説明書は熟読したいタイプ
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さて、歩くこと数分程で宿屋の前に付く。
慣れた様子で宿を取ったヤハウェの後を俺は黙ってついていくのみだ。
「こっちだ」
「ああ、所であの宿屋の主人の俺を見る目がゴミみたいなんだが」
「ふむ、まあ男女で一部屋しか取らず、しかも相手が幼い少女ともなれば仕方ないな」
「ノーモアロリコン」
「何、この身体は所詮はゲームグラフィック。実物の私はナイスバディのお姉様だから気にしなくていい」
「はいはいそうなんだ、すごいね」
おっと、冷たい目線を浴びせながら丁寧に扉を開けて中に招かれるとトラップを警戒しちまうぜ。
俺は部屋の中に足を踏み入れる。
普通だった。こう、ザ・宿屋ルーム、と言う程普通だ。
そこでガチャリと音を立てて鍵を閉じるヤハウェ。
「Q:どうして鍵を閉めるんですか」
「A:逃げられなくするため」
「いや! やっぱりこの熟れた身体が目的だったのね!」
「へへ、そのつもりで部屋まで来たんだろう? 今更野暮な事言うなよ……」
「あーやっぱ女の声だと違和感あるんでボイチェン切ってもらっていいっすか?」
「その首いらぬと見える」
「まあ別にそういうプレイを否定する気はないんで、んじゃ、密談とやらを初めますか」
そう言って俺はベットに腰掛ける。
すぐ横にヤハウェは座る。
「……」
離れる。
近づく距離。
目と目が合う距離。
「離れろよホモかよ」
「私はバスト120超えのグラマスな女だと言っているだろう」
「デカ過ぎ盛りすぎだろ。やはり貧乳が至高」
「馬鹿が。あの膨らんだ胸は全てを包み込む癒しに満ちた慈母の証だと何故気づかぬか。貧乳はただの板だ」
「は? でかけりゃいいってもんじゃないんですけど。巨乳? ただの脂肪」
「それを言ったら戦争だろうが……っ!」
「そもそもこんな話をするのは男しか居ない。Q.E.D」
「どこの誰がそんな事決めたか言ってみるが良い」
そんな有益な議論を数十分ぐらい話してしまった。
閑話休題。
「決着はまたの機会にして、とりあえず先にこのゲームの話をしよう」
「む、仕方ないな」
一度会話を切り、話し始めるヤハウェ。
「まず、目的から話そう。君にアカウントを取ってもらったのは、WBWにて優勝をしたいからだ」
「WBWってなんじゃい」
「ワールドブレイクウォー、の略称だ。細かい事は後で話すが、一年に一度、このABゲームで行われる大会だ」
「ああ、大規模戦ね。あるいはオリンピック。そこで優勝したいと」
「それで合っている。では何故君を誘ったかと言う話になるが、この大会は4人のチームで戦う、チーム戦なんだ。だから私一人ではどうにも出来ない。故に君を誘ったわけだ」
「え? でもそれはおかしくないか? どうしても勝ちたいならもっと強いやつを誘うべきだろ。初心者からじゃなく、いわゆる古参の連中をさ」
「もっともだ。が、幾つかの理由があってそれは難しい」
まあ、そりゃ理由はあるだろうな。
簡単に思いつく程度の問題に対して回答がなけりゃむしろ困ってしまう。。
「まず、古参の連中が強いとは限らない事」
「どういうことだ。昔からやっている人間は、まあライトなプレイヤーはいるだろうがそこそこ強さがあったり、ガチ勢なら一定数は居るだろう」
ガチ勢とは人生のためのゲームがゲームのための人生、になってしまった人だ。通称廃人とも呼ぶ。
「このゲームはWBWの後、初期化されるからだ」
「しょ、初期化?」
「レベル、装備、ステータス、アイテム、スキルから全てリセット。0に戻る」
「えぇ……それはゲームとしてどうなのよ。クソゲーでは?」
レベル上げの意味もない。一年に一度という事は、一年しか遊べないみたいなもんだ。
どれだけ頑張ってレベルを上げても、幸運に恵まれたレアアイテムを手に入れても全てパーだ。
賽の河原を思い出すような所業をするゲームは間違いなく廃れると思うのだが。
「そう思うだろうが、まあその理由は後に置いておこう。重要なのは、初期化される事で全員のスタートラインが揃うという事だ。つまり過去の、一年前からやっている強さや装備で勝つ、ということが出来ない。だから古参が強いとは限らないわけだ」
「なるほどね。だが初期化されたとしてもゲームに慣れているって点では有利だろう?」
「君が言いたいのはつまり、0になったとしても効率のいい狩場やドロップを知っているから有利、と言う事だろう? 実はこのゲームは初期化の際にアップデートや修正が入る。だから効率のいい狩場が急に悪くなったり、同じようにドロップが変わったりもする。勿論変わらない事もあるから有利という点は否定できないが大きく有利と言われれば首をかしげる程度しかない」
「このゲームはファンを殺したいのか?」
以前からのプレイヤーを排除してやろうという黒い意思すら感じる程の徹底的な初期化に苦笑するしかない。
「だが一番の理由は、初期化の際にこのゲームの最大の特徴も変わる点だ」
「ほう、最大の特徴」
もったいぶる言い方に興味を惹かれる。
それを分かって、一息入れてから話し出す。
ここだけの話だが……と、前置きを入れるあたり確信してやっている。
「それは、各プレイヤー毎にユニークスキルが設定されている、と言う事だ」
「ユニーク、って事はプレイヤー一人一人、全員に違うスキルが設定されてるってことか?」
「そうだ。今まで聞いた限りでは似たようなスキルはあっても同じスキルは存在しない、まさしく唯一だ」
「はーそりゃ凄え。何人プレイヤーがいるかわからないが、本当にそれぞれにユニークスキルがあるならとんでもないな」
そんな事を言いながらも、俺はあまり本気で信じていなかった。
と、いうのも定番売り文句だからだ。
例えば、良くある文面としては『君だけのパーティを作ろう!』や『君だけの組み合わせを見つけよう!』と言った物は数多く存在する。
が、実際の所はどうかと言えば大概が色やキャラクターが違うだけで大同小異か、組み合わせはあっても実際は強さ等の問題で決まった構成しかほぼ使われないか、まあまさしく自分だけ、と言うのは存在しない。
と言うより、存在できないと言った方が良いだろうか。
単純に効果が違うものをプレイヤーの数だけ本当に揃えたら労力も掛かるし、何より一番大きいのは不満だろう。
俺は弱いのになんでアイツは強いんだ、不公平だ! と言った苦情が鳴り止まないだろう。
本当に分けてしまうと、ゲームとして成り立たないのである。
「で、実際はどうなんだ?」
ということで、現実を聞いてみることにする。
「信じられないのも分かるが、ことこのゲームに関しては偽りない『特別な才能』だ。だからはっきり言おう。各プレイヤー毎に個別に、誰とも重複しないスキルが存在する。それがユニークスキルだ。そして、そのユニークスキルには”格差”が存在する。全部似たような能力だったり、弱くても使い所があったりそう言うものは一切考慮されない」
「ここの運営はゲームを運営する気があるの?」
攻略情報禁止。アカウント紹介制。一年ごとにリセット。開始時点から格差。
並ぶと本当に凄いな。開始初日で炎上してそうだ。
「ならリセマラ……ああ、なるほどね」
リセマラ、と言うのはリセットマラソンの略だ。
何度も初期登録をやり直して、良い物が手に入るまで繰り返し続ける苦行である。
それと同じように、このゲームも新規登録からアカウント削除を繰り返す事で、良いユニークスキルが手に入るアカウントが手に入るのでは、と思ったが。
「そう、それを防ぐためのアカウント紹介制という訳だ。ちなみに、アカウント紹介には条件があるから紹介したアカウントで更に紹介、というはすぐには難しいぞ」
「対策取ってんなあ。っと、話を戻すと、つまり古参メンバーでもそのユニークスキルが強いとは限らない、だから必ずしも組む必要があるわけではないって事だな」
「うむ。その通りだ」
「ふーん。まあ色々言ったけど俺は別にWBWを目指すことは構わないぜ」
目標があると言うのもわりとモチベーションに関わるのだ。
が、そんな快い返事にも難しい顔をしたままだ。
「快諾したのにそんな顔をされると複雑な気分なんだが」
「いや、すまない。その返事はとても嬉しいが話を最後まで聞いてからにして欲しくてな」
「これ以上何かあるのか?」
「ある。とても大きな壁がな。ちなみにこれも必ずしも古参と組めるとは限らない理由の一つだが」
そう前置きして放った言葉は、なるほど、凶悪な程に大きな壁だった。
「WBW。その大会に参加するためには参加費30万が必要になる。勿論、日本円でだ」
……はは、やっぱりここの運営はファンに親でも殺されたんじゃねえかな。
「参加費で、30万? しかも現実のお金で?」
「そうだ。希望を潰して行くとその後キャッシュバックなんてものも無いし、参加賞でアイテムや装備なんてものもない。初期化されるしな。つまり優勝しなければ単純に30万ドブに捨てる事となる」
「いやー……えぇー……」
流石に、それはキツイ。
社会人として給料をもらってはいるが、俺の薄給では一ヶ月分でも足りない程に高い。
ゲームは好きだが、だからといって大金を払ってまでやりたいかと言われると答えはノーだ。
「と、ここまでデメリットを話したが、当然これを聞いてやります、とは言えないな?」
「当然だな」
「勿論、これだけなら私もWBWに参加する訳がない。他の参加者もな」
「勿論」
「そもそもこんなクソゲーをやりたくない。そうだな?」
「そうです」
そこまでお膳立てされれば、何を言いたいかは分かる。
「つまり、そのデメリットを負っても優勝したい理由があるわけだ」
「その通りだ。では、メリットについて話そう。何、簡単な話だ。一言で終わる」
そうして、僅かな合間の後、ヤハウェが発した言葉。
「───優勝賞金4億。それがメリットだ」
……。
…………。
よんおく?
「それはげーむないのおかねで?」
「いいえ、りあるまねーです」
「にほんえんで?」
「はい。げんじつのつうかです」
……よんおく?
「四億うううううううう!!??」
「うむ。その反応が見たかった」
満足するように頷くヤハウェ。
思わず飛び上がった俺はその冷静さに少しばかりイラっとしたが、それ以上に興奮が収まらない。
「つまり、このゲーム。ABゲームでのそのWBWに優勝すれば、億万長者?」
「ああ、言っておくが詐欺じゃない。実際に一年前の優勝者は確かに振り込まれていた様だ」
マジかよ。アメリカンドリームじゃねえか。ゲームだけど。日本だけど。
「一応言っておくと、4億は総額だ。先程も言ったが4人でチームを組むからな。一人あたりは一億だ」
「いや、それでも十分だろ」
「まあな。どうだ、やる気は出たか?」
「ああ、十分な程にな」
「それは重畳。さて、今までの事を天秤に乗せて君はどうする? おっと、フェアに言っておくと、別に通常プレイにはお金はかからないし、君が断ったとしても、まあ……悲しくはあるが諦めよう。だから強制はしない。何より、強制されてプレイされても、効率は良くないし何より楽しくないからな。後、私のステータスとかユニークスキルや、詳しいゲーム攻略の情報とか、そう言った君の判断材料を増やす事は今は答えられない。だから、君はこの情報だけで判断して欲しい」
先に釘を差される。
どこまでゲーム内容を知っているのか、優勝を狙えるだけのユニークスキルがあるのか、仲間は居るのか、と言ったいわゆるWBWに繋がる情報は答えてもらえないだろう。
それは、俺が信用できる、出来ないではない。
それだけ、このWBWで優勝するという、強い意思と警戒の証だ。だから俺はそれを避難することはない。
何故なら、俺に関してそのユニークスキルの話を一切聞いてこないからだ。
組む、組まないに関わらず、それがフェアだからだ。
「……さあ最後の回答の時間だ。君の答えを聞こう! さぁ、伸るか反るか?」
格好つけて指を突きつけて、そうポーズを決めながらキメ台詞を吐くヤハウェ。
正直言えば、少しばかり迷っていたのも事実だ。
だが、俺の最後の背中を押したのは
「ああ……俺は……」
ああ、くそ。
どうにも俺ってやつは、弱いんだよな。
そう言った、断られるのに怯える目に、さ。
……でもよく考えればそれってゲームグラフィックだよねと気付いたのはゲームをログアウトした後だった。