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王城で多くの人と出会ったこと

 そんなこんなで、私は「ティリスのすずらん」をベアトリクスとカチュアに任せ、レグルス王子と共に王城の門をくぐった。

 いやぁ、まさか端貴族の私が王家御用達の絢爛豪華な二階建て馬車に乗る日が来るとは。VIPだよVIP。大通りを通るときも、街中の皆さんがこっちをぽかんと見上げていたよ。


 ちなみにこの馬車には、王家の紋章が付いている。だから王族が乗っていることは分かるんだけど、加えてレグルス王子の紋章である、狼のエンブレムも付いていた。だから見る人が見れば、ここにはレグルス王子が乗ってるって分かるんだそうだ。王族はそれぞれ自分専用の馬車を持っているとか。すごいな。うちの男爵家は四人で一台なんですけど。


 馬車を降りて、レグルス王子に手を引かれて玄関ホールに入る。とんでもなく天井が高い。前世でライブに行ったとき、会場の天井がこれくらい高かった。日本ではよくある高さだけど、文明がそれほど発達していないこの世界では、これほどの高さの天井は滅多にない。あの天井画、どうやって描いたんだろう。


 今日の私は、レグルス王子から贈られたドレスを着ていた。ええ、言い間違いじゃありませんとも。第三王子からのプレゼントですとも。


「いくら君の事情があるとはいえ、私が君を王城に連れ込んだ形になる。だったら、それなりの身支度は私にさせてほしい」

 というのがレグルス王子の言い分だった。つまりは、黙って大人しく贈り物を受け取れ、ってことだ。


 ドレスは滑らかな絹製で、淡いブルーで統一されている。私の地味子っぷりを体現するかのようなありきたりな茶髪は、レグルス王子専属侍女たちの手で見事に結い上げられた。王城に入る前に別邸で仕度させられたんだけど、さすが本場の侍女。完成度が違う。

 今回は食品を扱うから、粉が落ちるような化粧と爪の手入れは遠慮させてもらった。前世で飲食店バイトしたときも、髪と化粧、爪に関しては細かく指示があった。異物混入を防ぐために、ゴテゴテ飾り付けちゃダメなんだ。

 そろそろ冬になろうかという時季だから、襟ぐりは浅めで。十六歳という年齢にしては露出の少ないドレスだけど、私にはこれくらいがいい。レグルス王子が選んだそうだけど、その趣味には拍手を送りたい。


 私はレグルス王子に連れられ、指定の部屋に向かった。これから国王一家と私、そしてメルティによる食事会が開かれる会場だ。


「……何度も言っていますが、困ったときには私を頼ってください」


 部屋の前のドアで待たされている間、レグルス王子が囁く。


「私はあなたの名誉と心を傷つけさせたりはしません」

「……あ、ありがとうございます」

 レグルス王子の言葉はすごくありがたいし、勇気が出てくる。


 出てくるけど……。


 茶色のさらさらヘアに、優しい緑の目。軍服をさらりと着こなす姿に、甘くてとろけそうな微笑みの美貌。


 これ、なんてイベントですかー! モブだった第三王子に耳元で優しく囁かれるなんて、なんていうイベントなんですかーっ!


 これが画面越しの出来事ならスクショ撮りまくるんだろうけど、あいにくここは私にとっての現実世界。耳元で囁く王子様は本物で、その熱い吐息が首筋を擽ってくる……。


「……お待たせしました、レグルス殿下、ティリス嬢。ご案内いたします」

 空気読め、侍従!


 レグルス王子は甘い笑みをスッと消し、私の肩を抱き寄せる。事前に聞いていたけど、やっぱりドキッとする。肩を抱かれるなんて、酒を飲んだお兄様に「おい、おまえも飲まないかアリシア!」と抱き寄せられて以来だ。もちろん、当時の私は未成年だから飲んでませんよ。

 私たちは足並みを揃えて、昼餐会場に向かう。ふかふかの赤い絨毯が、私たちの足音を消してくれる。


 部屋は奥行きのある長方形で、長いコの字型にテーブルが並べられている。あ、私たちが今いる入り口側が、コの字の空いている部分ね。


 テーブルの一番奥に二人並んで座ってらっしゃるのが――国王陛下と、王妃殿下。レグルス王子の母上である妾妃はずっと前に亡くなっているから、夫婦二人だ。


 その脇には、背の高い美丈夫と、儚げな美女が。……あ、多分第一王子のサイラス殿下とその奥方だ。美男美女、うーん、眼福。


「よくぞ来た、レグルス。ティリス嬢を連れて、席に着きなさい」

 国王陛下が朗々と告げる。私とレグルス王子は揃ってお辞儀をして、侍従の後について席に着いた。


 ちょうど、サイラス殿下と奥方の正面だ。私たちの隣にはもう二客椅子があるから、後からフィリップ王子とメルティが来るんだろう。


 国王陛下は、四十代後半のがっしりした体躯の男性だ。髪と目の色はサイラス殿下と同じで、金髪に茶色の目。となりにいる若々しい王妃殿下は金髪に碧眼で、確かフィリップ王子と同じ組み合わせだ。となると、レグルス王子は髪も目も、妾妃の方に似たんだな。


 陛下は私を見て、静かに微笑まれた。


「緊張しているのかね。今日はそなたとメルティ嬢の手製料理を食べられると聞いて、非常に楽しみにしておる」

「み、身に余る光栄でございます」

 私は儀礼に則り、立ち上がって深く頭を垂れる。


「わたくし、アリシア・ティリスは国王陛下、並びに王妃殿下、第一王子殿下に王子妃殿下のご期待に添えるよう、努力いたします。不慣れな点もございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「丁寧な挨拶をありがとう、アリシアさん」

 そう言って王妃様が優しく微笑まれる。国王陛下も頷いて、サイラス殿下と奥方もにこやかに頷いている。


 ……よし、最初の感触は悪くなさそうだ。レグルス王子も、「父上も妃殿下も、非常に正直で表情が嘘を付かない」と言っていた。……よし。







 少し待ってもメルティたちが来ない。徐に、サイラス殿下の奥方が口を開いた。


「もしお時間がよろしければ、アリシアさんのことをお聞きしたいのですが……よろしいでしょうか」

 見た目通りの、可憐な声だ。ちなみに彼女は、会話の許可を陛下と妃殿下に問うている。当然、私の意見はここでは無視される。無視されて当然だ。


「よかろう。我々も、レグルスが連れてきた純真な少女に興味を持っていたところだ」

 国王陛下がそう言って許可を下す。純真って……いかん、ここで赤面したら恥さらしだ。


「感謝いたします。……アリシアさんは、どのようにしてレグルス殿下とお会いになりましたの?」

 ぐふっ、やっぱりそっち系の話になるか。


 チラと隣を伺うと、レグルス王子はにこやかな笑みを返してきた。……喋ってもいいよ、ってことみたいだ。


「えっと……昨年の学院祭で、私は自作のパンをクラブで売りました。レグルス様はその時のお客様で、お話をしたのがきっかけです」

「今まで食べたことのない美味しいパンを食べて、制作者のことが気になりまして。私の方から声を掛けました。ね、アリシア?」

 ぐはっ、最後にキラキラスマイルの甘いボイスで名前を呼ばないでください!


 じわじわと頬に熱が上がっているのが分かって、私は微妙な笑みを返すことしかできない。そんな私の心情を知ってか知らずか、奥方は「まあ!」と嬉しそうに口元に手をやっている。


「レグルス殿下からお話なさったのですね! 素敵ですわ!」

「本当に。二人並んでいる姿が、とてもほほえましいことですね」


 そう付け加えるのは、王妃様。王妃様はレグルス王子の実のお母様じゃないのに、彼女がレグルス王子を見る目は、優しい。そういえば、レグルス王子のお母様と王妃様は、元は侍女と令嬢という関係だったそうだ。とても仲のいい主従関係で、身寄りのない侍女を妾妃に迎えると聞いて、王妃様は喜んだとか。「これでまた一緒にいられる!」と。


 妾妃はレグルス王子を生んですぐに亡くなったけれど、陛下以上に王妃様が嘆かれたそうだ。正妃と妾妃でありながら善き友であった二人の話は、グランディリア王国でも有名だ。そんなわけで、王妃様は妾妃の息子のレグルス王子のことも認め、見守っているんだろうな。


 ほんわかとしたムードになり始めた頃、さっきの侍従が発言の許可を得、深く頭を下げた。


「フィリップ王子、並びにアレンドラ嬢がご到着なさいました」

「少し遅れたようですね、何かあったのでしょうか」


 王妃様が心配そうに言って、サイラス殿下と奥方も同意するように頷く。


 でも……気のせいだろうか。陛下の表情が、ほんの少し揺らいだように思われた。


 陛下が入室の許可を下すと、ゆっくりと広間の扉が開いた。入り口に立つのは、一年ぶりくらいに見るお二方。


 そっと、レグルス王子の手の平が私の手の上に重なる。それがきゅっと優しく握られて、私は小さく頷いた。大丈夫。動揺したりしない。


「遅かったな、フィリ――」

「お初お目に掛かりますわ、国王陛下、妃殿下、並びに王子殿下に王子妃殿下!」

 国王陛下の言葉をぶった切って響く、愛らしい声。一年ぶりに聞く、少女の声。


 ……いや、待て。ヒロイン、君、今何をした?


 ぎょっと目を見開く私とサイラス殿下の奥方。小さく息を呑んだのは王妃様かな。サイラス殿下とレグルス王子はさっと表情を消し、国王陛下に至ってはもう、無表情を通り越して能面のようにつるっぺたな顔になっている。


 空気を読まずに挨拶をかましたのは、もう説明するまでもない乙女ゲームのヒロイン。彼女はフィリップ王子の腕に腕を絡めて堂々と入室し、水を打ったように静かになった広間を見渡し、ちょこんと首を傾げている。


 青を基調とした私と対照的な、甘いピンク色のドレス。私たちの年齢ではこの色を着るのももう見納めになるだろうし、ちょっとこの場ではどきつ過ぎる色合いだ。しかも、胸、開けすぎ。谷間見えてますよ。


 結い上げた金髪には生花を散らし、シャンデリアの明かりを受けて喉元や腕の宝石が燦然と輝く。メイクもばっちりで、顔だけ見たらあのメルティ・アレンドラと同一人物だとは分からなかっただろう。


 傍らにいるフィリップ王子は、とろけそうに優しい目で――あ、これゲームのスチルと同じだ――メルティを見下ろしている。ちょっと、この同伴者の出で立ち、どうにかすべきだったんじゃなかろうか。


 私たちと同じくどこか顔色の悪い侍従が二人を席に案内する。レグルス王子、私、フィリップ王子、メルティの順で一列になったけど……ぶはっ、香水付けすぎ。隣の席に着いたフィリップ王子が睨んでくるけど、受け流しておいた。


 こうして微妙な雰囲気の中、食事会がスタートした。

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