008
「へんじゃ、ないですか?」
「いいえぇ! お似合いですぅ、きらびやかな感じがせずに単純な『ああ、いいな……』って安定感というか安心感のある感想が出ますねぇ。やはりご自身の事を一番理解してらっしゃる!」
ドリスが照れ臭そうに前髪で顔を隠す。
口でどう言おうとも根は年相応の少女で、着せ替えられている内に店員のカートとも打ち解けて自分から着こなしを提案するようにまでなっていた。
「ありがとうございます。カートさん」
「へえ、ディアンドルか」
声に振り向くと店の入口にアイゼンが装いを新たに寄りかかっていた。
「お客さんもおめかしですかぁ?」
「着飾った女の子をエスコートするんだから俺もそれ相応でなきゃな」
大きな黒い羽織に袖を通さず肩にかけて翻す。
腕を組んだアイゼンがふふんと得意気に鼻を鳴らした。
「そんでお会計は?」
「いやぁ、それが……」
すっと身を寄せてカートがアイゼンに伝票を見せる。
計八十二着の銀貨二百十四枚。核家族なら数ヶ月食い扶持に困らない金額に相当する。
選んだ側として申し訳なくなる金額だったのでドリスに気負わせないよう口には出さなかったのだろう。
「両手出して」
「?」
疑問符を浮かべるカートの手に羽織の下から取り出す素振りで転送したヴェスター銀貨百枚の入った麻袋を二つ乗せる。
「少々お待ちをー!」とカウンターに駆けて天秤を取り出すカート。
袋を一つ片側の皿に乗せて反対側に大きな分銅を乗せて釣り合わせる。
枚数の多いときはそうやって数えるのか、一枚ずつ確認するのも手間だしなるほど賢い。と感心しながら手元で空の麻袋に銀貨を数えながら十四枚入れる。
「はい残り」
「…………ちょうどですね、どうも!」
最後の十四枚が入った袋の口を開けて中を少し見たあとにっこりと笑う。
「それで商品はどうします、配達しましょうか?」
「いんや」
アイゼンがぱちんと指を鳴らすと積まれていた服の山が一瞬にして消え去る。
ドリスとカートの驚嘆の声に気分を良くする。
「そんじゃこれチップ、取っときな」
アイゼンが指で弾いた硬貨を受け取ってカートがまた驚嘆。
「金貨、いいんですかぁ?」
「また世話になるだろうからね、そんときゃまたよろしく頼むよ。それじゃ」
ドリスを小招いて呼ぶ。
女将が回復したら連れてこよう。和服は考えるまでもなく似合うだろうから洋服を着せてみたい。案外上手く和洋折衷になるかもしれない。
「今後ともご贔屓にぃ! ────ってお客さんのお名前はー?」
「俺、俺は快男児アイゼンだ!」
「またのお越しお待ちしておりますカイダンジさーん!」
名前を間違えて覚えられたが折角キメたのに訂正するのは気恥ずかしいしカッコ悪い。快男児さんと呼ばれるのもアリなのでそのままにしておく。
それはそれとして、もうすっかり夜の帳が落ちてしまった。ランプと空の光が暗闇を照らす。
帰路につくと、我らが宿にも明かりが灯っていた。
「つーわけで従業員を買ってきましいぃぃぃあがががが」
「買ってきたとはどういう事だ貴様」
タップされているにも関わらずアームロックを続行するウィネブ。
タップの意味を理解していながら続けている気がしてきた。
「ち、違うんです! アイゼンは助けてくれて、いい人なんです!」
「一服盛ったか貴様ァ!」
「俺への対応も大概にしろよテメー」
「若旦那帰ってたんですかい!」
ウィネブと取っ組み合っていると奥からウコンが顔を出す。
片手に包丁を持った姿がこれまた様になることなること。解体とかしてそうだ。生き物の。
「なんかいい匂いしてるんだけど飯でも作ってんのか?」
「へえ、昔の顔馴染みらにひとまず宿の無事を報告しに行ったらめでてえとあれこれ貰ってきやしたんで、今日は豪勢に宴でもと」
ウコンが誇らしげに一尾の魚を掲げる。
元々料理人として宿に腰を下ろしているウコンとサコンにとって正に腕の見せ所なのだろう。
ウコンの掲げた魚、あれはなんという種類なのだろうか。少なくとも死ぬ前には見たことのない種類だ。この世界特有の魚だろうか。
どうせなら刺身で食べたい。こう、醤油にわさびを少量溶かしてすすっと。
というかこいつはいつまで取っ組み合ってるつもりなんだ。
「ごほ……騒がしいね」
上の階からレンが手すり伝いに階段を降りてくる。
「女将!」
「立ち歩いて平気なんですかい!?」
取っ組み合っていたウィネブをするりと抜けてアイゼンがレンに抱きつこうとすると扇子で眉間を突かれて迎撃される。
階段を転がり落ちるアイゼンを足蹴にレンが一瞥する。
「見ない顔がいるみたいだけど?」
返答を求めるようにアイゼンを小突くと床に伏したまま答える。
「新しい従業員ちゃんですぅ、本格的に宿を再始動させるなら人手足りないだろうなと思ってってのはまあ成り行きつーか後付けだけどまあ間違っちゃいないんでアイゼンくんファインプレーとして彼女宿無しだからこの宿に住み込みで働いて貰おうと思って女将と俺の取引ではタダにするのは俺とウィネブの分て事だったから違えるわけにもいかないから宿代はお賃金から天引きってややグレーかブラックな労働条件でですね」
「長い」
「あー達するッ!」
アイゼンを踏みつけたレンが覚束無い足取りながらもドリスの前に立つ。
病で体を弱らせながらも堂とした覇気を芯に持った女将を前に少女はたじろぐ。
「あんたはそれでいいのかい」
「……はい。アイゼンに恩返ししたいですし、それに、私はもう他にどうすればいいかわかりませんから……」
目を伏せて腕を抱くドリスにレンは何も言わず頭を撫でる。
「なら今日からあんたはうちの子、『くじらの髭』亭の子だ。シャキッとしな!」
「は、はい!」
よし、とレンが微笑む。
「この宿そんな名前だったのか……」
「知らなかったのか……というかおまえ、女将に何をしたんだ。ウコンらの話では体を起こすのもやっとのはずだろう」
その笑顔を俺にも向けてくんねーかなと床で寝転がって寛ぐアイゼンにウィネブが耳打ちをする。
「なにってそりゃ房中術よ、若く熱いパトスを届けたんだから少し位よくなるさ」
「ぼう…………おまえが女将を回復させたという認識でいいんだな」
「そうそう、って忘れるところだった。女将女将、これプレゼント」
懐から取り出した細長い木箱をレンに手渡す。
箱を開くと真鍮の簪が。輝く翠銅鉱を赤珊瑚の小さな珠が彩るような並んでいる。
「俺から贈る初めてのプレゼントだ」
「…………ありがたく貰っておくよ」
短く言葉を切るとそっぽを向いてしまった。照れているのであれば、贈った側として天にも昇る気分だ。
「それとドリス、少しじっとしてね」
「は、はい」
懐から取り出したネックレスを付けるためにドリスの首に腕を回すとぐっと息を飲む声が聞こえた。
抱きつかれるとでも思ったか、というからかいはもう少し仲を進展させてからにしよう。
「ん、似合ってる似合ってる」
「こんな高価な物いただけません! ただでさえ服をいっぱい買わせてしまったのに…………」
「いーからいーから、そのペンダントに付いてる乳白色の石はね、メタモルフォーシス。メタモルフォシスの名の通りに所持者に変化をもたらすと言われてるものでね。つまりは変わってほしい俺の一存、我が儘だから受けとるとか受け取らないとか以前に身に付けるのは絶対だ、いいね?」
こくりと頷くドリスによしと頭を撫でる。女将も頭を撫でていたことだしやはりドリスには庇護欲を掻き立てる魅力がある。
アクセサリーを渡すもう一人を探すが見当たらない。
「あのウェイトレスちゃんは?」
「帰ったよ、彼女は昼間だけらしい」
「そう、か。あの子にも渡そうと思ってたんだけどな、それなら明日渡すか」
仕方ないと最後の木箱をしまうといつの間にかいたサコンがウコン共々こちらに期待する笑顔を向けている。
「いやお前らには無いから」
「なんでですか冷たいですぜ若旦那ァ!」
「ええい何が悲しくて野郎にアクセサリーなんぞ贈らにゃならんのだ欲しけりゃそこらの石か尿管結石でも患ってろ!
おらメシメシ、今日は豪勢に宴なんだろ。全員さっさとしねえと俺が豪快に全部平らげるぞほら!」
そうして騒がしい夜は更けていく。
合縁奇縁に出会った人々。新たな環境。違う世界での転換期。
目まぐるしい日々が始まる────




