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 お目覚めなさい────


 その言葉で目が覚めた。

 どこまでも続く白い空間。不可侵の領域。清廉なる大気。

 少年は心の底からの歓声を抑えて辺りを見回す。


「――おめでとう。あなたは選択の権利を得た」


 辺りに姿は見えないのに、どこからか声がする。慈愛に満ちた優しい女声。

 少年は震える唇で何を選ぶのかと聞き返す。


「次の生命を育む世界。同じ世界で六道輪廻を回すか、あるいは別の世界に旅立つか」


「その言葉を待っていた」

「えっ」

「ハッハー! 俺ぁ賭けに勝ったぞチクショーうれしいねぇ!」

(な、なにこの人……)


 大いなるそれは困惑していた。

 今まで転生先を選べることに喜ぶ人間はいたが小躍りしてモンキーダンスし始める人間はいなかった。

 と、いうよりもこの空間について驚きを見せないあたり、何かがおかしいヤツを呼んでしまった気がしてならない。


「あ、あのそれで転生先は──」

「まあ待て待て。訊きたいことが沢山あるんだ、そう焦るな」

「ああ、はい。ソウデスヨネ」

 何故私が諭されているのだろうと思いながらもぐっと堪えて質問を待つ。

「うーんと、まず一つ。なんで異世界に転生できるのか、俺が特別だからか?」

「いいえ、選択の機会は死した者全てに与えられています」

「そんなことしたらこの世界の人間いなくならないか?」

「それも否。なにも生まれる世界を選ばせているのはこの世界だけではありません。他の世界でも同じ事が行われています。

 この世界と違って争乱に満ちた世界から来た魂も現代に多く存在しています。

 一昔前に人口爆発があったでしょう。あれは異世界からの転入が多く、この世界の輪廻に留まる事を選んだ人数が多かったからです。現に今は産まれてくる数が少ないでしょう? 同じ世界に生きることを嫌がる人が増えたからです」

「フーン、上手いこと回ってんだなぁ世の中。いや、世の外か」


 なんだか予想とは違って俯瞰的な質問をされてしまった。

 普通はもっと「ここはどこ?」とか「あなたは誰?」「自分はどうなったの?」と主観的な疑問が投げ掛けられるものなのだが。

「次に、俺は今の姿で記憶を保持したま転生できるんだよな?」

「いいえ、貴方は記憶を失い別の人間として産まれてくるのです。常識的に考えてください」

「今なんつったテメー」

「失礼、言葉が過ぎました」


 あまりにも態度が悪く傲慢なのでついうっかりと口を滑らせてしまった。

 対人用に人間の人格を模倣したとはいえ、最低限のバリエーションしか機能させていないので失言なんて滅多にあることではないのに。


「責任者出せオイどこだアァン?」

「謝りますから暴れないでください」

「さっさと責任者出さないとここで奇声上げながら全裸で脱糞するからなヨーイドン」

「え、ちょっ、なっ、服を脱がないでくださ

「イクゾオオォォォォィィビャャャャァァァ!」

「わかりましたからっ!」


 まっさらな空間にどこからともなく転がり出てきた少女。

 絢爛豪華をまぶした服装、宝珠を透かしたかのように鮮やかに輝く髪。

 童子の姿でありながら果てしない空を宿した奥深い碧の瞳。

 その姿のどれを取っても尋常のものではないと物語っている。

「おうコラテメーが店長かコラこの不始末どうしてくれるんだコラ飴ちゃん食うかコラ」

「店長じゃないですし気安く頭を撫でないでください! 不敬の擬人化ですかあなた」

 犬でも撫でるかのように乱暴に髪を散らす手を払いのける。

「カミサマっぽいクセに擬人化とか俗な言葉使うんじゃねーよ淫乱ピンク。カミサマってんならもっとハゲでヒゲでハゲで神々しい爺さんとかであるべきだろ」

「誰が淫乱ですかっ! 普通なら見知らぬ空間で目が覚めたら混乱と恐怖で儘ならないものなんですぅ! だから心を開きやすいよう子供の姿の端末を作ったんですぅ。厳格な老人が出てきたら萎縮しちゃうものなんですぅ!」

 やはりおかしい。子供の姿をしているとはいえ端末インターフェース、つまりはロボットを遠隔操作しているのと同じだというのにどうしてかこの男の相手をしていると人間の感情というものが引き出される。

 模倣した人格に侵食されているとでも言うのだろうか。

 それともこの男が原因なのだろうか。

「心を開きやすいからとか、誘拐犯みたいな事言うな。つーともしかすると実は俺は死んでなくて俺のこと轢いた運転手一派に拉致監禁されてデンパな設定を押しつけられてる可能性があるわけだ」

「…………ご自身の死因、わかってらっしゃるんでしょう?」

 咳払いを一つして、神妙な顔つきで問う。

「赤信号無視してきた真っ黒の誘拐でもしそうなバンにぶつかられてぽーんと車行き交う大通りにキックオフされてそれが原因でクラッシュクラッシュのクラッシュが重なって最終的には爆発炎上だからー……爆死かな?」


 事実、彼はその通りに死んでいる。

 幸いと言っていいのか彼以外の死人はおらず、負傷者が多く出たくらい。

 それにしたって、自分の死について傍観的すぎる。

 普通はもっと悲壮や憤りを持つものだ。そういった者らが涙するのをこれでもかと見てきた。だというのに彼はまるで当然の事の様にけろりとしている。

「いやー、轢かれる時はトラックだと思ってたから油断した油断した」

 まるで電車を乗り間違えてしまったくらいの声音で笑う少年。

「何故あなたは自分の死についてそこまで寛容なのですか」

「だって人間いつしか死ぬだろう。それに異世界転生、最近はそれが流行りって言うじゃあないか。俺は常々この世界は肌に合わないと思ってたから目から鱗だったねぇ。

 だから俺は今生を捨てて次に備えた。体を鍛え使えそうな知識はなんでも取り込んだ」

 たしかに、彼の世間的評価はスポーツ万能成績優秀の文武両道を驕らず誰に対しても平等に接する人格者、とあるが、まさか来世に備えているから生きている内に何があろうとどうでもいい、なんて考えていたなどと夢にも思うまい。

「そこまでして、転生もなにもなく死んだらどうするつもりだったんですか!」

「ヘンなこと言うな、死んだらそこまでだろう。なら後悔もなにも発生しないだろ、死んでるんだから」


「きょ、狂人……」

「オメーも大概失礼だな。まあいいや、話戻すけど今の状態維持して異世界行っちゃいかんのか?」

「いかんに決まってるでしょうおたんこなす」

「いよいよ悪態隠さなくなってきたなテメー。いいじゃねえか虫一匹も殺した事ないんだぞ、そのぐらいの特典付けろよ」

「え、ちょ、ちょっと待ってください…………」

 少しの間少女の瞳から光が消えたかと思うとおぞましいものを見る目に変わる。

「うわっ、本当に虫一匹殺してないですねキモチワルっ」

「今初めて殺生してやろうかコノヤロウ」


 少女の姿をしたそれは腕を組み、唸り声を上げながら悩む。

 想定外も想定外。こんな人間、創造以来予想していない。

 人を殺さない動物を殺さない。彼の生きた現代ならばそういう人間も多く存在する。

 しかし植物や虫なんかも含めるとなるとそうはいかない。小さいもの、動かないものとなると人間の意識は向かなくなる。

 視界を飛び回って鬱陶しいので叩き潰す。足下に気づかずうっかり踏みつける。気色悪いから殺す。そんな風だ。そういう風に設計した。

 虫なんかは放っておくと増えすぎてこの世界の魂の積載限界を圧迫してしまう。

 だから生物としてのカーストも最下位いにした。人間から嫌われるようにもした。

 それでもこの男は不殺を貫いたらしい。人間としてどこかに大きな欠陥があるのではないだろうか。

「…………特例中の特例ですよ……」

「いよーし、話のわかるやつでよかった、飴ちゃんいるか? 持ってねえケド」

「いーりーまーせーん! 言っておきますけどあなたみたいな目の据わった人を勇者なんて立場では送りませんからね!」

「あー、本編に介入して主人公たちと冒険するアナザーストーリー系ね、よっぽどメアリースーしなければ嫌いじゃないよそういうの。そんじゃあこのために考えた三百と二十のチートをだな……」

「図々しくありません⁉ 煩悩トリプルスコアじゃないですか!」

「いいじゃねえかチートなんざ一個も百個も誤差だろ誤差」

「そんなわけないでしょう一個で我慢してくださいすかぽんたん!」

「まーケチ臭いカミサマだこと。んじゃ一個でいいよ、その代わりに俺が指定するアイテム四つ用意してくれ。あ、嘘、やっぱ五個」

「うー…………そのくらいなら、まあ、いいでしょう。それで何が欲しいんですか?」

 少年がニヤリと笑った。

 ハッとする。初っぱなから無茶苦茶な要求を吹っ掛けられたせいで譲歩された気がしていたがとんでもない。

 そもそも彼になにか与えるという話題すら挙がっていないのにいつの間にか何を与えるか論争の壇上に上がってしまっていた。

 記憶と身体を保持したまま異世界へ送るだけでも破格なのにさらに特典を付けさせられてしまった。


「ハッハー! まさかカミサマに二言はねぇよなァ? よーしそうだな、それならまず────」

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