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003

 剣閃剣戟五月雨突き。緑の絨毯を火花が焼き、青々とした快晴の空に足音が祭り囃子の如く響く。


「ブルンスムンニが見えた離脱するぞ!」

「応さ、おまえも鎧脱いどけよ!」


 一頻り打ち合った後に持ちうるナイフを全て投げつけて牽制する。

 すぐさま背中を向けて疾走。


「全速前進全速前進全速前進㍲☆」

「喋ってないで走れ!」


 アイゼンウィネブの駆ける背中を追う人型の群れ。武装をした蜥蜴、リザードマンの群れ。

 その数は十、二十に収まらず三十有余。

 朝方に遭遇してから追われっぱなしのアイゼンたちには体力の限界が近づいていた。

 緩やかな丘の続く丘陵地帯を抜けると、あとは真っ直ぐ商業都市ブルンスムンニへの道が続いている。


「────おーい門を閉じろーーっ!」

 アイゼンが現在可能な限りの大声で叫んだ。

「血迷ったか⁉」

「アホウ、このままトカゲ共引き連れてランデブーする気か?  衛兵と蜥蜴の乱交パーチーにでも参加しますかオイ。

 この距離なら門が閉まるギリギリにはなんとか滑り込んで後ろの御一行を置き去りに出来ンだろ」

 門前で警護を全うしていた衛兵たちが大声を上げた見慣れぬ旅人たちの後ろのものを見て大慌てで門を閉じるように指示する。

 歯車が回り、噛み合い、家屋よりもはるかに背の高い門が左右からゆっくりと迫り出てくる。

 外にいた衛兵たちも門の内側に移動して、二人に急げと叫ぶ。


「しまっ────」


 あと少し。門の内側まで寸前というところでウィネブが足を縺れさせた。

 全ての景色がスローモーションに、一秒がやけに長く感じられる一瞬。


「恨むなよ────!」


 後ろを走っていたアイゼンが前傾になったウィネブの尻をおもいきり蹴飛ばす。

 おかげで宙を飛ぶ羽目になったウィネブは体を捻って閉まる門の隙間を何とか抜けた。

 しかし反動で体勢を崩したアイゼン。よろけて転ぶ前に振り返り指を鳴らす。

 虚空に出現した燃えるような赤の刃を持った槍を掴み、柄で地面を突いて跳ぶ。が、推進力が足りず門の内へは届かない。

 咄嗟に空中で槍をリザードマンの群れに構えるとアイゼンが絶叫する。


天網恢恢てんもうかいかい()にして漏らさず――――生者必滅しょうじゃひつめつ火尖鎗かせんそうッ‼」


 瞬間。槍の赤い穂先から鉄をも焼き尽くす炎が迸り、射線上にいたリザードマンたちが殺人的な熱に包まれる。

 放出の反作用で推進力を得たアイゼンの体が閉まりきろうとしていた門に締め付けられながらも抜けた。

 ガチャン。腹の底に響く音を立てて都市と外界とを結ぶ黒鉄の門が口をつぐんだ。


「やっと死んだか? 私の尻を蹴ったのだから当然の報いだな」


 仰向けに倒れて動かないアイゼンにウィネブが手を差しのべる。

「おまえのケツは国宝か。俺が今度死ぬ時は女の子に刺されてか腹上死って決めてンの」

 ウィネブの手を取り、尻の土を払いながら立ち上がる。

「お礼は?」

「ビンタでもくれてやろうか。加減しろバカ」

 肩を竦めたアイゼンがパチンと指を鳴らすと傍らに転がっていた槍が消える。

「ま、いいけどよ。それより早く換金して買い物しようぜ、靴が必要になった」

 振り向くと前身を門に喰い千切られた左足の靴がポトリと地面に落ちた。


「大丈夫かおまえら!」

 門の前にいたと思われる衛兵が駆け寄ってくる。

「へーきへーき。外にゃ焼き肉も残っちゃいねえから門はもう開けていいぞ」

「そ、そうか……おい、外は安全か!」

 衛兵が高台の兵士が身振り手振りで安全を告げると衛兵が門を開くよう命令する。

 重々しい重厚な門がゆっくりと開くと、外には一直線に焦げた地面と刃零れした剣や盾だったナニカなどリザードマンたちがいたであろう痕跡だけが残っていた。

「本当にやったんだな…………」

「だから言ったろ。ンな事よりこの町で鉱石だの宝物だのを換金できる場所ってあるか?」

「あ、ああ。ここから道なりに進むと分かれ道があるからそこを右に行くとレングダル商会の本拠地があるが……この町に来るのは初めてか?」

「そこの騎士サマは違うみてえだけど俺は初めてだな」

「そうか、初めて来たのにあんなものに追い回されて災難だったな。改めてようこそ、万物集う商業都市ブルンスムンニへ」

 差し出された手に最近見かけない入り口で町の名前紹介するだけの人だ、と感動を覚えながら握手に応える。

 衛兵たちに別れを告げて、指示通りに分かれ道を右に行く。


「なあ、あの門といい視界を遮る壁といいなんだって厳重なんだここは。別に砦でもあるまいし」

 隣を歩くウィネブに素朴な疑問を投げ掛ける。

 目測でも百メートルはあるであろうこの都市をぐるりと円状に囲む鉄の壁。

 そこまで高くするのはそうまでしないと防げない外敵が存在するということだ。

「あの衛兵も言っていただろう、ここには万物が集うと。商業都市の名に恥じず、ここはあらゆる物の流通市場だ。発掘された財宝から盗品まで、なんだって取り引きされる」

「だから襲撃も多いってか」

「そうだ。時には傭兵団、時には某国の軍勢であったりと。昔一つのキャラバンがドラゴンの卵を運び込んだせいでその親であるドラゴンが怒り狂ってこの都市を焼き尽くしたらしくてな、その時からあの壁を設けたらしい」

「ドラゴン! やっぱりいるもんか」

「その襲撃のあった数十年前以降ほとんど目撃されていないがな。あんな災害見ないのが一番だ」

「ほとんど目撃されてねえってわりには見たことある口振りだな」

「長旅をしていれば多少は、な」

 気づくとそれらしい建物が見えてきた。

 正面口はきらびやかにして開放的に。裏口からは忙しなく馬車が行ったり来たり。

 出店を構えることで客を呼んで逃がさず。いかにも商人らの根城といった構成だ。


「私はここらにいる。用が済んだら探せ」

「ん、りょーかい」

 ウィネブと別れて一人建物に入る。

 換金するのは金塊。破格の価値があるのは子供でもわかる品だ。故に手元に来る金額も相当なものになる。

 そんな額を所持していることが、完全に信用できるわけでもない人間に知れていて安心して共に行動できるかと言われれば否である。

 だからウィネブは自分から別行動をとったのだ。

 感心するほどに気の回る奴であるのだが騎士とは皆そうなのだろうか。

 扉を抜けると正面には換金窓口が五つ並んでいてそこから左手では商会参加の商人たちが小規模な店を開いていて市のようになっている。

 右手には旅商らが束の間の休憩をするバーがあった。

「鉱石の換金をお願いしてもいいかいお嬢さん」

 真ん中の窓口にいた眼鏡をかけた幸薄い顔をした女性に話しかける。

「はい。どうぞ」

 外套の下で袖を探る素振りをしながらドラウプニルを溶かしてできた金塊を転送させる。

「ほい」

 ゴトリ、とカウンターに置かれた無骨な塊。いつだかの小料理屋で出した物よりも二回りも大きい。

 受付の女性は眼前に出されたきらびやかな石ころに目を丸くして恐る恐る手に取った。

「これ、もしかして金ですか……?」

「ご名答。金、黄金、ゴールド、オーラム。原子番号七十九、元素記号Au。正真正銘の金鉱石だ」

「お、お名前を伺っても?」

「アイゼンだ」

「…………それではアイゼン様。鑑定致しますので今暫くお待ちください……」

「はいはい。そこら辺にいるから終わったら呼んでくれ」

 一礼して割れ物でも運ぶような面持ちで奥に消えた女性に手を振る。

 他の窓口では即時に鑑定換金が行われているようだが流石に金ともなれば上の階級職の人間に相談する必要があるのだろう。


 おとなしく待っているのも退屈なので左手にある市へと暇潰しに足を運ぶ。

 見たことある果物やこの世界独自の鮮やかな色を持った花などとウィンドウショッピングでも飽きない。

「おっ!」

 梱包材代わりに草藁の詰められた木箱。そこから顔を覗かせているのは鮮やかな石、石、石。

「なんか用か、ボウズ」

 レンズを通して鉱石を観察していた坊主頭の男が手記に走り書きしながら語りかけてくる。

「単なる冷やかしだから気にすんな。研磨はされてないものの加工した跡があるってことはあれか、おっさんは採掘師か」

「そういうおまえはあれだろ、冒険者。冒険ごっこやめて彫金師にでもなりに来たかよ」

「冒険者……まあ無職って意味では違いねえか。いんや、俺はただの石ころ好きだ」

「物好きもいたもんだ。冷やかしにしたってたまに彫金師のジジイが来るぐれえなのにな」

「聖人由来でもなく偉い僧侶が祈ったわけでもない天然のお守り、神秘的でいいじゃねえかそういうの。あとこれレコードキーパーが綺麗に出てるから分けとけ」

 木箱の中から三角形の紋様がついた琥珀色の石を投げ渡す。

「投げんじゃねえよっと……本当に出てら」

 ふと気配を感じて振り返ると背後に先ほど窓口で顔を会わせた眼鏡の女性が立っていた。

「お呼ばれしてるみてえだからじゃあな。またあとで寄らせてもらうよ」

「アイゼン様、準備ができましたのでご案内いたします」



 案内されるがままに連れられると窓口の奥。妙に入り組んだ廊下を渡って客間に通される。

 中には身なりのいい一人の男が高級そうなソファーに座っていた。

「これはこれはお初にお目にかかります。わたくしレングダル商会取締役のライアードと申します」

「アイゼンだ。悪いが早速本題と行こうぜ、商人相手に長話するほど迂闊じゃねえんだ」

 握手には応えたものの直ぐ様手を離す。

 雑な対応をされたというのにライアードは眉一つ動かさず貼りついた笑顔を浮かべたままだ。

「それは賢明ですね。わたくしたち商人にとって最も貴重なのは金よりも時間、その気がないお客様のお時間を取らずに済むのはこちらの望むところです。

 それでは単刀直入に。アイゼン様のお持ちになられた金鉱石の換金ですが、少々お時間をいただく可能性がございます」

 アイゼンがソファーに腰を降ろして前傾姿勢で口元を手で隠す。

「というと?」

「単純な話です。アイゼン様にお支払いできる貨幣が足りないのです。具体的にお支払いする額を申し上げますとレングダル商会の有する資産の十二分の一。それ自体をお支払いすることに異論はないのですが我々商人は掛け(・・)で取り引きをすることがほとんどですので貨幣をあまり有していないのです」

 申し訳なさそうにするライアード。

 どうやらこれに他意は無さそうだ。貨幣がない、というのは本当だろう。元いた世界での取り引きも買い掛け売り掛けが主だった。

 現金で取り引きするというのはリスクが高い。管理が不便という一つに限るのだが逆にその一つが解消されると取り引きの選択肢が増えるのだ。

 帳簿上でのやり取りになればわざわざ出向く必要も無駄な運賃も発生しない。

 例えば装飾品店が彫金師に装飾品を発注する。発注を受けた彫金師は採掘師から材料を買う。その際に彫金師は現金を所持していないため買掛金として帳簿上での支払いを約束する。

 そして彫金師は装飾品店に装飾品を売って売掛金として帳簿上での利益を得る。双方に買掛金を売掛金で支払うことを伝えれば期日に装飾品店が採掘師に材料分の金額を支払い、差し引いた金額を彫金師に支払う。現金が無駄に動くことがなくなるのだ。

 といってももちろん誰彼構わないわけでもない。言ってしまえばツケで支払いを先延ばしにしているだけなので逃げられてしまえば大損をする。

 故に商人たちは取引先のご機嫌を取ったり小さな商談を締結させて信用を勝ち取らなければいけないのだ。

「そちらの状況は理解した。俺にも商いの知識はある。それなら用意できる金額まで俺がレングダル商会で買い物をするからその分を金額から差し引いてくれ、それで構わないか?」

「ええもちろんでございます。ちなみにお訊きしておきたいのですがどちらの国の貨幣をお望みですか?」

「…………すまん、俺は極東の辺境から来た身でね、よくわからなんだ」

「それは失礼しました。こちらが西国のヴェスター金銀銅貨、こちらが北国のノーズル大金小金、そしてこちらは南国のスーゼル紙幣となっております」

 西国の貨幣はどれも平たく丸く、表と裏には花の紋様が彫ってあり日本の貨幣に近い。

 対して北国の貨幣はどれも平たく長方形で大きい金板には髪の長い女性の顔が、小さな金板には冑を下ろした騎士の顔が彫られている。

 南国の紙幣は一、十、百まであってインクで南国のものと思われる景色が描かれている。微妙に動いて見えるのは目の錯覚だろうか。

「そう、だな。この都市で一番流通しているのはどれだ?」

「そうでございますね、このブルンスムンニは近辺三国の交点にございますから基本どの店でも通貨三種は流通しておりますが……強いて言うのなら西国のヴェスターでしょうか」

「なるほど、じゃあそいつで支払いを頼もうか。ざっと見回って欲しい物を書き留めるからその金額を差し引いてくれ」

「承りました、エッギアさん、アイゼン様についてあげなさい」

「了解いたしました」


 最後にまたライアードと握手をして部屋を出る。

 とりあえず靴を買おうと思うアイゼンだった。

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