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モダン少年は夢を見る  作者: なまびーる
1/1

192×年、京橋区は銀座。西洋文化が流れ込み始めたこの時代、モダン都市の心臓銀座は面妖な灯りを灯し、存在を喧しくしていた。

そんな昼とも、夜ともつかない街を顔色の悪い青年が一人。

歳は16-18だろうか。背丈は大の大人と遜色ないが、顔にはまだ幼さが残っている。

その少年には似つかわしくない青年のような少年、名を薗田 宗一郎という。

宗一郎は苦虫を口いっぱいに頬張り噛みしめたような表情をしていた。

全く……嘆かわしい。

現代の日本人はどうかしている。

この様な視界を毒す街にいておかしくならないのか。

西洋の文化だかなんだか知らないが、こればっかりは性に合わん。

だいたいなんだ、あの女性たちの短すぎるスカートは、破廉恥極まりない。

男達も男達だ。だらしない格好、口調で何が楽しいのか。

全くもってわからない。

「……あら、オニィさん。一人? ウチで一杯やってかなぁい?」

艶やかな声が宗一郎に声をかけた。

どこぞのカフェーの客引きだろう。

女給が近寄ってくる。

「いや、結構。 生憎急ぎの用でね」

声を低めにして、足早に立ち去った。

恩師から頼まれた文を届けに行く用事がなければ、誰がこんな街に来るものか。

普段は歳上の相手をするときに敬意を欠かさずに払っていた宗一郎だが、この時ばかりは心の余裕がなかった。

それだけに性分に合わないのである。

大通りを離れ、地図を頼りに目的の家まで目指す。

ネオンサインに照らされた大通りとは対照的に、裏路地は影のように真っ暗だった。

吸い込まれそうな闇をいくばかりか進む。少し不気味だ。

こんな時、恩師の言葉を思い出す。

闇は友達だ。敵ではない。怖がる必要はない。

そうは言っても、餓鬼の頃はよく悪さをしては物置に閉じ込められ、暗闇に恐怖し泣いた。

……いや、今も餓鬼か。

そう自嘲し、笑う。

本当の大人ならば先程の大通り程度では動じない。

田舎者である事、自身の性分も抜きにして、単に未熟者である事を再確認する。

そんな時、闇夜の中で小さな悲鳴を聞いた。

なんだーー?

女性の悲鳴だった。まだ若い。

宗一郎は悲鳴のした方向に足を進める。

旅先の道で迷う事など気にしない。

丁字路を曲がるとそこにな

「……答えろ。 貴様の兄は何処にいる?」

二人組の男が少女を脅迫していた。

まごう事なき脅迫現場だった。

宗一郎は息をひそめ、観察する。

まさか、彼らは……

「し、知りません……本当にわからないんです……!」

「おい」

知らない、と言い続ける少女の話を遮り、隣の男が脅迫している男に声をかける。

男が頷いた。

「ああ」

男が少女に手をかけた。

「……ッ!」

嫌、離してください、少女は色々言っていたが、麻袋の中に入れられ、袋の口を縛られる。

(噂にはきいていたが、あれが……特高)

特高……特別高等警察の略称で、国家を護るため人々を監視し、畏怖される者達。

話を聞いているかぎり、あの少女の兄は、最近騒がせている社会主義活動でもしていたのだろう。

そして、少女がその活動に携わったかどうかは定かではないが……その少女は、完全なるとばっちりを受けたのだ。

「そこの御二方」

宗一郎は声をかけていた。

「なんだ?」

ハンチング帽をかぶった男……脅していた方だ……が宗一郎に反応した。

後ろではもう一人の男が暴れる麻袋を押さえつけている。

「不躾ながら、先程のやり取りを拝見させてもらいました。 先方は特別高等警察の方でございましょうか」

「ああ……そうだが」

「失礼ながら、そちらの少女は嘘は述べていない様子。まして、相手が天下の特高となれば、嘘をつくだけ自身の不利益となるのでは」

「この女子を擁護する気か」

「判断が早急かと」

ここで、宗一郎はビクッと身体を震わせた。

……男の視線が、自身を貫いた瞬間、凄まじい悪寒がやってきた。

ねっとりと舐め回す、獲物を見つけた野犬の目。

それは、悍ましい邪悪の視線だった。

思わず、腰に付けたホルスターに手をかけそうになった。

目の前の男を今すぐ殺したいと思った。

しかし

どん!

頭に、そんな音が響いた。

近くで爆弾が爆発したのかと思ったが、そうではない。

振り返ると、《三人目の》男がいた。てには棍棒。それで宗一郎を殴ったのだ。

意識が遠くなる。

「なっ……」

何を……

思考の一片も残らないまま、宗一郎の意識は闇に落ちた。





風の音が聞こえる。

川の穏やかな流れは今の心境を表しているかのようだ。

……そこは、故郷の里だった。

宗一郎はそこで、一心不乱に木刀を振るっている。

隣には背の高い老師……彼の剣の師が、彼を優しく見守っていた。

ぶん、ぶんと空を切る木刀は、寸分の狂いもなく同じ軌道を描いている。

宗一郎はこの素振りが一番好きな鍛錬であった。振るえば振るう程、自身の思考が研ぎ澄まされていくのが実感できた。

「……ハイそこまで。 お水を飲んできなさい宗一郎」

「はい、ありがとうございます」

師の言葉に一礼し、川に向かおうとする宗一郎。

……ここで気付いた。

自分は、こんなにも背は低くない。

師と背は一緒だった。だが、師はいました自分を見下ろしている。

何よりも、ずっと振っていた木刀だから分かる。今のそれはとても重い。

筋肉が落ちた……いや、まだできていない証拠だった。

そこは、夢の中だった。

「先生」

「なんでしょう」

「ここは夢の中ですか?」

宗一郎は尋ねる。宗一郎の知る師は、指導において決して手を抜かなかった。

事に質問において、答えられぬ事など一度たりともなかった。

「はい、そうですね。ここは夢の中ですよ」

やはり。

しかし、宗一郎は解せなかった。

何故……師はこんなにも悲しい顔をしているのかと。

そう疑問に思っていると、師は自分の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でた。

「宗一郎。一度しか言わないからよく聞きなさい」

はい、と返事をする。

「君は、長い、長い夢を見ていたんだ。とても長く、とても残酷な時間をね。今の君じゃ耐えられないかもしれない」

……

数瞬の沈黙。

「だけど、私はもう君を助けに行ってあげられない。君はこの先、一人で生きていく事になる。決して、決して騙されてはいけないよ。

よく見て、よく聞き、よく考え行動しなさい。君の助けになってくれる優しい人が、"その時"にもいるはずだ」

何のお話でしょうか。分かりません。

「時期に解るでしょう。 言葉よりもその方が早い。目を覚ましたら、近くにいる女性を頼りなさい。これが、私のーー」

ーー何なんですか、先生!


「ーー先生!」

がば、と起き上がった宗一郎。

そこには。

「……起きたかね、少年。 "現代にようこそ"」

医者のような女性が、自分を見ていた。

その部屋は、宗一郎が嗅いだ事のない、異臭が漂っていたーー


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