幻実-最初の夏の終わり
あの時の僕の表情は、決して冷静だからという訳では無かったんだ
怖がるこの表情を見せたくなかったから
貴方からしたらしょうもない理由
きっとそうなのかもしれない
どこかで聞いたことのある声
唐突に語られた言葉に意味を求める必要はない
aの視線を切る様に、声の主に顔を向ける
お面の男
彼女がくれたそれとおそろい
隠すその目は何を見るか
瞬間誰も居ないはずの祭りがざわめく
「 」
それを言葉で表す為には、自身の語力では困難を極める
無数の「 」が人間の動きを模範するよう現れ蠢く
どこまでも黒い、「無」その者、距離感すら失わせる色彩は
「お前だけは」と理解を拒む
本来の形を持たない純度の高い憎悪
直視するだけで意識を締め付け貪り食らう
aはこれまで何度と見てきたかの様に冷静
表情に出ないだけでは到底ない
私の手を取り「今すぐ逃げよ」と合図する
無意識にaの手を握り返し
走り出す
ここは間違えなく危険
いるはずも無いものがそこら中を動き回る
ただそれだけで理由に不足は無い
私と彼女は「 」をかき分け走り逃げ出す
「8月31日の夜、世界の空は一斉に光だした。 戦争が始まった」
声はどこからともなく聞こえてくる
「人類の5割はたった1夜で消滅か死滅」
ここに人間がいない事との関係性を漂わす
「そして日の終わりと共に「 」が発生した」
唐突な終わりの始まり
それを語る理由は定かでない
何を求める訳もなく、疲れた声で語られ聞こえる
握った手が「 」の群れに阻まれ離れる
意図的な手段だろうか
強く握ったはずなのに、簡単に手が離れる
解けていく
もう指すら触れない
無力に遠ざかる
届かない
1人「 」達の中に佇む
「それはただ存在するだけで残った人類に猛威を奮った。被害で死んだ者の残骸を食い、拡大を繰り返し成長、生きた人類に対して無意識に捕食を開始した」
これを最後に声は途絶える
もう語りの主はどこにもいない
その途端無数の「 」は一斉に私を見つめる
それは後悔だ
もしくは怒りか
それとも失望かもしれない
何であれ結局全て私へ降りかかる
無数の「 」は、苦痛に喚き散らしながらも形を徐々に変えていく
変形させた刃物の腕を、のたうち回らせ迫り来る
私の足は動かない
恐怖からくるものでは無い
「それ」を望む様に固まる
「罰」を望む様、縛られ止まる
刃物が無造作に振るわれる
切りつけられた皮膚からは血が滲む
痛みつけろと言わんばかりに致命傷を執拗に避ける
まるで殺しては意味が無いと言いたい様に
「 」は殺意以上の憎悪を振りかざす
人間の体は脆い物だ
無数の憎悪の後
呆気なく切り飛ばされる、左腕
玩具のように地面に転がる
溢れ出す血に現実味は無い
痛みすらも、もう感じない
ただ恐怖のみが増すばかり
意思が徐々に薄れていく
それは後悔だ
首を掴まれる
虚ろな瞳に映る正体不明の「罰」
「z」
絶対的な怒り
その腕には殺意が明確に伺える
自身の事を棚に置き、「お前のせいだ」と繰り返す
「z」
これは私への何かの罰だ
記憶のない自身にはこの審判は重すぎる
嫌
もしかしたらこれでも優しい方かもしれない
aともっといたかった
これを最後の思考にしよう
最悪だ
今になってようやく生きる目的が見つかった
明確になった理由とは反転、
意識はかすみ、遠のいていく
歪む視界
叫び散らす「 」の群れ
ごめんなさい
「a…」
最後になるであろう言葉を零す
「Z!」
呼び止める誰かの声
雷鳴の如く発せられた言葉の主は、光を散らし迫りくる
遠くで有象無象の「 」が飛び散り
閃光が闇を踊り切りこむ
伝うように「 」を刻む祈りは少女の感情
彼女は弧を描き宙を舞う
大切な誰かの元へ向かう為
そう
彼女だ
aだ
私の首をへし折らんとする「 」
それを上部から光が貫く
この一瞬、「 」自身、大部分が消し飛んだことにすらきずかない
すでに力の入らない首を締めていた腕
その場に転がり終わりへ還る
たどり着いたa
囲むように迫る「 」
見開いたその目は凝視する
ボロ雑巾の様になった私を
彼女の傷だらけの両手はかすかながらも震える
表情は無い
だがその姿は怯えている事を十分に表す
私のこのざまに
震える片手を残りの片手で握りしめ、恐怖を隠し私を見つめる
無数の「 」が距離を詰める
安全地帯は徐々に狭まる
標的は彼女ではなく到底
私
「 」には殺害目的とその障害物しか見えていない
邪魔な物は破壊する
ただそれだけの事
単一化された思考はaに向きを変える
「逃げてくれ」
彼女だけは
彼女だけは失いたくない
死に損ないは無力に話す
すでに手遅れだと気付いても
「大丈夫」
この一言を起動の合図に光が2人を囲み、無数に現る
走りだす
尾を引き熱と速度を高める
「貴方を守る」
火花を散らす光は閃光へと姿を変え
展開する
「幻実」
まるでこの世界のようだ
幻実
ここを現すのに何とも最適な言葉だろう
眩い光が形を変える
「変換」
その言葉を号令と謳い、形を無数の機銃へ変える
それはお互い背後を任せ、何十丁もが円陣を組む
向ける外には「 」の軍勢
恐れを知りすぎ狂ったか、標的目掛けてのたうち走る
「殲滅開始」
彼女が指揮者の合図の元に
発砲音が祭りに響く
打ち破る為に放つのでもなく
何かを変える目的でもない
1人の防衛
その1人が為1人の軍が、無数の弾丸を惜しみなく放つ
弾は熱と光を秘め夜を乱す
走り迫る者は弾け吹き飛び宙に爆ぜる
誰も目的には到達し得ない
彼女はそれを絶対として許しはしない
aの目には終始、私の姿しか写っていない
急に祭りは静まり返る
流れる曲も、溢れる「 」も、もうどこにもない
視界が暗くなる
力が抜けていく
ああ
何かaが言っている
今度こそ消える意識
何か彼女に伝えないと
そうする暇すら与えられず
眠るように
目を閉じた
自室ベッドの元
花火の音で目が覚める
8月31日の夜
夏の終わりを合図する様
無数に咲いては消えていく
気づけばまたここにいた
aが心配だ
様子をみる為起き上がろうとしたが、体の痛みがそれを拒む
諦めベッドに寝そべり戻る
夏最終日
終わりギリギリまでに目覚めれた事を少し嬉しく思う
花火の微かな光で照らし出される体
違和感に気付く
切り飛ばされたはずの腕がある
元から何も無かった様に
あれほどボロボロとなった体はその傷跡が一切ない
理由は少しだけ心当たりがある
あの「幻実」という物を見た後だと不思議には思えてはこない
きっと彼女が何かをしたのだ
夢でなかった事は間違えない
彼女のおかげで今生きている
ふと気づく
枕元にもたれ掛かるようにしてaが寝ている
あの時と変わらない浴衣姿
あちらこちらが裂けている
戦闘時付いたであろう手の切り傷を残したままで
彼女は自身のことを後回しにしてずっと私に寄り添っていた
彼女はこうなってまでして私を守ってくれた
なのに
私は最後まで手を引いてあげることすらできなかった
吹き飛ばされたはずの今はある片腕
それを動かす事に思い出してく
握った手が離れていく感触が戒めの様に忘れられない
自身を嘲笑う
本当に何もしてあげられなかった
何もだ
何も
込み上がる
aを守れないばかりか足でまといになった
私自身への
怒りが
突然両手で私の手を引き寄せる
少しだけ馴染みのある感触
頬にふれた手を涙が伝う
花火が照らしだす
aの笑顔
この花火と変わらない程
いや
花火を超えたその表情
今この時をずっと望んでいたように
ただひたすらに感謝するよう
誰もいないこの世界で、気づいた時にはaがいた
今思えばどうして彼女と私しかいないのか
どれくらいこの状態が続くのか
今は何も分からない
いつか突然終わってしまう
そうなる事を否定はできない
そうだとしても今が続けばと
1秒でも長く続けばと
永遠にaと共に生きれたらと
8月▓▒
この世界の構造は、とても残酷で優しいものだ
だが私はそれを受け入れなかった末こうなった
それでもいい
後悔もしない
貴方との約束の為に