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スキルなんていらない  作者: みやざわ
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1:追われる身

 わたしは盗賊に追われていた。


 何故こんなことになったかといえば、わたしが盗品にちょっかいをかけたからなのだけれど、でも、盗みを働く悪いやつは盗まれたって文句を言えないわけで、わたしの縄張りであるこの森に、のこのこ入ってきたのが悪いわけで。


 もうこうなってしまったら、今さら返します、なんていうのは通用しない。とにかく、やつらをなんとかしないと、わたしの生活は保障されないわけだ。


 というわけで、木に登る。この森で正確な最短ルートを知っているのはわたしだけだと言っても良くて、追いつかれるにはもう少し時間がかかる。


 するすると木に登り、あたりを見回す。木や植物に阻まれてもたもたしている盗賊たちが見えた。このまま移動しても良いのだけれど、やつらが来るのを待ってあげる。


「オウ! コラ! 降りてこいや!」


 明らかに下っ端らしいひとりが、わたしに向かって大声を上げる。


「なんでわたしが降りてやらなきゃいけないのよ。そっちから登ってきたら?」

「なんだと!」


 挑発にまんまと乗って下っ端が木に近づいてくる。


 するとそこには――


「わあ!」


 落とし穴。結構深くまで掘っているから、しばらくは登ってこられないと思う。


 集団にひとつの不和が現れた時、それは容易く混乱に変わる。


 ――なんてね。


「ぎゃあああああ!」

「うわあああああ!」

「ひやあああああ!」


 ほらこの通り。ひとつの落とし穴がきっかけになって次々と罠にはまっていく。ひとつひとつの罠は大したものではないけれど、集団の統率を崩すことができれば十分。


「うろたえるな!!」


 リーダーらしき男が大声を挙げ、集団が落ち着きを取り戻した。


 ちっ、もう少しわーわー言ってても良かったのに。なかなかやるじゃない。


「頭領! これじゃ身動きがとれねえよ!」

「静かにしてろ」


 頭領の前に半透明の板のようなものが現れて、指でなぞる。板に文字が流れ、頭領を中心にやつ中心に術式が組まれていくことが分かる。


 罠感知スキルだ。


 スキルを発動するためには実体のない半透明の板――ステータスを浮かび上がらせなければならない。これはこの世界での法則であり、絶対的な決まりだ。


「へえ。だてに頭やってるわけじゃなさそうね」


 久々に歯ごたえのある相手みたいだ。わたしは、虚勢にも似た言葉を口にする。こうすることで、すこしだけ勇気が出る。


 ただ、この様子を見ると、スキルを取得しているのは頭領だけで、手下までは理解していない。となると、わたしにとって好都合と言うわけだ。 


「おい、お前のすぐ横に穴があるぞ」


 そう言われた手下が、持っていた武器で地面をつつくと、落とし穴が現れる。頭領は同じような支持を周りの手下たちに与え、罠が次々と暴かれていく。


「たかだか、この程度の罠で、おれをどうにかできるとでも思ったのかよ。なんだこの罠は、まともにスキルも取れていない素人のものじゃねえか」


 頭領が大声で言う。まるで勝ち誇ったかのような態度だ。だけどわたしは動じない。


「そうだよ。わたしはスキルを取ってない」

「は? スキルとってねえなら罠なんて張れねえだろ。ま、どちらにせよ打つ手なしだな」

「そうかな?」


 確かに、地面に仕掛けられた罠はほとんど見破られている。だけど同時に、手下たちはもう動けない。


 落とし穴が複数あるとわかって、下手に動けないままでいる。全員で襲いかかられたらさすがのわたしもお手上げだけれど、相手が頭領ひとりだけれなら、どうにかできる道もある。


「あ!」


 わたしは突然立ち上がり、あさっての方を指さす。当然、頭領はわたしから視線を変えない。


 まあ、当然か。引っかからないことはわかっている。


「なに言ってんだお前?」


 すでに罠は発動していた。わたしは目立たないように木に巻きつけられた縄に、指をさすと同時にナイフを投擲していた。わたしと同じくらいの重さの丸太が、振り子の要領で頭領の体に向かっている。


 罠感知スキルは、よほどレベルが高くない限り、広範囲の探知に向いていない。仮に肉眼で丸太の影を見ていたとしても、スキルに頼ることばかりを考えていたら、絶対に気づくことはないはずだ。


 ――けれど。


「甘いんだよお!」


 頭領は間一髪で丸太をかわす。


「はは! どうだ!」


 やつの手元にはステータスが浮かんでいた。周囲探知スキルで罠感知スキルを上書きしたというわけだ。頭が回るだけでなく、ステータスの扱いも心得ている。うまいやり方だ。

 

 とはいえ。


「甘いのはそっち」


 わたしはすでに木の上にはいなかった。頭領の頭上に、わたしはすでにいた。いくら探知スキルを駆使しようと、体の反応まではどうにもならない。全力で頭に向かって両足の蹴りを叩き入れる。


「ぐうう!!」


 もちろん、この一撃で頑強な男を倒せるとは思っていない。でも、身体の重さだとか、筋力の強さだとか、そういうことは関係がない。ある程度の重い塊がぶつかれば、必ず人は重心を崩す。


「まあ、ようはわたしが罠の一部だったってわけ」


 重心を崩した頭領は、落とし穴の仕込まれた地面に向かって無様に倒れて行く。どれくらい深く掘ったか、と思いだそうとして、ああそういえば、と唇の端に笑みが生まれる。


 まったくたまたまではあるけれど、試作で作った特別製の落とし穴だ。 


「くそが! おい、お前ら、おれを引き上げろ!」


 手下を呼ぶ頭領はいかにも情けない。情けないけれど、実際に行動に移されると厄介だ。


「いいのかな。もう誰もどこに罠があるのかわからないでしょ。動いたっていいけど、次に丸太の餌食になるのは誰かしらね?」


 わたしの言葉を素直に聞いて、手下たちはそのまま動かないでいる。どうも頭領に頼り過ぎていた集団だったようだ。とってもありがたい。


「さて、そろそろかな」


 落とし穴は第二段階へ変形している。内部の壁が壊れて、そこに閉じ込められていたスライムが姿を現す。


「おおい! ないいだこれは! うわあああああああ!!!!」


 スライム自体は大したことはない。弱い種属だし、せいぜい服を溶かして、体の表面の老廃物を食べる程度だ。でも、暗がりで、姿も見えないとなると、話は違ってくる。


「これまずいよな……」

「すまねえ! 頭領!」

「おれたちはもう耐えられねえ!」


 頭領の叫び声に恐れをなした手下たちは、一目散に逃げていった。落とし穴からはやがて声がしなくなった。きっと気絶でもしたのだろう。


「さて」


 わたしは、大きく息を吐いて、背中にしょっていた荷物を開く。頭領がやりてなだけあって、割とたくさんの宝石や貴金属が詰まっていた。


「まあまあかな」


 盗賊から盗むことを、悪いことだと思ったこともある。いつか罰が当たるかもしれないと思う。しかしこうでもしなければ、ひとりで生きて行くことはできない。


 それに、わたしは、街の人間が嫌いだ。普通に生きている人間が嫌いだ。だから、盗んでも良いのかと聞かれたら、そうではないと口では応えるけれど、しかし、これを止める気はない。いつか、盗まなくてもひとりで生きていけるほどのお金が集まってから、考えればいいことだ。


 ひとしきり、盗んだものを確認して、わたしは歩きだす。やることはたくさんある。落ちた盗賊たちは放っておけばいいとして、品物はできるだけ早く売りさばいてしまいたい。それに罠の仕掛けなおし。これが案外大変で、2、3日かかることもある。


 こんな時スキルがあればいいと思う。筋力強化か、あるいは物体浮遊か。だけど、考えても仕方のないことだ。


 なにしろわたしは、生まれてから一度もステータスを開いたこともなければ、スキルを使ったこともないからだ。


 使えないのではない。使わないのだ。

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