転生管理局員『早乙女真澄』の職権乱用
真っ白な部屋の中に現れる『転生者』に語りかける。それが私の仕事です。
「どうも、突然のことで混乱されているかもしれませんが今から状況を説明しますのでどうかご安心を。まず最重要な情報として、あなたは死んでしまいました」
生き物は必ず死にます。
どれだけ強運でも人間である限りは最終的に老衰で寿命を迎えますし、大体はそれ以前にケガや病気で構造的な寿命より早く死にます。いわゆる天寿と呼ばれる運命的な寿命があるのです。
そして、死んだ生き物の大部分は別の生き物に転生します。
「死因はエレベーターの事故です。屋上からエレベーターに乗り込んだあなたは、ワイヤーの留め具が劣化して壊れていたために地下まで落下し……ご終生様でした」
大抵の転生はほぼ自動的、事務的に行われています。毎日何百何千億と死に続ける生物全ての転生先を決めるのは、さすがに神様でも面倒なようでして。というよりも、神様とは基本的に面倒くさがりなのです。
だから、時折その横着が元になってこういう仕事が発生するのです。
「いきなり死んだと言われて頭の整理がつかないのも無理はありません。何故なら、あなたは本来あと二十年は生きる運命でしたが、こちらの手違いで予定より早くお迎えすることになってしまいましたから。はい、あなた達のよく言う『神様』のミスです。私はその使い、あなたが被った損害を補償するために参りました」
本来は、転生は例外なく平等に行われなければなりません。しかし、特例としてですが次の転生先を優遇することもあります。
「はい、よく言う『転生もの』とほぼ同じだと認識していただいて構いません。最近の方は理解が早くて助かります。一昔前は『なら生き返らせろ』やら『悪質なドッキリ』やらとなかなか話を聞いてもらえないのが普通で……と、先輩方の愚痴は置いておきましょう。では、ご存じの通りの転生で構いませんか?」
『転生』と言っても最近はかなり融通の利くようになっていますので、様々なオプションをつけることができます。そして、その種類をわかりやすく説明して選択していただくのも、私の仕事です。
「まず、あなたはこの特別措置を受けずに通常の転生をする権利もあることを確認しておきます。その場合は記憶の消去を行い、0歳から全てをリセットして来世を生きていただきます。ちなみに、全てをお任せいただいた場合のあなたの次の来世は『飛騨牛♂』となっております」
転生先は人間とは限りません。
知能が高く自分の生死に文句を付けるのが人間ばかりなのでこのような処置も行われていますが、本来の転生とはただの魂の『流れ』でしかないので、人間が特別というわけではありません。
「はい、特別措置の説明ですね? 異世界転生や能力付与ですか? はい、もちろんありますよ。なお、異世界転生の場合は転生先の生物もあなたの世界には存在しなかった種類から選択することもできますし、要望があればそれに合った条件の揃った世界をいくつかご紹介します。記憶を残して0歳からの生まれ直しを望まない場合は好きな年齢に成長した状態から人生を始めることもできます。その場合は世界の常識がわからず苦労なさるかもしれませんが、それを逆に楽しむ方もいらっしゃいますのでご一考を」
どんな世界に生まれても、その世界に応じた苦労があるとは思いますが……変に不安を煽るのは、私の仕事にはございません。
「ちなみに、能力付与はあなたの本来の寿命の『余り』と生前に積んだ徳によってリソース限界が設定されていますので、それをご考慮してください。また、0歳から再スタートする場合には構いませんが、ある程度成長してからだと新しい言語を習得するのは難しくなるので、能力リソースの一部から『現地語アシスト』を取ることをお勧めします。よく選ばれるスキルなので、リソース的にもお得に設定されていますよ。そして、その分を差し引いて可能な能力の主なものはこちらのリストをご覧ください」
ちなみに、最近の流行りはコピー系の能力です。
特殊な能力を持つ生き物が多い世界に転生すれば低リソースでも高性能な能力に育てやすいので。
まあ、欲張りをしすぎて人外魔境に飛び込んで能力をコピーする間もなく初見でまた死んでしまう方も少ないとは言えませんが……夢を壊すのも、私の仕事ではありません。
「……決まりましたか。はい、『超強運』の能力でよろしいんですね? 世界は……あ、はい。了解しました。あなたの世界のフィクション作品に限りなく近い世界もちゃんとありますよ。年齢は0歳から、親の職業の指定はなしで……『妹がほしい』ですか。大丈夫ですよ、受託しました」
『超強運』……なかなかマニアックなものを選びましたね。もしかしたら、前の人生ではいつもついてないと思っていたんでしょうか。しかも妹指定とは……まあ、転生者の性格に口を出すのは私の仕事ではないでしょう。
「はい、お待たせしました。ではご要望通りの転移先が照合し終えましたので、さっそく今から新しい人生をお楽しみください……はい、もちろん『今から』です。転生ものを知っているなら、オチは読めてますよね?」
真っ白な部屋の、真っ白な床に穴が空きます。
驚きの悲鳴を上げて新しい世界に落ちていく転生者に、最後の挨拶です。
「では、今度こそは満足のいく一生を。To be next life」
そして、穴の塞がった部屋で一人取り残された私は……あたしは、深く息を吐いた。
「あ~、かったりぃな。早いとこ全自動化すればいいのに」
営業スマイルで顔がつりそうだっての。
こんなの、仕事じゃなきゃやりたくねー。
『早乙女真澄』。
あたしのデスクに置かれたあたしのテリトリーを示すネームプレートには、そう書かれてる。
それなのに……
「なんであたしのデスクに書類の山が乱立してんだよバカやろう!」
そのネームプレートが見えないほどの書類。
あたしが転生ガイダンスやってる間にまた増えやがった。
「てかおい、三木! これあんたんとこの管轄だろうが! さらっと山に挟み込んで押しつけんな!」
『転生管理局』は多忙だ。
年中無休で生き物は死ぬし、どうでもいいような申請やらどこぞの神の気まぐれな注文もあるし、そのくせ人数が少なくてしかも真面目に働くやつがすくねえ。
こちとら見た目ほぼ幼女だぞ!
最近の転生ガイダンスでの需要が何故か上昇中な幼女だぞ!
ロリコンどもみんな死ね! いや、仕事を増やすな! ずっと死ぬな! そして最終的には悟り開いて解脱しろ!
てか三木将之てめえ!
人に仕事押しつけといて隣のデスクで堂々と弁当食うな!
「残念だったな、それはもはや僕の管轄じゃない。正当な手続きで押し付けたからな! それは正式におまえの仕事だ!」
「押しつけるために面倒な手続きするくらいなら自分でやれ! てかまさか弁当食べるスペースがなかったからってくだらない理由で押し付けたとかねえよな!?」
「何を言う。僕は真澄ちゃんのことを心から想っているんだ。若い内に苦労しておけってよく言うだろ? だから僕は心を鬼にしてその苦労を提供しているんだ。真澄ちゃんは要領がいいから簡単な苦労じゃ経験にならないだろ?」
「言い訳が酷いにもほどがあるだろ! ホントの地獄の鬼にでも突き出してやろうか!」
あたしら『転生管理局』の局員は、神とかいうお上の下についた役人みたいなもんだ。仕事の報酬は安定してるし、抜け道だろうと裏技だろうとちゃんとした手続きさえ踏んでいればこいつみたいなサボり方しててもメッタに解雇なんてされねえ。悪い意味での役所仕事が成立してやがる。
しかも、三木の野郎はそういうのを最大限に活用するためにサボらずに仕事するのとそう変わらない努力ができるやつだからたちが悪い。
「そうだな……『お願い、おにいちゃん♡』とかって猫なで声で言えたら手伝ってやろうか」
「元々自分の仕事だろうが! この人間の屑ロリコンが!」
「なに、ロリコンだと? 勘違いするな。僕は早乙女さんを仕事をパッパとこなせる立派な大人のレディだと信用してるし、さっきみたいなセリフを仕事でもないのに言うわけがないと知ってる。その上で、無茶な要求をつけてそれに困るおまえを楽しんでるだけだ」
「さっきと言ってることが真逆な上に最低の陰湿サディストかこの野郎は!! その他人を苛つかせる無駄な才能をあたしに向けんな!!」
「じゃ、僕はそろそろ終わりだから。言われたとおりにクールに去るぜ」
「仕事しろよぉお!!」
……ったく、本当に帰りやがった。
しゃあねえ、早く片付けるか。押しつけられたとは言え、仕事だしな。
午前8時起床……書類仕事が長引いたせいだ。
「あー、チコクチコク……って、もう完全アウトだし。今日は小学校ふけるか」
あたしは『早乙女真澄』。
一応、現役の小五女子だよ。ま、実際の年より子供っぽい面してるし背は低めだけど、多分これ寝不足のせいだ。
『転生管理局』の局員つったって、常に職場にいるわけじゃねえし、あたしが学校通ってたって驚くことじゃねえ。『転生管理局』はそもそも、現世にあるわけじゃねえし、寝てる間に幽体離脱か臨死体験に近い形で出勤してる。だから、身体は寝てるように見えても生命活動は希薄だし、その分成長にも支障が出てんだよ。
ま、局員の中には『その分老けにくいからお得じゃないか』なんて言うやつもいるにはいるけどさ、あたしはいつまでもチンチクリンはごめんだ。
「あー……いや、学校ふけるのはやめとくか、そういや仕事があったし」
あー、かったりぃ……頭はとっくに大人なのに、どうして人間は見た目やら学歴みたいな表面的なことばっかり気にすんのかね?
あたしは、いわゆる『巫女』みたいな体質を持ってる。
神と人間の通訳ができる。『転生管理局』の局員は、大抵そういう本物の神職やら、聖職者やら、神様の血縁者やらがやってんだ。そもそも、普通の人間は神様なんて規格の違う存在はそう簡単に認識できないし、大抵の神様側だって人間相手にまともな会話なんて成り立たない。
たまに、転生の説明をしてる局員を神様そのものだと思ってる人間もいるけど、そういうのだって神が憑依して直接話してる体を取ってるだけだ。よっぽどの大物か狂人でもなきゃ神を直視したら発狂しかねないしな。本人がどうしても転生者と直接話したいってときにはそのための化身を用意するのもあたしたちの仕事だ。面倒だけど、そうでもしないと人間と神が対等に話す場なんて作れねえ。
神様ってのは人間と価値観がずれてるからな。生粋の天使とかだって、転生の意義も理解せずに『では、あなたには我ら天の者に献上される生け贄に転生する栄誉を与えよう』とかやろうとするからな。現役の人間をやってるあたしらみたいなのが話を聞くのが一番いいんだ。
そう考えりゃ、こうやって学校に来るのだって視察かなんかだと思えば仕事ってことになるのか?
それじゃあ、多少猫かぶらないとな。
「病院に行っていて遅れました。これ、診断書です。いつもすみません」
「あー、はいはい。はーい、早乙女さんはいつも大変ですね。大丈夫ですよ、先生はちゃんと理解してますから。クラスの子にからかわれたりしたら、ちゃんと言ってくださいね。注意しますから」
「……ありがとうございます」
ちなみに、あたしは病弱キャラで通ってる。
ま、日常的に危篤に陥ってるようなもんだしな。あっちで残業のあった日とか、急に呼び出しがあった日とかには不整脈やら貧血やらで肉体的には仮病でも何でもない休み方してるから。
当然のことだけど、一般人は『転生管理局』の存在は知らない。目の前のセンコーも死後の世界とか転生が実在して、しかも目の前にその処遇に関わる存在がいるなんて思ってねえだろな。
結局、学校に来たのは二時間目の終わり辺りだった。いつものように診断書を用意してたりしてたらこんな時間になったんだ。
で、二時間目が終われば短い遊び時間。幼稚な遊びを素直に楽しめる子供の姿は見てて悪くないな。こんまま素直に育ってくれりゃこっちもいい報告書が書けるんだけどな。
だけどまあ、あたしはランドセルを置いたらそっちに加わることはなく、女子トイレに向かった。あたしも人間だ、トイレくらいはする。
けど……今日の用事は、そんなことじゃないんだけどな。
「やーやー、今日も派手にやられてますねー。トイレに閉じこもったら上から水かけられてびしょびしょとか、どんだけテンプレートですか? ま、先生に相談しても親に相談しても無駄だったんでしょうけど、毎日毎日よく我慢してますねー」
あたしの日課だ。
勘違いすんなよ、あたしは何もしてない。ただ、既にいろいろやられた後のいじめられっこを隣の個室の上から見下ろして感想を口に出してるだけだ。
ま、あっちから見たら言葉責めかなんかに見えてるかもしれねえけどな。
「いやー、どうしていつまでもそうやって隠れて泣かなきゃならないのかわかります? 別に、何から始まったとかくだらない経緯を聞きたいわけではなくて、あなた自身の胸に聞いてほしいんですよ。ズバリ、あなたは前世の行いが悪かった。だからこんな狭い場所でこの世の地獄を味わってるんですよ。誰も助けに来ない、それは運命づけられた決定事項です。どうしても運命を変えたければ、自力でどうにかするしかないんですよ?」
あたしは言いたいことだけ言って、トイレを出て行く。その途中、トイレの中のやつに水をぶっかけた実行犯らしきやつがあたしを見て仲間を見るような目で見てたから、なんとなくハイタッチしてやった。
自分のやったことが誉められたような、認められたかのような変に無邪気で歪んだ笑顔を背に、溜め息を飲み込む。
ホント、滑稽だな人間は。
精々、楽しめるときに楽しんでおけばいいさ。
三時間目、四時間目が終わって給食の時間。
今日は当番じゃなかったから、早めに席を移ってクラスメイトの一人と机を合わせた。
「あ、早乙女さん。そういえば今日は来るの遅かったね。仕事大変だった?」
「ん、わかってんなら話は早い。その仕事の話だよ、手習修」
『手習修』。
あたしのクラスメイトにして、『転生管理局』の存在を知る存在。それも、局員や転生経験者なんてチャチなもんじゃない。
こいつは、モノホンの『神様』の一柱だ。
「フルネームじゃなくて『修』でいいってば。せっかくのプライベートにそんな堅苦しい呼び合いしたくないから」
「ったく、イマイチ自覚のねえやつだな。さすがに下の名前はなれ合ってるみたいだから名字で呼ばせてもらうぜ。ていうか、いきなり仕事とか言ってくれちゃってるけど、他のヤツらに聞かれたら面倒だろ」
「大丈夫、みんなには今『聞き流しの技術』を貸し出したから、聞いても忘れちゃうよ」
「手習あんたいつの間に……ホント、腐っても神様なんだな」
「えー、まだピチピチの若手に腐ってるなんていわないでくれよ」
こいつは、自称する通りにかなり若い神だ。
祠も小さいし、名もほとんど知られてない。だけど、こいつはその性質があたしらの仕事に大きく関わってくる。
こいつの司る信仰は『技術の習得』だ。
神としての規模は小さい方だし権能は今やってるみたいに『技術』を与えるだけだが、それ一つに特化してる分、即効性と確実性が高い。特に小学生以下、13歳未満の相手には権能が使いやすくて、一生ものの技術を与えることができる。
「で、今度は何が少なくなってきたの?」
「いつも通りの言語系と身体能力強化だ。最近はどいつもこいつもネット小説に影響されすぎだっての」
「はいはい、『国語』と『体育』だね。わかった、近い内に入れられるように用意しとくよ」
特別措置の転生者の能力は、神からの恩恵として与えられる。手習の権能は人生を0歳からやり直すタイプの転生者に能力を与えるのにうってつけだから、こうやって『技術の種』を提供してもらってんだ。まあ、こいつは物理法則を曲げるような能力とは縁がないから、もらった『種』を別の神に魔改造させたりもしているんだけどな。
それにしても、こいつは奇特なタイプの神だといつも思うよ。
権能を貸し出してもらう見返りは当然あるけど、こいつはそれに執着がないというか、安くしてくれてるっていうか……ちなみに、神への主な報酬は現世での宣伝と信仰だ。信仰は神様の栄養だしな。
こいつは信仰を強めることにあんま興味がない。てか、そういう『神様らしさ』を抑えようとする感じすらある。
てかこいつ、給食なんて食べてるけど、それ以前に学校なんて来てるけど、こいつは本当に神様なんだよな……まったくもって不思議なもんだ。比較的、人間とも理解し合える方だし。
いやまあだけど、案外そういうもんなのか?
こいつみたいな……生きたまま神様の領域に脚を踏み込んだタイプ、一種の現人神ってやつは。
「手習ってやっぱりさ、神様っぽくないよな」
「えー、そんなに僕は威厳ないように見える?」
「少なくとも、威厳に溢れる神様は小学校に真面目に通ったりしないとおもうけどな。威厳云々前に相当物好きなやつだと思うって」
「はは、病弱設定までつけて学校に来てる転生管理局の局員さんが言うことじゃないね」
「あたしのは仕事だよ。視察だから仕方ない」
「じゃ、僕のは上手く願いを叶えるための社会見学ってことで」
「あたしは仕事じゃなきゃ自主的にこんなとこ通うなんてやなこった」
「仕事熱心な人だね」
「そういうあんたは勉強熱心な神様だな」
まあ、神様として威張り腐ってないのはあたしとしてはウザくなくていいけどさ。神の中にはタメ口だと怒るのもかなりいるし。そういう意味では、こいつにはかなり好感を持ててると思う。
だからって、あたしが『神』を好きになることはないだろうけどな。
あたしと手習は、他のクラスメイトから見れば『仲良し』に見えるかもしれない。実際、現世であたしの正体を知ってて日常的に顔を合わせて猫かぶらずに話せるのはこいつくらいだし、こいつも自分を『神様』だとわかってて素の口調で話すあたしは気楽な相手らしい。
だけど、あたしは根本的なところで『神様』ってやつらが嫌いだ。
それを隠してるつもりはない。
というか、率直に面と向かって言えるくらいだ。
「手習、あたしは神様ってやつらがわりと嫌いだ。あんたも神様だからちょっと嫌いだ。あんたが神様じゃなかったらいいのにってよく思う」
「ふーん……なんで? 『無神論』の神様を信仰してるとか?」
「そんなじゃねえよ。ただ、昔の因縁みたいなもんだ」
「ふーん、『昔』か……そういえば、早乙女さんって見た目と精神年齢かなり違うけど、もしかして転生者なの? それで、前世で何かひどい目に遭ったとか?」
手習はこういうところが鋭いんだよな。
いや、鋭いっていうか、無視して話を逸らしたりごまかしたりしないっていうか、知ることや身につけること、自分の身になることに触れるのに全然躊躇しない。
これだって、あたしの過去に興味を持ったと言うより、自分が神様として嫌われないように失敗の前例を知りたい方が強いんだろうな。ほんと、勉強熱心な神様だ。
まあ、だからこそ遠慮なく恨み言を言えるんだけどな。
「『転生者』なんて大層に名乗れるようなもんじゃねえさ。ただ、少し濃いめに前世の記憶が残ってるだけだよ。それに、ひどい目にあったってわけじゃないっての。ただ……『人柱』だった、そんだけの話だ」
あたしが前生きてた時には、不作とか水害をどうにかするために生きた生娘を生け贄にするとかが普通にある時代だった。
あたしは、運悪くそれに選ばれちまった……それだけの話だ。
「別に、当時は珍しい話でもなかったからな。特にあたしは見ての通り性格が悪くて連れ合いもいなかったから、当時としては割といい歳まで『生娘』のままだったんだ。他にも村には未経験者がいたはずだけど、人柱の話が立った途端に男たぶらかして『女』になってやがった。気付いたときには、もうあたしに決まってて逃げられなかったんだよ」
「ふーん……で、その時そんな役目を押し付けた村の人たちを恨んでたりするの?」
「いや……別に、そこまで『怨んで』はいねえさ。みんなのために死んだら神様が極楽に連れてってくれるとか、信心深くもなくて死後の世界なんて本当にあるとか思ってなかったけど、実際死んでみたらちゃんとあったしな。それに人柱なんて献身的な死に方したから徳も積めて霊格もあがって、今もこうしてある程度の記憶を持ってるし巫女として強い力も持ってる。それに関しちゃむしろ、信じてなくてごめんなさいの気分だったよ。たださあ……」
『あなたはこれから、神様にお仕えするの。それは、とっても名誉で幸せなことなのよ』
聞き分けのないあたしは、親からも知り合いからも赤の他人からも、何度も何度もそう言われ続けた。人柱は、嫌々ではなく本人の意志があってこそ効果があると信じられて、折れるまで何度も何度も、折れてからも慰めるように何度も何度も、言い聞かされた。
正直、こんな記憶は残してほしくなかった。
「『神様に仕えて働け』……前世でそう言われ続けて、実際その通りになって、その思い通りにされてる感じが気にくわないんだよ。だから、あたしは仕事はちゃんとやるけど神様ってのは好きになれないんだ。あたしは、人の心まで曲げて世界を動かす『偉い神様』が好きになれないんだ」
「そっか……やっぱり、生け贄は強要しちゃダメなんだね。わかった、気をつけておくよ。それに、ちょっと納得した」
手習は、いつしか食べきっていた給食に向かい手を合わせ、『ごちそうさまです』と律儀に礼をする。
「知り合いから『転生管理局』の人は肉体の成長を阻害しないように身体が大人になってから局で働き始めるって聞いてたけど、早乙女さんが小学生で局員をやってるのはどうしてかなって思ってたんだ。だけど、ようやくわかったよ。早乙女さんは、真面目に前世でみんなから期待された通りに仕事をやってるんだね。こう言われるのは好きじゃないかもしれないけど、立派な話だと思うよ」
手習は納得したように食器を片づけにいく。
「ケッ……『期待』なんてもんじゃねえさ。少なくとも、あたしにとっては」
これは祝福という名の呪いだ。
前世で死ぬ前に周りのやつらからかけられた、死んでも治らなかった呪いだ。
あたしが仕事に身を捧げるのは、きっとこの呪いのせいで、同時にこの呪いを解くためだ。言われたとおりに神様に仕えて、仕事を完璧にこなして、その上で言い訳のしようがないほど不幸になる。
そうなれば、ようやく植え付けられた『神様に仕えるのは名誉で幸せだ』という呪いを否定できる。これを否定できなければきっと、あたしは来世に行ってもこの呪いを忘れられない。
あたしは、前世のあたしを殺すために今を生きてるんだ。
「……誰でもいいよ、あたしを不幸にしてくれるならな」
『やっぱり、神様なんかに仕えるんじゃなかった』って心底後悔させてくれれば、誰でもいい。
しばらく経ったある日の『転生管理局』。
あたしは相変わらず、デスクで仕事に追われていた。
「まったあの駄女神、出生と死亡の帳簿ミスりやがったな……おい、そっちの資料くれ! 勇者召喚の要請書のやつだ! なに? 電話対応だと? ちょっと変われ! なんだと!? 男用と女用の『魅力』を与え間違えた!? さっさと交換させに行かせろ! 今度はなんだ! 転生先の胎内で死亡した場合!? そういうのは親が意図的か事故か体質かで対応が全然違うからマニュアル見て処理しろ! 表紙がピンクのやつだよ!」
目の回るような忙しさだった。
今時、神々への信仰は薄いのに転生願望ばっかり強い人間が多くて困ってんだ。死んだら天に仕えようとかって殊勝なやつがいないと局員も人事不足が解消されねえし……まあ、あたしの言う事じゃねえけどさ。
「おい三木! ここにあった山はどうした!?」
「大丈夫だ。ほとんど神々のケンカの巻き添え案件だったから裁判の部署に送検しておいた」
「よっしゃ! やってることは押しつけだけどこういう時は頼りになるぜ!」
三木は忙しくても真面目に仕事を処理してるところなんて見たことないけど、こういう正攻法でダメなときは真面目に働かれるより戦力になるんだよな……複雑な気持ちではあるけど、これで目処が立った。今日はうまく行けば残業なしで帰れるかもしれない。
そう思った矢先だった。
「真澄さん、少し時間よろしいかしら?」
あたしは声をかけられて振り向いた。
そこにいたのは、ものあたりの良さそうな婆さん……もとい、あたしや三木の上司、花散里室長だった。
「え、えっと……まだ書類が……」
「ごめんなさいね、でも、ちょっと急な用件なの。後は……将之くん、彼女の分もお願いできるかしら? 真澄さんは私の話が終わったら今日はあがってもらうつもりだから、彼女が安心して帰れるように速めにお願いできる? 『休憩』はもう終わってるはずだし、できますよね?」
「イエスマム! 僕がサボりなんてするわけないじゃないですか! アハハハハ……」
下の名前で親しげに名指しされた三木が、急いで仕事に取りかかる。
だけど正直、そっちの方が羨ましい……室長って、すげえやりにくくて、苦手なんだよな……何せ、種族的には一応マジモンの『天使』だし。笑顔のプレッシャーがハンパねえ……
「じゃあ、あちらの方で二人だけでお話しましょうか。ちょっと大切な話なの」
「し、室長命令なら、『仕事』ですよねー……」
だけど、あたしは知らなかった。
その『内密な話』が……本当に、重大な……聞いてから仕事になんて力が入らないようなものだってことを。
「どうしたの? 早乙女さん、今日ずっと上の空だけど?」
気付けば、手習と向かい合って給食を食べていた。
でも、よく見たら箸が片方上下逆だし、空になった皿をずっとつついてた……今更だけど、どんだけ動揺してたんだよあたしは。
手習も珍しく神様らしい気配を強調するように発してるし、あたし上の空過ぎて普通に声かけても反応なかったのか?
「あ……わり、昨日ちょっと仕事が忙しくてな。疲れてんだ」
「……嘘だね。今日は遅刻してなかったし、残業はなかったはずだよ。それに、そこまでキツいなら転生管理局の仕事に支障が出ないように学校は休むはずだ。今日の早乙女さんは、何も考えずに習慣的に学校へ来てる感じだった」
「あれだよ、明日に回した仕事が気がかりでさ」
「ふーん、早乙女さんって明日へ回した仕事が気がかりになっただけで小テストを白紙でだしたり男子トイレ入ったり僕のプリンまで食べたりしたのか……」
「え、ちょ、あたしそんなことした!? ほんとごめん! てかそんな状態のあたしを給食まで放置したのか!?」
「プリンまでは僕に被害無かったし自己責任かなって……くっ、まさか楽しみにしていたプリンを強奪されるなんて……こんなことなら最初に食べておくんだった」
「そんなことになる前に声かけてくれ! てか『強奪』って無意識状態のあたしから取り返せなかったのかよ!」
「くっ、僕は人間の恐ろしさを学習した!」
「神様のクセに情けねえな! てか、女子に負けてプリン盗られるとか普通の男子でも情けねえわ!」
なんだか、悩みをごまかそうとしてるのが馬鹿らしくなってきた。これがあたしの本心を聞き出すための演技ならたいしたもんだけど、プリン盗られて本気で悔しそうだし、演技じゃねえなたぶん。こいつ優等生だけどケンカは異様に弱いしな。あたしが巫女として強いのもあるけど。
「まあ、悪かったよ。別に、迷惑かけてまであんたに隠すことでもねえ。プリンは今度あんたの祠にお供えしておくから、元気出せ」
「……プッチンできるやつ、それしか認めない」
「わかったわかった、交渉成立な。じゃ、交渉成立ついでにちょっとお悩み相談聞いてくれるか? お供え後払いの変則相談になるんだけど」
「……それって、勉強とかスキル関係の悩み? それ以外だと僕は役に立てるかわからないよ?」
「あー、違うけど、『転生管理局』について知ってるやつじゃないと出来ない相談だからな。ま、無理やり手習の専門分野に関連づけるなら……『進路相談』ってやつかな」
「『進路相談』? 早乙女さんの?」
「ああ、そうなる。実はさ……」
あたしは、花散里室長から聞かされた案件を端的に打ち明けた。
「あたし、昇進するかもしれねんだ。それとセットで、ちょっと偉い神様との縁談の話がきた」
『神様』に『嫁』として指名される。
昔からよくある話で、要するに神がその立場を利用して気に入った美人やら術者やらを自分のものにするってだけだが、現世では基本的にまあまあ祝福される慣習だ。
ただ、あたしらみたいに神様に存在を認識してもらうくらいは珍しくない立場からすれば、その意味合いはもっと俗的なものになる。
端的に喩えてしまえば会社の偉い奴がただのOLを気に入って見合いをして欲しいと言ってるような感じ。あっちがどの程度真剣かはわからないが、立場的に下手に断れないし、昇進をちらつかされているとなれば『私に見合う立場になってくれ』と言うくらいには本気だと受け取れる。
まあだけど、神ってやつらは基本的に気が多いから嫁ってのも本妻じゃなくて側室とかハーレム要員に近い意味になるだろうが……
「ふーん、で……実のところ神様を生理的に受け付けない早乙女さんは神様なんかに嫁ぎたくないけど、昇進のこともあるし立場の問題もあるから断れなくて悩んでいたと……働いてる会社の御曹司に一目惚れされた男性恐怖症の受付嬢みたいな心境のわけだ」
「まあ強ち間違ってはないけど、どこから出てきたんだその具体的な比喩は」
「このまえ『男に嫌われる技術』を求めてお供えしてくれたおねえさんの愚痴」
「どうりでやたらリアルなわけだ。ま、そういうことで今あたしは絶賛苦悩中ってわけさ」
ま、しかもかなり急な話で動揺したってのもあるけどな。
話では、ライフスパンの長い神々としては結構答えを急いでいるらしくて、明確な拒否がなければなし崩し的に話を受けたことになるらしい。嫁としてだけでなく巫女としての仕事も期待されてる……というか、あたしが選ばれた理由が成長そっちのけで仕事をこなす『勤勉さ』だって言うんだから、愛人兼秘書って所だろう。
多分、前の奴がやめたか本妻にばれて引き離されたか……痴話喧嘩に関しちゃ、神々も人間も俗っぽさは大差ねえや。
「側室だろうが何だろうが、正式に嫁ぐことになりゃめんどくせえ花嫁修行みたいなことも必要になるし、すぐに準備に入って欲しいんだとよ。人間の花嫁修行っていうより、儀礼やら験力やらの修行なんだけど」
「ふーん……僕はそういうのよく知らないけど、やっぱり忙しくなって学校とかもあんまり来れなくなるの?」
「そうだな、てか一柱の決まった『神様』に嫁いだら、そう易々と別の男神に会うわけにはいかなくなるだろな。たとえ手習がチンチクリンのお子様神様でもさ」
「む……仮にも神様にチンチクリンとは……罰当たりな」
「ふん、嫁いだらあたしの格も上がるからあんたみたいな木っ端神より実質偉くなるさ。むしろあんたの方が今のうちに媚び売っといた方がいいんじゃねえか?」
「なんだかんだで縁談受ける気満々なのか……やっぱり神様嫌いよりも昇進の方が美味しくて優先なわけ?」
「ま、こう見えてもあたしは中身大人なレディだぜ? 恋がなくちゃ愛せないなんて子供みたいなことは言わねえさ。どうせ今だって、あたしは『神様の言うとおり』に働いてるんだ。その仕事内容が枕に変わった程度で音は上げねえさ。たださあ……」
あたしは、深くため息をついた。
「今やってる仕事の整理とか、めんどくせえな……って、それだけだよ」
昼休み、手習にプリンの供え物を約束したあたしは、女子トイレに向かった。
そこには案の定、『いつも通り』に個室に逃げ込んだ女子一人を外から笑う三人の女子グループがいた。
「あ、珍しいね。真澄もやる?」
リーダーの奴があたしに渡してきたのは、悪口を描いて丸めたプリント。閉じこもってるやつの机の中にあった宿題のやつってとこかな。これを上から投げ込んで反応を楽しんでたとか、そんなところだろう。
まったく、やってることがセコいぜ。
こんなチャチなやり方でも死にたくなるんだから、子供ってのは脆いもんだ。
あたしはここまで、こいつらと一緒にこういうことをしてはなかった。ま、こいつらは後々で色々言葉を吹き込んでるあたしを同志みたいに思ってたらしいけど、あたしはイジメに加担したいわけじゃないからな。
あたしにとっては、閉じこもってるあいつも、取り囲んでるあんたも全く同じなんだよ。
「それってさ……楽しい?」
「んー……あいつって普段つまんないでしょ? でも、わたしたちがこうやってからかってやると少しは楽しい反応してくれるじゃん。それともなに? 先生に言うとか? いまさら?」
『共犯にならないなら被害者になってみる?』ってところかい?
くぅだらねえ……先生に言いつけられるのが最悪か? それともそれで親に怒られるのがイヤなのか? それがイヤで、口止めしようとしてるってか?
「ぶっ、ぶふはははは!! いやほんと、お子様ってかわいいなあ! 小さなことで一喜一憂して、マジでくだらねえ!」
思わず腹を抱えて笑った。
そしたら、トイレを囲んでたやつらはかなり引いたみたいで、リーダー以外の二人は逃げていきやがった。リーダーはリーダーで、普段猫かぶってるあたしの素の口調に驚いて茫然としてるし……あれだな、こういうのは取り巻きの方が逆らっちゃいけない相手が直感でわかるんだろうな。別にとって食おうなんて思ってねえけど、正解だぜ。
「な……なによ、くだらないって……あんただって子供でしょ?」
「ふっふはは、いやいやここだけの話、あたしもあんま世俗に関わり過ぎちゃマズいかと思ってあんたの方には何も言わなかったけど、やっぱ我慢できねえわ」
「な……なによ……」
「ふは、単純な話だよ。『先生なんかに見られてなくても誰かさんは見てる』ってやつさ。ちなみに、一般的に『お天道様』は『太陽』の意味で取られるけど、『天道』ってのは六道では『天人』って神格化寸前のやつらが住む場所なんだぜ? 卒業していった先輩の神々に声かけりゃ輪廻転生にも多少は口出しできるし、煩悩も捨て切れてないから悪趣味なことも思いつく。そいつらに目を付けられたらそりゃこういうこともあるわ」
「い、意味わかんない! ばかじゃない! 何の話よ!?」
「宗教の話、説法の話だよ。だけど、あたしの権限じゃあんたはどうにもならない。だから、無駄だとわかってて言っておいてやるよ……こういうこと続けてると、死んだ後に後悔するぜ?」
あたしのことを怖がるように、頭のおかしいやつを見るように逃げていくリーダー女子。あたしから逃げたところで、運命からは逃げられやしないのになー。
ついでに、個室の中のやつにドアの前から声をかけておく。
「おい、ここにあんたの悪口が書いた宿題のプリントがあんだけどさ……なんて書いてあるかわかるか?」
しばらく待っても答えは帰ってこなかった。
ま、あたしも無駄に時間割いてやる義理はねえし……もうさっき、『こいつ』に伝えるべきことは言ったからな。たださ……
「あんた……結局最後までダメだったんだよな? 生き方を変えられなかったんだよな?」
そうだろう? リーダーさんよぉ……
個室の中でビクビク震えてんのも、あたしの言葉の意味が理解できたからだろう?
「……『ブス』『臭い』『きたない』……そう書いてあるの?」
「ああ、正解だ。三つともな」
自覚したことで、はっきり思い出したか……前世の記憶を。
『イジメをしていた頃』の記憶が。
仕事中にどっかで見たことのある名前が書類に挙がってて驚いたんだぜ?
何せ、『イジメをしていたやつ』が次の転生先をそいつに『イジメられていたやつ』に指定されてたんだからなあ。自分が前世でいじめ抜いて、それがトラウマになって後々自殺の遠因になったってやつに、今度は自分がその立場になったって気分はどうだい? 半端に前世を憶えてるってどんな感じだい?
「一つ言っておく、自殺したって逃げられねえぜ? 簡単に命を捨てるのは罪だし、そもそもあんたが『前世』で追い込んだ人間は一人じゃない。死に逃げしても、次も次も似たようなことばっかりさ。災難だったな、幼い頃の悪事が正義感溢れる上位者の目に留まっちまうなんて」
ま、正確にはこいつがイジメてたのは『隣の世界』のやつらだけどな。
『並行世界』って言った方がわかりやすいか?
だから、仮にここで頑張ってさっきのリーダーを改心させたところで、このいじめの輪廻の輪から逃げられるのはこいつじゃねえ。前世で犯した罪からは逃げられねえ。
自殺しようが、過去の自分を改心させようが、それで逃れられるほど運命ってのは甘くない。
自分の行いが上から丸見えだったと知ってから居住まいを正したところでもう遅い。前世での行いがプラスもマイナスも清算されずに次の人生へ持ち越される。それが転生者ってやつだ。
あたしもこいつも、嫌なもんを持ったままここに来ちまったんだな。
「いいか? これは親切だ。その苦しみから抜けたかったら、死ぬ気で徳を積め。善行を重ねて、神様に認めてもらえるくらい、赦してもらえるくらい立派になれ。今世でダメでも来世に、来世でダメでもそのまた来世に、諦めずに功徳を貯めろ。それから……ちゃんと徳を積めたら、うちの職場に来いよ。人手不足で困ってんだからな」
あたしは言うだけ言って、トイレを離れた。
丸まってた紙は折りたたんでドアの隙間に挟んで、後は何も言わずに。
これは身勝手な助言だ。
あたしのいなくなった穴に、あわよくば恩の一つでも感じて埋まってくれるといいという、ただ垂れ流しただけの願望だ。
別に、これであいつが変われるなんて思ってねえよ。
だけどさ……どうせなら『転生管理局』の局員であるうちに、アドバイスの一つくらいしてみたっていいだろう?
下校時間。
あたしは帰り道を歩きながら、電波を受信した。
……いや、別に電波系女子に方針転換したわけじゃねえよ?
普通に行務連絡っていうか、お告げっていうか、『転生管理局』からの通信だよ。かっこつけて言うなら『巫女の勘』ってやつだ。
あたしには良くあることだし、集団下校中だろうと周りのチビ共に気付かれないくらい平然としているくらいわけはねえ。
ただその内容が……また、えらく『悪い報せ』だったことは、とても平然としてられなかったな。
「あ、わたしちょっと用事思い出したから、みんな先に行ってて!」
集団下校の列を抜けて、通信のお告げを聞きながら思わず心の声を洩らす。
「違法転生者!? しかも種別『Z』だと!? なんでいきなり!!」
『違法転生者』……それは、『転生管理局』の手配もないまま、自力で記憶や能力を保ってそいつから見た『異世界』へ転生する……そんなことが出来てしまう連中の総称だ。
基本的に違法転生者は、人間社会の違法入国者と似たような扱いで、出来るだけ穏便に捕捉、確保、説得して元の世界に戻ってもらう。
もちろん、そいつからしたら世界を越えてでも抜け出したかった場所に戻されることになるから、ある程度は抵抗するのがほとんどだが、あたしたち『転生管理局』の局員は巫女や神職。異界の住人を送り返すなんてのは得意中の得意だ。
だが、『Z』は例外だ。
やつらは普通の人間から『ゾンビ』とか呼ばれることもある、一番厄介なタイプ。
『生まれ直し』を必要とせず、既に生きている生物に無理やり転生して、肉体の作りを自分の動きやすいようにして乗っ取ってしまうタイプ。
なおかつ、世界に穴をあけてしまうような力の強い災厄。
穴からは異世界から漏れ出した魂が流入して、さらに穴を広げながらこっちの世界の自分達と近い構造の生物に無理やり『転生』して、自分たちのいた世界のルールを広げて『世界観』を一変させちまう。違う世界のルールが混ざり合ってできた乱雑な世界観は、地獄と呼ぶにふさわしいものになる。
普通の人間たちには、突然ウイルスが変異したとかって認識されたりするが、そんなことを言ってる間に世界を飲み込まれていく。
初期の対応を誤ると、世界がまるまる汚染されて役に立たなくなることもある。
(一番近いのがあたしだと!? ここでのやりおさめの仕事にしても割に合わねえ!!)
『巫女の勘』に従って、違法転生者が現れた場所に行く。
(この先は総合病院か!? 新生児……いや、一般病棟!!)
まだ、パニックが起こったりはしていない。
でも、これからここは地獄に変わるかもしれない。
何とかその前に、暴れ出す前に、無理矢理にでも送り返さないと……
あたしは病院の廊下をマナーを無視して駆け回って、『巫女の勘』の告げる病室に入った。
すると、そこでは……
「ひさしぶり……お父さん、お母さん。会いたかった」
……数年間眠り続けていた娘と、目覚めた娘を抱きしめる両親らしき構図が展開されていた。
違法転生者は、間違いなくあの目覚めたばかりの娘のはずだが、暴れ出す様子も、両親に噛みつく気配もない。
あたしはドアの陰に隠れて崩れ落ちながら、そっと溜め息をついた。
「なんだよ……取り越し苦労かっての……大人しいじゃねえか」
別に、種別『Z』だからといって、全部が全部世界を滅ぼすわけじゃねえ。
中にはこうやって、魂の抜けちまった植物状態の人間に入り込んで、『奇跡の回復』なんてのを演じる転生者もいるんだ。生命維持装置を外して息絶える直前に急激に回復したり、一度死亡を確認された人間が蘇生したり……人間たちが無邪気に奇跡を喜んでる裏で、あたしらがどれだけこういう気苦労を重ねてるか。
ま、分を弁えて、転生先の世界を狂わせたくないって気遣いができるやつなら、無闇にことを大きくしたりはしないさ。変に刺激して敵対されるのはゴメンだ。
(無駄に焦っちまったな……ま、迅速に対処しようとして無駄足を踏むのも、あたしの仕事の内か)
やれやれ、しばらくしたら話聞きに行くか。
感動の再開を邪魔するのは、あたしの仕事に入ってないしな。
「転生管理局……それってつまり、『0.5の世界』の管理人さんみたいなことですか?」
「ま、十王裁判とか三途の川とか、いろんな呼び方はあるけどそういうこった。世界と世界の間で入国審査みたいなことをしてる。で、あんた元の世界で死んで、うっかり自力で転生しちまった……っていうか、死ぬ寸前に別の世界へ逃げちまったってわけか。そうなると、扱い的には海難事故で遭難して流れ着いたってとこだな」
うっかり別の世界に行っちまうってのはない話じゃない。
特に、元から潜在的な能力持ってたやつなら、死ぬって確信した瞬間に新しい能力に目覚めて次元を超えたりするのは定番だしな。しっかし、それで過去とかじゃなくて別の世界に跳んじまったってことは、元の世界で生きる望みがもうないのかもしれねえ。立場とか、下手すると元の世界の全てから拒絶されたりとか。
「元の世界に帰っても戻る身体がないってんなら、このまま亡命もできないことはないぜ? こっちでのあんたの両親も、それを願ってるみたいだし、それを『神様』って呼ばれるやつらに申請して受託されれば正式にこっちの住人だ。まあ、監視が付いたりするけど、そのくらいはガマンしてくれや」
「はい、ならそれでお願いします。多分帰る身体がもうあっちにないので。それに……お父さんやお母さんに会えて、嬉しかったから。あっちの世界ではいなかったので……今度は、大事にしたいです」
ふーん……ま、そうだな。
あたしとしちゃ、とりあえず大人しくしててくれるなら檻の中だろうが家族団欒だろうが問題はねえ。最近の転生者は見習ってほしいぜ、転生先の世界に前世の知識やら技術やら持ち込んで無双とかマジやめてほしい。急に人口や技術の方向性が偏ったりすると数世紀後とかに滅ばないようにバランスを取るのがめんどくせえし。
「んじゃ、後日監視役が決まったら挨拶に来ると思うから仲良くしてやってくれ。それまで問題起こすなよ? 能力とか試すなよ? ちゃんと安全な実験場くらい用意するからな?」
「あれ? 真澄ちゃんが監視役になったりはしないんですか?」
「生憎だけど、あたしは先約があってね。多分会うのはこれで最後だ」
「ふーん……そうなんですか。では、お世話になりました」
「じゃ、せいぜい平和に余生を暮らしてくれ」
あたしは、今度こそ帰ろうと思ってふと……一つ、思いついたことがあった。
「そうだ、一つだけ教えてもらってもいいか?」
「なんでしょう?」
「『次はもっといい人生に転生させてやるからそのために一回殺させろ』って言われたら、あんたはどうする? もちろん、その言葉が真実だって確信があっての話だ」
「そうですね……」
違法転生者は少し悩んでから、困ったように笑って答えた。
「『とりあえず老衰直前まで待っててもらえますか?』、なんて返答はどうでしょう?」
種別『Z』違法転生者の出現から約一週間後。
とうとう、昇進と縁談の期限の日が来た。
あたしはというと……結局、あれからはっきりとした返答はしていない。このまま、なし崩し的に話を受けることになるだろう。
そして……
「……あー、あたしが抜けた後の仕事大丈夫かなー。三木なら要領よくやりそうな気もするけど」
あたしは、学校が始まる時間よりずっと早くに家を出て、今まで暮らしてきた町を観察してる。
今まで意識してなかったけど、結構見たことのない景色が多いな。
ま……無理もないか、あたしは今世なんて前世の余りくらいにしか思ってなかったからな。自分の周りのことなんてよく知ろうとか思ったことないからしょうがねえか。
もし、少しでも違った考え方で生きてたら……
「ねえ、こんな人気のない時間に何してるの?」
この声……中学生くらいか?
まあでも、重要なのはそんな表面的なことじゃねえ。この声は、魔性を持ってる……周りに人気もなくなってるしな。要するに、ただの人間ってわけじゃない。
気の早いことだ。こんなことに限って仕事が早いしな。
「『老衰まで待ってくれ』……とは行かないよな。殺気立ったねえちゃん?」
振り向くとそこには、カッターナイフを片手に微笑む女子中学生がいた。
間違いねえ、殺人鬼……いや、本物の『鬼』って言うべきかな。
人間の快楽殺人者なんかとは別物の、人間を殺す本能と役割を持った存在。
『人間』に転生した……本物の、地獄の獄卒たる種族『鬼』の転生者。天寿を迎えても手違いで死ななかった人間の命を回収するために放たれた、神様公認の転生者。
大体の奴は記憶もなくて無自覚だが、こいつは別。自分の役割をはっきりと理解しているタイプだな。
「ま、近いうちにお迎えが来るのはわかってたさ……好きにやってくれ」
この状況でも、あたしには恐怖や驚きなんてない。
ま、当然だしな……神様の嫁になる儀式ってのは、昔から『生贄』って相場が決まってる。そもそも、人間のまま生きて神様の愛を受け止められる器なんて、そうそうあるわけがないんだ。
「ふーん……怖がらないの? つまんないなー……ま、いっか。じゃあ、いっくねー」
殺人鬼は、カッターナイフを振り上げる。
連れて行って嬲り殺すとかそういう趣味はないらしい。残念だぜ、せっかく不幸のどん底を体験できるかと思ったのに。
あたしは……不幸になりたかった……不幸になれば、前世の呪いも解けて、神様に仕えてれば幸せになれるなんてのもきっと……
「あー……いや、もしかしたらあたしはただ、自分の力で幸せを掴んでみたかっただけなのかもな……今更気付いて、ばっかみてえ」
「えー、ご終生様……ってなわけで、どんな気分だ? 今まで接客してたやつがお客さんとしてここにくるってのは」
気が付くと、よく見知った白い部屋にいた。
「なんだよ三木、あたしの死後のことはもう手配してあるだろ。ここですることなんて何もなかったはずだぞ」
「そう言うなよ、せっかくの機会だし一度くらい記念にそっち側の立ち位置体験してみたくないか?」
「そんなことしてる暇があったら働けってのに……」
ここは、転生者に転生のことを説明するための部屋だ。まあ、あたしも一応人間から神様に近い立場になるから、転生といえば転生だが、説明されるべきことなんてないし転生先ももう決まってる。ここでしなきゃいけないことなんて何もない。
「それにしても、驚いたぞ。まさか同僚みんなに秘密で昇進の話が来てたなんてな。しかも偉い神様と縁談付きとか、玉の輿だなこのやろう」
「うるせえ、そんなこと言うために呼んだなら帰るぞ。いや、この場合は『逝く』のか? まあ、どちらにせよ三木とはもう二度と顔合わせることはねえ」
「そうか……ところで、実際のところどうなんだ? 早乙女真澄。おまえは、ホントにこれで満足してんのか?」
「……さあな。自分でもよくわからねえ」
ホント……死ぬって実感したら何か掴めた気もするんだけどな。今更意味もねえや。
ただ……
「ただ……自分が今、どうにも辛気臭い顔してるのは自覚してる。こんな顔して転生してったやつ……多分見たことねえわ」
確かにこっちに立って初めてわかったよ……いつも、死んだってのに何ヘラヘラしてんだって思ってたけど、あいつらってすごかったんだな。
前の人生で神様の勝手やらミスやらで死んだってのに、怨むでも泣くでもなく喜々として次の人生に注文付けて来たりしてたやつら。
前の人生ではろくでもねえ後悔ばっかりでも、未練たらたらでも最終的には転生先に順応して大暴れするやつら。
あいつらは、自分が死んだってことがどうでもよくなるほど、まっすぐ未来を見続けてたのか。
「ま、普通は死んだら終わりだからな。それで次の人生があるだけ儲けもの、むしろ前世での後悔やなんかを取り戻そうと次の世界ってものに期待をかける。まだ見ぬ世界、新しい能力、それに死後の世界の存在を知ったからこその生きることの気楽さ。転生っていうのは、本来そうやって喜ぶべきものであり、同時に祝福すべきものだ……正直、そんなしけた面のやつを笑顔で送り出してやる気にはなれねえよ。仕事でもな」
こいつ……本当に、腹立つやつだな。
あたしの立場を知ってて……今になって、こんなことに気付かせるなんて。
「わかってんだよ……あたしは、ホントは神様の嫁になんてなりたくねえ。霊格なんて上がらなくてもいい、与えられるだけの約束された幸福なんていらねえ……でも、今更そんなこと言っても遅すぎんだろ。あたしは……早乙女真澄として、まだまだ先が長いと思ってた。一度不幸になって、前世の呪いを解いて、それから幸せになる時間くらいはあると思ってたんだ。でも、もう遅い……大切なことに、選択のチャンスを失ってから気付くなんてよくあることだろ」
ま、こいつに言ってもどうにもならないのはわかってんだけどな。
さすがに三木にも、死人を生き返らせるなんて……
「え? できるけど?」
「……は?」
「ていうかおまえ、実はまだ死んでねえし」
「おい、ちょっと待て! あたしは確かにあの殺人鬼に……」
「そこら辺はまあ……あっちに戻って、自分で確認しろ。とにかく、そんなに嫌なら縁談とか昇進とか、ちゃんと断れよ。選択の期限は『今日中』なんだろ? おまえがいなくなると、忙しくてサボれなくなるんだよ。あ、それとな……」
三木は、勝ち誇ったしたり顔であたしに言った。
「無関係な奴に、半端に死後の情報とか教えるんじゃねえよ。補足説明が面倒なんだから」
「……あれ、ここどこだ?」
「やあやあ、起きたかい? いやまあビックリしたよ、死体掃除のはずが一人生きてたんだから」
体を起こすと、血と死体の臭いがするワゴン車の中だった。
声のする方を見ると、運転席に高校生くらいの女がいた。
「こういう時は口止めとか口封じとか面倒な手続きが必要なんだけど……どうやらあんたは必要なさそうだねえ。あんた、『こっち側』の住人だろう? 匂いでわかるんだよ」
この女も……『こっち側』だな。『転生官局』とは別の、神様がらみの死体を片づける『掃除屋』ってあたりか?
信仰獲得のための宣伝とか、逆に不利益なことの隠蔽とか、そういう雑用のために動員される人間の協力者。ま、あっちから見たらあたしも似たようなもんだろうけど。
だけど、そいつらがあたしを助ける理由もないはずだけど……
「ところで……この子は、『こっち側』じゃないっぽいねえ。どうやら、この子があんたを庇ったおかげであんたは助かったみたいだし、この子の血がべったりついたあんたが息をしてなかったから押し倒されて頭打って死んだと思われたらしいけど。赤の他人をそんな必死になって守るとも思えないんだよねえ……知り合いかい?」
確かに、血の臭いの元は自分の身体だった。しかも、髪にも……後頭部辺りが特にべったりだ。
あたしは、隣に寝かされている死体袋の開いた顔部分を見て……生気の抜けた顔だったけど、誰だったか思い出した。
「あんた……三木の野郎、そういうことだったのか」
あたしの代わりに死んでたのは、あのいじめっ子リーダーの来世のいじめられっ子だった。パジャマ姿で、まるで悪い夢でも見てすぐに家から飛び出したみたいな格好だ。
あの時間、しかも相手は世界の後ろ盾を得た殺人鬼だ。偶然なんてあり得ない。
三木だ……あいつが、このいじめられっ子の夢枕にでも立って、あたしが洩らした半端な死後の情報を補足するとかって名目であたしがもうすぐ死ぬってのを教えたんだ。
そして、あいつのことだから規定に反さない言動で唆した……『他人の死を回避するために命を張るのは、最大級の功徳になる』って。後は簡単だ、自殺という逃げ道もないこいつはそれに飛びついた。殉死なら自殺にはならない……たとえそれが、『自分みたいなダメな人間よりも赤の他人が生きてほしい』なんて後ろ向きな気持ちだろうと。
これでこいつは、上手くいけばいじめられ続ける転生地獄から逃れられる。
あたしも、この子が死を肩代わりしてくれたおかげで選びなおすチャンスを得た。
そして、三木は……あたしが職場に戻ってくれば楽ができる。
あー……やられた。あいつが『これぞWINWINってやつだろ?』とかって腹立つ笑みを浮かべてる姿が目に浮かぶぜ。
「で、どうするんだい? 順当に警察に駆け込むっていうなら近くまで送るし、私のアジトまで乗っていけばその血をきれいさっぱり洗い流して現場にいなかったことにすることもできる。『こっち側』絡みの事情があるなら後者をお勧めするけどねえ」
「そうだな……あたしも、あんまり大事にするのは好きじゃない。お勧めの方で頼む……でもその前に、ちょっとだけ仕事だ」
あたしは、勝手にあたしの身代わりになって死んだいじめられっ子の顔に手を伸ばして、そっと瞼を下す。
ま、もう魂の抜けたものだってのはわかっちゃいるんだけど……なんとなく、来世に希望を持って死んだかもしれないこいつに敬意を払ってやってもいいかなって気になった。それだけだ。
「ありがとな、見直したよ」
まあ、後日談っていうかその日のうちにあったことだが、後処理ってやつだ。
あたしは結局、花散里室長に頼んで縁談とか昇進の件について断った。まだあたしは、『早乙女真澄』をやめたくはないってのを、結構覚悟を決めて言ったんだ。
そしたら……
「まあ。それはよかったわ。実はね、先日の違法転生者さんなんだけど……どうしても、監視は最初に話をしたあなたがいいって話で、さすがに生活圏も違うから普段は代理を立ててもらうことで承認してもらったんだけど、やっぱり責任者には真澄ちゃんを置いてほしいそうなの」
室長は、あっさりとあたしの申し出を受け入れてくれた。
「何せ『Z』だし結構力の強い子みたいで、調べてみたら前の世界でゾンビパニックを起こしかけて追い出されたそうなのよ。そんな子の機嫌を損ねるのはちょっとねえ……だから、すごく助かるわ」
……思えば、種別『Z』ってのは危険な分事前に探知しやすいように備えてあったはずなんだ。
それが急に現れて、しかもあたしが話を断る大義名分にもなってる……作為的なものを感じるっちゃ感じるが、どうせ勘ぐっても躱されるのはわかってる。
要するにあれだろ?
この職場は、あたしがいなきゃダメなんだ。
必要とされてるって……ことなんだろうさ。少なくとも、生贄にされるのを止めてくれるやつがいるくらいには。
やれやれ……こりゃ当分、前世の呪いは解けそうにないなあ。
こんな忙しいのに、不幸になる暇なんてありゃしねえ。
まあでも、いつまでも仕事の山に忙殺されるのも癪だからな、あたしも三木を見習って、少しだけずるをしてやることにした。
どんな形や理由であれ、自分の命を投げ出して他人の命のために使えたやつには、他人の命の行く末に触れる権利がある。生贄にされたあたしだってその口だし、この職場にいるやつは大体そういうやつだ。ま、だからって崇高な精神とかが必須ってわけじゃねえけど。
「もしもし、転生管理局の早乙女だ。今朝、転生先が決まってたが予定外に他人を庇って死んだやつがいるだろ? 処理が保留中になってるはずだけど、扱いに困ってるならうちの局に回してくれればこっちで預かるぜ。丁度、人手が足りなくて困ってるところなんだ」
ようこそおいでませ、転生管理局へ。
もし来世が暇だったら、あんたも一緒に働いてみるかい?