正体-記憶と影
あの時僕は思い出した
自身の存在理由
そして貴方への罪悪感を
だからこそ、貴方に
さっきまで静かだった男は、言葉が溢れんばかりに話し出す
「理解する事は容易でなかった。「 」に近づこうとした者達は全て、自身が自身である為の物を食べられた。それでも「 」を知らなければならなかった」
「 」
その名前を耳にした瞬間、無くしたはずの記憶が警戒しろと私に教える
面の男は独り言の様、話し続ける
「「 」解析結果から安全地帯を形成した。「 」を理解する事により人類の技術は進歩した」
「「それ」は何だ?」
痺れを切らし私は問う
面の男は答える様にまた1人事を語り出す
「人類は結果理解する所まで到達した。
「 」はこの世全ての元であり、そして行き場の無くした記憶その物だ」
記憶
それは私にとって切っても切り離せない言葉
今はなくしてしまったものだ
どのようにしてこれまで生きてきたのか
どうやって彼女と出会ったのかも
記憶の奥底にある誰かへの罪悪感も
理由が何も
何も分からない
「「 」その物はただ単に存在しているだけだ。ただ存在そのものが人類の悪となり、道具となった。」
語り終わりの合図が如く面の男に距離を詰められる
瞬きする間もない程の刹那
aがこちらを振り向いた時には既に、私の眼前
人のするべき動きではない
反撃に意味がないと悟る
腕で防御姿勢を取る
次に来るであろう攻撃に備え
だがその一撃に守りなど何1つとして意味をなさない
ただの一蹴り
防ぐ為に動かした両腕
無残な姿に後悔をする
痛みすらない
既に感覚が無いことへ
不可思議により恐怖する
私の震える目玉を見つめるそのお面
向こう側にはどんな表情があっだたろうか
到底想像もつかない
ヒマワリから足が離れる
身体は宙に投げ出され、一切の自由が奪われる
まともに動かせなくなった両腕
それを力なく振り回す
到底意味すらないだろう
それでもaと離れたくはない
ただそれだけを考えながら
空からヒマワリ畑を眺めた
ヒマワリは何も意味をなさない
体は直接地面に叩きつけられる
まともに受け身すら取れないもので、打ち付けられた体は痛みで今にもちぎれだしそうだ
aを独りあの場所に、残した事を思い出す
苦痛にひれ伏す暇もなく
無理に足だけで立ち上がる
意味のない両腕は力なく垂れ下がる
「a」
向かわなくては
彼女の元へ
だいぶ飛ばされてしまった
自身の知っていた人間の一撃ではない
それにあれはまだ本気ではない
それでも向かわなくてはならない
痛みに震える足を急がせる
だが断固として動かない
何故だと自身に問いかける
壊れた腕で何度も何度も足を殴る
「動け…動けよ…動けよ…」
無力に叫ぶ
理由はすぐに明確となった
「それ」だ
私に対し向ける怒りは失望を含む
ヒマワリに隠れている「それ」は今、全てこちらを睨み見つめる
aの元に向かう為、動けと願ったはずなのに
ここから逃げだす為だけに、今から動けと叫びそうだ
自身の思考を嫌悪する
体は言うことを聞かず、その場に固まり動かない
まるで裁きを待つかのように
その罪の理由は定かではない
だがもう
意志から力が抜けていく
「z」
遠く昔の誰かの声を思い出す
「z」
欠けた記憶が私を呼ぶ
「Z!」
aはあの時私の元へ一目散に来てくれた
「それ」にどれほど阻まれようとも一切顧みることも無く
どれほど傷を伴おうとも、私を守ってくれたのだったか
あの時私は自身を恨んだ
貴方を守れぬ自身の弱さを
だから今度こそ
今度こそ
走り出せ
走り出す
「それ」が一斉にざわめき怒り、凶器に姿を歪ませ叫ぶ
鋭利な刃物の腕を震わせaへの意思を阻み邪魔する
攻撃は致命傷以外避ける意味を捨てろ
後退する理由を破棄しろ
今意思を貫き通せ
それがどれほど無謀であれども
脆い体を狂気が刻む
切られる皮膚は血を吐き流し
ひまわり畑に赤が咲き乱れる
どれほど体が欠けたとしても
止まるつもりは一切ない
aの元へたどり着け
何処へ向かえばいいかなど、今の私は知りもしない
それでもかつての記憶が叫ぶ
そこへ目掛けて走りつづけろ
ただそれだけの単純なこと
彼女がかつてしてそうしてくれた
今現実を否定しろ
限界を超えて走りつづけろ
私の何を払ってでもいい
彼女のそばに向かえるのならば
自身の全てを犠牲にしてでも
早く
さらに
今よりも
徐々に加速する
置き去りにする
「それ」も後悔も
戻り始めた痛みすらも
全ては彼女の為だけに、全部振り切り走り続ける
気が付いたその時には既に、閃光のようにヒマワリ畑を駆け巡る私がいた
世界は加速する事に目まぐるしく、姿形を変えていく
それらが全て形の同じヒマワリでも
彼女との距離は近づいていく
変わっていく
もう既に「それ」は私に迫ることすらできない
記憶の中にあるのは「a」の姿
いつの表情かは古くて分からない
きっと昔何より悲しくも望んでいた
忘れようとした笑顔
辿り着く
凝縮された時は一斉に元通りになる
彼女を探す
意識はその一点に支配される
見つけた
aを
そこで彼女はただ怯えていた
その表情は私がついさっきまでしていたそれに似ている
お面の男はただ私に背を向け立ち尽くすのみ
その片手にはボロボロのお面を掴んだまま
私の今にも途切れそうな息遣いに男が気づき振り返る
目を疑った
理解を受け付けない
今眼前にいるこの男の顔が認識できない
知ってしまった後悔は後戻りを許さない
「お前は…」
これ以上言葉は出ない
その男は話をあえて聞かない様に、自身より少し低いヒマワリ畑に姿を消していく
何かが途切れる
足から崩れ落ちる
他人の様に言うことを効かない体
微かに見える急ぎ近ずくaの表情
それはただ泣いていた
私に謝るように
ヒマワリは日が沈む空により影を落としていく
aの膝枕の元目を覚ます
この記憶が始まったあの時と同じ
ただあの時とは違っていた
暗闇の中のヒマワリ畑
夜空を塞ぐように彼女が見つめる
何かに怯えるように、助けを求めるように
呆然とする私に彼女は不器用な笑顔で話し出す
「貴方に笑顔でいて欲しいと願っている」
その言葉は私への今できる最大限の祈り
何故か今、彼女の口から零れ落ちる
その一言を絞り出し終え、何も言わずに顔をうつむける
傷が既になくなった痛みの残るこの手を彼女の頬に当てる
少し震えていた
縋るようにその手にaが両手を絡める
涙を零れ落とす
何処か濁った雫は私の顔を伝う
彼女は泣いていた
今にも崩れそうな笑顔で
涙を隠そうとするように