12:青い宝石
「さてさて、どうしたもんでしょうかね」
わたしは、縄で縛り上げた弓使いを見下ろしていた。
場所は洞窟の外。全身が引き締まり、鍛え上げられた弓使いの姿を見ていると、今、生きていることが信じられなかった。普段争うことのある盗賊たちなんかとはまったく別物の、あまりにも強い戦闘職。洞窟でなければ絶対に戦えなかったと改めて思う。
グロオルが弓使いを舌でとらえ、口に頬張ったところで、わたしはその巨大な頭めがけて臭い玉を投げた。すると、彼はあっさり弓使いを吐き出して、不機嫌な様子で、もとの湖に戻って行った。
弓使いが気絶したことで、光源魔法の効果はすでに失われていた。光が一切消えた暗がりのなか、わたしは彼を洞窟の外まで引きずって行った。
気絶しているのはグロオルの力だ。舌でとらえた瞬間に体をまひさせる液体を噴射して、獲物の動きを鈍らせてしまうらしい。
大人の男を運ぶのにはとても疲れたけれど、わたしには目的があった。
弓使いを木に縛り付けてから、近くの川まで水を汲みに行く。マントの下にある皮袋に水を入れて、弓使いのところに戻ると、頭から水を浴びせかけた。
すると彼は咳こみながらこちらを睨みつけた。
「おう、やられちまったみてぇだな」
相変わらずの軽口を叩いている。わたしが殺さないとたかをくくっているのだろう。
「なんで落ち着いてるのかって思ってるだろ。逆なんだよな。おれは怖くて怖くて仕方ねえ。だがな、怖さが一定のところを過ぎると、逆に笑えて来るってもんなんだよ」
そう言って弓使いは高らかに笑った。
わたしは彼を冷めた目で眺めた。まだ、グロオルの毒で錯乱でもしているのだろうか。あの毒の効果は、対して長く続くものではないと思っていたけれど。
「さあ、あの箱がなんなのか教えてもらいましょうか」
「そう来るかと思ったよ。知りたいよな。自分の命が狙われたんだもんな。でもだいたい見当はついてるんだろ?」
「城の重要機密ってことは聞いた。でも、箱の中身どういうもので、なにに使うのか知らない」
「だろうな。あいつはバカだよ。なんの理由でこんなことをやったのか知らねえが、城のなかでも一番踏み込んじゃいけねえ領域に入り込んだ。好奇心は人を殺すっていうのかねえ。今回のことがなくたって、いずれやばいものに手え出して、別件で誰かに殺されてたさ」
「あんたは知ってるの? ユミルって人と同じで、なにも知らされていないんじゃないの?」
「ハッ! 言うねえ!」
弓使いは鼻で笑い、わたしを睨みつけた。
「ほんとうに知りたいのか?」
「ええ、でないとこの箱をどうするかも決められないし。捨てるにしろ、誰かに渡すにしろね」
「残念だが、おれには、正体は知らされてねえ。ただ、あの城を買えるぐらいの富は手に入るかもしれねえな。あんだけ厳重に守ってて、しかも、王直属のおれが引っ張り出されるくらいのもんだからよ」
そう言って、弓使いはニヤニヤと薄笑いを浮かべた。
「嘘でしょ」
「ああ、嘘だ」
弓使いは笑っている。そこでわたしもようやく、彼の笑いが、自分の恐怖心を誤魔化すためだということが分かってきた。一体、なにをそんなに恐れているのだろう?
「いやしかし大したもんだよ。一体なんなんだあの魔物は、見たこともない。確かに弓使いって職業は、対魔物戦闘じゃあ若干引けをとるわけだが、ありゃあ規格外だぜ」
「知ってることを教えて」
「せかすなよ。どうせおれの話を聞いても聞かなくても、いずれは殺される。おれが戻らなければ、別の人間が追手に出されるぞ。次はもっと強力なやつがな」
「だったら、全力で戦って見せる」
「おっかないねえ。本気で言ってんのかよ。だがまあ、その気迫に免じておれがしていることを教えてやろう。こんな失態をおかしちまったからには、おれの命も明日にはあるかどうかわかんねえしな」
「だから!」
わたしはたまりかねて大声を出した。弓使いは薄笑いから、わずかに表情をひきつらせて、
「この世にはよ。おれたち下賤の者には知らされてねえことがたくさんあるってことさ。おれを派遣したのはいったい誰だと思う?」
と言った。
「国王でしょ。普通に考えて。国の機密なんだし」
「だよな。普通そうだ。だが、この命令は少し違う。いつものように伝令の兵から命が下ったんだが、具体的な情報がまるでねえ。仮にも王直属のおれにだ。ユミルとか言うやつが一体なにを盗んだのか、機密とはいえ概要でも言うべきだろう。だが、命令はたった一つ。ユミルを追え。生死の如何は問わない。これだけだ」
「それほど重要な機密ってことでしょ」
「じゃあ一体その機密ってのはなんだ。一人の人間が持ち運ぶことができて、移動中に誰も気がつかないようなものに、なんの価値があるっていうんだ? 国の重要文書か? あるいは世に二つもない高価な財宝か? どちらにせよ、おれたち直属の部下に情報を伝えない理由が分からない」
「信用されてないんじゃない?」
なかなか核心に迫らない弓使いにうんざりして、投げやりに言った。
「……おれも実際そう思った。だからおれは、直接話を聞くために王の間へ向かった。ところがだ、いつもはなにも言わず通してくれるはずの王は、扉を固く閉ざし、近衛兵からも止められた。王直属などと思いあがっていたが、なんら信用されていなかった。そう思った。だからおれは隠密スキルを活用して、王国の宰相がその部屋に入る際に忍び込み、そこで――」
弓使いの動きが止まった。どうせまた、もったいつけているのだろう。棒でも持ってきて、一発頭でも殴ってやろうと思った。
ところが……
「ガガガガガ、ギ、ギギギ……」
おぞましいほどの形相で苦しみ始めた。わたしが声をかける間もなく、弓使いは口から大量の泡や血の混じった液体を吐き出し、やがて、動かなくなった。
念のため、口から吹き出した液体に触れないように、首に触れて脈を確認した。彼は死んでいた。苦しみ始めてから、ほんのわずかな時間のことだった。
わたしは何者かの攻撃を警戒して、周囲を見回した。もしも、誰かがいて、口封じのために弓使いを殺したのだとしたら、次はわたしの番だ。
だが、実際は何も起こらず、風で木々の葉がこすれあう音だけが聞こえていた。
わたしは力が抜けて、その場に座り込んだ。いろいろなことが立て続けに起きて、疲れ果てていた。大きく息を吐いて、状況を把握しようとするが、上手く頭が回らなかった。
マントの内側にしまっていた箱を取り出して、手で重みを感じてみる。とても軽い。
なんなのよこれ。
ユミルによれば国の最重要機密。王直属の部下ですら知らない秘密の箱。けれど単なるものじゃないかとも思う。それでこの短時間で、人が二人死んでいた。
弓使いを殺したのは誰なのか。遠隔で人を殺すスキルはいくつかある。あるいは遅効性の毒か。
どちらにせよ。部下を殺すための仕掛けを用意しておくなんてろくなもんじゃない。そして、そのろくでもないやつが、この重要機密に関わっている。係り合いになるべきじゃない。今すぐに捨てるべきだ。森を出てどこかに逃げるべきだ。
わたしのなかの声がそう言う。
けれど、一方で、わたしの奥底にある、どこまでも融通の利かない心は、この森を動くなと囁いた。誰に言われようと、わたしは自分の生き方を曲げないのではなかったか。
でもそれは、命にかかわる場合は例外なんじゃないだろうか……
ぐるぐると頭のなかに考えが巡っているうちに、なんだかどうでもよくなってきた。
わたしは、手のひらに箱を乗せて、改めて良く見てみた。真っ白な、傷一つない、正確な真四角の塊。重さはほとんど感じなくて、太陽にかざすと光が反射する。
「うーん?」
なにかが入っている箱だと勝手に思っていたけれど、開けるところが全くない。わたしは両手で箱をぐるぐる回してみる。見れば見るほど、きれいな真四角だ。いびつさのかけらもなく、きっと6面とも同じ大きさに違いない。
――カチッ
箱からそんな音がした。良く見てみると、箱に切れ目が入っていた。箱はやっぱり箱だった。けれど一体どこにそんな仕掛けがあったのだろう。
切れ目に沿って、おそるおそる開けてみる。ふと、幼いころ悪魔の出てくる箱の昔話を聞いたことを思い出す。まさか、と首を振った。
そこにあったのは、青くて大きな宝石だった。手に取ると、首にかけられるような長い鎖がついていた。これはペンダントというやつだ。宝石はまるで澄んだ湖のような青色で、見ていると吸い込まれそうだと思った。
鎖を手にとって、顔の前にぶら下げてみる。鎖は丈夫で金色。多少高価なように見えるけれど、宝石も大した大きさではない。
これの一体どこが最重要機密なんだろうか。
宝石の種類が問題なのだろうか。確かに見たことのない石だ。といっても、わたしがそれを判別できるほど石に詳しいわけじゃないから、どうしようもない。
わたしは大きく息を吐き、あまりの途方もなさにぼんやり空を見上げた。
いろいろなことが起こって、いろいろな話を聞いたけれど、結局はなにもわかってはいない。わたしは、うんざりしながら立ち上がった。
「さてさて、どうしたもんでしょうかね」




