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「と、いうわけでそちらさんの不始末で光蓄晶が手に入らなかったわけですが……どう落とし前つけてくれるんですかね?」
客間のソファーにどっしりともたれ掛かる。
今回こちらに落ち度はないどころか揺する材料にすらできるので威風堂々と構えていられる。
しかし期待とは裏腹に机を挟んだ対面で顎を撫でるレングダル商会取締役様はさほど困った様子もない。
「そちらさんの小間使いが言うには今回助けた褒美がギルド設立に必要な光蓄晶をチャラってことだったけど?」
投げ掛けるような視線を受け取ったライアードは一切悪びれる様子もなくキッパリと言い放った。
「はい、率直に申し上げますと承諾いたしかねます」
そりゃそうだ、と鼻で笑う。
所詮はその場でした口約束。それも小間使いの言ったことだ。
たとえライアード直属の部下だったとしても末端に決まりごとを曲げられるほどの権限がないのはわかりきっていたことだ。微塵の落胆もない。
そう、ここからが交渉の本番だ。
「ならどう補填してくれるんだ? 再び光蓄晶を取りに行こうにも道が塞がって自生している階層には行けない。開通させるにしたってそこそこの日数がかかるだろう?」
「そうですね。現場を見ないとなんとも言えませんがソイルさん、アイゼン様に助けていただいた者の話を聞く限りでは何日もかかることでしょう」
そう言ったライアードは優雅に湯気の立ったカップを傾けた。
流石は大陸全土に根を張るレングダル商会のお偉いさんと言ったところか。
口振りから交渉に持ち込まれていると気づいているだろうにまったく動じない。
ああ、面倒だから商人との駆け引きなんてこれきりにしてもらいたいものだ。
「そんでギルド設立の認可を得るために指定するブツも他の物を見繕わなくちゃあならない、しかしそれも上層部で話し合って決めるだろうからこれまた日数がいるわけだ」
「組織というものに対しての理解が深いようで我々も助かります」
笑った、笑いましたよコイツ。
こっちは顔色を窺いながらお腹キリキリさせてるってのに余裕綽々だよ。
「だが俺はこの場で答えが聞きたい」
「…………」
今まで流れていた朝凪のような静けさが途端にひりつく。
相手が商人としてのスイッチを入れたのが肌で感じられる。
さながら屈強な戦士のような威圧感。
武人は得物を持って戦うが、商人は言葉を矛に、盾に、笑顔の水面下で相手を出し抜き陥れ戦うのだ。
「それは────つまりアイゼン様にだけ特別な条件を設けろと、そう仰っていると見なしてよいのですね?」
ライアードが背筋を伸ばし、本当の意味でこちらを視た。
じくじくと首もとを嫌な緊張感がねぶる。
「ああそうだ。なにも以降ずっと上客として扱えってんじゃあないんだ。一時の借りは一時の礼で返してほしい、そう言ってるだけだ」
「それはまた了承いたしかねますね。個人差あれど、比類なき悪人であろうが畏れ多い善人であろうが客として平等にというのが我々商人共通の掟でございます。それはたとえ相手が西国の王であろうと曲がりません」
頑として例外はない。ライアードは言いきった。
どうだか。と、したっぱ相手なら嘲笑の一つでもしただろうが流石に今はできない。
だがしかし、怖じ気付いたというわけではない。
今のやりとりで確信した。
ライアードは未だこのアイゼンを有象無象の冒険者と侮っている、と。
なら活路はある。王を屠る道化になり得る。
「────違う、違うなライアード」
ピクリ。ライアードの眉が跳ねた。
「俺はギルド設立についてゴネに来たんじゃあない。レングダル商会の商人を護衛した報酬を受け取りに来たんだ」
商人、商会とは信頼商売だ。故にトラブルが大事に発展することは避けなければいけない。
端役が不正を働いたのであれば蜥蜴の尻尾切りで事は済むが、役職が上位になればなるほど不義理を働けない。
そう、だからここにいる。一刻も早く宿に帰って女将とねんごろしたい気持ちをぐっと抑えて直談判しに来たのだ。
あのまましたっぱを介したやり取りをしていては「私の力ではどうにもなりませんでした申し訳ないです」と小金を渡されてハイ終わり、だ。
人間は何かを介したやり取りでは強気に出れても──よっぽどの剛毅でないかぎりは──対面では強く出れないという心理がある。
相手は機械でないのだから、討論で上手に回ってしまえばいくらか融通が利くだろう。
そんな希望的観測に一縷の望みを託したわけだが、なんとかなりそうだ。
正直なところ、舌先三寸で傾国させる商人なんて人種と舌戦なぞ危なっかしくてしたくはなかったが、こちらとて手八丁口八丁でカミサマを出し抜いたのだ、今さら金の亡者程度には負けてたまるか。
「近場とはいえ、危険が付きまとう地下迷宮に雇った冒険者ではなく手の内の者を向かわせたということはおおっぴらにはしたくない事があったのだろう?」
ライアードは何も言わない。黙っているということは間違ってはいないはずだ。
どこまで知っているか様子見、といったところか。
「スライムってのは聞いた話じゃあ強い生命力を持った生物の血液と不浄な魔力、そして水分によって発生するそうじゃあないか。
しかしあの迷宮には虫一匹もいなかった。いたとされるリザードマンはそれほど強い生命力を宿していない。その情報に加え護衛したヤツ──ソ、ソイ、ソイヤだっけか?──の証言では地下へと潜った他の仲間は全員死んだという。なら深奥にはいたんだろうな、とてつもない生命力を宿したナニカが」
王手を掛ける気持ちで言葉を切ったがそれでもライアードは口を閉ざしている。
無言の肯定というやつだ。
レングダル商会が登竜門の地下迷宮に危険な生物が住み着いているのを黙認している、そう弾劾する気でいる。
────と、思うだろう。ここで言葉を終わらせたのなら。
「まあ、なにがいるのかなんてどうでもいい。現状俺には関係のないことだ」
「…………!」
期待通りの反応を見せるライアードに内心でほくそ笑む。
「ソ、ソィ……ソルティ、だったかな? が俺らと出会した直後にスライムが湧いて出てきた。つまりは俺らが道塞がったのを見てこりゃ残念帰りましょうってな具合にさっさと帰っちまえばソイソースは荷物共々液状生物の仲間入りしてたってわけだ」
「……ええ、その点については上司として感謝しております。そして彼の名前はソイルです」
「そうかい、まあそのソイッシュはどうでもいいんだ。たかが従業員の命を拾ったくらいで報酬の直談判になんて来ないさ、めんどくせぇ。
本題はそのソリマチの荷物だ。あの黒い箱、ありゃ遺物の一種だろう? 揺すってみても中身の手応えが無かったし、そもそもどう開けるのか検討もつかなかった。それに加え魔法が効かないときた。
相当な価値があるんじゃあないか?」
これだ。これが勝機有りとみた理由だ。
どういうわけか転移魔法の対象にできなかったあの漆黒の四方形。
魔法魔術紋章術、そういった特殊技能が然程珍しくもないこの世界でそれらを受け付けない物体というのはかなり有用なハズだ。
ならばそれ相応の価値があるに違いない。
「…………見事な慧眼でございます。あれは《秘匿の匣》という遺物でして、決まった手順を踏まないと開閉できず中に収納されてしまえばたとえ崖から落としたとしても中身に害はないという代物でございます。
仰る通り遺物の中でもかなりの価値が付けられていて…………そうですね、額面にしたらヴェスター金貨三億枚といったところでしょうか」
「さっ…………ごほん」
うっかりと出てしまった驚嘆の声を誤魔化すように咳払いを一つ。
正直、想像以上の額だった。
以前貰った商会の資産の十二分の一からさらに引いた額からあれこれと逆算してレングダル商会はどれくらいの資産を保有しているのかと綿密に算出したのだが、今のやりとりでそれもパアになってしまった。
なるほど有形固定資産。
金融機関が存在していないこの世界では製造される貨幣の量も限られているだろうし、より多く溜め込むには価値にブレが出るのを承知で物品にするしかないのか。
「その三億を無事に戻ってこさせた事と、そんなけったいな価値の物を担ぎ出してまで秘密裏に運んできたかったその中身、それも運んできたかった事を鑑みてくれよ。
ああそれと、この内容、『レングダル商会が地下迷宮の奥にわざわざ冒険者ではなく手の内の者だけで死者を出しつつも何かを運び出してきた』てのも口外しない。中身についても口にしない、これを約束しよう」
「…………中身を知っておいでで?」
今までで一番鋭い眼光を向けられた。
「いやいや、ただの推測だよ。俺の持っている情報を無理矢理に線で繋いだモンタージュでよければ聞かせるが?」
暫くの沈黙のあと、フッとライアードが含みなく笑った。
「遠慮させていただきます。もし言い当てられてしまっては絶対の守秘がウリの《秘匿の匣》の価値が暴落してしまいますので」
「それは残念、この灰色の脳細胞が出番を期待してたんだけどな。と、与太は程々にして、報酬の方は検討してもらえたかな? もちろん踏み倒したっていいんだ。所詮は正式な書類もないその場でした突発的な口約束だからな。
しかしまあ、したっぱがした事とはいえレングダル商会の名を出してまでの依頼だ、一顧客としては不誠実な所は見たくないな」
────さて、できるだけ攻めるような弁論をしたがどうなることやら。
ライアードはにこりと余裕の姿勢を崩さないまま口を開いた。
「…………話は変わりますが近々に開催される私共レングダル商会主催の武闘会の存在はご存知ですか?」
「いや、初めて聞いたな」
「それは丁度いい。この武闘会で優勝する、それがギルド設立の条件。と、いうのを今回の報酬とさせていただきます」
ライアードは笑顔を絶やさずそう言った。
…………なんだって?
「ヘイヘイヘイ、冗談キッツイぜシャチョサン。ここは大陸の中央都市だろ? ンな所で全土に根を張るアンタらがそんなもん開いたらネームバリュー目当てに各国から腕自慢が来ちまうだろ? その中で優勝だァ? そこまで驕っちゃいねえよ!」
もはやネコを被っていられなかった。
手っ取り早く楽な条件をを飲ませるために来たというのに、それどころか最も過酷な条件を提示されてしまっている。
この世界に来て数週間、やっと生きていく事に慣れたばかり。荒事をこなせるまで体は馴染んでいない。
今まででの戦闘は奇襲や火力での一網打尽と短期決戦でボロが出る前に終わらせていたのだ。
そうやって徐々に徐々に、行動を共にしていたウィネブにすら悟られないようひっそりと暴力に慣らしていたのにいきなり武闘会だなんて、無茶だ。
「ご謙遜を。通常複数の冒険者で徒党を組んで討伐するスライムを単身で退治するほどの実力をお持ちなのですから、むしろ各国の猛者を相手にするくらいが試練として丁度いいでしょう?」
…………クソ、始めから相手にされていなかったというわけだ。
要求を突っぱねられるのが最善で、それがだめなら武闘会での優勝という無理難題。
運んでいた物の価値に気づかれたのが唯一の想定外、そんなところだろうか。
「そのスライムを単騎で倒せる実力を示したんだからギルドも設立も問題ないんじゃあ……」
「魔物を倒せる強さと迷宮攻略できる器用さは別物、聡明なアイゼン様なら通暁の事かと思いますが?」
一蹴されてしまった。
その言い分はごもっとも。いや『聡明なアイゼン様』の部分じゃなくて。
そう、サッカーに例えてしまえばただ戦闘に強いというのは強烈なシュートができるというのと変わらない。
誰一人と欠けることなく迷宮を攻略してゴールの前までボールを運ばないことには個人に実力があろうと意味がないのだ。
「…………わかった、それで納得しよう。一応訊いておくが優勝するのは俺じゃなくてもギルドメンバーでもいいんだな?」
「もちろんでございます。奮ってご参加ください」
席を立ち上がって客間を出る。
予感通り、面倒な事になってしまった。




