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スキルなんていらない  作者: みやざわ
10/33

10:追撃の射手

 まずい。これはまずい。とてもまずい。


 目の前で倒れたユミルを見て、危機感が遅れてやってきた。


 狙撃者はおそらく本職の弓使いだ。しかも高いスキルを有している。弓使いは傭兵集団でも需要の高い職業だけど、習得方法が難しく、なり手が少ないと聞いたことがある。で、あればこそ、わざわざ弓使いを選ぶ人間は覚悟が違う。


 わたしが知覚できる範囲外から的確にユミルの背中を狙った。ということは、相当な熟練者に違いない。かつに木の陰から顔を出せば、待っているのは死だ。


 うん? でもよく考えてみたら、わたしが命を狙われる理由がないのでは?


 両手を挙げて反抗のそぶりを見せず、素直に箱を渡せば、命は助けてもらえるかもしれない。相手も人間だ、無関係な女の子を殺すほど冷酷ではないはずだ。


 ……なわけないか。


 ユミルの話を聞く前なら、そう考えたかもしれない。けれど、彼の持っていた箱は、厳重に結界を守られていた国家の最重要機密だ。彼から話を聞いたとか聞いていないとか関係なく、一緒にいたというだけで殺されても仕方がない。


 あの弓使いはおそらく国王か、そうでなくても国の上層部が出した追手で、ということなら、あのスキルの高さもうなづける。王の周りには親衛の騎士団だけでなく、各スキルを極めた猛者を配下に置いていると聞いたことがある。


「やっぱり、聞かなきゃよかったかなあ」


 好奇心は身を滅ぼすって、誰の言葉だっけ?


 ユミルに刺さった矢を見ると、方角は南、そして高い場所から射られていることが分かる。この森で、高い木といえばいくつか思いつくけど、特定するまでには至らない。


 ただ、わたしの隠れている木に矢が射られていない事を考えると、こちらの位置を特定しているわけではないらしい。


 今ビリビリと感じているこの感覚は、おそらく殺意だ。この森に初めてやってきた頃に、子持ちのクロウの巣に間違って飛び込んだ時の感覚に似ていた。


 念のため、フードを目深にかぶる。このマントはスキル影響を軽減するシラギ(魔力耐性が高い魔物)の毛皮で作られている。だから、応急処置ではあるけれど、多少、やつの眼から逃れることはできる。


 魔術を使いこなす魔物や盗賊に出会った時の備えだ。けど、今回はそんな場合じゃないらしい、一瞬感じた殺意はすぐ消えて、相手が、ただの荒くれ者でないことが分かる。


 試しに、木の棒を遠くに放って見る。わたしのいる場所がばれないように、草木の間を通して、木に当てて方角をそらした。


 だけど――


 矢は的確に棒を捉え、弾き飛ばす。


 やはりスキルの高さが尋常じゃない。視覚、聴覚の強化スキル、筋力強化も考えられる。同じ遠距離での攻撃が可能な魔法スキル保持者の魔術師とは違い、弓使いは身体能力強化スキルを優先する。


 ということは当然のことながら、直接対峙することは危険だということでもある。


 できるだけ距離を図りながら、なんらかの策を練らなければならない。近接が難しいのであれば、罠を使うしかないけれど、罠に誘導するには相手の視界に入らなければいけないというわけで。


 うーん。どうしたものか。


 まずは距離を取ることを考えるしかない。


 幸い、というべきか、相手は慎重だった。わたしに考える時間を与えてくれた。わたし一人で木の陰から出ることはできない。だったら一人でなくなればいいのだ。


 わたしは大きく息を吸って、指を口にあてて、


 ピィィィィィィィィ!!


 と口笛を鳴らした。森じゅうに響く大きな音だった。


 わたしの隠れている木に、幾つもの矢が飛んでくる。さすがに場所はばれたか。でもそれは想定の範囲内。しばらく動かずにいると、


 ドドドドドドドドドド!!


 地響きとともにノルグの群れが、こちらに向かってやってくる。


 臭いと音。魔物の行動を制限する二つの要素だ。わたしは、この森で生きていく上で、いくつかの法則を学んだ。どの魔物がどのにおいを嫌って、また、なにに引き寄せられるのか。どの音に反応して、どう動くのか。


 予想通り、ノルグはわたしの方向に走ってくる。毛むくじゃらの巨体が、わたしの隠れた茂みの横をものすごい勢いで駆け抜けていく。


 危険だけど、やり方は知っている。あとは流れに身を任せるだけだ。矢に射られて死ぬくらいなら危険に賭けて生きる道を選ぶ。


 わたしは、タイミングを見計らって、一匹のノルグの毛をつかみ、その背中に乗った。乗り方にもコツがいる。そして、長時間は乗っていられない。ノルグたちは、人を乗せることに慣れていないから、自分の体の不自然さに、すぐに気づいてしまう。


 恐ろしいスピードで森の中を進む。振り落とされないように渾身の力でしがみつく。この状況で最も恐ろしいのは、背中から転げ落ちて後続のノルグたちに踏みつぶされることだ。


 考えただけでも冷や汗が出る。

 

“ピギィ!”


 悲鳴とともに、隣を走っているノルグが倒れた。


 さすが、こんな速度で動いているわたしの位置を捉えている。


 それにノルグは普通の矢ではびくともしない程、皮膚が硬いというのに。その辺の、筋力強化スキルを取った剣士では、かすり傷すらつけられないほど堅い皮膚だ。狙撃者のスキルレベルの高さに、改めて感心した。


 これほどの巨体を一撃で倒すためには、少なくとも、弓自体の質、矢の剛性、動く標的、さらに言えば弱点に的確ににあてられる力、ノルグの皮膚を貫通できるだけの弓を引く筋力。そのどれもが高い水準まで高められている必要があった。


 狙撃者の力に驚いている間にも、周囲のノルグが一匹、また一匹と倒されていく。


 わたしは再び大きく息を吸った。今まで相手にしていたような盗賊たちとはレベルが違い過ぎる。覚悟を決めなくてはならない。


 ノルグの何体かが、わたしの仕掛けた罠に引っ掛かり、その突進を止めている。他にも罠は仕掛けているが、おそらく狙撃者には効果はないだろう。


 弓使いは偵察の任を務めることも多く、罠の探索も彼らの仕事の一つだ。わたしが仕掛けた程度の罠なら、見るまでもなくさけてしまうだろう。


 わたしは、逃げる際に手に持っていた箱をちらりと見た。どちらにせよ狙われるのならばと懐に隠し持っていたのだ。


 本来なら、それは、どこかに投げて、相手の気をそらすべきだった。逃げるなら、そうする方が確率が高いはずだ。


 けれど、わたしはそうしなかった。ユミルの話を聞いて、わたしは今まで特になんとも考えていなかった、城の秘密に興味が沸いた。


 彼は言っていた。これは反逆なのだと。わたしも同じ気持ちだ。城にどんな秘密が隠されていようとその答えはどうでもいい。でも、この宝を相手に渡して命乞いをするよりも、戦う方を選びたかった。


 わたしは、目的地が近付いていることに気づき、慎重に、タイミングを見計らって、ノルグの体から木の幹に飛び移った。


 弓使いも人間だ。長距離狙撃には限界がある。今ごろノルグの群れを追って、こちらに向かっていることだろう。


 わたしは木から下りて走りだした。目的地は移動中に考え、すでに決めている。森の奥にある巨大な洞窟だ。この手を使う日がこようとは思ってもみなかったけれど、来てしまったのなら仕方ない。


 追手は、洞窟の内部で迎え撃つ。もしもそれで駄目なら、わたしは殺されてしまうだろう。いや、牢獄に入れられ、死ぬよりももっと恐ろしい目に会うかもしれない。


「ま、そんときはそんときか」


 走りながらつぶやいた。


 ひとりで森で住むようになって、獣の肉を食べ、盗賊から金品を盗むような生活を続けて、いつかこんなことが起こるような気がしていた。


“人の道から外れるのなら、理不尽な力がお前を潰しにやってくるだろう”


 やつが言っていたことを思い出す。


 今ようやくその時が来たのだ。 


 目的の品物はこちらが持っている。相手は必ずこちらにやってくる。だったら待てばいい。待って準備を整える。そして、わたしの全力でもって迎え撃つ。


 相手はおそらく王国随一の弓使い。だけど、大人しく死ぬつもりはない。


 わたしは立ち止まった。目の前に洞窟が、大きな口をあけていた。


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