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009

 暗く淀んだ空気。一つだけの入り口から蟻の巣状に地下へ拡がった道は風の流れが停滞していて、下へ下へと降りるほど酸素濃度は低くなる。


 ―———人の手が入り最低限の整備を施された道ではあれど、魔が跋扈ばっこするのに変わりなく。

 火が灯ることの許されぬ坑道は永久とこしえの闇。

 死が小招くその領域では、臆病も蛮勇も赦されない。

 蝙蝠の羽ばたきに狂乱して待つのは死。

 顧みずに突き進み待つのは死。

 常に賢者でなければならない。肉は熱く臓は冷たく。

 羽ばたきで剣を抜き、忍び寄るあぎとこうべを砕かれることなく斬り臥せる。

 できぬなら此処に立つ資格無しと絶えるのみ。

 心得よ、地下迷宮ラビリンスの深奥へたどり着きたいのならば。


「っていう意味深な碑文を拝見して奥に来てみればなァーーーーーーーーーーーーーんにもいねえ。どうなってんのよ奥さァん!」


 壁に下半身を埋めながらアイゼンが咆哮すると幽暗な洞穴の彼方まで反響する。

「たまには静かにできないのかおまえは」

 片手で耳を防いだウィネブが壁に刺さったアイゼンを殴る。

「痛ーす! おまえ鎧着込んでんだから手加減しろやこの暴漢ヤロあーやめろその光近づけんな近い近い近い視力がイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」

 ウィネブが宙に浮かんでいた青白い光を放つ玉を手に取りアイゼンの顔面に押しつける。

 悲鳴を上げたアイゼンが壁の穴からぼとりと落ちる。さながら啄木鳥きつつきにほじくり出された虫のようだ。

「我々の目的を考えると魔物がいないのは好都合だろう」

「あー……コンチクショーだっけ?」

「〝光蓄晶こうちくしょう〟だ。登竜門たるこの地下迷宮の深部で採れる光蓄晶の採取が目的だ」

 商業都市ブルンスムンニは抱える富と民さえ国家に匹敵するが国ではない。

 国になってはいけない(・・・・・・・・・・)

 どこまでも中立な立場にある関所として機能していなければいけないので為政者は存在しない。が、この都市の成り立ちを辿れば行き着くレングダル商会という存在。

 あらゆる国家と円滑な貿易をするために各国が領土を主張しあう前に平地であった中央地を開拓し、村へ、そして町へと瞬く間に育てあげた。

 故に、レングダル商会の主こそ商業都市ブルンスムンニの王、とも言える。

 ギルドとは鶴の一声で結成できるものではなく、国家の軍部、あるいは政治的組織に申請し、受理されて初めてギルドとして認可される。

 しかし諸手を上げて承認していればいいというものでもなく、無駄な死者を出さないためにもある程度の難易度を持った試験を科せる。

 その機関がブルンスムンニではレングダル商会に当たったというだけだ。

「そんで、その光蓄晶とかいうのを俺は見たことないんだけどどんなんよ?」

 ウィネブが少し考えるように折り曲げた人差し指を噛む。

「……水晶に似ていて透き通った薄紅色をしている。花が咲くように自生していて光を内包する性質を持つ。それを利用して照明器具の素材として重宝されている」

「ほー、光を内包ね、そりゃ便利だ。んでまあまあ色んな所いったけどそれらしい物を見たことがないのは何故?」

「…………光蓄晶自体希少な上に照明器具に使えるほどの大きさとなるとさらに総数は少なくなる、そのうえ光蓄晶は脆く加工には相応の技術が必要になる」

「オーケィ理解した、高価で上流層にしか出回ってないってことね」


 商業都市でさえも、もしくはだからこそ、貧富の差が大きい。

 国家に属する場所に住んでいれば、民草の幸せを考え、政策が組まれるかもしれないが無所属領域であるブルンスムンニには無法、とまではいかないものの住人を助けるような決まり事はない。

 その代わりと言ってはなんだが、商いの町らしく時価の変動が激しい。普段は兎の肉を啄むような生活をしていても取り扱う品の需要が高まれば牛を丸々買えるようになりもする。

 いい例として、薪は寒さ極まる頃になると金に等しい価値を持つようになる。

「箔を付けるためにもうちの宿にも導入するかね……って、そンじゃあおまえが浮かべてるそれはなんなんだ、魔法も魔術も覚えてねえって言ってたろ?」

 ウィネブと出会ってブルンスムンニへと向かう旅路で談笑の中そんな話を聞いた。

 なんでも才能が無くていっぱしになるには相当の鍛練が必要になってしまうとか。

 こちとら「こういう魔法が使いたい!」「実装しました」のテンポで覚えてしまったし、物と場所を思い浮かべてケツに力を入れるだけで行使できてしまうので魔力の放出がどのようなものかもわからない。

 さらに言えば転移魔法を使ってもひたすらに体力が持っていかれるだけでMPめいたものが消費されている感覚がないので魔力というのがどんなものなのかもイマイチわからない。

 これでは魔法マジックというより技巧スキルだ。

「ああ、これは紋章術ヘラルドリーだ。人体の魔力であるプラーナではなく自然界の魔力であるマナを操作してエーテル光で照らしているんだ」

「はいはいはーい質問質問、プラーナだとかマナだとか専門用語使われてもチトモワカリマセーン! 自慰を覚えたてのガキにでもわかるように説明シテクダサーイ!」

「…………すまんな、正直私も説明できるほどの理解はないんだ。ただこの籠手のように大気中のマナを乱せる物で紋章を空に描くとマナが特別な整列をして魔法に似た現象を起こせるんだ」

 そう言ってウィネブが大きな黒い籠手をした左手で空に紋章を描くと、小さな光の粒子が集まって傍らに浮かんでいる光球と同じものが出来上がる。


「はえー便利。俺にも教えてくれよ」

「悪用できそうにないものならな」

「いつまで俺は悪人扱いなの?」

「いつまでもだ。おまえが今後いくら善行をしようと犯した悪事は消えることはない」

「尤もらしい良い台詞なんだけど俺じゃくてもっとシリアスな場面で他の悪人に言ってくんない? 何度も言うけどあれ取引だし結果としては単なる夫婦の営みだから」

 もう幾度となく繰り返したやり取りをしながら下へ、下へと地下迷宮を踏破していく。

 が、一向に生物の息吹き一つ感じられない。


「…………ここだったと思うか?」

 ふと足を止めたウィネブが振り返らずに呟いた。

「たぶんな。俺らがブルンスムンニに来るときに出くわした移動中のリザードマンの群れだろ?」

 ウィネブが頷く。

「ここかもしれない、ってのは思うが理由がわからん。

 前も言ったとおり俺らが遭遇したのは群れの一部だろうから群れの全貌はあの何十倍とかのはずだ。ともすれば集団行動を行う生物、それも肉食が住処を変えなければならなかった理由とはなんぞや」

「上位な魔物、にしても入り口は私たちの入ってきた洞穴しかない。

 しかしそこをくぐれる大きさとなると、」

「迎撃するよな。どっしり構えた自分等の本拠地なんだから、飛んで火に入る夏の虫ってところだ」

 ううむと頭を捻りながら歩いているとアイゼンがふと立ち止まる。

「どうした?」

「ん、揺れてンなと思ってな」

 ウィネブが壁に手をついてしゃがむ。

「…………本当だ、こんな小さな揺れによく気がついたな」

「浮かれポンチの股並みに弛い地盤の島国にいたからな、慣れてるけど敏感なのよ。

 っつー自分語りはどうでもよくて、どうするよ。地下にいる時の地震は笑えねえぞ?」

 まだ目的とする階層には辿り着いていないが崩落されてはたまらない。

 転移で瞬時に脱出することはできるが、転移魔法は空間を認識することが重要なファクターなので視界にブレが生じるほどの揺れだと上手く移動できない。

 無理矢理に転移できないこともないが体のどこかしらが削り取られるのは割りに合わない。

「…………そうだな、このまま進もう」

「あーらいいの、天井落ちてきたら俺さっさと離脱しちゃうよ?」

「この位の深さなら耐えられる、問題ない」

「そら頼もしい事で」

 軽口を流して先に進む。

 先程のが予震だとしたなら、本震が来る前にさっさと目当ての物を入手して離脱しておきたいところだ。

 と、思ったそばから足元が揺れる。

「っ、さっきより強いな」

「いんやこれは地震つーか────構えろ騎士サマ、来るぞ……!」

 アイゼンが前方を見据えて構えたのに遅れてウィネブが腰の剣を抜く。

 眼前で大口を開いた闇の彼方から、揺れと共に轟音が近づいてくる。

 ぼう、と火色が揺らめきながら迫る。

 ウィル・オ・ウィスプ、悪霊の類いかとウィネブが浮かぶ光球を下がらせて空に紋章を描く。


「──────ひぃ────」


 不意に聞こえた悲鳴にアイゼンを見るとそちらにも聞こえたようで肩を竦める。

 撃退用に構築していた光芒の紋章を消して新たに光球と同じ紋章に一筆足したものを描いて指で弾く。

 淡い光の靄が辺りを照らしながら直線上に伸びる。

「ひぃぃぃぃぃーーーーーーっっ!」

 黒い四方形を抱えた中年太りした男が必死の形相で駆けてくる。

 男が駆け抜けた後から礫の壁が降り落ちる。なるほど崩落されれば必死にもなる。

「彼をここまで転送できないか?」

「ハァン騎士サマともあろう御方が他力本願ですかァ? けど残念、あそこまで激しく動かれりゃ狙いが定めらんねえから無理だ。見た感じあれが俺らの所まで走ってこれりゃ助かるが」

 そうか、と苦い顔をしたウィネブは男に向かって声援を送る。酔狂なやつだ。

 こちらに気づいた男の赤い顔に希望の色が差すとスパートをかけたようでスピードが増す。

「ヒィ、ヒィ、ひぃぃぃぃぃッッ!」

 男がもう限界と二人の元へとダイブした。

「はーいお疲れ、そんなに必死にデイダラボッチの首でも盗ってきたのか?」

 アイゼンが男の背負っていた鞄にぶら下がったランプを転送すると三人の目前でピタリと崩落が止んだ。

「これは、どういうことだ?」

「さーてね、詳しいことは知らねえが自然的な崩落じゃねえのは確かだわな」

 自然現象の崩落が起こったとすると下から順に潰れていくのではなく、入り口から一筆で繋がっている空洞が一気に地上から押し付けられたようにぺしゃんこになる、と高説を垂れて男がまともに喋れるまで回復するのを待つ。

「た、助かった…………」

「ヨカッタネ。で、何があったのか教えてくれませんかねシャチョサン」

「いや、それは……その…………」

 視線を外して首を撫でる男。なにか誤魔化したい、言いたくないようなことがあるようだ。

 ははん、本当にデイダラボッチの首でも盗んできたのか?

「いや、言いたくないならいい。個人の事情を詮索する気はない」

「はーこれだからお堅く止まった騎士サマは。あのねえ、見てたでしょコイツを狙うように崩落が起きてたの。下手すりゃ俺らも巻き込まれんの、異常事態と大事は好きですけどね、余計な面倒事に首を突っ込みたいわけじゃあないんですよ。俺が好きなのはハプニングじゃなくてイベントなの、ハヤシライスじゃなくてカレーなの、おわかりになりまして?」

「わからん。こうして会話を交わした相手が野垂れ死ぬのは目覚めが悪いだろう」

「悪くありません~~! 前日にぼったくられようが腕がへし折れようが寝て起きたら感情値なんてリセットされますぅ~~! 俺の白雪姫より清々しい目覚めはこんなハゲかけの小籠包みてえな小太り中年の命じゃどうこうできません~~!

 つーか当初の目的忘れてんじゃねえぞボンクラ、コイツがなんかしたせいで道塞がったんだぞ光蓄晶どうすんだよ!」

「それは…………」

 ウィネブがバツの悪そうな顔をして黙ってしまった。

 この返しを予想していなかったということは本当に光蓄晶の事を忘れていた可能性もある。

 突然目の前で起きたことにもかかわらず真摯になれるのは長所になり得るがそれまでの事が視界からフェードアウトするのは直してくれないと短所に早変わりだ。

 本人がいるにもかかわらず臆面なく不評を言っているせいか当の男は顔色を窺うように縮まっている。

 そんな状態で、男はびくびくとしながら声を上げた。

「光蓄晶を求めてということはお二人さんはギルドを建ち上げようと?」

「そーでございますよ、誰かさんのお蔭でパアになりそうですがねアァン?」

 アイゼンが男に食って掛かろうとするとウィネブがアイゼンを小突く。

 まるで漫才のようだ。

「その、わたくしレングダル商会の、ライアードの小間使いでして。私の方から事情を説明して認可してもらうよう手配いたしましょうか……?」

「おうおう本当だなハゲコラ。認可されなかったら体重値分のまち針植毛するからなコラ」

「脅すなというのに。つまりはギルド認可を報酬としたブルンスムンニまでの護衛の依頼という事でよろしいかな?」

「え、や、はい! どうかよろしくお願いいたします!」

 上手いこと話をまとめたウィネブに男が頭を下げる。


「おいアイゼン、これで観念────どうした?」

 仕事にしてしまえばアイゼンも諦めて納得するだろうと投げ掛けたが返事がないのでウィネブが振り返る。

 アイゼンは崩落した道を訝しげに睨んでいた。

「いやなんか水がね? 水っつーか液体っぽいのがね?」

 ウィネブが光球を操り、瓦礫のそばを照らすと確かに粉々になった岩の隙間から液体が流れ出ている。

 たしかここら一帯に水脈は無かったはずだが、とウィネブが思考を巡らしている最中も水溜りは広がり続ける。

 一定まで広がると液体は拡張を止め、面積を縦へと伸ばす。


「こ、れ、は…………」


 葉に零れ落ちた朝露のように形を変えるそれ。液状の生物、スライム。ファンタジー、ときにはSFにも現れるモンスターの代名詞と言ってもいい魔物。

 ロールプレイングに順ずるゲームなどではもっぱら戦闘慣れするための雑魚として親しまれている存在。

「おースライム! 想像してたより透明度高いな」

「アイゼン、三つ数える。ゼロで一目散に逃げるぞ」

 メジャー極まる存在に会えた事に少なからず感動しているとウィネブが熊にでも遭遇してしまったかのように視線を逸らさずにゆっくりと後退りする。

 その後ろでは男が青い顔をして荷物を背負い、真っ黒な箱を大事そうに抱えていた。

「なにビビッてんだ、ぶち付いてないからって心配しすぎだろ。赤くもないし十匹集まんねえかぎりははがねのつるぎでどうにかなる相手だぞ?」

「いいから逃げるんだ! 説明なら後でしてやるから、数えるぞ。三、二、一――――」

 やれやれといった様子で肩を竦めるアイゼン。


「――――ゼロっ!」


 一斉に背を向けて出口へと駆け出す。振り返ると少し遅れてスライムが後を追ってきた。

「ヘイ、シリ! スライムについて教えて!」

「だれが尻だ! ……臓器も核も存在しないから魔法で対抗しないと退治できない厄介なヤツで、体内に侵入して中身を喰らい尽くそうしてくるとだけ覚えておけ!」

「こえーよなんだそれ⁉ 魔界化した東京にもいねえぞそんなおっかないスライム!」

 ジョギング程度の気持ちで走っていたアイゼンが背筋を伸ばして腕を振って走る。

「つーかよく全力疾走しながら解説できるなおまえ、息ツラいだろ」

「わかっているなら言わせるな! おまえの転移魔法でどうにかならないのか!」

 息を切らして走るウィネブが呪文を唱え、ガチャガチャと重そうな音を立てていた鎧を光へと変える。

「あーそれね、俺もそう思ったんだけどね、その黒い箱がね、何故だか転送できんのよ。ハゲ置いてっていいなら今すぐにでも帰れるぞ」

 必死に箱を抱えて走る男の顔が赤くなったり青くなったり。

 懇願するような目でアイゼンとウィネブを交互に見る。

「ならこのまま出口まで走る。どのみちスライムを放置しては帰れん」

「さいですか」


 ダンジョン中腹の上り坂を駆け上がる。

 進んできた速度と今の速度を考えるとまだ十分ほどはこのまま走ることになる。

 元々手ぶらなアイゼン、鎧を脱いだウィネブと共に呼吸も一定を保っていて余裕が見られた。

 が、その後ろをついて走る男は何が入っているのか大きなリュックサックを背負い、さらには両手で黒い箱を抱えている。

 そのうえアイゼンたちと遭遇するまでも走っていたので、風前の灯すらも消せないほど浅い呼吸になっていた。


「あ、あ、あ!」


 出口までもう少しのところで後方から聞こえた何かを訴えかけるような奇妙な声に振り返ると男が足をばたつかせていた。

 追いついたスライムに捕まってリュックサックごと持ち上げられていたのだ。

「だー、クソ!」

 足を止めたアイゼンが袖から短剣を取り出して、リュックサックの肩紐を切って男を救出する。

 情けない悲鳴をあげながら箱を後生大事に抱え直して走り出した。

 スライムは一旦動きを止めて切り離されたリュックサックを取り込むと瞬く間に消化してしまった。

「おいおいおいおいなんかデカくなってねえかコイツ⁉」

「スライムは液体を吸収して体を大きくするのできっと荷物の中の水筒が……」

 余計なことしかしないなコイツ。そう言ったところでどうしようもない。

 体積を増やしたスライムはその分スピードを上げる。このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。


 何度目かの上り坂を折り返すと彼方に地上の光が見えた。

 出口まで直線距離幾ばくか。

「地上に出るのはいいけど後ろのはどーすんだ!」

「あれがどこかの水源にでも紛れたら大惨事だ、ここで仕留めるしかない! それでなにか手はないか!」

「質問に質問で返すなバカヤロー!」

 口だけのつかえない騎士サマが萎縮するのをよそにスライムの退治方法を考える。

 五行相克で考えれば土剋水どこくすい、土属性が有効なのだが生憎と魔法は転移の一つきりしか使えない。

 ウィネブは魔法が使えずハゲには戦闘能力が期待できない。

 たとえこのダンジョンを崩壊させて埋めようとも流体相手には物理でどうこうしたところで無意味だろう。

 ああ、為す術がない。


 ────とはいかない。

 俺は知っている。どんなゲームでも水属性は火属性に有利なのを。

 しかし現実は必ずしも火が負けるわけではないということを。

 これもまた五行思想に倣うのなら火侮水かぶすい、燃え盛る炎は水を蒸発させることもできる。

 取り回しのいい高火力武器を要求しておいて本当によかったと改めて自分の計画性を褒め称える。

「ウィネブ! 俺ら以外に冒険者が迷宮内にいると思うか?」

「いや、ここはひたすらに一本道だ! 今まで遭遇しなかったのなら誰もいないはずだ!」

「じゃあハゲ! 奥には誰かいたか?」

「ひぃ……いましたが、み、みんな、死んじゃいました…………!」

「本当に奥でなにしてたんだテメーは!」

 とりあえずは現在爆走中のアホ三人が出てしまえばダンジョン内は無人になる。それが確認できただけでもよし。

「おまえら外に出たらすぐ横にハケろよ、そのまま突っ走ったら燻製になるからな」

「なにかスライムを倒す方法が思い浮かんだのか!」

「そうだよ不甲斐ない口だけの騎士サマに代わって俺がやってやるってんだよ!」

 先ほどから言われ放題なウィネブはぐっと耐えて任せたと肩を叩く。

 後ろからも消え入りそうな返事が聞こえた。


 そうこうしている内にダンジョンの出口は眼前に迫っていた。

 スライムも文字通り後ろ髪引く距離まで迫っていた。

「っしゃおまえら退いてろォ!」

 地上に飛び出してすぐさま振り返る。

 ウィネブが指示通りに左へ走る。その後ろを息を切らした男が追いかけて草に足をとられてもんどり打つのを尻目で確認しながら袖から火尖槍を取り出す。

 今まさに、スライムが喰らわんと飛びかかった瞬間だった。


「焼き尽くせ、火尖槍────ッ‼」

 赤い穂先から鉄すらも融かす火炎が迸る。

 じゅわ、とスライムを跡形もなく蒸発させて洞窟内を眩く照らしながら、壁に当たっては跳ね返り、炎は道なりにダンジョンを降っていく。

 疲労感がドッと圧し掛かる。ここまでの疾走に加え火尖槍の行使で体力が底を突こうとしていた。

「退避ー!」

 このままへたりこみたい気分だったがこの後の事を考え、気力を振り絞って横っ飛び。青々と繁った草原に伏せる。


 それから間もなくダンジョンの深奥を突いた爆風が入口から熱と共に吹き抜ける。

 距離が近すぎたのか暖炉にでも当たっているかのように顔が熱くなる。

「…………終わったのか?」

 伏せていたウィネブが顔を覗かせる。

「終わった、終わりましたよ。さっさと帰ろうぜ」

 草原に伏したままウィネブを小招く。

 やれやれとかぶりを振るウィネブが手を差し伸べる。

 その手を取って立ち上がりながらいつもなら転移魔法で帰れるのになとぼやく。

 なんだか、面倒事の予感がする。

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