011
「そういうわけです」
「なんでそれを当日に言うんだ!」
件のやり取りがあってから数日、武闘会当日を迎えていた。
用件を言わずにそれとなくウィネブを連れ出して、武闘会の開催されるブルンスムンニ南西部に来ていた。
「いやだって、上手くやり込められたって知られたら情けないし……でも万が一を考えて可能性は少しでも上げておきたくなって…………
ただ俺がやりたいだけってんなら一人でケリ付けるけど、宿の将来かかってるなら失敗はできねえなって…………」
呆れた様子のウィネブがかぶりを振ってため息を吐く。
日頃、唯我独尊な振る舞いをしているからこそこういう対応されるのが堪える。
「まったく……最近皆が寝静まってから鍛練していたのはそういうわけか。なんでもっと素直になれんのだおまえは」
「待って、なんで鍛練してたの知ってんの? おいコラどこ行くだ待てコラ」
密かな努力がバレていたのを問い詰めようとしているとウィネブが歩き出す。
「出場するんだろう? 受付を済まさずにどうする」
「おまえ…………ステキ抱いてっ! なんか偉そうにしてるけど特になにもしないボンクラとか思ってごめんねっ!」
「ええい、抱きつくな気色悪い!」
ウィネブと戯れながら受け付けに向かうと人だかりができていた。
次第にその場から去る人影があるのをみたところ控え室でもあるのだろう。
既に辟易するような人数がいるのにそれでもまだ氷山の一角と考えると帰って寝たい気分になる。
暫く列に並んで、ようやく受付のお姉さんとご対面。
「おはようございます、レングダル商会主催の武闘会にご参加ですね?」
「おうともさ!」
「それでは此方をご記入ください」
差し出された記入用紙を受け取って、一通り目を通す。
記入要項は氏名、性別、職業、出身地、得意とする武器。すぐに書けるような内容だった…………のだが。
「字が書けないんだった……」
ファンタジーなフィルターにより文字は読めるのだが肝心の筆記ができない。
象形文字のような形のモノが並んでいるのを翻訳したように脳が「あなたの世界で言うこの言葉」と親切に変換してくれてしまうために一文字を抜き出して見よう見まねで書くということもできない。
そもそもこの世界の言葉が日本のように単体で意味を持つのかアルファベットよろしくいくつかが合わさって言葉になるのかもわからない。
「これは失礼しました、それでは私が代筆いたしますので口頭で項目を順にお答えください。お連れ様は大丈夫ですか?」
「ああ、私は問題ない」
ウィネブはテーブル上の羽ペンを取ると筆を走らせる。
文字が書けなくても不思議ではないらしい。
文化水準も高くないようだし識字率も低いのだろう。
元の世界での中世に値すると考えれば納得だ。
「名はアイゼン、性別は見ての通り美男子。それで職業は…………職業?」
はて、と改めて自分の立場を考えてみる。
「俺の職業ってなに?」
「いや知りませんけど」
そもそもこの〝職業〟というのはどういう意味なのか。
単純に生業としている仕事を指すのか、それとも戦士だとか魔法使いだとかの役職の事なのか。
仮に役職の事だとして、そうなるとこのアイゼンは何になるのか。
戦士職は前面に出てド突き合う鎧なんかで防御をガチガチに固めた所謂タンクだろう、基本的に転移からの奇襲を基本戦術とするアイゼンには適合しない。
かといって魔法職とも言えない。魔法なんてこの転移魔法くらいしか使えないのだから。
戦闘スタイル的には盗賊職が近しいが器用なだけでこれといった技能もない。
では何になるのか。
「ええっと職業は…………遊び人?」
「却下です」
「じゃあ主夫」
「真面目に答えてください」
怒られてしまった。ちゃんと真面目に考えた末の答えだというのに。
遊び人は腐り職と見せかけて賢者になれる重要職なんだぞう。
それでは仕事という意味での職業はなんだろう。
宿の主人は女将、従業員というわけでもない。居候のようなものだ。
………………。
「あれ、俺…………無職?」
「ぼ、冒険者! 冒険者ですよね!」
「それって職業? 収入安定しないのに? 俺ってやっぱり無職なんじゃ…………」
「い、いいえ冒険者も立派な職業ですよ! 冒険者と記入させていただきますね‼」
なんだか慰められるように職業が決まってしまった。
愛染は職業学生だったが学校どころか義務教育すら存在しないこの世界では学生という身分も通用しないか。
異世界無職、異世界に来てまで無職か。なんだか落ち込んでくるな。
「ご出身地は!」
「……東の島国かな…………」
「東の国ですか!」
沈んだ気分で答えると受付のお姉さんが興味津々に目を輝かせる。
ああ、そういえば海の向こうの東国は存在自体が半信半疑なんだっけ。
「ではやはり武器は槍や剣ですか?」
「え、うーん……得意な武器ねえ。特にないかな、なんでもそこそこ使えるし」
意を決めて二年、なんでもかんでも詰め込んだが武術で一番得意なものはこれだと言い切れるものはない。
いかなる状況、敵に相対しても不利に陥らないようにと長所を伸ばすのではなくひたすら短所を無くすようにしたのだ。
「へえ、お強いんですね! もしかしてスライムを討伐なさったというアイゼン様ですか?」
「え、まあ、そうですけど……なんで知ってるんですか?」
「知ってますよー! スライムは本来火炎魔法を五人ほどで唱えてようやっと倒せるような相手なのに一瞬で蒸発させたって助けて貰った同僚が武勇伝みたいに言いふらしてましたから!」
「同僚………ああ、ソイレント!」
「ソイルです」
そんな名前だったか。
しかしまあ、どれだけ讃えられようと相手はスライムである。
きっと世間的には随分な強敵という認知なのだろうが、それでもスライムである。
派生に定評のあるスライムである。派生系を全て倒すと〝スライム・キラー〟とか銅プレートの称号が手に入ることの多いスライムである。
それを讃えられても絶妙に嬉しくない。
「それではアイゼン様、こちらからお一つどうぞ」
差し出された棒の詰まった箸立てから一本引く。
棒の先は緑色に塗られていた。
「なにこれ」
「こちら予選ブロックの抽選です。アイゼン様は四つの内の緑ブロックですね」
簡単に説明された内容を要約すると各予選ブロックで勝ち残った二人を選出し、計八人でのトーナメントが本戦となるらしい。
「つまり運良くペアで同じブロックになったら協力して勝つってのもアリなわけだ」
「ええと、可能ではありますけど本戦で始めに当たるのは同じブロックで勝ち残った二人になりますから、オススメはしません」
そうなると仮にウィネブも緑ブロックに来て、予選をなあなあにしても本戦ではガチンコバトルをする羽目になるわけだ。
チラリ、横で筆を走らせるウィネブを見る。
この騎士サマは清濁合わせ飲むということができるのに正義、不正というものに対しては遺憾を示して拒絶する面倒なお方だ。
まず間違いなく棄権だ八百長だのはしてくれない。真っ向勝負になる。
そうなった場合、ウィネブと一対一で戦った場合。勝率は────未明だ。
ウィネブの戦う様をよく観察した事は未だにないが傾向は断定できる。
オーソドックスな、剣と盾で防いで斬る。
しかも盾代わりに大きな籠手を使っているからいざとなれば両手でしっかり握った力強い一振りもできる、先手も後手もこなせる万能型。
場数慣れによる間の把握が根幹を成しているのでこればかりは真似ができない。
さらには紋章術による遠距離での対応策も持っている。
最大手である転移による奇襲も転移魔法の存在を知っているウィネブにはどこまで効果があるか。
なにより恐ろしいのが〝慣れ〟だ。
コイツは適応力が恐ろしく高い。万が一にも初手の奇襲が躱された暁には、完全に適応されてその時点で勝ち目が消えるだろう。
「……お姉さん、お金あげるからコイツとブロック離しては「もらえません」……ですよね」
こればっかりは天に祈る他ない。
ウィネブとの一騎討ちはかなりいい経験になるだろうが今はそんな場合ではない。少しでも勝率を上げておきたいから呼んだのにその結果裏目に出てしまっては元も子もない。
「つか、いつまで書いてんだおまえは」
いつまで経っても書き終えないウィネブの記入用紙を覗き込むと一つの欄、性別欄だけが空白だった。
「なーにを迷ってンだ、オラ」
「お、おい!」
ウィネブから用紙を引ったくったアイゼンが性別の二択の一つに乱雑な丸をして受付嬢に渡した。
「先に控え室行ってるから早く来いよー?」
「ちょっと待て、おい! ……ああクソ!」
受付嬢の差し出した箸立てから一本を抜き取ってウィネブがのっそりと歩くアイゼンの後を追う。
「おい待て! おまえいつから、いつから…………気づいていた?」
「気づいていたってなにが? おまえがよく俺に黙って周辺の迷宮に行ってること? それともおまえが夜中に誰も起きてないのを見計らって大浴場に行ってること?」
「どれもこれも違う! そうではなく、その、私が…………私が〝女〟だという、事だ……」
受付嬢に渡されたウィネブの用紙。
その性別欄に丸が付けられていたのは女性の方だった。
「あァン? そんなンおまえと出会った日の時点でなんとなく気づいとったわい」
「そんなに早くからか⁉ 何故、何故わかったんだ」
詰め寄るウィネブを器用に躱しながらアイゼンが得意気に嘲笑う。
「言ったろ、女と不祥事には鼻が利くって。あの鎧を解いた瞬間にした女の子特有のスメルで即刻わかったね。
逆に隠し通せてるとでも思ってたのか? 言ったろ野郎にアクセサリーなんて贈らねえって」
「匂い、だと? そんな、そんな変態的な理由でか……?」
今の今までで隠せていると思っていたウィネブがガックリと肩を落とす。
そういえば以前、縄で縛り上げた時に「男同士だぞ!」なんて言っていたしよほど自信があったのだろう。
「そもそもなんで女だって隠してたんだ?」
「…………女の一人旅だと知れるといろいろ面倒なんだ……」
身元のハッキリしない妙齢の女が一人ぷらぷらしているとなるとさぞトラブルがあることだろう。
無法者の代名詞みたいな冒険者連中にえっちな事されたりえっちな目に遭わされたりえっちな事されたり大変だろう。
「あー、なんとなく把握した。でも俺と一緒になったならそれも必要ないだろ?」
「おまえのような色情魔に私が女だと知られた日には夜営でうかうか寝ていられないからな」
「いつまでそのネタ引きずるんだよいい加減にやめてくんない?」
あれ以来とくに断れないのを知っていながら肉体関係を迫るような取引なんてしていない。
娼館には通っているが。
「ならおまえはなぜ毎朝毎朝全裸で女将の部屋の前で寝てるんだ!」
「ああそれね、毎日夜這いしに行くんだけど女将が容赦なく部屋の外まで蹴り飛ばすからね? でも無理矢理には行為に及びたく、及び、およ────少なくとも女将相手にそんな乱暴は働きたくないからね? 女将にいーれーてーって部屋の襖叩いてんだけどそのうち眠くなって寝ちゃうんだよね」
「よくもまあ臆面なく色情魔を否定できたものだな、試合が始まる前に今この場で決着を付けてやろうか」
「じゃれるなじゃれるな、それよりおまえのは何色なんだよ」
掴みかかろうとするウィネブの手をするりと抜けて片手に握られていた棒の先を見る。
「黄色っつーことはブロックが被る最悪の事態は避けられたわけだ」
「ああ、残念ながらな」
「そうツンケンするなよ。一応は宿のためなんだからよーう」
ふん、と鼻を鳴らすウィネブをあやしながら控え室の扉を開いた。




