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いろいろなものを守るために王城に行くこと

 ふわふわのドレスに、髪飾りが多すぎて悲鳴を上げる首筋。

 貴族の令嬢って大変なんだな、としみじみ思う。あ、そういえば私、男爵令嬢だった。


「……行きましょう、アリシア」


 私の目の前には、正装である我が王国の軍服を纏った王子様が。

 幻でも画面越しに見る二次世界でもない。リアルに、私の前に王子様がいる。

 差し出された手の平。私はその上に、自分の手を乗せた。


「はい、レグルス様」


 内心、「ふっざけんなよヒロインー!」と吠えながら。

 私はレグルス王子にエスコートされて、王城の石畳を歩く。







 ――時は、レグルス王子が私たちの店を訪ねたところに戻る。


「……お待ちになって、殿下。アリシアをどこに連れて行くおつもりですの……!」

 真っ先に食いついたのは、私ではなくてカチュア。警戒するように、目を細めてレグルス王子を見据えている。


「アリシアを連れて行って、どうなさるおつもりでして?」

「……当の本人たちには口止めされたのですが、そうも言ってられなくなりました。……ティリスさん、料理研究クラブが、メルティ・アレンドラさんと対立しました」


 思ってもなかったレグルス王子の言葉に、私はあっけにとられる。


「料理……え? なんで……?」

「……レシピ、ですか」

 低い声でベアトリクスが問う。レグルス王子は、ゆっくり頷いた。


「前にもあったそうですね。ティリスさん秘蔵のレシピを譲ってほしいとアレンドラさんがお願いし、それを突っぱねたという」

「突っぱねては……」

「分かっています。君はそんなことする人じゃありません。しかし此度、アレンドラさんが君が昨年の学院祭で作ったパン。あれと酷似したものを作って持ってきたのです」

 ……本当に、どこまで人を巻き込むんですか、ヒロイン。


「えっと……つまりそれは、私のアイディアをパク……いえ、真似たということですか」

「本人は、オリジナルだと謳っております。君の作品を参考にはしたけれども、真似てはいないと。まあ、私も一つ食べてみたのですが、確かに似ているだけでした」

「では本当に、アレンドラさんの自作ですの?」

「いえ、おそらくティリスさんのパンを真似ようとして失敗しただけでしょう。ティリスさんの方がずっと美味しかったので」

 まあ、確かに現代日本仕込みのあの味は、レシピだけでは真似られないよね。クラブの仲間だって、今までにない調理方法で最初は戸惑っていたくらいだし。


「見た目だけ似ていてあまりにも及ばない出来だったので、最初は誰も相手にしなかったのですが……ある日作ったものを食べて、皆が言うんです。まさにあの味だと」

「……レシピを強奪した、というところでしょうかね」

 ベアトリクスに続いてカチュアも鋭いな。レグルス王子はまたしても頷く。


「確か、ティリスさんがクラブで作った際に書いたレシピは、一部複写してクラブのファイルに入れていたのですよね?」

「え、ええ。それ、なくなったのですか?」

「クラブメンバーが確認したところ、残ってはいました。ただ、後から乱雑に戻された折り目が付いていたそうです」

 ……ふむ。だとしたら、メルティがレシピを盗み見て書き写したってところか。奪ってしまったら疑いが強くなるから、実物は残しておいて。


 ……それにしてもメルティ、なんでそんなに私のパンに拘るんだ。


 ベアトリクスは憤慨したように、顔を歪める。


「でしたら、アレンドラさんはクラブの部屋に忍び込んで、レシピを書き写してそれを作ってきたのですわね。自分で考案したのだと言って」

「そういうところでしょうね。ただ、証言がいないので明確に訴えることはできません。当然料理研究クラブは怒り、パンの製作を辞めるように訴えたそうですが……」

「……だめでしたのね」

「フィリップ王子もロット・マクラインも、証拠がないの一点張りです。それに、あそこは鍵が掛かっていて部外者は入れない。メルティ・アレンドラさんが侵入するのは不可能だと。……皆、ティリスさんが必死で考えてくれたレシピを横取りされたのが悔しかったらしくて、いよいよ蜂起しそうになりました。それを抑えたのは、生徒会に入った彼女ですけどね」


 私は、優しくてはきはきしていた先輩に申し訳なく、唇を噛んだ。先輩からすれば当然だ。まさか自分がリーダーを務めるクラブが蜂起するなんて、見逃すわけにはいかない。


「メンバーも、彼女の説得を受けて折れたそうです。何より、ここで皆が盾突けば生徒会に選ばれた彼女の立場も危うくなりますから。……それで、ここから本番です」

「あ、はい」

「メルティ・アレンドラさんは、自作のパンを父上や王妃殿下に献上すると申し出たのです」

「は……えぇ?」


 私は変な声を出してしまった。


 だって……侯爵家の養女が国王陛下や王妃様に手製の食べ物を献上するなんて、信じられない。よくそんな発想が思いついたな! としか言えないよ。


 端貴族の私も驚き呆れるばかりだけど、侯爵令嬢と伯爵令嬢の怒りはそれ以上だ。


「なんということ! 他者を愚弄するのもいい加減になさいませ!」


 ばん、とテーブルに手を叩きつけて立ち上がるベアトリクス。あの、気合いが入るのはいいけど、家具は壊さないように。あまり上質な造りじゃないんで……。


「陛下の臣下でありながら食物を献上するなんて! 身の程知らずもいいところですわ!」

「陛下や妃殿下への生ものの献上がなぜ憚られるのか、少し考えれば分かるでしょうに……」

 激昂するベアトリクスと違ってカチュアは落ち着いているけれど、でも普段冷静な彼女らしくもなく、眉間には深い皺が刻まれ、声が震えている。


 そりゃそうだ。手紙でさえ厳重にチェックされるというのに、自作の食べ物なんて、何が入っているか分かったもんじゃない。いくら毒味係がいるとしても、安全面でも不安ばかりだ。


 国王陛下から献上の命令が下ったならばともかく、自分からそれを言うなんて……いくら最近貴族の養子になったとしても、考えれば分かることなのに。


 私は怒る二人を一瞥した後、恐る恐る聞いてみる。


「あの……それで、国王陛下は何とお返事を?」

「最初は断る気だったそうですが、今は悩んでいる、とのことでした」

「な、なぜ?」

「先ほども申し上げたように、父上はメルティ・アレンドラさんのことを快く思っておりません。このまま彼女がフィリップ王子の近くにいれば、王子の尊厳にも関わります。王子は……兄は、非常に頭が切れる人間です。アレンドラさんがいなければ、王太子としても問題ないのです」


 うん……まあ、ヒロインが関わったからあんなダメンズになってしまったんだろうね。ゲームの取説でも、有能な第二王子、って書かれてたし。


「父上は、こうお考えです。いっそのこと、メルティ・アレンドラさんを王城に招待して、皆の前で彼女がフィリップ王子の相手に――可能性としては未来の王妃に――相応しいかどうか、試してみてはどうかと。もし彼女が父上や王妃殿下、宰相たちの目にかなうようならば、即位記念式典でパートナーとして参加し、皆に披露してもよいのではないかと」


 なるほど……早いうちにメルティの本性を見破るために、あえて城に通してみようという魂胆か。確かに、自分の目の前でその作法を見ていれば、おのずと正体もにじみ出てくるよね。陛下も今まで伝聞でしかメルティの情報を得ていないから、実際にその姿を見てみるというのもありかもしれない。


 ……で?


「それで……なぜ、私が殿下と一緒に城に行くのですか?」

 ちょっと間に物議を醸したことを確認する。どうやらベアトリクスもカチュアもそっちのことは忘れていたみたいで、「あ」とどちらかが呟いた。


「アレンドラさんが勝負するのは、それはよろしいのですが……私も行く必要がありますか?」

「実を言うと、あるんですよ。……よく考えてください。あなた方は今、『ティリスのすずらん』という看板を下げて商売なさっています。実はその名は、王都でもじわじわ広がりつつあるのです」

 わあ、そうなのか! 早くも王都進出か……すばらしい!


 ……ちょっと待て、それってつまり……。


「……王都でも、レシピの考案者問題が勃発しかねないのですわね」

 カチュアが疲れたように言う。うん、私も疲れたよ。


 つまり。メルティが例のパンを持って国王陛下に会いに行く。それはいい。勝手にしてくれ。でもそのパンは、私が作ったものとほぼ同じだ。どうにかしてレシピを写したのなら、あの絶妙な調味料加減も全部、筒抜けだってことだ。


 で、また問題になるんだ。「どうやってこれを考えたのだ?」って。そしたらメルティは、「私が考えました」と言うだろう。間違いない。

 そうしていると、反対勢力が出てくる。「いや、これは去年の学院祭でアリシア・ティリスが作ったものだ」と。しかも、新興の喫茶店「ティリスのすずらん」でも同じようなものが販売されている。これはいかに、となる。


 私はテーブルに肘を突き、頭を抱えた。この世に「著作権」なるものが存在していれば、こんなにこじれることはなかっただろうに。でも、メルティが自作を主張すれば、私たちの方がパクリになってしまう。そうしたら、ティリス男爵家の家紋を掲げている私の店は? 私に協力してくれるベアトリクスやカチュア、そして彼女らの実家は? 学院に残っているクラブの皆は?


「そこで……ティリスさんには、メルティ・アレンドラさんと同時に王城に上がり、同じ作品を作ってほしい。そして、君が正統な考案者だという証明を立てるんです」

「証明……ですか」

 自信がまったくなくて呟くと、レグルス王子は頷いた。


「そうしなければ、あの作品がメルティ・アレンドラさんの発案だということになってしまう。……一度なってしまえば、もう覆らせません。彼女のバックには、アレンドラ侯爵が付いています。彼は優秀ですが、厄介です。加えて、次期侯爵のヨハン・アレンドラも発言力の強い貴族です」

「ヨハン……アレンドラさんの義兄ですわね」

 ベアトリクスが苦々しげに言う。ヨハン、か。そういえばアレンドラ侯爵家にはメルティの義兄にあたる、嫡子もいたんだっけ。名前初めて聞いた。


 ……ん? 違うな。前にも聞いたことが、あるような……。


「つまり、レグルス殿下はアリシアが王城に出向き、パンの正統な考案者だと証明させ……しかも、メルティ・アレンドラさんの失脚を願っておりますのね」

 ざくっと言うのはやっぱりベアトリクス。レグルス王子は苦笑を返す。


「まあ、そうですね。私から見ても、フィリップ王子は優秀です。本当に、色恋に惑わされなければサイラス兄上にも勝るくらい、敏腕なのです」

 どんだけメルティの影響大きいんだろう。


 ……ともあれ、メルティがパンの制作権を確保した場合、私だけでなく私の周りにいる人たちまで危害が加わると知ったならば。


 ……断るはず、ないね。

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