祭り-お面
僕もあの時、話かける方法が分からなかった
だから貴方が話しかけてくれた時、嬉しくて仕方なかった事を今でも忘れない
目を覚まして始めに見のはaだった
寝ていた私を見下ろしている
彼女は相変わらず無表情
でもどこか心配しているようで、次こそは離さないと言わんばかりに見つめてくる
確かあの砂浜で彼女と再開をした後、そのまま寝てしまった
まだ虚ろな目に毛先が触れ、早く起きろと私を促す
髪は何故か下手に撫でられた犬の様に乱れている
理由はすぐに実演され、判明した
不器用に私の頭を撫でるa
寝ていた間に彼女はずっとそうしていたのだろう
今更だが恥ずかしく、首を振って抗議する
周りを首が動かせる範囲で見渡す
数少ない記憶の中でも少し懐かしく感じる場所だ
aはカタコトと話す
「オカエリ」
私にも帰る場所があったのか
どうやって帰って来たのか今はどうでもよくなった
逸らした視線を彼女に戻す
自分から彼女に初めて声をかける
「ただいま」
どうやら私は数日間寝ていたようだ
玄関近くの古い日めくりカレンダーが主張する
もう今日で夏が終わる…
自身からすればたった2日の夏
私が目覚めた時には既に家にいた
理由はaがどうにか引きづってでも連れて帰ったのだろうと適当な事を考える
いやそんな怪力でもないだろう
1人での虚しいコントはもうやめておこう
無人のタクシーでも呼んだのだろうと結論づける
ただ何故彼女は私を見つけることが出来たのかは謎のまま
まだよく分からないことばかりだ
聞きたいことは山ほどある
だがaとはどう接したらいいかよく分からない
やはり1番の原因はあの何を考えているか分からない無表情
透き通るように純粋
それは人工水晶のよう
私の全てを見透かせてしまえるほどに
何か1つで濁ってしまいそうに
そして基本無口
これが接しづらさに拍車をかける
けれどその表情のままよく話すのも何か違う気がする
でもそのままでいられるのもそれは大変
何故か冷蔵庫に入っていた無数の鳥の揚げ物1つを食べながら私は考える
どうやらここはaと私が暮らしているマンションらしい
いつから彼女と暮らしているのだろうか
記憶が無くなる前はどう彼女と接していたのか
どうして人間が誰もいないのか
彼女が無口な以上私から聞くしか無い
ただそれが出来れば苦労もしない
自力で思い出していく事を今の自身に期待は出来そうにない
この悩む私の姿をaは首を傾けて不思議そうに見てる
表情が無くてもいつもそれくらいリアクションをしてくれたらわかりやすい
これからどう彼女と接していこうか
私はまた同じことを繰り返し考える
さっきからaは私を観察している
私を見て何が楽しいのかは分からない
ただ記憶がない私は彼女からしたら新鮮なのだろう
だからと言って以前の事を教えてくれないのは流石にひどい
もしかしたら彼女も私との関わり方に苦悩しているのではないか
そう考えた結果私はaを誘うことにした
とはいえ何に誘えばいいか
普通に考えれば自身かaの趣味関係の物事を誘えばいいがそれですら記憶がない事が支障をきたす
私も彼女の行動を観察すれば何か分かるのでは?
恐る恐る顔を彼女に傾ける
気がつけば私を観察しているaを私が観察している妙な構図ができていた
視線は最後、互いの視線に到着する
目が合ってしまった
こらえる
こちらから目を逸らせば負けな気がする
静かなリビングが一層静かに感じる
無口で無表情であってもaは可愛い
恥ずかしい
そうなら早々目を逸らせばいいだけのこと
でもここで視線を揺るがせれば彼女と関わるチャンスがまたいつ巡って来るか分からない
だがこうなってからどう展開していけばいいのか
彼女の表情は冷静沈着
私の顔は火を噴く寸前
「ドウカシタノ?」
aは恥ずかしいのか小声で呟く
もうダメだ
頭が真っ白
この際なんでも言ってしまえ
諦めに似た決意は投げやりに口を動かす
「どこか一緒に遊びに行かないか?」
すぐに後悔した
まず私は遊びにいける場所を知らない
それどころかどうも今の私に調べるすべもない
aが次にどのような反応をするのか
今唯一できる警戒を開始する
彼女は自身の部屋に駆け込む
私は彼女が大人しい少女だと勘違いしていた
今の動きはこれまでに見たことないほどに機敏
余程何か思うことがあったのだろう
気に触る事を言ってしまったのか
それともa自身も恥ずかしくなり逃げ出したのか
さては勝ってしまったか
どの道勝敗が決した所で更に気まずくなってしまったかもしれない
彼女と関わる機会
遠のいていく
虚しいく視線を天井に移す
もっと些細な話からすればよかった
好きな食べ物やどんな場所が好きかとか
テンプレートに収まった質問を今更頭の中で整理する
きっと手遅れだ
ショックのあまり顔を両手で覆いソファーにうつ伏せになる
「見テ」
望んでいた次の返事
急いで首を上げる
そこには浴衣姿のaがいた
日の暮れる頃、浴衣姿のaに手を引かれる
軽快に走るその姿には表情以上に感情を現す
追い抜かない速度で彼女の背を追う
静かな都市は私とaの為だけに、一層暗く
静まり返る
息が切れることもない
彼女の速さが心地いい
どこまでもこうしていたい
ただ走っているだけなのに
引かれるこの手に行方を委ねる
着いた先はお祭り会場
誰一人として利用しない屋台は機械が客を待ち続ける
賑わいは無く、夏祭りでよく聞く音楽だけをどこからともなく漂わす
その静けさを押しのけるようにaは手を引き屋台に走る
どの屋台から先にしようかと光らせる目は年相応の少女のように
結局選ぶことを諦め片っ端から屋台を回る
焼きとうもろこしにりんご飴、カップの中の無造作に入れられた鳥の唐揚げ
それら全てを陳列された屋台の棚から、どれも2つずつ取り片方を私に渡す
もう片方を大きな口で彼女が頬張る
スーパーボールすくいに射的
慣れているのか才能か
とても的確に狙いを定める
コルクは一切の狂い無く飛び、景品を棚から落とす
どうして屋台の遊びでここまで本気になれるのだろう
景品を機械が流れ作業の様に彼女に渡す
景品のよく分からない笑顔なお面
それを付け自慢する様こちらを向くa
彼女の表情はいつも無表情
今は笑顔な面の顔
今だけは間違いなく楽しそうだ
誰もいないこの世界で、私と彼女は毎年こうしてきたのだろう
この少女はここをどう感じながら生きてきたのか
こんな私とでは退屈でなかったのだろうか
孤独に思うことは無かっただろうか
自身の心情を置き去りにしてaを思う
ここで1人になってしまうのは寂しいだろう
星が登る砂浜の元、私を見下ろすaの表情
思い出すと申し訳なくなる
今そのお面の下は相も変わらず無表情だろう
もしかしたらそれは全て私のせいか
貴方を1人にさせてしまったあの日の後悔が姿を現す
理由の分からない無表情が、私の動悸を加速させる
「コレアゲル」
突然手を引く彼女が足を止め私に言う
不安げな表情を察したか
さっきのお面を私に被せる
何とも雑に
そして優しく
不安そうに私を見つめる
表情なんて必要なく
貴方の目が真意を教えてくれる
ああ 彼女も私が不安でないか心配なんだ
お面を手で取り彼女を見つめる
今この時は目を逸らしたくない
そう思った
途端、何処か知る声が私とaに語りかける
「ここは偽りの世界だ」