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ティリス男爵令嬢&????VSアレンドラ侯爵家兄妹

 祭壇脇のドアを開けると、たぶん、元々は祭司たちの休憩所か何かなんだろう、家具がほとんどない、がらんとした円形の部屋に続いていた。

 ドアにタックルする勢いで飛び込んだ私は、目の前の光景に思わず蹈鞴を踏んでしまう。


 さっきの祈祷の間と同じ、ドーム型の部屋の奥には、光り輝く大きな物体が鎮座していた。その物体の前に、相変わらず腕を組んだ状態のメルティとヨハンがいる。

 物音に最初に反応したのは、ヨハンだった。彼は振り返り、やれやれとばかりに肩をすくめた。


「……あの爆発でも平気、か。意外に頑丈な女だ」

「あら、まだいましたの、アリシアさん?」

 義兄の声を聞いて、振り返ったメルティがほちょんと首を傾げる。あんだけのことをしでかしたというのに、何というか、この子の思考回路には驚かされるばかりだ。


 私はこくっと唾を呑み、一歩一歩、歩み寄る。メルティたちの――そして、部屋の奥にいる、「それ」に向かって。


 「それ」は、淡い金色の体躯をしていた。大きさは、大型バス一台分くらいだろうか。あの大爆発を起こしたというのに、それほど体は大きくない。猫のように体を丸めていて、息をするたびに腹部が上下しているようだ。夜中だというのに、あまりにその生き物が眩しいから、部屋全体が真昼のように煌々と照らされていて、夕闇に慣れた目には少し刺激が強い。

 それは、私の持っている知識で言うと――


「ドラゴン……」

 私の呟きを耳にしたメルティが、「ドラゴン?」と不思議そうに首を捻る。


「何ですか、その名前」

「あ、いや……」

 この世界に、「ドラゴン」という単語は存在しない。空想上の生物とか、そういう問題じゃなくって、「ドラゴン」という観念がないんだ。だから日本のゲームやら本やらで見てきた単語をそのまま口にしたから、メルティは怪訝な顔をしたんだ。


「これは、そんなおかしな名前ではありませんわ。古の大賢者が封印した、究極の『兵器』なのよ」

 ――兵器。


「戦乱の世で、最強の武器として活躍したのが、これなの。大賢者様も味気ないことをするのね。どうしてこんなにすばらしい力を持った兵器を眠らせておくのかしら?」

「どうしてって……危険だからでしょう」

 私はメルティの言葉を頭の中で整理させつつ、何とか言う。


「それで、このドラ……兵器が二度と戦争に使われないように、あなたのご先祖様に封印の言葉を教えたんじゃ……」

「ええ、私の本当の父親はそう言っていたわ。でも、私は戦争を起こすわけじゃないもの。お兄様と一緒に暮らせる世界を創造するだけなのよ?」

 それは戦争以上に厄介なことなんじゃないの……。メルティの実父は命絶え絶えに、再会した娘に自分たちの宿命を伝えたというのに、その娘はこの有り様だ。血の運命には逆らえないにしても、どう考えたって人選間違えましたねぇ……。


 私たちが実のない会話をする間も、兵器は――金色のドラゴンは、目を閉じて眠っているようだった。たぶん、さっきメルティが封印を解除する言葉を唱えたからこのドラゴンが現れて、あの爆発を起こしたんだ。でも、見た感じドラゴンは好戦的でもなさそうだし、なんか、眠そうだ。

 トカゲ科独特の長い尻尾はだらんと垂れていて、時折先っちょがピコピコ上下に動くのみだ。全身金色で確かにまばゆいばかりのお姿だけど、この眠そうな生き物が最強最悪の兵器だなんて、信じがたい。


 私は一歩、メルティに詰め寄る。


「メルティ、馬鹿なことはやめて、兵器を封印させて」

「嫌よ。私たちの野望はもう、目と鼻の先なのに」

 メルティはぶすっと頬を膨らませて、ドラゴンの方を向く。


「……もういいわ。さあ、今度こそあなたを葬るわ、アリシアさん」

 ――来るぞ!


 私は身構える。一か八かだけど、私の予想に賭けるしかない。

 私が単身、ここまで乗り込めた理由。聖堂の壁も大破させるような力を持つドラゴンと、そのドラゴンを言葉で操るメルティ。


 普通に考えたら、生身の一般人である私に勝ち目はない。

 でも、実はあった。この物語の、一番のミソが。


 さっき、ドラゴンを目覚めさせたときに聞こえてきた、メルティの「言葉」。

 切れ切れにしか聞こえなかったけど、その発音に、単語に、私の胸が高鳴った。


 ――そう、この世界は乙女ゲームの世界。このゲームを作ったのは、前世の私と同じ、日本人。

 今の私たちは、この世界の共通言語を喋っている。

 もし、私たちが今歩んでいるストーリーが、まだゲーム制作者の掌の内にあるのなら?


 メルティが息を吸う。同時に、私も息を吸った。

 そして、私たちの声が重なる。




『……スベテヲ、ハカイセヨ!』


『ヤメナサイ、ハカイヲヤメナサイ!』





 それは、この世界では誰も喋ることのできない言語。

 乙女ゲームの制作者がゲームの中に練り込んだ異世界の言語――日本語。


 ぎょっと、ヨハンが私を振り返り見る。彼の背後にいたドラゴンは、はっと顔を上げた。

 「破壊しろ」と「破壊をやめろ」の、矛盾する命令が二つ、同時に放たれて困惑しているようだ。


 やっぱりそうだ。この兵器と呼ばれるドラゴンを御するのは、日本語。

 その言葉を使えるのは、太古に「大賢者様」からこの言葉を丸暗記させられ、今の世まで語り継いできたメルティの一族と、前世の記憶を持つ私だけ。


 当然だけど、単語の丸暗記で文法なんかもすっ飛ばした状態のメルティの喋る日本語は、発音もアクセントもガタガタだ。対する私は、十七年間こっちの世界で暮らしていたとはいえ、前世の記憶を取り戻してからはまだ二年。少し思い出すのに時間は要るけど、標準語をきちんと喋れる。


 だから、ドラゴンは迷った。メルティの方が、代々一族が踏襲してきた力を持っている上、最初にドラゴンを目覚めさせたのが彼女だから、言葉の拘束力も強そうだ。でも、発音の正しさでは私の方が何枚も上手だ。


 ドラゴンは低く唸った後、伏せの姿勢を取る。私の方に従った証だ。


 メルティは信じられないものを見る目でドラゴンを凝視した後、ぐるっと私を振り返り見る。血の繋がりはないはずなのに、驚きの表情は兄妹でそっくりだ。


「ど、どうしてその言葉を!? 私の一族しか、知らないはずなのに……」

「メルティ、そこにいろ。あの女は、兵器では殺せない」

 私の言葉が持つ危険性に気づいたんだろう。ヨハンが腰に下げていた剣を抜いて、だっとこちらに駆けてくる。


「死ね、忌まわしい女っ……!」

 迫ってくる、ヨハンの凶刃。私を射殺さんばかりの目で睨むメルティの顔が、彼の肩越しに見える。

 私は口を開いた。私の目線の先にいるのは、戸惑いの表情でこちらを見るドラゴン。

 私は息をのむ。直後――


「アリシア!」

 裂帛の声。ふわっと宙に浮く、私の体。足が石の床から離れて、そして直後、私の体は冷たい床に打ち付けられる。


「うあっ……!?」

「邪魔をするか!」

 体を打ち付けた衝撃でぐわんぐわんと脳みそが揺れる中、ヨハンの怒りの声が響く。

 鋼と鋼が打ち合う音。ヨハンの舌打ちの音。


「アリシア、無事か!」

 ヨハンと剣を打ち合う人が私には顔を向けず、叫ぶ。私はその人の顔を見て――


「っあ……!」


 胸が苦しい。嬉しいのに、泣きたくなる。

 来てくれた。駆けつけてくれた。


「レグルス、様……!」

「アリシアに、触れさせるものか!」

 騎士剣を構えたレグルス様は、全身ボロボロだった。ひょっとしたらさっきドラゴンが起こした爆発を、別の場所で受けたのかもしれない。上質な服はあちこち裂けていて、茶色の髪は爆風に煽られて乱れまくっている。

 それでも、彼はきれいだった。とても格好よくて、美しかった。


「よくも……!」

 ドラゴンの前でメルティが顔を真っ赤に染めている。





『スベテヲ、ハカイ……』

「させない! 『ヤメナサイ!』




 すかさずメルティの言葉に被せると、ドラゴンはまたしても唸った後、私の命令に従う。

 レグルス様が驚いたように息を呑むけど、だからといってヨハンの猛攻に押されたりはしない。レグルス様は自分よりも背の高いヨハンの剣を受け止め、弾き、返す剣でヨハンの懐を狙う。


 ヨハンも相手に易々と切り込まれるほど腕は悪いようでもない。レグルス様の突きをかわし、一撃喰らわそうとしては小柄なレグルス様にかわされている。

 レグルス様とヨハンの剣戟はともかく、私とメルティの方の攻防戦の結果は明らかだった。


「諦めてよ、メルティ。あなたじゃ、私には勝てない!」

 私が叫ぶと、メルティはブルブルと頭を振るう。きれいに整えられていたはずの淡い金髪は振り乱され、山姥も裸足で逃げだすような見目に成り果てていた。


「認めない! 認めないわっ! なぜ、なぜいつもおまえは私に逆らうの!? いつも、邪魔をして……惨めに打ちひしがれてしまえばいいのに、何度も歯向かってきて!」

「馬鹿なことをする人を止めなきゃいけないからでしょ!」

「許さない! ……もういい! この役立たず!」

 メルティは吠えた後、あろうことか――自分の背後にいたドラゴンに向かって、思いっきり蹴りを食らわせた。


 深窓の令嬢(笑)の蹴りの威力なんて、知れている。しかも相手は、強靱な鱗を持つ最終兵器だ。

 ドラゴンはメルティに蹴られた場所を鬱陶しそうに見下ろすだけだ。いや、それだけじゃない。

 ドラゴンの体が、ゆっくりと起き上がる。私の命令もメルティの指示もないのにドラゴンは口を開き、その直後、大聖堂が上下に激しく揺さぶられた。


「うわっ!」

「アリシア!」

 ビシビシビシ! と床に亀裂が走る。亀裂が走った様が見えたレグルス様は剣を投げ捨て、横に跳んで地割れから逃れる。


 でも、レグルス様と向き合う形になっていたヨハンは、亀裂が見えていなかった。驚愕の表情のヨハンと一瞬だけ目があった後、彼の足元の床がぱっくりと裂け、彼の足が空を踏む。

 ヨハンが地割れに飲み込まれたのは、一瞬だった。悲鳴を上げてヨハンが地割れに落下した後、天井にまで鋭い亀裂が走る。大粒のタイルが降ってきて、あっという間にヨハンの姿は見えなくなった。


「あっ……」

「アリシア、手を!」

 ヨハンの最期を目に映していた私は、レグルス様に手を引かれて慌てて瓦礫の散乱から避ける。半壊した部屋の奥では、気絶してぐったりと横たわるメルティと、金色の光をまき散らして咆哮を上げるドラゴンが。


 ――ドラゴンは、メルティの一族が正しく「言葉」を伝えることで、平和な眠りを約束されるはずだった。

 そんな役目を背負っていたはずのメルティが、ドラゴンを攻撃した。それはきっと、「大賢者様」の封印の言葉を凌駕する、暴挙だった。


『ヤメテ! オチツイテ、ボウソウヲヤメテ!』


 私はレグルス様の腕の中で、必死に日本語でドラゴンに呼びかける。ドラゴンは私の言葉を受けてぴたりと動きを止めた。でも、彼の体から溢れる光の粒子は、留まることはなかった。

 暴走した光が、何本もの亀裂を聖堂の壁に、床に、天井に、生み出す。

 私は、気づいた。私たちの真上の天井に填められていた巨大な石の破片が、無情にも落下してきたことに。


「レグルス様!」

 私はとっさに、レグルス様の腕を振り払って彼を突き飛ばす。不意を受けたレグルス様の体が傾ぎ、そして彼の目が驚愕に見開かれる。

 彼も気づいたんだ。このままだったら、二人一緒に岩石に潰されていたって。


「アリシア――!」

 体勢を崩したレグルス様が、手を伸ばしてくる。大きな手の平。私の手を握ってくれる、温かい手。

 さっき突き飛ばしたばかりだというのに、私の体は本能に従っていた。もう一度、彼の温もりを感じたくて、右手を伸ばす。


 でも、私の指先はレグルス様の手まで、全然距離が足りなかった。

 すかっと私の手が空を掻いた直後、凄まじい音を立てて壁が崩落する。巨大な岩石が、迫ってくる。


 ――大丈夫。これで、大丈夫。


 レグルス様は、ここで死んだりしない。だって、レグルス様は次の王様だから。


 私、言ったよね? 私はこれから、レグルス様の一番の臣下になるんだって。

 未来の王様を守るのは、私たちの役目だもの。


 メルティは気絶している。ドラゴンも、きっといずれ落ち着く。

 レグルス様は、ちゃんと生き延びてください。


 私の分も――


 私の真下に、濃い影が生み出される。直後、私の視界は真っ暗になり、何もかも、分からなくなった。

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