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014

「もう、どこ行ってたんですか。ウィネブさんの出番来ちゃいましたよ!」


 会場の席に戻ると、ドリスがぷんすかご立腹。

 まだ身内に対してだけではあるが、出会った時と比べると溌剌な反応をするようになった。


「ちょっと腹ごしらえと敵情視察を、ね」


 ほい、と袖の下から飲み物を取り出しドリスに渡し、教会の孤児らにも渡す。


「俺の予想だと勝ち残るのはウィネブとエイダっつーちっこいのだ」


 組んだ脚の上に肘を置き、前傾姿勢で頬杖を突く。

 視線の先では、黄ブロックの参加者たちが今か今かと開始の合図を待ち遠しにしていた。

 ウィネブの姿は────中央。混戦が予想されるど真ん中にいた。


「っと、開始か」


 ついでにエイダの居場所も、と探し始めた矢先にスタート合図の銅鑼が響く。

 全体の動きとしては舞台端を陣取っていた連中が近所と戦闘、それを漁夫の利しようとする奴がいる。

 そして残りは中央へ殴り込み。

 全方位を囲まれているウィネブはというと、剣を片手に目を瞑っていた。


「うぉら死ねっ!」


 背後から振り下ろされる大振りの上段。


「────ふっ!」


 キッ、と目を開いたウィネブは避ける事もせず、無手の左手を握って裏拳のように右足を軸に振り払う。

 ゴ、と鈍い音がして、背後から襲いかかった男の剣はウィネブに届くことなく寸での所で停止する。


「お…………お…………」


 裏拳の命中した腹を押さえながら男は後退る。

 剣を取り落とし、うずくまって痛みに悶える。

 次々と襲いかかってくる参加者を正確に一撃でダウンさせていくウィネブ。


不動迎撃カウンターストライクたぁ、余裕綽々じゃないの」

「なにそれ?」


 キラキラと目を輝かせながら純真な疑問を投げかけてくる子供ら。

 そんな目をされては雑にはぐらかすのが憚られる。


「あー……さっきからあいつ殆ど動いてないし剣も振ってないだろ?」

「うん。相手が来たそばから殴ったり蹴ったりで、たまに剣も動かすけど斬るってほどの勢いもないよ」


 飛びかかってきた者には拳や膝を腹部に突っかえて、武器を振るってきた者には振り下ろした手の腱が来る位置に刃を置く。

 相手が勢いをつければつけるほど深く刺さる。

 そうして迎撃しているウィネブは開始位置からほとんど動いていない。


「んーと、おまえらにもわかるように言うとだな…………走ってるときになんかにぶつかったとする、立て看板だとか荷物の入った箱だとか。

 それでぶつかって痛いけど、置いてある物が飛んで来たわけでもないのにすげぇ痛いだろ? それって自分が走ってた勢いが丸々自分に返ってきてるんだよ。ウィネブのヤツがやってるのもそれと一緒なんだ」


 うーん、とわかったようなわかってないような返事。

 それも仕方ない。科学の基礎知識もなく、それに準ずる言葉も使わずに説明したのだ、今ので完璧に理解しろという方が無茶である。

 義務教育ってのは偉大だったな。なんて思っている間にもウィネブは周りに死屍累々を築いていく。

 気づけばウィネブに掛かろうという者はいなくなり、すっかり包囲されて膠着状態になっている。

 さてさて、このまま徒党を組まれてウィネブが袋にされるか、それともウィネブが徒党ごと全員ブチのめすか。

 ────と、


「っ!」


 視覚から投擲された短剣を超常的な反応で叩き落とす。

 よく反応した、と褒めてやりたいところだが、その真反対から飛び出した人影には反応できずに刃の一閃が煌めく。


「あちゃ、今のでやれないか」


 紙一重、切っ先が鼻先を掠めただけで済んだらしくウィネブが大きく飛び退く。


「あいつ、エイダ・ファーマーじゃねえか?」


 目の前に座っていた観客が隣の連れにそう呟いた。


「有名なのか?」


 突然背後から話しかけられたのにギョッとしつつもエイダ・ファーマーにまつわる話を教えてくれた。

 噂ではどこかの良家のお嬢様であるにも関わらず荒事が好きな変わり者なんだとか。

 毎回開催される武闘会で優勝しているらしい。


「じゃああいつが前回優勝者なのか?」

「いいや。その、前回は出場してないんだよ」

「そりゃまたなんで?」

「あー……」


 言いづらい理由らしく辺りの様子を気にする。

 それなら小声でと内緒話をするように耳打ちさせる。


「…………はあ、辻斬りねぇ」


 所謂通り魔。その嫌疑を掛けられ出向していたので前回は出場できなかったと。

 そんでエイダが連れていかれたあたりから辻斬りの被害が無くなったと。


「町でも見かけないからてっきり牢にブチ込まれたものとばかり……」

「なるほどねぇ……」


 背もたれに寄りかかってこれまでの情報を反芻する。

 …………疑わしい。

 ナンパしてきた相手を斬ろうとしていたような女だ、辻斬りくらいやりかねない。

 しかしここにいる、ということは嫌疑が晴れて釈放されたという事。

 彼女が拘束されたと同時に辻斬りの被害が無くなったということは別人の犯行だったと嫌疑が晴れたわけでもあるまい。

 となると釈放理由は証拠不十分、それか不祥事だろうか。

 前者なら凶器が見つからなかったというあたりか。

 辻斬りなんて突発的な行為、現行犯でもないかぎり捕まえられないはずだ。

 容疑者候補に挙がるには辻斬りが起こった現場近くに居たことを何度か目撃されないといけない。

 そしてエイダの持つ《曖昧な牙》は不可視の剣。

 身柄を拘束される直前にでもそこらに放れば見つけることは至難だろう。

 恐らく所持者には見えたり、あるいは不可視を無効にする専用の呪文があるだろうから釈放後に回収すれば問題もない。

 それで、不祥事の場合。これは何とも言えない。

 良家のお嬢様、というのは噂に過ぎない。

 真実であった場合はお家から保釈金が出たのであろうが、法整備のまともにされていない世であることを加味すると間違いなく賄賂になる。

 とまあ、あくまで噂を情報源とした場合なので除外だ。

 そもそもエイダ・ファーマーが辻斬りの犯人であるというセンで推理を始めているのもよくない。

 彼女を隠れ蓑とした真犯人がいるかもしれない。

 ああ、なんだか気になって仕方がない。こうなれば宿の宣伝にも金にもならないが個人的に捜査を────と、思考の海で泳いでいると観客が急に沸き立った。

 何事かと舞台へと視線を戻す。


「はあっ!」

「おおっと、お返し!」


 ウィネブの一太刀が閃くと、身を翻したエイダが近場の人間を盾に受ける。

 反撃にと踏み込んで振るわれる乱舞じみた剣閃を後退しながらも手堅く受けるウィネブ。

 二人とも大移動しながら続けるので周囲への被害が尋常じゃない。

 ただでさえ質の高い攻撃の応酬だというのにそれを躱すだの受け流すだのして、別の戦いをしている人間に当てているのだから堪ったものじゃない。

 いや、ロワイアルとしては正しい在り方ではあるのだけれども。

 眼中にない有象無象がただ二人の戦いに巻き込まれているだけ、というのは如何なものか。

 しかしまあ、どのみち勝ち残るのはあの二人だろう。

 なら本戦でどちらが勝ち上がってくるにしろ、今は観察に徹した方がいいよさそうだ。


「ほっ! ほっ、ほっ、ほっ!」


 エイダはあの《曖昧な牙》とかいう遺物を使用しておらず、商会でも安く買える安物の短剣を二つ手に戦っている。

 本戦まで手の内を晒さないというのは定石だ。

 だが戦い方までは変えられないだろう。

 …………動きとしては双剣による奇襲から一気に畳み掛ける正面八方向からの二連撃。

 さらには足癖も悪く、短剣ばかり注視していては不意の蹴りが飛んで来る。

 流動的な動きに後手へと回れば手数の差で圧倒されてしまうだろう。

 素早いというのはそれだけで強力だ。

 悲しいことに現実はヒットポイント制ではないので軽く振るわれた刃物でも一撃で致命傷になりかねない。

 だからといってあの猛攻を受けきっていてはジリ貧でいずれはやられる。

 となれば肉を切らせて骨を断つしかあるまい。

 まあ本当に肉を切らせるとシャレにならないので三撃目の蹴りが飛んで来た瞬間に上段からの大振り一つで流れを断ち切ってやるしかあるまい。

 いくら素早く手数が多いとはいっても初撃だけは普通の攻撃にしかならないのだ、そこにカウンターを決め込み流れを手繰り寄せるのが手堅いだろう。


「────ふんッ!」


 長々と対策を思案していると、ウィネブがエイダの攻撃を受けつつも大きく剣を薙いだ。

 ギリギリ短剣で受けたエイダは大きく吹き飛びあわや場外、といった所で踏み留まった。

 持っていた短剣の刃は折れ、使い物になりそうもない。

 …………本当に女かあいつは。

 こうなるとウィネブへの対策を考えるのが先だ。

 ………………。

 …………………………ない。

 無いよ。どうしよう。

 参加前はいい経験になるだとか楽観視していたがよくよく考えると勝てる見込みがない。

 あの重厚な鎧を前に刃物は無意味。メイスだの打撃系統の武具ではウィネブが剣を振るうスピードにはついていけない。

 唯一武装のしていない頭を狙おうにも本人とて丸出しなのは承知だから絶対に攻撃を通させてはくれない。

 簡易魔術インスタント・キャストと呼ばれる一度きりだが魔術を行使できる物も仕入れたがあいつの大きな籠手は魔力を乱すという特性を持っているから小規模なモノでは簡単に打ち払われる。

 そもそも紋章術ヘラルドリーという遠距離での戦闘も可能だから魔術によるリーチのイニシアチブは期待できない。

 ………………詰みじゃないか。冷静に考えたら詰みじゃないか。

 なんでこうも相性が悪いんだ。

 転移による奇襲も、向こうはこちらの性格を知っているのだから警戒するに決まっている。

 奇策が通じないのなら正攻法で真っ向勝負! …………の方が勝ち目がない。

 ウィネブにある強さの根幹は圧倒的な場数をこなした事による技巧と判断力だ。

 そんな硬い騎士サマ相手に正面勝負は勝つ気が無いのと同義だ。

 ああ、何がなんでも決勝までには負けて貰わねば。

 くじらの髭亭でワンツーフィニッシュ、が最善手ではあるのだけれども、目的は果たしたけど決勝戦でボコボコにされましただなんてカッコ悪いにも程がある。

 優先すべきは己のプライドか、それとも目的か。男の子にはツラい選択だ。


「いてて……武器が無くなっちゃったよ」


 エイダが折れた短剣を投げ捨てながらぶらぶらと手を振る。


「少なくとも本戦までは使いたくなかったんだけど…………まあいいや、わたしもガマンできなくなってたし…………」


 エイダが腰のポーチに手を伸ばす。

 ここで手の内を晒すのか、と前のめりになると銅鑼の音が響く。


『────試合終了!』


 よく見れば周囲は死屍累々、屍の山。

 ウィネブとエイダの二人以外に立っている者はいなかった。


「ぶぇー、不完全燃焼ー……」


 やる気になっていたエイダはがっかりと肩を落とす。

 対してウィネブは落ち着き払って、剣を腰の鞘へと納める。


「どうせは本戦で当たるのだ、全力を出すならその時だろう? キミも、私も」


 珍しくニヤリと笑ったウィネブの顔を見て機嫌を直したエイダは軽い足取りで舞台を降りた。

 どちらが勝つにせよ、本戦では両者満身創痍で終わってくれないものか…………って、


「次、俺じゃん」

「そうですよ、頑張ってくださいねアイゼンさん!」


 ドリスの声援にまかせとけと胸を叩く。


「いいかガキんちょ共、俺がいつもサナリィに蹴飛ばされてるだけの男じゃねえってのを見せてやるからな!」

「がんばってねにぃちゃん!」

「あははは優勝してよアホのにぃちゃん!」

「まあがんばってねー!」


 教会の孤児たちにぐっとポーズをとってみせると、応援のような嘲笑のような声援が送られる。

 後で覚えとけよクソガキ共。

 これから始まる戦いに、心を踊らせながら選手控え室に向かった。

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