004
「よ、待たせたな」
ウィネブが一人黄昏ていると上機嫌なアイゼンが歩いてくる。
その足には新品のブーツが履かれていた。
「随時と待たせてくれたな」
「換金ついでに買い物も済ませたんでな、ほれお詫びの印」
「っと、これは……首飾りか?」
アイゼンに投げ渡された物を広げてみると白い小さな石を主役とした革紐の首飾りの貌が見えた。
「そ、ハウライトってんだ。まあお守り程度に持っとけ」
「酔狂め、ありがたく受け取らせてもらうよ」
その場でウィネブが首に付けるが鎧で見えやしない。
「さて、懐も温まった事だし────娼館行くか」
「まてダメ人間」
駆け出したアイゼンが首根っこを捕まれ蛙に似た声を上げる。
「おまえの金だ好きに使えばいい。が、今までの行動からすると娼館で素寒貧になりかねない。せめて宿を決めてからにしろ」
「ぐええ……俺のことをよくおわかりで。そーいや腹も減ったしな、宿決めついでに飯食うか。今までのお返しに奢ってやるよ」
ウィネブを連れて大通りに出る。
人、人、人、馬車、人、馬車。流石物流の中心地と言うべきか、過剰なくらいに人が多い。
やはり文明レベルは中世初期頃といったところだろうか。
第一次産業革命も起きていなさそうだ。ガスも蒸気機関も発達していない。
そして先ほどからちらつく怪しげな客引きと天幕の張られた馬車。
「奴隷、か」
「…………おまえの国でもあったのか?」
呟いた言葉をウィネブが拾った。
「うんにゃ、奴隷の如く働かされるのはいたけど誰も彼も衣住食には困らん世界だったさ。まあ全員が全員とはいかないが」
「そうか、いい国だったんだな」
どうだろうか。飢餓に苦しむことも雨風に怯えながら眠ることもなかったが幸せだったかと訊かれると肯定も否定もできない。
日々安穏に過ごせるが故に生へのありがたみを忘れ去って些細な事で隣人を妬み、蔑み、他人の顔色を窺って生きる。
そんな環境が幸せかと言われれば否。少なくともあの世界に生きた愛染はそう思っていた。
自らを害する敵を実力行使で排除すれば責められる。虐げられる弱者を静観していれば助けろと社会的強者に槍玉へと挙げられる。何もしなければ非生産的と叱られる。
そんな世界が嫌だった。嫌いだった。けれどそれは自分だけかもしれない。個人の観点からは嫌な世界ではあったが全体からすればとても素晴らしい世界だったかもしれない。だから、一概にどうとは言えない。
「私は奴隷を忌むべきだと思っている。彼らの存在ではなく、その身分をだ」
「なら行動を起こせばいい。反対運動なり解放戦争なり、そこの馬車を襲って奴隷たちにさあ逃げなさいとでも言えばいい」
「それではなにも解決しない。もっと根底の部分を崩さなければいけないんだ」
「ふーん。やらない善よりやる偽善だと思うがね俺ぁ」
「…………っ!」
「おっ、あそこで飯食おうぜ!」
「…………こっちの気も知らずに、いい気なもんだ」
反論できなかった。いや、できるはずもない。その通りなのだから。
やらない善よりやる偽善、耳の痛い言葉だ。しかしそれでも、私に現状できることはない。
奴隷は全員が全員望まずに落ちぶれたわけではない。
人拐いに捕らわれた者が大多数を占めるが全員ではない。
中には借金の肩代わりにと売られた者、戦災により寄る辺の無くなった者、衣住食のどれもに見通しの持てない貧困者。生きるために奴隷の身分に甘んじている者は少なくない。
そんな人間は無理やり解放したところで帰る場所がなく、結局は再び奴隷に身を落とすしかない。
むしろ一度逃げ出した前科持ちとして今よりも酷い扱いを受けるかもしれない。だから私は何もできない。彼らを思えばこそ。
立ち止まっていたウィネブが後ろ髪引かれる思いでアイゼンの入っていった店に入る。
ちょうどアイゼンがウェイトレスに注文を終えたところだった。
「おまえの分も頼んどいたぞ、パスタでよかったか?」
「……ああ、ありがとう。それはいいが何故この店なんだ、通りにはもっと人気の店もあっただろう」
大通りには値段とは裏腹に豪快な肉料理で有名な店「アバランシュ」。そしてその向かいには内陸部であるブルンスムンニでも新鮮な海の幸を食べれることで人気な「オクラホマ」があった。
「んー強いて言うなら客がいなかったからかな。
それとな、人気の店ってのは確かにどれもうまいがなんつーの、平坦というか個性がないというか、全部〝うまい〟止まりなんだよ。
そんでこういう閑古鳥が鳴いてるような店は平凡なメニューの中に一つだけこだわりの一品みてえなすンごい抜きん出たのがあるもんさ。せっかく大きな町に来たんだからそういう隠れた名店を探すのも一興だろ? なによりウェイトレスがかわいい、理由なんざこれで十分だ」
「はあ……それはよかったな。で、人目を避けたということは訳有りな話でもしたいのか?」
「まあそんなところだ。話ってのは単に周辺諸国の事を詳しく聞きたいってだけだがね」
「なら周囲の目を気にしたのは正解だ。ここは三国の領土がぶつかりあう中心にあるから様々な国の人間が入り乱れている、公然での迂闊な発言は抜き身の剣を振り回すより危ない」
「だろうな。そういうわけで早速教えてくれ、この西の国から頼む」
アイゼンが袖の下から先ほど商会で購入したばかりの地図を出して広げる。
地図は大陸が面積を多く占める。左側の海岸沿いに位置する西の国。上方には山脈を背にした北の国。下方には海上にも敷地を広げた南の国。右側は海が広がっている。
三国を結ぶような半月がこの大陸の形だった。
「聖なる王の国ウェスペル。三国の中でも一番古い歴史を持つ古の王国。独自の魔導技術が発展している」
「魔導?」
「ああそうだ。どう説明したものか……例えばランプ、魔導器のランプだったら蝋の代わりに小さな宝石を媒介にして魔力の光を灯せるんだ。他にも強硬で厚い鎧を魔力の補助で高速に動かしたりと中々に凄い技術だ」
要するに、電気の代わりに魔力を必要とする機械ということらしい。
魔力を運動エネルギーに変換するレートがわからないのでまだ何とも言えないが、物によっては二十一世紀の技術をも越える物があるかもしれない。
「そんな便利ならどこかしらで見ると思うんだがね」
「ああ、ウェスペルは魔導器を国外に持ち出す事を禁止しているんだ。魔導はウェスペルの根幹を担う技術だから万が一にも他国に漏らしたくないらしい」
それはそうだ。手に余る技術が、敵に回りでもしたらメタゲームの鼬ごっこでろくでもない発展を遂げてしまうのは火を見るよりなんとやら。
俺が国王でも同じ指示をする。
「故に魔導技師は国外はおろか王都デイレーから出るのでさえ幾重もの申請を通した後に護衛が何人も付けられるらしい。例外があるとすれば勇者様くらいか」
「勇者、いるよなやっぱ!」
文句なしの物語の主人公。やはりファンタジーにはいなくては。
「たしか今の勇者様は先代の子と聞く」
「先代の子て、魔王倒してないんかい」
「先代曰く、満身創痍でとどめを刺したが既に魂を分けてどこかへ逃れていた、らしい」
「はえー、じゃあ徘徊してんの? 草むらで魔王とエンカウントとか笑えねえぞ」
「現在勇者一行が魔王を探して各地を回っている。事が事なだけに彼らだけはこの大陸を三国の干渉無しに自由に行き来できる」
「そりゃどこの国も魔王なんて相手にしたくないだろうからな。んでここは?」
アイゼンがもう十分だと北の国を指でつつく。
「……霊峰根付きたる虎狼のディエース。この国はなんというか……軍事国家だな。主な収益が魔物退治、傭兵業で成り立っている。
少し前に内戦があったばかりだから今は治安が悪い」
「内戦……王政か民政かで揉めたってところか?」
「その通り。戦いばかりで民の生活を良くしようとしない王政に不満を持った民衆が反乱したのさ」
「何日保った?」
「三日」
「そりゃそうだ」
内戦もとい市民革命など後ろ楯でもない限り成功するものではない。かのアメリカ独立戦争だって様々な国が参戦して成功したものだ。
フランス革命など国内だけで決着をつけた例も存在するが武力を誇る軍事国家で兵士を抱えた政府に市民が勝てる道理はない。
「ああ、勘違いしているだろうが勝ったのは民衆側だ」
「────なに? いやいやいや、戦力差はどうなってんだ?」
ローマ帝国に反乱を起こしたブーディカ然り、いくら反乱サイドが政府の何倍もの人数を揃えようと統率された兵士には勝てないはずだ。
しばらく戦いのなかった平和ボケした国ならまだしも軍事国家の兵卒となれば簡単にはいかないはずだ。
「政府二千と反政府三百だな」
「もっとわからん」
「噂では反政府側にいた一人の傭兵が戦場を掻き回して獅子奮迅の活躍をしたとか」
「ワンマンアーミーってレベルじゃねえな…………ちょっともう次に行こう次」
遥か下方、首都が海上にまで伸びている南の国。
「揺蕩う陽気の民の国マーネ。他二国のような特色はないが強いて言うのならそれが特色だ。
民政の国で比較的領土が広く民も一番多い」
「さっきから枕詞になんか付けないと死ぬのかおまえは。そういうお年頃なの?」
「……どれも初代の国王たちがいつまでもそう在るようにと残した修飾だ、私が考えたわけではない。
マーネは戦いを好まず参加せず、国の発展は民草の幸福と共にと謡っている。故に種族差別もないために大体の種族がここに暮らしている」
「つまる所、亜人種がいるわけか」
「その通りだが、亜人という呼び方は人間種こそが普遍的であるというエゴイズムだから絶対にするな」
「おっと正論ごめんなさい」
他者を区別する言葉を作るということは遠回しに自らがノーマリティだという主張になる。
区別も広義に解釈すれば差別になるので難しいところだ。
種族間による違いなどつついたところで怪我しかしないので触れないよう徹底するしかあるまい。触らぬ神に祟りなし。
「あれだな、エルフ族とかドヴェルグ、ドワーフ族がいるわけだ」
「他にも多く種族が存在するが概ねその通りだ。最後に東の国だが……これはおまえの方が詳しいか」
そういえばウィネブに初めて会った時に遥か東から来たと言ったのを思い出した。
そんな答え方をすれば東の国から来たと思われるのも仕方がない。
が、訂正しないでおく。異世界から来たことを隠す気はないが言ったところで理解されないのなら不義を生むだけだ、得策ではない。
「いんや、傍目からどう思われてるか知っておきたい」
「……まあ一理あるか、海を跨いだ東方の島国。ジパングともアズマとも。正直よく知らない。
東の果てギリギリに存在しているが故に行きたがる怖いもの知らずすらいない。もはや皆々の間では噂上の国とすら思われている」
「そりゃまたなんで、船の一隻二隻出せばいいだろうに」
「無理を言うな、正確な位置もわからず航路図もない。規模だって定かでない島を目測頼りに東へ東へで果てから落ちたくはあるまい」
「あーなるほど、まだ天動説なのね……」
疑問符を浮かべるウィネブに此方の話と告げて思案に更ける。
どうやら意識を改めなければいけないようだ。
口が悪くなるがこの世界の文明水準は自分が暮らしていた時代より遥かに低い。
こちらの宗教がどうなっているかは知らないが迂闊な事を言うと異端者として火にかけられかねない。
せっかく異世界にまで来たというのにそんな死に方はごめんだ。
「でも東国のことが噂程度でも知れてるってことは俺みたいに海渡って来ましたーってのもいるんだろう?」
「ああ、けど何故か東国の人間を名乗る者は揃って腕が立つのでな。食い扶持に困った犯罪者かぶれが用心棒として雇われるために作った机上の国なのでは、という見方が強い。半分くらいは天国地獄桃源郷と同列に幻想と思っているのが殆どだ」
ニンジャサムラーイスモウレスラー。どんな世界にもいるのかね。
なんだってそんな連中ばかりが海を渡ってくるかね。いや、そんな肝の据わった連中じゃないと天動説の世で彼方目指して船なんぞ出さないか。
「なるほどね、大体の情勢はわかった。で、治安としてはいつもあんなトカゲの大群が歩いてんのか?」
「勘弁してくれ。今朝のリザードマンたちは異常事態だ。やつらの生態は森や岩場に巣を作って繁殖するんだ。滅多にあんな大勢と出会すなんて事態起こらない」
「じゃああいつらは巣の移転中に出くわした一端てわけだ。
雌個体っぽいのはいなかったし先見部隊てところだな。なんで移転するんだろうな」
ウィネブが机に肘をついて暫く考え込む。
他の群れに居場所を追われた、という事もないだろう。それなら群れと群れが合体する組織体系だったはずだ。
巣を冒険者一団に襲撃された、というのも薄い。それならむしろ籠城し蓄え、迎え撃つ道を選ぶだろう。
そうなると残るは何か別の存在、どうしようもない強さの魔物に居場所を取られたのか。
「……わからない。情報が少なすぎる」
「むしろ変に予想されるよりおまえの信用度が上がっちゃうね。俺もおんなじ考えだよ」
「というよりおまえ、忘れるところだったなんだあの槍は!」
「おおう、あれを槍と見なせるのね。あれはかせんそー。かみさまからもらったのら」
異世界転生するにあたって要求した物の二つ目、火尖槍。
正確には仙人が作ったのだが、わざわざ説明する必要もあるまい。
ちなみに火力調整可能なのでバーナーのようにしてドラウプニルを溶かすのにも使っている。
「神から、だと?」
「ウップス! なんでもねえや。つまりは俺のとっとき、最大手だ。まあ見た通り人間相手には使えないけどな」
意識を改めると言ったそばから地雷を踏み抜くところだった。
「…………なあ、おまえのその腕輪といい槍といい、そういう遺物を他にも持っているのか?」
やけに真剣な面持ちで、懇願するような、絶望したような、感情の崩れ混じった顔をして問いかけてきた。
前の生でもそんな顔をした人間を見た。肯定を求めているが否定してほしい。そんな二律背反を抱えた複雑な顔。
返答を間違えてはいけない。そう思った。
「ああ、そうだな。他にも持ってるし各地で遺物を収集するつもりでもある」
肯定した。まだだ、これはまだ本題ではない。
「それなら、一つ訊きたい。所持していなくてもいい。知っているだけでいい。おまえ、おまえは────」
絞り出すようなウィネブの言葉が外部から遮られた。




