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愛の行方は無惨だったこと

 私の疑問に答えてくれたのは、仲睦まじげに寄り添うアレンドラ兄妹ではなかった。


「っ……どういうことだ、メルティ!」

 苦しげな声。見ると、両手足を縛られて床に転がされたフィリップ王子が、顔面蒼白でアレンドラ兄妹を見上げている。やっと喋れるようになったみたいだ。


「君は……私を騙したのか!? 妃になると、約束したではないか……!」

「まあ、お兄様。フィリップ様を縛ってしまったのですね」

 悲痛に嘆くフィリップ王子を一瞥して、メルティが大げさに嘆いて兄に縋る。何というか、兄妹というか、もっと睦まじげに見えるんだが……。

 というか、フィリップ王子が簀巻きになっていること、気づかなかったのか? 見えてなかったのか?


「私は、ちょっとの間黙っててもらうようにお願いしたのですよ?」

「すまない、メルティ。そうしようとしたのだが、暴れまくって。あまりにも邪魔だったから、縛ることにした」

 何てことなさげに答えるヨハン。メルティに向かっているときは笑顔だけど、イモムシのように転がるフィリップ王子を見る目は、冷たい――というか、無感情だ。


「さっきから騒いでうるさくて。騙したのか、の連呼で」

「そうだろう! メルティ、私と結婚するのではなかったのか! 結婚して、駆け落ちしてくれるから……だからこの聖堂にヨハン・アレンドラが案内したのではないのか!」

 べらべらと喋るフィリップ王子。……なるほど。ヨハンに騙されて、フィリップ王子はこの聖堂に侵入させてしまったのか。

 メルティはぱちぱち瞬きした後、フィリップ王子にとんでもないことを言った。


「騙してなんていませんわ、フィリップ様。だって私、あなたと結婚するつもりなんて最初からありませんもの」

「は!?」

「え?」

「なっ!」

「……はぁ?」


 あ、つい私たちも声が出てしまった。

 って……どういうこと、メルティ?


「フィリップ様は何度も私に求婚してくれましたね。それは、もちろん嬉しかったです。だって、フィリップ様が求婚してくれたから、こうして聖堂に入ることができましたもの。だから私、嬉しくはあったけれども、結婚すると答えたことはなかったはずですよ?」

 のうのうとお答えになるメルティ。絶句して、もはや青を通り越して真っ白な顔になったフィリップ王子。


 ……そういえばベアトリクスも、卒業式プロポーズでメルティは「嬉しい」と言っていたって言ってたな。メルティ……フィリップ王子までも利用していたのか。


「私、ずっとずっと前から……侯爵のお父様に拾われたときから、ずっとお兄様のことをお慕いしていましたの。でも、このままだと私はお兄様と結ばれることはできません。血の繋がりはないのに……私は、ずっとお兄様の妹でいるしかできないのです!」

 そう悲痛に嘆くメルティ。もうフィリップ王子のHPは限りなくゼロに近くてメルティの話を聞ける状態じゃない。だから、メルティの訴えを聞くのは、実質私たちだった。


「この国がいけないのです。規則、規則、そんなことばかり言ってうるさい人ばかり……だから私は、私が受け継いだ崇高な言霊で、この国をきれいにならしてしまおうと思ったのです。そうすれば、私とお兄様は何にも縛られることなく、ずっと一緒に暮らせる……」

「……だからといって国を滅ぼすなんて、愚の骨頂ですわ」

 ベアトリクスが毅然として言い返す。うん、その通りだ。


 古の賢者様は、国を守るためにメルティのご先祖様にその言霊ってのを教えたんでしょ? で、メルティのご先祖様は代々、その言霊を大切に受け継いで、実の父親からもメルティは言霊を教え込まれていて……。


 言い返されたのが気にくわなかったのか、メルティはぷうっと頬を膨らませる。


「だって、言霊を知っているのに使うな、なんて不合理じゃないの! もったいないし、せっかく強い力があるんだから、私とお兄様の未来のために使ってもいいじゃない! 持っている力を有効使うのが、一番でしょう? どうしてわざわざ封印を続けないといけないの?」

「そ、そんな理由のためにみんなを騙してきたの?」

「……本当に、嫌な言葉遣いしかできない人なのね、アリシア・ティリスさん。騙してなんていないわ。私はお兄様のお言葉に従って生きてきたのよ。たくさんの人を愛して、仲よくして、助け合うように、って。ロットもリットベル先生も、ルパード様もラルフも……みーんな、私のことを愛してくれた。フィリップ様もそうよ。みんな、私を愛してくれたから、私はここまで達成することができたの。みんなも、私も幸せ。これ以上何が求められるの?」


 ……どう見たって幸せじゃない人が、あなたの足元に転がってるんですけど。


 メルティの挙げたかつての攻略キャラたちのことを思うと、頭が痛くなる。

 五人の中で唯一、ロットだけが家族の元で矯正させられた。後の四人は、最後までメルティの駒になってしまった。「愛」という幻の関係に魅入られて、酔いしれて。


 ルパードとラルフは正気を失って襲いかかってきた。リットベル先生も、あのクールキャラの跡形もなく、メルティのために暴走した。そして最後までメルティを「愛して」いたフィリップ王子は今、簀巻きのイモムシになって伸びている。


 ……これが、メルティを愛した人たちの結末。「ヒロイン」という絶対的なゲームの強制力に逆らえなかった人たちの末期。


 義兄と結ばれることができないメルティ。彼女は、偶然知り得た自分の宿命をねじ曲げて、国を滅ぼそうとしている。全ては、今無表情で自分の横に立っているヨハン・アレンドラと結ばれるためだけに。


 ……どこまで思考がぶっ飛んでいるんだ、本当に!


 メルティは話し疲れたのか、ふうっと息をついて私を見る。


「……ずっとずっと、腹が立っていたの。アリシア・ティリスさん。私は一生懸命、みんなに愛してもらおうと頑張っていたのに、全部邪魔をする。一生懸命な私を蹴落としに掛かって、私を愛してくれる人たちを遠ざけて」

 ……は?


「ちょっと、それのどこが愛なの! しかも、一生懸命とか言いながら、お馬鹿なことばっかやって皆にドン引きされてたのはそっちでしょ!」

 気づけば、私は怒鳴っていた。ああ、ここ数年間の鬱憤が、全て吐き出される。


「腹が立つのはこっちだっての! 学校で好き勝手やらかすわ、攻略キャラを侍らせて被害者面するわ、挙げ句の果て、曲がりなりにも自分を信じてくれた人たちを駒にしてポイ捨てするわ! それを『愛のため』で済ませようとするなんて笑止千万! 義兄と結婚したいから国をぶっつぶすとか、ふざけてんの!?」

 メルティは驚いたように、私の顔を見ていた。数秒、沈黙した後彼女はヨハン・アレンドラの顔を見上げる。


「……お兄様、あまりに下品な言葉過ぎて私、理解できなかったのですけれど」

「大丈夫。それは僕も同じだよ、愛するメルティ」

 そう言って、メルティを抱き寄せてその頬にキスをするヨハン・アレンドラ。うげ、とお兄様かベアトリクスかが感想を述べる。


 ……メルティもメルティだけど、そんなメルティと両想い状態のこの人も、相当やばい人間だな。言ってることとやってることがむちゃくちゃすぎる。


「でも……少なくとも僕たちのことをよくは思っていないようだよ。ねえ、メルティ。折角だから、君の聖なる言霊で最初に、あの女を殺してみたらどうかな?」

 え、何、物騒なこと言ってんのこの無表情イケメン?


「お兄様……私、いくら私のことを嫌う人でも、殺してしまうのはかわいそうです……」

「違うんだよ、メルティ。彼女らの死は、僕たちの未来の礎になるんだ。僕たちを刃向かう者を始末することで、僕たちの未来が開ける。そうだろう?」


 んなわけないだろ、どアホ!


「! そうですね! では早速!」


 おいおい、信じるのかメルティ!

 メルティはするりと兄の抱擁から離れて、私たちを振り返り見てにっこりと微笑んだ。


「それでは、アリシア・ティリスさん。私は今から、賢者様から授かった言霊で『兵器』を蘇らせます。一番最初にあなたたちを……それから、私を嘘つき扱いしたひどい人――フィリップ様を、尊い私たちの未来の土台にして差し上げますね」

「は、何を言って……」


 祭壇上でメルティが、何かを唱える。それこそが、「賢者様」が伝えた封印の言葉。この世界に存在しない言語で紡がれた、言霊。


「これが……」

 とっさに身構えたベアトリクスとお兄様。でも――


 私は、動けなかった。体が見えない糸で縛られたように、動けない。


 なぜなら、メルティが唱えた言葉は、それは――

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