明らかだった。


 もう、迷っている時間はない。考えた末に、わたしは、


“森を燃やそうとしたから”


 意を決して精神感応の回路を開いた。


“あら? 女なの? わたしが聞いてた話と違うけど”

“あなたが言ってる男なんて知らない”

“ふうん。あー、そういえば聞いたことがある。森に宿なしリーズってやつが住んでるってね。あんたなの?”

“そう。これは警告。まだ森を荒らすっていうなら、ただじゃおかない”


 これは嘘だった。わたしには、これ以上の罠はもうない。ただの脅しだった。


“なるほどねえ。それにしたって、やり過ぎじゃないの。よりによってグモフを使うなんて”

“森を焼かれたらわたしの住む場所がなくなるからやったまで”

“あ、そ。いいわ。わたしはどこも噛まれてないし。ついて来たやつらは数日痛みに苦しむことにはなると思うけど。いいのよ、あんなの。どうせ役に立つとは思ってなかったし”

“なんの用? 早く帰って”

“まあまあ、わたしはあるものを探してるのよ。見つかりさえすれば、すぐにでも出て行ってあげる。ユミルって男がこの森に逃げたんだけど、知らない? そいつの隠し持ってる箱に用があるのよ”

“知らない。森のことはだいたいわかるつもりだけど。魔物の縄張りにでも入って殺されたんじゃないの?”


 魔術師は考え込むように口元に手を当てた。


“嘘ね。あんたはユミルのことを知ってる”

“知らない。誰そいつ”

“ふふ、森で暮らしてるだけあって、実戦用のスキルに関してはあまり詳しくないようね。精神感応スキルを使ってるとね。相手の精神の揺らぎを感じ取ることができる”


 これは罠だ。とわたしは思った。スキルで相手の心を読むには、高度な技術が必要になる。専用の読心スキルでもない限り、わたしの考えなんてわかるはずもない。


“そんなのあり得ない”

“あら、どうして? わたしほどのレベルになると精神感応だけでいろいろなことが分かる。例えば……”


 背にしていた木が爆ぜた。わたしは態勢を崩し、地面に向かって落ちる。すんでのところで、体制を整えて、うまく着地した。


「こんなふうに。居場所くらいならすぐにわかるってわけ」


 わたしの背中に再び冷たい汗が流れた。想像を超えた強敵だった。さっきまでの慌てようで、魔術師を甘く見ていたのかもしれない。


「さて、今ここであなたを殺すこともできるけど、それじゃあつまらない。あなた、ユミルのこと知ってるんでしょ」


 逃げ場はなかった。わたしは、ゆっくりとうなずいた。


「朝、男なら見たよ。でもどこへ行ったかは知らない。慌てて森のなかに走って行ったみたいだから、今ごろは、魔物に喰われて死んでしまっているかも」

「やっぱり知ってるじゃないの。どうして嘘をついたの?」

「さっきから何度も言ってるでしょ。迷惑なの。森が燃えるとわたしが生活できなくなる」


 慎重に、言葉を選んだ。


 魔術師は、わたしの表情を覗き込むようにじっと見つめた。心の動揺を抑えるのに必死だった。でも、間違いなく外には表情は出ていない自信があった。


「そ、わかった」

「じゃあ……」

「その見たって男のところまで連れてってよ」

「でも、どこに行ったかは知らない」

「森の奥に入っていくのは見たんでしょ。だったら、そこまで案内してくれりゃあいいのよ。別に違っててもかまわない。他を探せばいいだけだから。ユミルが見つかりさえすれば、あんたも森が燃やされなくて済むわけだしね」


 わずかの間沈黙があった。拒否してしまいたいという思いでいっぱいだったけれど、ここで断るわけいはいかないこともわかっていた。


「……わかった。わたしについてきて。魔物に襲われても、責任は取らないから」

「ありがと。念のため言っておくけど、もしもわたしを騙して、また罠にかけようとしたら、消し済みにするからね」

「話はついたんだから、そんなことするわけないでしょ」

「ふふ、ま、冗談よ。こんなに広い森燃やそうとしたら魔力消費が激しすぎるから、できるだけやりたくはないのよ。案内よろしくね」


 わたしは生きた心地がしなかった。

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