013
「だから少しくらいいいじゃねえかよ~?」
さーて出店の一つでもないものか、と会場周辺を彷徨いていると二人組の男に絡まれている少女を見つけた。
こんなんばっかかこの異世界。
今回ばかりは助ける道理もないしそんな気分でもない。
そんなことより鉄分補給だ。何を食べようか。
鉄分補給といったらやはりほうれん草なのだが、せっかくだし肉や魚を食べたい。
と、知らんぷりをしようとしたところ、ちりちりと不穏な空気を感じた。
(な、なんだ?)
振り替えって先ほどの男たちを見ると特に変わった様子もなく、ならなんだと見回すが気になるようなものはない。
「ほらいいだろ?」
────二人組の一人が少女の腕を引いたその時。
「はーいごめんなさいねーヒトの女に手を出さないでくださいねー」
えんがちょ、と少女の腕を掴む男の手をはたき落とす。
「は? 誰だよおまえ」
「彼氏だよ彼氏。そんなに女の子といたけりゃお小遣いやるから娼館でも行ってこい」
二人の男らは顔を見合わせると下卑た笑いを浮かべながら背後に隠した少女を覗き込む。
「こんな冴えないのとより俺らと行こうよ」
「はーいサヨナラ」
アイゼンが二人組の腕を掴んだかと思うと、その姿が瞬時に消え失せる。
「あれ? 今の人たちは?」
今の今まで薄ら笑いのまま沈黙を貫いていた少女が目の前の出来事に動揺することもなく素朴な疑問を口にする。
「んー? 山で芝刈りでもしてるんじゃないの?」
今日中に帰ってこれないこともない適当な山に転送させた。
金を握らせるのは少女の手前カッコ悪い。しかし会場外で暴力沙汰を起こして選手権を剥奪されては元も子もない。
一発くらい殴ってから転送すればよかったかもしれない。
そりゃ「目に生気がない。ちゃんと生きてるのか?」とか言われるくらいだから冴えてはいないんだろうけど、見知らぬ野郎に言われてはお冠というものだ。
まあ、こんなところで女にちょっかいかけるような女っ気のない、それこそ冴えない奴らを相手にしていてはお株が知れる。
俺にはかわいいかわいい女将がいるからそんなのと殴り合いなんて程度の低いことはしない。
「まあいいや、おにいさんどうして助けにきたの? 見て見ぬふりしようとしてたのに」
「気づいてたんかい。…………あー、理論的に説明できないことを他人に話すの好きじゃないんだがなぁ……おまえ、俺が割って入らなかったらあの二人を斬ってたろ」
鳩が豆鉄砲を食らったように驚いた少女は興味深そうににまりと笑って問いかける。
「なんでそう思ったの? わたし武器なんて持ってないのに」
質問に質問で返すな、とは思いつつ尤もな質問でもあるので仕方なく答える。
「なんでそう思ったか、てのには勘としか言いようがない。ただおまえはヤバい奴だと思った」
「へえ、根拠は?」
「いいか、人間てのアクションをされたらリアクションせざるおえない生き物だ。気づいてないとかなら別だけどな。
ああやってちょっかいかけられて鬱陶しいと思ったなら嫌悪や憤慨、嬉しいと思ったなら喜びに類する感情が出ちまうモンだ。でもおまえあの時なんにも思ってなかったろ。無視だとかじゃなく感情が働いてなかった」
話術と共に表情や声音、手足の小さな仕草から感情の機微を読み取るのが阿伊染亮の得意事でありアイゼンになっても変わらない十八番だ。
それでもこの少女からは何も感じ取れなかった。浮かべた薄ら笑いとは裏腹にその心は漣一つ無い凪のようだった。
「でもそれだけで斬るっていうのには繋がらないよね? この通り何も持ってないんだから」
両手を開かしながらくるくると体を見せるように回った少女。
「嘘おっしゃい」
少女の側面に回り、尻の下辺りを蹴りあげるとこつん、硬い物が靴に当たる感触があった。
「…………へえ、なんで気づいたの?」
「質問ばっかりかおまえ。重心の位置だよ、気持ち前のめりだった。それと俺が止めに入るちょっと前に背中の方に手ぇ伸ばそうとしたろ、それでなんかあるなと思った」
人間が腕に止まった蚊を見て、特に何を思うでもなく叩き潰そうと手を振り上げるように、感情の起伏なく武器を取ろうとしていたのだ。
それを聞いた少女は満足そうにふふんと鼻を鳴らして、腰から何かを引き抜いて打ち合わせる。
ガキン、と金属同士がぶつかる音がしたが彼女の手には何も握られていないように見える。
「おにいさんの言ってること全部正解だよ。確かに斬ろうとした、これでね。見えないだろうけどこれは《曖昧な牙》っていう遺物で透明な二本の剣なんだ」
斬ろうとした事をあっけらかんと悪びれる素振りなく言い切って、そんな事よりと見えない剣を見せる少女。
予想通り、なんだかアブナイ雰囲気を感じる。
「じゃあそういう事で……っておいコラ袖を引っ張るな」
「まあまあ、助けてくれたお礼に美味しい店紹介してあげるから一緒にご飯食べようよ」
さっさとその場を離れようとすると少女に文字通り引き止められた。
「いや俺が助けたのはおまえじゃなくて二人組の方だしいい加減に放せ、高いんだぞこの羽織り……!」
「おまえじゃなくてエイダだよエイダ・ファーマー。じゃあお礼とか関係なく一緒にご飯食べようよおにいさん……!」
「そーかいなら俺もおにいさんじゃなくてアイゼンさんだよ放せコラ。ヤバい奴認識してるつってンだろ飯なんて一人で食ってろ袖を引っ張るな!」
マントのように翻したこの羽織りは東の国から流れてきた一点物だというし、なによりカッコいいので異世界での学ランに代わる一張羅にする気でいる。
そんな事よりこんなサイコパスとは関わりたくない。
「いいじゃんアイゼンご飯食べようよお金無くてお腹減ってるんだよ!」
「呼び捨てかよしかも集る気かよ巫山戯んな!」
「おねがいだよーじゃないと町で見かけ次第後ろからグサリだよ!」
「脅すなそれが他人にモノを頼む態度か!」
び、と裂ける音がしたような気がした。気がしただけだ。
気のせい、そのはずだ。
「ねーおねがい! さばの味噌煮が美味しい店があるんだよ!」
「あ、ホント? さばの味噌煮出してくれンの? 行く行く、行っちゃう」
急に綱引きが中断されてエイダがよろける。
正直に言うと洋食は飽きた。
米が食いたいという願いはインディカ米チックなモノで誤魔化しているが──欲を言えばジャポニカ米が食べたい──和風独特な味の発酵食品は代えが利かない。
チーズも良い、バターも良い。けどヒトゲノムが大豆を求めるのだ。
「ホントに? 奢ってくれる?」
「おうおう、鯖味噌が食えるんなら金貨百枚だろうと払ってやらあ!」
そんな調子で先導するエイダの後をついていく。
これからのライフラインになりそうなので、教会の大鐘塔から見下ろした町並みにマッピングしながら辺りの景色を覚え込む。
「って、ウチの真裏じゃねーか!」
「ウチ? もしかしてアイゼン『くじらの髭』亭の人? あそこ潰れかけなんじゃなかったっけ?」
「そーよ。潰れかけを立て直し中の若旦那なの」
ふーん、と自分で話を振っておきながら特に興味もなさそうに店に入るエイダ。
「おじさーん! お客連れてきたよー!」
奥の厨房からすっかりと髪を白くした老年の店主が顔を見せる。
「おーエイダか、そりゃどうも。けど今日はツケで食わしてやれないからな」
「大丈夫だよ、今日は奢ってくれるもんねー!」
図々しいにも程があるが美少女の分類なので許す。
ざっと店を見回すが、お世辞にも綺麗とは言えない。
品書きは壁に木板が貼り付けてあり、テーブルの塗装は剥げている。
しかしこの方が趣があって好きだ。
「まあ好きに頼めばいいさ。……すんませんとりあえずさばの味噌煮一つと味噌汁ください。あと白米」
「あいよー。味噌汁の具はどうしたい?」
「あーら選べる親切設計愛してる。大根でお願いします!」
「じゃあわたしもおんなじのー!」
厨房に消えた店主に期待をしながらテーブルに置かれた瓶を開けるとお新香が入っていた。
どれ一つと小皿に取って一口。
「あ、うまっ!」
ピリリと効いた辛味とポリポリと歯応えのある食感。そして噛むほどに塩っからさが口腔に広がる。
文句の付けようのないお吸い物だ。これは期待できる。
「それで、あんなところにいたって事は武闘会を見に来たの? それとも参加?」
「んぐ……参加だよ参加。おまえもだろ? 俺は緑ブロック」
急須から注いだ熱々の茶を啜る。食事が待ち遠しくて胃酸がこれでもかと分泌されているのを感じる。
「わたしはほら、黄色! それ美味しい? しょっぱすぎない?」
先の黄色く塗られた棒を出したエイダが漬物を一口かじると口をすぼめて茶を流し込む。
黄色、まだ試合を眺めているであろうウィネブと同じブロックだ。
「この塩っからさがいいんだよ。黄色なら俺の身内と戦うことになるな」
「へー、その人って強いの? あと爺臭い」
「うるせえよ。まあ強い分類だと思うぞ、そいつに勝ちたいならなるだけ戦わないことだな」
それを聞いたエイダが眼の色を変え肘をついて前傾姿勢になる。
「なんで? 勝つなら戦わないとでしょ?」
「堅実な戦い方するならな、でもおまえどっちかっつーと奇襲紛いな戦い方だろ。その不可視の剣で間合いを測らせないで畳み掛ける短期決戦型。
あいつ、ウィネブってんだけどそいつなら三合も打ち合や間合いに慣れちまうからな、初手の不意を突いた一撃で終わらすのが利口だな」
「それをわたしに言っちゃっていいの?」
「いいの。判明してる限りで優勝の障害になるのがあいつだけだし、決勝で戦おうみたいなこと言っておきながら予選敗退したらその事で一生イジれるからな」
なにより手の内がバレてるのがマズイ。
全てを見せたわけではないが、地力の高さで押し切られかねない。
この世界で使用者のいない転移魔法を願ったのは「ありえない方向から現れた意識外から攻撃」という技量の差を無為にできる一撃必殺を考えての事だ。
いくら二年を鍛練に費やしたといっても所詮は独り遊び。
実践を重ねてきた連中には到底及ばないだろう。
だから転移による奇襲が通用しないウィネブ相手には正攻法で挑むしか手はなく、そしてそうなると九分九厘勝ち目はない。
「ふーん。じゃあ代わりにわたしと戦おうね!」
「へいへいそーですな」
「はーいお待ち遠さま」
トレーに乗せて運ばれてきたさばの味噌煮定食を店主から受け取る。
ええ、ええ。待っていましたとも待ち遠しにしていましたとも。
いただきます。と合掌。箸を手にまずは白米を一口。
もちもちとした食感に噛むほどに溢れてくる甘味。
「うん。うん」
次に本題、さばの味噌煮に箸を入れる。
皮ごと切り離せて身もよくほぐれている。
まずは味噌の濃い味が舌に押し寄せ、身を噛むと鯖の旨味が液体となって味噌に殺されないスッキリとした味わいが舌を駆ける。
「…………ほぅ……」
そして最後に味噌汁を飲んで締め括る。
「ンマァァァァァイッッ!!」
「うわっ、びっくりした……」
完璧だ。文句の付けようもない。
もう箸が進む進む。
「運動前なのにそんな食べていいの?」
「ばっかオメー美味い料理は食える時に食う。これ鉄則。食わねえんなら寄越せ」
箸で鯖を奪おうとすると避けられる。
そういえば、試合はもう終わったのだろうか。




