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スキルなんていらない  作者: みやざわ
14/33

14:炎の魔術師

“あー、あー、聞こえますか―!!”


 頭のなかに女性らしき声が響き渡った。一瞬幻聴かと思ったけれど、もちろんそんなことはない。これは、戦場で通信などの用途で使用される精神感応スキルだ。主に魔術師が取得するスキルで、応用範囲は広い。スキルを高めていれば、森じゅうにだって声を投げかけることができるはずだ。


“この森にいるんでしょう!? 出てきなさい!!”


 言葉が続く。ここで多少なりとも返信の意図を見せるとすぐに回線が開き、わたしの思考が筒抜けになってしまう。だけど、無視してしまえば、無理に回線が開かれることはない。


“国境の監視に引っかからなかったところを見ると、森に隠れてやり過ごそうって思ってるんでしょ。ラスタロ相手にどうやったのか知らないけど、わたしからは逃げられないからね”


 ラスタロ、というのはおそらく弓使いの名前だ。


 そこで、わたしは改めて気づく。弓使いは追手が来るとは言っていたけど、相手はわたしの情報を一切持っていないわけだ。この魔術師にとっては、ユミルがまだ生きていて、箱を持っていることになっている。


 ということは、ユミルを運んで、魔術師の目のつくようなところに置いておき、そのまま帰ってもらうこともできるんじゃないの?


 現状は、わたしが箱を持っていることは知られていない。死体の横に箱を置いておけば、それで事態は終結。何事もなかったように元の生活に戻れるかもしれない。


 わたしはこの思いつきがとても素晴らしいものに思えて、うれしくなった。そうだ、別に戦う必要なんてない。わたしの戦力で魔術師など相手にできるはずがないのだ。


 箱を返して、わたしは姿をしばらく消す。弓使いの死体が見つからないことを最初の内は疑うだろうけれど、目的の箱が見つかれば、それほど追求はされないだろう。


 ほとぼりが冷めたころに弓使いの死体か、それに近い骨かなにかを兵士に見つかりやすい場所に置いておけば、全てがまるく収まるに違いない。


“返事はないということは、出てくるつもりはないってことね。よろしい”


 わたしは自分の計画をいざ実行に移そうと行動しかけた時、頭のなかの声が、


“わたしがこの森を焼き尽くしてでも見つけてあげる”


 と言ったように聞こえた。


「へ?」


 さっき煙の上がっていたところから、爆発音とともに上空に火が燃え盛った。


 わたしのなかの血の気がサッと引いた。


 だめだ、それだけは駄目だ。


 わたしのことはどうなったっていい。でも、森が壊されるのだけは駄目だ。あいつが、あいつが戻ってくるかもしれないのに。


 体が勝手に動いていた。火の気が上がった方へ走り出す。


“ああ、やっぱりうまく燃えないわね。でもいいわ。あんたが出てくるまで、この森を炙るだけのこと”


 炎の魔法を使った場合、燃えやすい木と、燃えにくい木がある。その違いは単純で、魔力濃度が高い場所では、木自体に魔力耐性があり、ちょっとやそっとの魔法なら打ち消してしまう。


 魔力濃度の濃淡で、動物が生活している場と、魔物が生活している場が変わってくるわけだけど、魔術師がいる場所は、ちょうどその境界で、魔力耐性のある木とない木か混在している場所だった。


 耐性のある木のおかげで、魔法そのものでは木が延焼する可能性は少ない。けれど、物理的な火の燃えうつりで、森全体に広がることは考えられる。


 水や雷ならばまだ良かった。だけど火だけは駄目だ。


 わたしは木の上に登り、枝を伝って、魔術師のもとへ近づく。先程の炎は一瞬空に向かって燃え盛った後、穏やかになっていたけど、いくつかの木は葉を散らして枝は焦げていた。


 枝の陰から魔術師の姿を観察する。背が低く、ぶかぶかのローブととんがり帽子を身につけて、いかにも魔術師という格好をしていた。物腰と雰囲気からすると、わたしと同じくらいの年齢かもしれない。


「うーん。これでもだめか。どうしたらいいと思う? もっと強めの魔法使っちゃっていい?」


 わたしのところにまで声が聞こえていた。彼女は取り巻きの兵士に話しかけている。兵士は10人ほどが控え、周囲を警戒していた。


「は! しかし、司教さまからは森にはあまり手を出すなとの指示が……」


 魔術師の隣に立つ隊長格らしき兵士が応えた。


「んなこと言ったってさあ! あたしが出ること自体が非常事態なわけで、いくらか被害が出るのは仕方ないことでしょうがよ。その辺は司教さまもわかってくれると思うんだけどねえ」

「ですが……」

「じゃあどうすんのよ。この広い森のなかを、あんたたちでくまなく探すっての? わたしは魔法要員としてここに連れて来られたんでしょ? 精神感応以外でやれることなんてほとんどないでしょ」

「司教さまはあまり手を出すな、ということですので、まったく魔法を使うなとはおっしゃっていませんでしたので……」

「だからさあ。その線引きが訊きたいわけ。どこまでやったらよくて、どこまでやったら駄目なのよ。そこんところ聞いてきてんの?」

「それは……」

「あーもういい! わかった。わたしの責任で好きなようにやるから、あんたたちは見てるだけで良い。こっちは極秘機密奪還がかかってるわけよ。たかだか、森が消えたくらいなんともないでしょ」


 兵士は沈黙した。女の子はそれが承諾の言葉であるかというように頷いた。ステータス画面に指を走らせ、呪文を唱えようとする。


 だが、わたしにはそれをさせたくなかった。彼女たちの話を聞いている間、頭のなかでこの辺りの罠の位置を記憶から掘り起こす。


 わたしの配置する罠の種類は大きく分けて二つ。落とし穴など通り過ぎると発動するものと、縄を切って丸太をぶつけるようなわたし自身がきっかけを作る必要があるもの、この二つが森には仕掛けられている。


 これだけ戦闘経験を持つ人間と魔術師がいる場合、わたしが仕掛けたような落とし穴はほとんど効果はないと考えていい。逆に相手を刺激して過激な行動を取らせるだけだ。


 でも、組み合わせるのなら話は別だ。さらに規模が大きければ大きいほど効果がある。


 わたしは、マントの下から粉末状にしたガナムの鱗の入った小袋を取り出した。これは、普段は薪に火をつけるのに使う着火剤だけれど、使い道はいろいろある。


 ガナムは炎を身にまとう魔物だ。乾燥地帯に生息していて数も多く、その鱗は着火剤として市場でも安価で購入できる。魔力に由来する炎のため、この場所で燃え広がる可能性は低い。


 風向きを確認してから小袋の口を緩め、兵士たちの視界に入らないような角度から、空中に放り投げる。袋からさらさらと粉が舞い、ちょうど彼らの居る場所に落ちていく。


 そして、身を隠して様子をうかがった。よし、なんの反応もない。


“返答がないようなら、あたしはこの森を燃やす。出てくるまで燃やし続けるから覚悟することね”


 魔術師が呪文の詠唱をはじめる。呪文の詠唱は、ステータスに適切な言葉を認証させ、魔法スキルを発動させる。呪文はスキルの発動条件であると同時に、使用者の精神を統一し、魔力の流れを把握するためにも必要な儀式だ。


 でも、そんなことはさせない。


 ガナムの鱗は粉末状にして、火を大きくするのに役立つだけでなく、塊を擦り合わせれば火種にもなる。熱を持った火種に乾燥したわらを巻きつけ、魔術師が魔法を唱え終わる前に、地面に向かって投げつける。


 火種は地面に転がると強い熱を発し、撒いてある粉に引火する。枯葉や枝から火の気が上がり、ぱちぱちという音とともに大きく燃え盛った。


「これは!?」


 魔術師が困惑の表情を浮かべる。当然だ。自分の魔法の範囲外で、火が発生することは通常ありえないからだ。炎が広がり、兵士たちの足元を燃やす。


「うわああ!?」


 慌てふためく兵士たち。だが、魔術師だけは冷静だった。


「落ち着きなさい! これはなに!? 何者かの攻撃なの!?」


 よし、最初の仕掛けは成功した。


 森に自分から火をつけるのは心苦しいけれど、この際仕方ない。


 そして、これで仕上げだ。


 わたしはさっきとは別の袋を取り出して、地面に向かって投げつけた。袋がはじけて、周囲を一瞬で白く包んだ。


「ゲホッ、ゲホッ。なによお、この煙」


 今度の袋は火に触れると強いにおいと煙を発生させる。ソロンの葉をはじめ、いくつかの植物を乾燥させ、粉にしたたもので、吸い込んでしまうと喉が強く痛み、目も開けていられなくなる。


 わたしは、取り出した布で口を覆い、魔術師たちの動きを観察していた。


 煙の役割は目くらましだけじゃない。もうひとつの効果がある。それは……


 ざざざざざざざざ。


 予想よりも早く来た。木々の隙間から、地面を覆う黒い絨毯が現れる。


「レア様! あれを!」

「ゲホッ、ん?」


 絨毯の正体は、魔物化したネズミ、グモフの群れだった。煙の臭いにつられて、殺気立った大群が魔術師たちに殺到する。


「はあ!?」


 魔術師が咳こみながら驚愕の声を上げる。グモフはただのネズミではない。毒を持った凶悪な魔物だ。その毒を使って、魔術師は薬品を作ることもあるといわれているから、その恐ろしさは知っていることだろう。


 一匹だったらどうにでもなるかもしれない。けれど、今、絨毯のように迫っているのは、千匹を軽く超えている。


「レ、レア様! いかがいたしましょう!」

「バカ! にげんのよ!!」


 のどを痛めた状態で、魔術師が叫んだ。わたしの目論み通り、煙が呪文の詠唱を妨害しているようだ。


 咳こむ合間になんとか空中浮遊スキルを発動した魔術師は、地面から浮きあがり、煙のなかから飛び出す。兵士たちも次第に冷静さを取り戻し、彼女を追って走り出した。


 逃げる方向はわかっている。木々の間にはちょうど人が通れるほどの道があって、魔術師たちは道に沿って逃げるはずだった。その方向の先にわたしが持つ、一番大がかりな罠が待っている。魔術師に対しては、こんな手でもなければ絶対に太刀打ちできない。


 わたしは先回りするために、木を降りて魔術師たちとは別方向に走り出した。


 走りながら考える。もしも、この策が失敗してしまったら?


 わたしにはもう、最後の手段しか残っていない。でも、あの手だけは使うべきではないと思っているし、そもそも、その手が使えるかどうかも分からない。


 できればこれで終わらせたい。わたしは速度を上げて罠のある場所へ向かった。

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