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オルドレンジ侯爵令嬢VS第二王子

 ――凄まじい爆音と共に、聖堂の壁が吹っ飛ぶ。


 廊下を走っていたカチュアはいきなり脇の壁が吹っ飛んだため、急ブレーキを掛けてその場に停止する。


「これは……」

 もうもうと真っ白な埃が舞い、カチュアは服の袖で口を覆う。今カチュアが通ったばかりの壁が大きく抉れ、漆黒の闇に包まれる中庭が露わになっている。

 まさかまた、外部からの襲撃か。身構えるカチュアだが、中庭から飛び出してきた人物は襲撃者ではなかった。


「カチュアか、無事か!」

「レグルス殿下!?」

 カチュアは腕を下ろし、裏返った声を上げる。


 中庭から馬ごと飛び出してきたのは、旅着姿のレグルス王子。彼は下馬し、後から付いてきた騎士に馬を渡し、彼に何か命じた後、こちらに駆けてきた。ちょうどいい感じに壁が爆破されており、レグルスは瓦礫の上を跳び越えてカチュアの前に着地する。

 体勢を整えたレグルスはまず、カチュアの出で立ちを見て眉をひそめる。


「カチュア、その血は……」

「わたくしは大丈夫です。これは敵の返り血です」

 カチュアは手早く言い、廊下の先を見据える。彼女はアリシアたちが先に向かった廊下に行こうとしたのだが、今の爆発で瓦礫が飛び、廊下の一つがふさがれてしまった。

 レグルスもそちらに目をやった後、別の廊下に視線を走らせる。


「……アリシアたちを先に行かせるために、君が体を張ったのか」

 さすがレグルスは洞察がいい。カチュアは緩く微笑み、血で染まった上着を軽く叩く。


「ええ……とはいえ、アリシアたちが安全とは言い切れません。今の爆発も、どう考えても不自然です」

「……ああ。僕には、君のいる方から爆発したように見えた」

「わたくしは逆です。中庭からの襲撃かと思いました」

 二人は顔を見合わせ、同時に顔をしかめる。カチュアの前に立ちふさがったラルフにしても今の不自然な爆発にしても、メルティが裏で何かをやらかしたとしか思えない。


「……とにかく、アリシアたちを探そう」

「はい、お供します、殿下」

 レグルスはカチュアの杏色の目を見つめ、しっかりと頷いた。

 共に、かけがえのない人たちを助けるために。










 メルティが何かを唱えた、その直後。

 祈祷の間を揺るがすような、凄まじい爆発が炸裂した。


「うっ!?」

「アリシア!」

 お兄様が呼ぶけれど、私はそちらに行くことはできなかった。


 天井にぶら下がっていたシャンデリアがガシャガシャ鳴って、私とお兄様たちの間に落下する。年代物のシャンデリアは強度もお情け程度で、私たちの前で派手に砕け散った。

 それだけじゃない。今度は巨人が殴ってきたんじゃないかっていうような横殴りの爆発が起きて、壁の柱や聖人像が吹っ飛ぶ。


「うわぁっ!?」

 ごごごごご、とゆっくり、教典を読む男性を模した大理石の像が傾いてきて、私はあわあわと逃げだす。結果的に、お兄様たちから離れる形になったけれど、どうしようもない!

 私の背後で、すごい音を立てて像が横転する。壁の一部も剥がれて、バラバラと頭上に降り注ぐ。


 私は袖を口元に宛って、白っぽい埃を吸わないようにしつつ、背後を振り返った。シャンデリアの残骸と、倒れた聖人像と壁の一部に阻まれて、お兄様やベアトリクスの姿は見えない。


「おに――」

 バタン! とわりと近くで聞こえた、ドアが閉まる音。振り返ると、祭壇の脇にあったドアがばたんばたんと振動していた。


 ……さてはメルティ、義兄と一緒に逃げたな!

 私は一度、背後を振り返る。そして、袖の布地越しに大きく息を吸った後、袖を離して叫んだ。


「お兄様、ベアトリクス! 先に行ってます! 二人とも、無事でいて!」

 二人の耳に届いたかは、分からない。地響きみたいな音がさっきから止まることがないから、地鳴りに遮られて届かなかったかもしれない。


 でも、私は行かないと。

 私は祭壇脇のドアへと急ぐ。今にも崩壊しそうな祈祷の間は、「兵器」がメルティの言葉によって復活してしまったことを如実に表していた。

 どう考えたって、生身の人間が突っ込んだってどうにもならない状況だ。でも――私には、確信があった。


 メルティが唱えた言葉。あれは――


 私は、前を見る。


 私なら、できる。私にしか、できない。


 なぜなら私は――











「アリシア、アリシアーっ!」

 もうもうと立ち上る白い埃の中、ベアトリクスは声を張り上げる。だが低い地鳴りの音が全ての音をかき消し、視界は先ほど倒れた聖人像とシャンデリアの残骸が塞いでしまっている。ガラスの破片はともかく、あの聖人像の残骸は、乗り越えられるレベルではない。ベアトリクスとロイドは、アリシアから完全に遮断されてしまったのだ。


「くっ……アリシアが、向こうにいるはずなのに……」

「アリシアの手を離さなければよかった……だが、これでは僕らの力では突破できそうにない」

 隣で埃だらけのロイドが悔しそうに言う。そして彼は教典を読む格好の聖人像に八つ当たりのように睨みを利かせた後、「仕方ない……」と、舌打ちする。


「……一旦廊下に下がりましょう。アリシアと合流するなら、建物の外から突破するしかない」

「でも、アリシアは……」

「あの子は僕たちが思っている以上に剛胆だし、強い。それより僕たちが、ここから避難すべきでしょう」

 そう言ってロイドは天井を見上げる。釣られてベアトリクスも天井を仰ぐと、なるほど、先ほどの爆発を受けて、ドーム型の天井の土壁がボロボロと剥がれ落ちてきている。この祈祷の間が瓦礫と化すのも時間の問題だろう。瓦礫に埋もれてしまえば、アリシアとの再会なんて叶ったものではない。


 ベアトリクスはロイドの手を借りて立ち上がり――ふと、半壊した祭壇の方を見た。

 聖人像は、部屋の北西隅を切り取って分断させるように倒れ込んできた。北側一帯に広がっていた祭壇の説教台付近は完全に潰されており、分断された側にアリシアがいるはずだ。

 そして、祭壇のふもと。赤いカーペットすら敷かれていない石畳に転がる「それ」を見て、ベアトリクスはギギッと歯ぎしりする。


「あの馬鹿……」

「ベアトリクス嬢?」

「ロイド様、申し訳ありません。お先にお逃げください!」

 ベアトリクスはロイドに言い捨て、つかつかと「それ」に向かって歩きだす。背後でロイドが自分を呼ぶ声がする。足元は瓦礫まみれで、ショートブーツ越しでもゴツゴツと痛い。


 それでもベアトリクスはスカートの裾を持ち上げて瓦礫を踏み越え、大きな塊はジャンプし、祭壇の脇までやって来ると――


「……さっさと起き上がりなさい、この馬鹿男!」

 相変わらずの簀巻き状態で横たわっていた「それ」の後頭部に、容赦ない蹴りを入れた。

 それまでひょっとしたら気絶していたのかもしれない、「それ」――フィリップ王子ははっと顔を上げ、そして憤怒の形相で自分を見下ろすベアトリクスを目にし、さっと顔色を変える。


「ベ、ベ、ベアトリクス……」

「お黙り。膝くらいは使えるでしょう。さっさとここから脱出しますわよ」

「ベアトリクス……こんな私を気遣ってくれるのか?」

 くるりとフィリップ王子に背を向けたベアトリクスは、その言葉に硬直する。よいせよいせ、と膝立ちになったフィリップ王子が、感激で喉を詰まらせているようだ。


「君はやはり、情に厚い女性だ。私の見る目は間違っていな――」

「それ以上言うと、このちょうどいい瓦礫をお喋りな口の中にぶち込みますわよ?」

 振り返ったベアトリクスは、確かに、その手に拳大の瓦礫を持っている。脅しではなく、本当に実行しそうでフィリップ王子は膝立ち状態のまま、息を呑む。


「な、何を……」

「よくお聞き、このボンクラ王子。わたくしはあなたを愛しているから救おうとしているのではありませんわ。……ああ、ついでに言うと、あなたを王子として扱うからでも、人助けをしたつもりでもなくってよ」

「え……?」

「このままあなたを瓦礫に埋もれさせて安楽死なんて、このわたくしがさせるとでも?」

 大股一歩でフィリップの前まで戻ってきたベアトリクスは持っていた瓦礫を脇に放り、ガッとフィリップの体を戒める縄を引いて、その体を掴み上げる。ベアトリクスが成人男性を掴み上げたのは、ロットの時も加算してこれで二回目だ。


 ベアトリクスは自分より低い位置にあるフィリップ王子の目を覗き込み、そこに恐怖の色があるのを確かめ、頬を引きつらせて哄笑する。


「死ぬなら、あなたが今までやらかしたこと、全ての罪を償ってから無様に死になさい。苦しみ、悶え、恥辱にまみれ、己の罪を後悔しながら死なねば、わたくしの腹の虫が治まりませんわ」

「ベ、ベア……」

「……わたくし、知ってますのよ。この聖堂に入るのには、離宮にあった鍵だけでなくて、グランディリア王家直系の認証が必要だと」


 それが、この祈祷の間の入り口の仕掛けだ。侯爵以上の家柄の者なら、この聖堂に入るための条件を教わっている。古の大賢者が、グランディリア直系のみに反応するしかけをこの扉に施していたのだ。

 だからメルティには、フィリップ王子が必要だった。フィリップが「自発的に」扉に触れてしかけを解除することで、メルティたちはこの間に侵入できたのだ。この聖堂が滅多に使われない理由の一つが、この解読不能なしかけがある所以だった。


 ベアトリクスはフィリップ王子を掴み挙げていた手をぱっと離し、その場に潰れるように倒れ込んだ王子を見下ろし、あざけ笑う。


「……わたくしの愛おしい友人を罵倒し、傷つけた罰。こんなところで平和的に償わせたりしませんわ。死の直前まで苦しみ、悶え、罪の意識に苛まれながら死になさい」

「……お、おまえは、なんて悪女だ……」

 ようやっとフィリップ王子の喉から出てきたのは、あまりにも陳腐な悪言。

 「悪女」と呼ばれたベアトリクスはしかし、赤い唇をニヤリと吊り上げて、言った。


「そうよ……わたくしはとんでもない悪女ですの。今気づくなんて、本当に馬鹿ね」











 その後、ベアトリクスを迎えに来たロイドが、口から魂を放って意識を飛ばすフィリップ王子を目にし、ベアトリクスの希望を聞き入れて王子を引きずって廊下まで連行してくれた。

 ひとまずすぐさま崩壊することはなさそうな廊下の隅まで引きずって、その後はぽんっとその辺に放っておく。偶然、廊下の柱の角に頭をぶつけたようだが、ロイドは特に気にしていないようだ。


「っ……訴えてやる……オルドレンジ家も、ティリス家も……」

「お黙りなさい、入場券の分際で」

「なっ……どういう意味だ!」

「メルティたちがここに入るための入場券だったでしょう? ……ロイド様、汚れた布でもあれば噛ませておきましょう。舌を噛んで死なれたら困りますので」

「そんな度胸はなさそうだけど、まあそうしますね」

 ロイドは応え、瓦礫の中からタペストリーの破片らしきものを拾い、丸めて適当に王子の口に突っ込んだ。何かくぐもった声で抗議していたが、ベアトリクスは聞こえないことにしておいた。


「感謝します、ロイド様。わたくしの我が儘にも付いてきていただいて……」

「いいんですよ、ベアトリクス嬢。僕が好きでしたことです」

 ロイドは何てことなさそうに言って、ベアトリクスの足元に転がっていた大粒の瓦礫を拾い、脇に放る。偶然、投げた破片がフィリップ王子の太ももに当たって王子が悲鳴を上げるが、どちらも特に気にも留めなかった。


「僕も、なんとなくフィリップ王子にはすっきりしないところがあったので」

「そうですか……まあ、アリシアは相当酷い目に遭わされましたからね。王子には百回くらい天に召されてほしいものですわ」

「アリシアのこともありますが、彼があなたの婚約者だと思うと、彼に嫉妬してしまったみたいです。仮とはいえ、あなたの婚約者だなんて羨ましい限りです」

 ロイドは何てことないように言って、そしてぴしっと固まってしまったベアトリクスの肩越しに廊下の先を見、あっと声を上げる。


「殿下が到着なさったようです! あ、隣にいるのはカチュアですね。よかった、無事のようで……」

「……」

「ベアトリクス嬢?」

 ロイドは固まってしまったベアトリクスに視線を動かし、にっこりと意味深な笑みを浮かべる。


「どうかなさいましたか?」

「…………あ、い、いえ……その、わたくし、疲れたのでしょうか。今、とんでもない空耳がした気がして……」

 もごもご、と言い訳するベアトリクスの頬が、徐々に赤みを増す。


「その、とてもいい空耳でしたわ! ですから、お気になさらず、ロイド様!」

「ああ、そうですね」

 ロイドは彼女らしくもなく狼狽しきったベアトリクスを見つめ、そして彼女が慌てて踵を返し、レグルス王子たちの方へ駆けていくのを、少し切ない気持ちで見届けた。

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