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賢者が降臨したこと

「……リシア、アリシア!」

 うむむ……体がだるい。S森め、本当に訳の分からないプロデューサーだこと……。


「アリシア! 目を醒ましてくれ、アリシア……!」

 ん、この声は? えーっと、S森は何て言ってたっけ?

 ……。

 ……はっ!


「アリシア!」

 私は目を開けた。開けたとたん、美貌の王子様のご尊顔が視界一杯に広がっていて、眼福。じゃないや。


「レグ……」

 名前を呼ぼうとした。でも、それは叶わなかった。

 言葉途中で、私の体がぐいっと抱き寄せられる。そして気づいたときには、私の体はレグルス様の腕の中にすっぽりと収まっていた。


「アリシア……よかった! 生きていた……」

「……レグルス、様?」

 ああ、この温もりだ。

 瓦礫に埋もれる直前、もう一度触れたいと思った温もり。レグルス様の暖かさ。

 手に触れたい、と思っていたけど、手のみに留まらず、全身を抱きすくめてもらえるなんて。生きてるって、幸せ。


「君は……生きてるんだな。僕の腕の中に……いるんだな」

「……はい、レグルス様」

「よかった」

 そう言って、レグルス様は私を少しだけ離す。距離が開いて寂しい、と思いきや――


「生きてくれて、ありがとう。アリシア」

 少しだけひび割れた色気のある声の直後、私の唇はレグルス様のそれと重なり合っていた。

 この世界に転生して、初めての異性からのキス。あ、もちろんお父様やお兄様はノーカンだ。あれはご挨拶のキスだったし。


 レグルス様の唇が、慰めるように、愛おしむように、私の唇の上を這う。舌が差し込まれるとか、そんなことはない。ちゅ、と小さなリップ音を鳴らせて一旦唇が離れ、目の前には頬を赤く染め、幸せそうに微笑むレグルス様の顔が。


「好きだ、大好きだ、アリシア」

「レグルス様……」

「…………申し訳ありませんが、そろそろアリシアをわたくしたちにも渡していただけなくって?」

 ほんわかと甘い空気に差し込まれる、ちょっぴり高飛車な声。


 あれ、と思う間もなく、レグルス様の腕がべりっと引き剥がされ、そして私は続いて、見事な二つの胸の間に顔を埋められていた。


「ああ、アリシア。よかったですわ……」

「ベ、ベアトリクス?」

 この胸、この声、間違いない。ベアトリクスはひとしきり私を抱きしめて満足したのか、にっこりと微笑んで私の髪を優しく梳ってくれる。埃と煤にまみれても、その強烈な美貌が失われることはない。


「この声が聞きたかったのですわ……さあ、カチュア」

「はい」

 続いて私の体は、ベアトリクスよりは華奢で、でも女性らしい柔らかい腕に抱かれる。さらっと、私の頬を絹糸のような髪がかすめる。


「瓦礫に埋もれたあなたを見たときは、血の気が引きました。でも、こうしてあなたの声を聞けてよかった……アリシア」

「カチュア……カチュアも、大丈夫だった?」

「わたくしは、なんとか」

 そう言って笑うカチュア。彼女の服には黒く変色した血の痕が付いている。それが何を意味するのは、想像に難くない。

 でも何よりも、彼女が生き残ってくれたことが嬉しい。


「……そろそろ兄妹の再会を果たさせてもらっていいかな?」

 脇から聞こえる、拗ねたような声。そして私は最後に、優しい匂いのするお兄様の腕に抱かれていた。

 お兄様も、上着が埃まみれの泥まみれだ。でも、笑った顔が眩しくて、泣きたくなる。


「無事でよかったよ、アリシア。君を亡くしたら、僕は父上たちに何と詫びればいいのか……」

「私も……お兄様が無事で、よかった」

「ああ。必ず二人揃って、男爵家の屋敷に帰るんだよ。……ああ、ちなみにチェリーは先に帰らしているから」

 よかった。ここには姿は見えないけど、チェリーも無事だったんだ。でも、先に帰ったってことはひょっとしたら怪我をしたのかもしれない。屋敷に戻ったら、一番に会いに行こう。


【……さて、ではそろそろ勇敢な者たちの再会の喜びは分かち合えた頃か?】


 ふいに響いてくる、聞き覚えのありすぎる声。

 私以外の面々は、はっと顔を上げて辺りを窺っている。ちなみに今、私たちはほぼ全壊したかつての聖堂に座り込んでいる。あの金色のドラゴンの姿はなくって、ちょっと離れたところにメルティが横たわっている。死んで……ないよね?


 辺りはもう、暁の光が満ちていた。どうやら離宮の襲撃と聖堂の崩壊の知らせを受けて、王城から軍も派遣されたらしい。ちょっと離れたところでは、騎士服の人たちがせっせと何かの作業をしている。私たちを気遣ってくれているのか、こっちの方には誰もやってこない。

 ……で、さっきの声の主はと言うと。


 瓦礫ばかりが散乱するかつての聖堂の床に、ふいに銀色の光の粒子が舞い上がった。それは私たちが息を呑んで見つめている間に膨らみ、徐々に姿を変え、そして数秒の後には小柄な男性の形を取っていた。


【人の子たちよ、聞くがよい。我は、古の賢者】


「賢者様!?」

 驚いて声を上げるお兄様。それはレグルス様やベアトリクス、カチュアも同じで、四人はあわあわとその場に深く項垂れる。私もお兄様に抱きしめられた状態だったから、なすすべもなく伏せた。


【面を上げよ。そなたらは、道を誤った言霊の子孫に代わり、よくぞこの混乱を乗り切った。我からも、礼を述べる】


 そう仰々しく言う大賢者だけど……これって、S森だよね?


『そうだよ! 僕だよ!』


 ……脳みそに直接響いてくる、お気楽な声。これだよ、これ。さっき意識を飛ばしている間に会っていた、S森! 正式名称・杉森章太郎!


『やっぱり堅苦しい言葉遣いは疲れるから、こっちでも喋らせてね!』


 同じ人間の二種類の言葉を聞かなきゃ行けない、私の気にもなってくれ。

 一人悶える私をよそに、「賢者様」は仰々しく続ける。


【我は既にこの世から去った身。だが、この世は我が魂の一部でもある。かつての兵器は、地中深く眠った。そこにいる、類い希な運命を背負った乙女の成果である】


「アリシアの……」

 ぽかんとしてベアトリクスが呟く。でも、レグルス様は私を見て、こっくりと頷いた。そうだ、レグルス様だけは、私が日本語を使ったところを聞いているんだ。後で言い訳しないとな……。


【我が今、時を越えて参ったのは訳がある。我は賢者として、道を踏み外した言霊の末裔を罰せねばならぬ】


 そう言って、銀色の賢者は踵を返す。彼が向かった先には、こっちに背を向けて倒れるメルティが。


【目を開けよ、そなたの意識が戻っていることは、分かっている】


『嘘寝が下手くそだね。ほらほら、公開処刑の時間だよー!』


 私の脳裏では、お気楽なS森の声が響く。公開処刑って……。

 賢者に命じられたメルティは、びくっとして跳ね起きた。本当に嘘寝してこの場を切り抜けようと思ったのか……?

 メルティはまさか目の前に伝説の賢者が出てくるとは思ってなかったのか、顔は青色を通り越して真っ白だ。そりゃそうだ。自分は賢者との約束を破ったんだし、しかも今まで盾になってくれた親衛隊は誰一人、残っていない。


「けっ、け、賢者様……?」


【愚かな人の子よ。そなたは父から聞き及んでいるであろう。我がそなたの先祖に託した言霊。その言霊を誤って使うならば、死よりも惨い罰を受けると】


「わ、私は誤ってなんかない! もらった力をちゃんと有効に使っただけだもの!」

 この期に及んでも、メルティはメルティだ。S森が「バグキャラ」扱いしたの、本当なのかも……。

 メルティはめそめそと泣きだして、そして離れたところにいる私を見て、こっちに標的を定めてきた。


「あ、あの人! 私以外使えるはずがないのにあの言葉を使える、アリシア・ティリスさんがいけないの! あの人が悪いの! 私は悪くない! お兄様を……お兄様を、返してよぉ……!」

 うわーん! と突っ伏して泣きだすメルティ。ヨハンが地割れに飲み込まれて死んでしまったことは、その、何とも言えないけど、まだ私に責任を擦り付けるつもりなのか、君。


『うわぁ……こんなに痛い子だったとはね。間近で見るとなかなか迫力がある。本当に苦労したね、君たち』


 S森が私の脳みそに直接語りかけてくる。うん、本当に苦労しましたとも。


【言い訳は許さぬ。封印の言霊を悪用し、崇高な使命を踏みにじっただけでなく、兵器を暴発するとは、笑止。その身にふさわしい罰を受けよ】


『それじゃあ、最後のイベント。今回の攻略評価、行きまーす!』


 お気楽なS森が言う。私も何となく予想はしていたけど、やっぱり、最後に待ち構えているのが攻略評価だ。

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