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012

 人が、いた。

 それはもう大量に。社交パーティと錯覚するほどに混み合って、あちらこちらで談笑に花が咲いている。


「案の定、といったところだな」


 億劫そうにウィネブがため息を払う。まったく同じ気持ちだ。

 予想はしていたとはいえ、こうして目の当たりにすると辟易する。

 人類半分くらいになっちゃわないかな? なんて思うのも仕方なくなる。


「……奥に賞品の展示があるらしいから見に行こうぜ」

「この喧騒の中よくもまあ聞こえるものだな」


 参加者の罵声怒声嬌声が飛び交う中聞こ────嬌声? なんで?

 ひょいと声のした方向を覗くとやけにくねくねとした筋肉質の男がいた。

 …………。

 深くは突っ込むまい。

 それは兎も角、参加者の談義から聞こえた言葉を鵜呑みに人混みを掻き分け、部屋の奥へ奥へと進んでいく。


「これはこれはアイゼン様」

「あらま換金のお姉さんことエッギア嬢」


 彼女はエッギア。この都市を初めて訪れて金塊の換金を頼んだとき受付をしていた人物だ。

 その縁からかレングダル商会でアレコレするときは何かと彼女を窓口にすることが多い。


「武闘会のお手伝い?」

「ええ、賞品の解説をしています。ここにいるという事はアイゼン様も参加なされるのですね」

「おうとも。にしてもちょうどいい、これから賞品を見に行くとこだったから案内してくれないか?」


 よろこんで、と承諾してくれたエッギアの後ろをついていく。

 この混雑にも関わらず、すいすいと進んでいくのは流石といったところか。

 渋谷センター街でこの程度は慣れたものだと思っていたが、武具をぶら下げた連中はパーソナルスペースが広いので思うように避けられない。

 ウィネブに至っては先ほどから鎧がぶつかって人とすれ違う度に詫びを入れている。


「なにしてんだオメーは」

「仕方ないだろう、普段ここまでの人の輪に加わることはないんだ」


 根暗っ子じみた言い訳をするウィネブと共にエッギアの後ろ姿を見失いそうになりながらもどうにか人混みを抜ける。

 守衛が立っているからか、展示されている賞品の周りにはあまり人影がなかった。


「こちらが準優勝と優勝の賞品です」


 紹介された先にはショーケースが二つ並んでいて四方がロープで遮られている。

 大柄な守衛が二人立っていて、なんだか怪盗にでも盗まれそうな警備だ。

 ネームプレートに準優勝賞品と書かれたガラス張りのケースにはビー玉より少し大きいくらいの透き通った珠玉が展示されていた。

 水宝玉アクアマリン蒼玉サファイアの中間色。手に取ってみないとわからないが高額な宝石だろうか。


「こちらは《鏡の眼》という遺物アーティファクトです。これを透かして見た生き物が見ている景色を見ることができます」

「ほ、欲しい……!」


 つまり鳥なんかを調教して窓にでも立たせておけば着替え覗き放題じゃあないか!

 ────じゃなく。空間把握が重要となる転移魔法は見たことある場所でないと転移できない。

 しかしこれを使って鳥の視界を盗み見れば遠征に出るときに大幅なショートカットをできる。

 それに相手が何を注視しているかがわかるというのは戦いにおいてもかなり有意義な情報だ。

 が、惜しむらくは今目指さなければいけないのは優勝だということだ。


「おいウィネブ、俺あれ欲しいからなんとかワンツーフィニッシュするぞ。俺が優勝でおまえが準優勝だ」

「そうだな、私に勝てるという驕りを叩き潰すためにもおまえとは決勝で当たりたいな」


 ウィネブと取っ組み合っている間にもエッギアの解説は続く。

 地下迷宮ダンジョンの深奥で見つかった物だとか、詳細不明の宝石に魔力が込められたものだとか。


「で、優勝者にはあの箱でもくれンのかい?」


 優勝賞品のケースにはいつぞやの、こんな面倒事になった原因の黒い箱、《秘匿の箱》が置かれていた。


「いえ、その、優勝賞品は優勝者が出てからのお楽しみ、ということになってまして」


 そりゃそうだ。あの一見したらただ黒いだけの箱にいくらの値打ちがあるか知っているから確実に商会が手離すことはないというのは承知だ。

 だがわからない。

 武闘会の優勝賞品を秘密にしておきたいという気持ちはわかる。わかるがいくら主催とはいえたかが武闘会の賞品を揃えるためだけに金貨三億枚相当の遺物を担ぎ出すのは尋常ではないだろう。

 いったい何が秘められているというのだろうか。


「んー…………お金あげるからおにいさんに中身教えてくンない? ちょろっと、名前だけでいいから、先っぽだけだから」

「ふふふ、受け取れません。私共も中身は知らされていませんので」

「ありゃま。じゃあソ、ソル……ソィ…………これを運んできた奴を問い詰めるしかないか」

「ソイルさんなら西国との貿易に出されていますから、しばらくは帰ってきませんよ」


 ふふふ、とまたもや微笑むエッギア嬢。

 徹底してるなあ。しかしまあ箝口令を敷くより確実な情報統制だ。


「えーただいまを持ちましてレングダル商会主催武闘会の参加を締め切らせていただきます。赤ブロックに出場の選手は速やかに会場への移動をお願いします!」


 男性職員の大声の誘導に従って赤い棒を持った面々が雁首揃えて移動しはじめる。


「さーて俺らも行くか」

「何故だ、おまえは緑ブロックだろう」

「バッカオメー敵情視察に決まってンだろ。情報を征す者が戦いを征すってのは常識だろ田舎者。つーわけでまたなエッギア嬢」


 軽い足取りで会場席へ向かう途中振り返るとエッギアは微笑みながら手を振ってくれた。


「ああいう目を引くほど美人てわけではないけどゆったりとした余裕のある眼鏡の似合う女の子と付き合いてえんだよなぁ」

「おい、おまえは女将が好きなんだろう」

「あァン? 知らんのか、男はいくつも愛を持ってンだぞ」

「そういうのを不貞の輩と呼ぶんだ。今この場で切り落としてやろうか」

「ンー聞こえなかったなぁ何を切り落とすってあァン? 上等だコラ俺のご立派様で股ぐらブチ抜いてやるぞコラァ!」


 剣の柄に手をかけたウィネブに応えるようにベルトの金具に手をかけていると、会場方面から銅鑼の音と野太い咆哮が聞こえた。


「おまえと遊んでる場合じゃねえやさっさと行くぞ!」


 くるりと踵を返して先を急ぐ。

 通路を抜けて観客席に躍り出ると試合はもう始まっていた。

 階段を駆け上って全体を見下ろせる席に座る。まだ予選ということもあってか客足はまばらだった。

 キン、キンと金属を打ち合う音があちらこちらからする。

 予選は勝者が二人残るまでの乱戦ロワイアル

 中央四方の舞台から出たら場外リングアウトとして失格。気絶、戦意喪失するなどして戦闘が行えない状態になっても失格。

 袋叩きに遭うリスクを犯して中央で戦うか、突き飛ばされて場外に落ちる可能性を背負いながら端で戦うか。位置取りが重要となる。


「え、つーかみんな武器自前なの? 危なくない?」

「即死さえしなければ問題はない」


 息を切らしたウィネブがどさりと隣に座る。鎧が重いなら脱げばいいのに。


「あそこに老人がいるのが見えるか?」


 ウィネブが指差す方向に目を凝らすと確かに相当高齢だと思われる老人が座っていた。


「あの方は大規模な治癒魔法を習得している事で有名な西国の賢者だ。たとえ致命傷でもすぐさま治せる、大方この武闘会のために商会が呼び寄せたのだろう」

「ふーん」


 治せるから刃物振り回してもイイヨ、なんて野蛮なのもどうかと思うがまあそれならそれで転移させる武具に制限をかけずに済むのでいい。

 それよりなにより、あの治癒魔法を使えるという賢者。顎はおろか人中からも白い髭をもっさりと生やしてホッホッホとか笑いそうな如何にも魔法使いっぽい。

 やっとこさ剣と魔法の異世界に来たんだなぁと思う。ちんちくりんなロリではなくああいうのが神様であるべきだよな。それか古代ギリシャめいた格好をした月桂冠の似合う金髪美女でこそ女神というものだ。

 と、自分をこの世界へ送り込んだ存在に思いを馳せていると、


 ────ドス。剣戟で折れた切っ先が飛んできて、脳天に突き刺さった。


「アパァァァァァッッ‼ なにさらしてくれとんじゃァァァァァァ! 天罰か天罰なのかあのクソアマァ!」

「落ち着け、おまえなら転移魔法でここから救護班の元へ一瞬で行けるだろう!」


 頭に生えた突起を引き抜いて床に叩きつけるアイゼンをウィネブがなだめる。

 間欠泉の様に吹き出した血が辺りを染める。


「そ、その通りだ。なんだったらあの爺さんに…………あ、だめだ。視界が霞む。これ死ぬな。女将にごめんて言っといてくれサヨナラ」


「アイゼンさん⁉」


 ばたりと倒れたアイゼンに、どこからか出て来たドリスが同じくらいの背丈をした少年らを連れて駆け寄る。


「…………あれ? 痛みが引いてくぞ? ドリス治癒魔法なんて使えたの?」

「は、はい。アイゼンさんの役に立ちたくて、教会のシスターに教えて貰ったんです」


 ドリスがぼう、と淡い光に包まれるとアイゼンから吹き出していた血が止まり、みるみる傷口が塞がっていく。


「あのほんわかシスターそんなこともできたのか。あてててて…………ちょっとわんぱく坊主共、十円ハゲになってないか見て。ハゲてない? そう? ならよかった」

「事態が飲み込めないんだが……教会とはどういうことだ?」


 屈んでドリスの連れてきた少年らに頭頂部を見てもらっていると一人置いてけぼりなウィネブがこめかみを押さえる。


「なーに。地上げ屋に立ち退きを迫られてた貧乏な孤児院兼業の教会に寄付してやっただけのことよ」

「おまえそんな事もしてたのか…………一応訊いておくが寄付の代償に肉体関係を迫ったりしてないだろうな」

「流石の俺も敬虔なシスターに手ぇ出すほど罰当たりじゃねえわ」


 ドリスたちに近くへ座るよう促して自身も席を移る。

 あの血だらけの席はもう誰も近づかないだろう。

 それからしばらく、試合の経過を観察していた。


「あの斧使いはサクラ(・・・)だな」

「サクラ、ですか?」

「そ、運営から金を貰って動いてるヤツをサクラって言うの。たしかアイツはよく商会に足を運んでたし装備が前に見た時より質の良い物になってるから間違いない」


 予想はしていたがこの分だとあの斧使い以外にも、各ブロックに最低一人はいそうだ。

 特に贔屓するわけでもなくただ質の良い武具を与えただけなので不正とも指摘できずタチが悪い。


「よくわかるものだな」

「俺が何のためにここ最近商会に足を運んでたと思ってやがる」

「冷やかしだろう?」

「ちがわい」


 品揃えが豊富で様々な種類の物品が入ってくるので金に物を言わせてコレクトしに行っていたのだがもちろんそれだけが理由ではなく、サクラになりそうな人物に目星を付けていたのだ。


「あーダメだ、血が足ンねえ。ちょっくら鉄分補給してくるわ」

「試合はどうするんだ、情報収集は重要なんじゃないのか」

「いいよ、この程度なら警戒することもねえや。おまえの試合までには戻ってきてやるよ〜」


 ふらふらと蛇行して消えたアイゼンが気になるものの、堅実に勝利を勝ち取りたいと思うウィネブは仕方なくその場で試合の観察を続けた。

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