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002

「なんか部屋一緒になって悪いな」

 小料理屋の店主からお礼にと宿を手配してもらったはいいが、同席していたためにウィネブと一緒に二人部屋に案内されてしまった。

「かまわないよ」

「そりゃどーも。にしても血まみれだな俺の一張羅、洗濯できるような場所見つけるまでオサラバしとくか」

 アイゼンがため息を吐きながら上着を放ると瞬時に消え失せてしまう。

「キミのそれはやはり転移魔法なのか?」

「如何にも如何にもその通り。その言い分だと俺の他にも使えるヤツがいるみてえだな」

「いる、というよりいたかもしれない、が正解だな。遥か昔の大賢者、つまりは伝承の中の人物が行使していたと聞く」

「そんならいいや、またテキトーな仕事されてたらウンコ送りつけてやるところだった」

 疑問符を浮かべるウィネブにこっちの話だと言って窓側のベッドに寝転ぶ。

 転移魔法、それがこの世界に来るにあたって願った能力。

 事前にこの世界で転移魔法を使える人間がいるか聞いた上で決めた物なので万が一にも自分以外の使用者が存在しようものなら大腸が許すかぎりの糞をあのカミサマに送りつけるところだった。

 この魔法の使い道は二つ。

 見知った場所に瞬間移動できる〝転移〟と思い浮かべた物を任意の場所に召喚できる〝転送〟。

 先ほどの戦いで転移の難点がわかった。

 一番大きいのは転移したことによる景色の変動に脳が混乱する事。おかげで三半規管だ筋肉だが一瞬硬直して息ができなくなる。

 それと空中に転移した時の浮遊感。例えるならばそう、階段を下りきったと思って踏み出したらまだ段差があって不意の重力に襲われるあのカンジ。

 危うく食べた傍から肉をぶち撒けるところだった。

 いずれも回数をこなしていれば慣れてくる。はずだ。メイビー。

 転送については問題なし。あの呼び出された白い空間を物置として利用できるよう言いくる……交渉したおかげで実質容量無限のアイテムボックスが手に入った。

 旅人ゆえのデッドウェイトとは縁がないのは大きい。

「そういえば、一文無しと言っていたがこの先どうする気だ?」

「んー、そうだな。さっき見た通り金はないが金目の物はあるからな、一先ずはそういうの換金できる場所見つけねえとだな」

「そうか、そうなると目指すはブルンスムンニだな。ここらで一番大きな商業都市だ」

 アイゼンが顎を撫でて考え込む。

 どのみち路銀の頼りは金塊だ。行く先々で料金の代わりに差し出せるほど所有してるわけでもない。

 そもそもこの世界の物価、金の価値がわからない。そういう点でも商業都市に行き、学ぶ必要がある。

 それに着替えが欲しい。衣食住を揃えないとこれからの事を考えることもできない。悲しいかな文化人。

「そこって遠いのか?」

「そうだな、歩いて三日といった所だ」

「三日、歩いて三日か……」

 東京から群馬くらいの距離だろうか。途中途中に都合よく村があるとも思えないので野宿も覚悟しなければならない。

 食料は小料理屋の店主を頼って三日四日分を用意してもらおう。

「私でよければブルンスムンニまで付き添うが?」

「本当か! いやー助かる。唯一の問題点がルートを知らない事だったから是非ともお願いしたいねえ」

 土地勘のあるガイドが増えたのも嬉しいが何より一人から二人になったというのが実は一番うれしい。

 ファンタジーには付き物、と言ってしまおうか、どこもかしこも治安が悪い。

 野生動物や先刻のような賊、そして存在しているかは不明だが魔物。外敵が多い。

 腕っぷしに自信がないというわけではないが大勢を一人で相手にできるほど抜きん出ていると思ってもいない。

 一人より二人。たったこれだけで目的地にたどり着ける可能性がぐっと上がる。

「さてと、この先の予定も決まったことだしちょっくら片付けてくるかな」

「片付け、というと死体のことか?」

「おう、さっきは転移転送の連発で消耗してたからな。ちょっと休憩挟んだってわけだ」

「なるほど、それで死体を一ヶ所に集めていたのか」

 そういうこと、と言い残してアイゼンが窓から飛び降りる。

 部屋は二階、地面には芝生の絨毯。なんら問題はなかった。

 向かうは村の外れ。領地を示す柵の外。半壊しているとはいえ店主らの自宅でもある店先に野晒しにしておくわけにもいかず、こうして並べて申し訳程度にむしろを被せられている。

 ふらりと風が悪戯に一枚捲った。覚えのない顔。しかして覚えのある傷。

 ウィネブの顔を見たまま、不意の一撃で屠った一人。

 首の一文字からは、重力に従い未だに血が流れ出る。

 大きく開かれた双眸。全開になった瞳孔、光のない水晶体が、こちらを見た気がした。

「ふぅ────うぇぼろろろろろろろ」

「だ、大丈夫か⁉」

 遺体の眼前でこれでもかと吐瀉物を撒けるアイゼンに、あとを追ってきたウィネブが心配の声をかける。

「あー、人を殺すのってキッツいのなぁ……」

「まさか初めてだったのか?」

「たりめーだこちとら元法治国家の一般市民だぞ。なんだその生娘を押し倒したら処女だったみてえな台詞は」

 そも虫さえ殺したことの無かった身には衝撃が大きすぎた。

 別段罪悪感があるわけではない。ただ命を奪ったという事実に胃の中身がひっくり返る。

 死体を見たことはある。けれどそれは、葬式のために防腐処理をされ顔を整えられた言ってしまえば人形のようなもの。

 血にまみれ、秒単位で劣化していく人だったものをしっかりと直視するのは初めてと言っていい。

「つーかなんで来たんだよ、別に死体をそこらの山に転送するだけだから人手はいらねえぞ」

「黙祷でもしようかと思ってね。悪党と言えど誰にも偲ばれず逝くのは可哀想だろう。だからせめて、葬った張本人くらいは冥福を祈りたいのさ」

 マッチポンプもいいところだがね、と薄く笑って目を瞑る。どうやら本当に黙祷を捧げているらしい。

 お人良し、の一言で片付けていいものか。

「────十分だ、手間をかけさせたな」

「いやべつに、そこらの山に放っぽるだけだしな。朽ちて肥料になるも獣の食料になるも俺は知らないし、処理は全部自然任せだ」

 路肩で腐るよりは自然の糧となった方がいくらかマシだろう。

 南無、と気持ち程度の経文を挙げる。

 パチン。アイゼンが指を鳴らすと死体の一切が消える。

 空を見上げると、もう月が登り始めていた。

「メシ食おうぜメシ」

「そうしよう。たしか宿の下が酒場になっていたはずだ」

 呆気らかんと気持ちを切り替えて夕食は何を食べようかと考える。

 生憎見ず知らずの死体をいつまでも心に留めておける繊細さは持ち合わせていない。


 宿屋の下の酒場は賑わっていて陽気な声でごった返す。

 小さな村と言えど、酒を飲んだ人間が二人以上存在するなら、喧騒はどこも似たようなものだ。

「いい加減に鎧脱いだらどうだ?」

「…………そうだな、そうするよ」

 食事の際にも鎧を纏ったままのウィネブを見かねてアイゼンが提案すると少しの思慮をおいてウィネブが瞼を閉じる。

「────」

 ぼそぼそとウィネブが念仏めいた言葉を述べると鎧が光へと変わり、首元のチョーカーへと吸い込まれる。

「ほー、便利でいいな」

 スンと鼻を啜ってアイゼンが感心する。

「私には勿体ないくらいの代物さ」

 軽装になり、露になった鎧の下の体をアイゼンが口元を抑えて観察する。

 身長を鑑みると少々細い気もするが注視すると服の上からでも筋肉の隆起が見てとれる。

 体を最大まで鍛え上げるのではなく、人体の持つ柔軟性と筋肉の強硬性が互いの長所を侵害しないギリギリの交点を極めたといった体つきだ。

 特に、手首が少々太い。あれはたとえ腰の入った一刀が空振ろうと小手先だけで刃を反せるように反復した賜物だろう。

 戦いを知り、なにが必要かを把握した実戦指向の肉体作り。

 先刻の戦闘とも併せ、並外れた実力者なのには違いない。

(それに、もしかすると…………)

「どうかしたか?」

 急に黙り込んだアイゼンを不思議に思ったのかウィネブが顔を覗く。

「ああいや、なに食おうかと思ってな」

「やー昼間の旅人さんじゃあないですかぁ!」

 ウィネブに誤魔化していると千鳥足の中年が杯と酒瓶を両手に寄ってくる。よく見れば小料理屋の店主だった。

 人当たりの良さそうな顔つきは赤く緩みきって跡形もない。

「ほらほら旅人さんも飲んで飲んで!」

「あらららこんなに麦酒エール注いじゃってまあ。でもあれよね、郷に入っては郷に従えってえヤツよな。ドイツじゃあガキでも飲むらしいし問題ないよなァーーっと!」

「おーいい飲みっぷり!」

「程々にな」

 ウィネブがウェイトレスを呼んで注文をする。

「もう今日はとことん飲みましょう、奢っちゃいます!」

「え、ホント? ンじゃあ遠慮なく。ウェイトレス酒だ酒!」

 小走りでウェイトレスの運んできた酒瓶を引ったくってらっぱ飲み。急性アルコール中毒で死ぬパターンのそれだ。

「おっほー、いいねいいねえ!」

「アッハッハおっさんも飲め飲め樽で持ってこーい!」



「……ヴぇあ…………」

「程々と言わなかったか」

 ウィネブに肩を貸してもらいながら這う這うの体で部屋に戻ってくるアイゼン。

 あれよあれよとおだてられ調子に乗った結果がこれだ。

「うぷ……初めて飲んだから加減がわかんなくて…………」

「初めてであんな飲んでたのか⁉」

「酒に溺れる大人の気持ちがわかったわ……」

「呆れた奴だな」

 どさりとベッドに倒れこむアイゼン。もぞもぞと動いてシャツを脱ごうとしている。

「ここ風呂とかないの?」

「そんな豪勢な物がそうそうあってたまるか。ブルンスムンニにはあるからそれまで濡れタオルで我慢しろ。ほら、拭いてやるから起きろ」

 生返事を返しながらもシャツとインナーを脱いで胡座をかくアイゼンに呆れたため息を吐きながらも桶から濡れタオルを取り出して絞るウィネブ。

「冷たぁ⁉」

「当たり前だ我慢しろ」

 ウィネブがアイゼンの背中を濡れタオルで拭う。

 引き締まった体だ。あるかもわからない異世界での戦闘を想定して肉体も体力も、知識も出来る限り鍛えた身体。

 こうでなければ昼間の大立ち回りもできなかっただろう。

「本当に実戦慣れしていないんだな」

「ん、わかるもんかい?」

「まあな。教科書通りに鍛えたといった風な肉付きだ。実際には使わない部分も偏りなく鍛えられている、戦いなれればわかるが普通は肩や脇の辺りにクセが出る」

「そりゃ貴重な見識をどうも。何度も言うが法治国家に居たんでな、争い事なんて口論が精一杯でド突き合いもチャンバラも競技になっちまってたからな」

 外国はそうでもなかったのだろうが、少なくとも自分の生きた国の中では手を出すと絶対悪として万人に後ろ指を指されるので皆々様口論で他人を貶すのが主戦法だった。

「戦乱のない国、か。いいじゃないか平和で」

「そうでもねえよ。敵がいないからって身内から敵を見出だそうするようなヤツらばっかだったし、平和ゆえに命の有り難みを忘れて日々傲慢を重ねるようなお国柄だった。クソだクソ。馬糞だよ」

「そうか。どこも似たような────増えてないか、それ?」

 ウィネブが手を止めて指差した先にはアイゼンの腕に填まっている金の腕輪と同じものが八つ、ベッドの上に転がっていた。

 アイゼンは「もうそんな経ったか」と八つの腕輪を転送してしまう。

「九日経つと八つ増えるだけだ気にすんな」

「気にするなと言われてもな……もしかしておまえの持つ金塊は増えた腕輪を溶かしているのか?」

 まさにその通り。異世界へ来るにあたって求めたアイテムの一つ。

 オーディンの秘宝が一つ、ドラウプニル。

 効能はアイゼンの言うように九日経った夜にまったく同じものが八つ零れ落ちるという物。

 戦闘能力は皆無に等しいがいつの時代も高価な金で出来ているために売却による金策は効果覿面。実質無限の富だ。

「そのとーり。今下も脱ぐから待ってろ」

「そのくらい自分でやれ!」

 べちりとアイゼンの顔にタオルが叩きつけられる。

「私は水差しを貰ってくるからさっさと済ませておけよ」

 手を振って返事をするアイゼンを置いて部屋を出る。

「まったく、私はこんなに溌溂はつらつな性格をしていないはずなんだがな」

 階段を降りながら愚痴る。

 独り旅が長く他人と深く関わるのが暫くだったせいかやけに構ってしまう。

 アイゼン、不思議な奴だ。不思議というより奇妙な剽軽者ひょうきんものだが。

 不明点が多く、言動からしてもとても信用の於けるような人間ではないのだが何故か警戒する気になれない。

 警戒するのがバカらしいというか真面目に相手をするのが愚からしいというか、掴み所のない奴だ。

「すまない、水差しを貰えるかな────そうだ、ありがとう」

 現にこうして水差しを取りに行ってやっている。

 本来であれば酔っ払いなど知らぬ存ぜぬで放置している。それどころか部屋も分けてもらっていただろう。

「おい、水差しを貰って…………寝てる」

 ベッドの上で尻を半分出しながら規則正しい寝息を立てているアイゼン。

 男の尻など見たくもないと毛布を被せる。

(こんな奴を警戒していてはバカを見る)

 桶からもう一枚の濡れたタオルを取って絞る。

 服を脱ぎ、胸の包帯をほどいて一息吐く。

「ふぅ……なんだかんだでこの時が一番楽だな」

「どこ触ってンでい!」

「っ⁉」

 突然叫んだアイゼンに驚いて毛布を纏って飛び退く。

「……んが…………」

 アイゼンが寝相を打つ。

「このっ…………はぁ、私も寝よう」

 拳を握り締めるのもバカらしい。

 手短に体をタオルで拭いて服を着直す。

 ランプの火を消すと部屋が暗闇に包まれる。

 ベッドに入ると急激に襲ってきた眠気に身を任せる。思えば宿屋で寝食をするのは久方ぶりであった。

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