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ヒロインの発想はやっぱりとんでもなかったこと

 私は、この場にメルティがいると思っていた。そして、ついでにフィリップ王子辺りもくっついてるんじゃないだろうかと。


 その予想は、当たっていた。がらんとした祈祷の間には、ドウモオヒサシブリ、なメルティとフィリップ王子がいた。でも、もう一人、いた。

 それから、三人の立ち位置は私が思っていたのと、ちょっと違っていた。


「あら……お客様かしら?」

 真っ赤な絨毯が敷かれた、祭壇。そこにあたかも説教をする神父のように立っていたメルティが、頓狂な声を上げる。


 しばらく振りに見るメルティは、私の記憶の中の彼女とほぼ変わっていなかった。ただし、着ているのはどきついピンク色のドレス。本当に、ちょっとはTPOを考えてほしいカラーセンスだ。

 彼女の隣には、見たことのない男性が立っていた。フィリップ王子じゃない。すらっと背が高くて、髪は栗色。顔立ちはきれいだけど、蝋人形みたいに生気が感じられない。


 ……いや、ずっと前に見たことがあるような……?

 ちなみに、メルティ親衛隊隊長でもあったフィリップ王子はというと。


「……これは一体?」

 お兄様が呆然と呟く。そりゃそうだろう。

 メルティは祭壇で栗色の髪の男と並んで立っているし、てっきりメルティの隣にいると思っていたフィリップ王子は、なんと祭壇の下で両手両脚縛られて転がされているではないか!

 フィリップ王子は私たちの到着に気づいたのか、転がったまま顔を上げる。そして、潰れたカエルのような悲鳴を上げた。なんというか、同情のしようがない酷い有り様だ。


「メルティ……彼らが、君の言っていた?」

「そうですの! 私たちの務めを妨害しようとする、浅ましい連中です!」

 無表情男に尋ねられたメルティは、とたんに甘えた声を上げて男の胸に飛び込む――って、おいおい。

 フィリップ王子が足元でくぐもった声を上げるのにも構わず、メルティは男の腕の中でこっちをキッと睨んでくる。


「どうして……いつもいつも、私の幸せを妨害しに来るのですか、アリシアさん!」

「いや、どう見てもこれ、幸せな風景には見えないんだけど」

 険悪な雰囲気にもかかわらず、相変わらずなメルティに思わず突っ込んでしまう。だって、ほら、あなたの足元で、あの、どっかの国の王子様が簀巻きで転がってますよ?

 ベアトリクスも、フィリップ王子にちらとだけ視線を向けた後、眉を寄せてメルティに歩み寄る。


「理解に苦しみますが……大方、フィリップ王子を城から脱出させるのも、離宮を襲撃させたのも、あなたの策ですわね、ヨハン・アレンドラ殿」

 ヨハン……ああ、あれか! アレンドラ侯爵の実子で、メルティの義理の兄! ゲームでもちらっとだけスチルが出てたから、見覚えがあったんだ!

 ……でも、ゲームの立ち絵のヨハンって、こんなマネキンみたいな不気味な顔だっけ? 攻略キャラたちに負けず劣らず美形で、発売前に売られた雑誌に載ってたスクリーンショットを見て、たくさんのお姉さんたちがヨハンに一目惚れしたと聞いたことがあるけど。


 ……ん? 攻略キャラ並みに、美形……?

 ヨハン・アレンドラはベアトリクスを一瞥した後、こっくりと頷いた。


「……そうだが、それが何か?」

「さしずめ、フィリップ王子はいいように利用されたのだな」

 お兄様も、イモムシ状態のフィリップ王子を冷めた目で見下ろして言う。ところがメルティが反応して、首をふるふると横に振った。


「利用なんて、とんでもない……フィリップ様は、どこまでも私たちに真心を尽くしてくれました。だから私たちも、フィリップ様の協力を仰ぐことにした、それだけです」

「協力者を普通、簀巻きにする?」

 私は慎重に言葉を掛ける。まずは、状況把握だ。


 メルティの目的は、一体何――?

 メルティは私の突っ込みは無視して、はあ、と深いため息をついた。


「私は、崇高な使命を賜った、特別な人間ですもの。私は、私の体に溢れる力を適切に使おうとしているだけ……今からその神聖な儀式をするというのに、土足で入ってこられては困ります」

「特別な人間?」

「儀式?」

 お兄様とベアトリクスの声が被る。自分の言葉が関心を引いたことが嬉しいんだろう、メルティは隣に立つヨハンの手を握ってうっとりと、語り始めた。


「そう! 私は、とても特別な人間なの……分かります? 私は、選ばれた人間。この世界を破壊する『兵器』を操る言葉を知っているのですよ!」

 メルティは、笑う。愛らしく、どこまでも残酷に。

 そして、メルティの唇が、真実を語る。









 彼は、今にも力尽きようとしていた。

 長い旅をできるほど、彼は若くも健康でもなかった。それでも彼は、娘を探さなければならなかった。


 彼は娘に、伝えるべきことがある。

 彼や娘の祖先が代々受け継いできた、密かなる役目。幼い頃に彼から消えた娘に、彼は末裔として伝えなければならない。

 この、グランディリア王国の歴史を支え、それでいて誰もこのことを知ることのない、裏の役目を。





 ある日、彼はついに娘を探り当てた。娘は幼少の頃に生き別れたときより、ずっと大人びてずっと美しくなっていた。

 彼は、命尽きようとしていた。ボロ布のようになった彼は、訝しげな眼差しをする娘に、件のことを伝えた。


 娘は、驚きに目を見開く。それもそうだろう。娘の脳裏に焼き付く、謎の言葉。その謎を解く鍵を、彼が打ち明けたのだから。

 娘に全てを伝えると、彼は静かに息を引き取った。最期に役目を全うできてよかった、後は娘がうまくやってくれる。そう信じていた彼の顔は、どこまでも安らかだった。


 娘は、息絶えた男をしばし、見下ろしていた。そして、娘は顔を上げる。

 十人中九人が振り向くような美貌を笑顔でほころばせ、娘は呟いた。







「まあ! だったらこの国を滅ぼしちゃいましょ!」

 と。








「……冬の寒い日に、私の屋敷の前に倒れていた汚い人。その人は、私の実のお父様だったのです。お父様は、私が幼い頃、生き別れていたのです」

 メルティは語る。自分の言葉に酔っているように、恍惚とした表情で。


「その人は、教えてくれました。私がなぜか記憶している、謎の言葉。意味も分からないその言葉の、存在する価値を。……ねえ、分かります、アリシアさん? 私は、偉大なる賢者様のお言葉を記憶する、唯一の人間なのですよ?」

「賢者様のお言葉……?」

 えっと……何だかずっと前、そんな話をお兄様がしてくれたような……しなかったような……。

 考える私をよそに、相変わらずメルティは、私の返事はどうでもいいみたいだ。さっさと話の続きに戻っている。


「そう。……数百年前、戦争の真っ直中だったグランディリア王国を救った賢者様の話です。賢者様は、その異国の言霊で巨大な力を封じたということです。そして賢者様は、ある一族を見守り役として、その膨大な力を封印した言葉を連綿と受け継がせたのです」

「えっ、じゃあまさか、あなたがその一族の……?」

「そう。私の一族は、封印の言霊を賢者様から授かった、選ばれし一族。私のこの言葉で、偉大なる『兵器』をこの世に復活させられるのです」

 こつん、とメルティの靴底が音を立てる。冷え冷えとした広い祈祷の間。今は、その聖堂全体が脈打ってるんじゃないかと、どくんどくんと忙しなく私の血管が沸騰する。


 思い出した。お兄様が教えてくれた、「賢者様」の伝説。

 隣にいるお兄様も同じことを思ったんだろう、はっと息を呑んだようだ。

 メルティは驚きの表情の私たちを見て、微笑む。


「素敵でしょう? 私が、『兵器を封印させた聖堂で言霊を唱える』ことで、グランディリアなんてさくっと潰せてしまうのですよ?」

「潰す……? え、ちょっと待って! あなたは、賢者様の意志を守って、その『兵器』ってのを復活させないように見守るんじゃないの!?」

 いよいよメルティの言っていることがおかしい。だって、賢者様は「兵器」を封じるためにその言霊を使って、それをメルティの一族に伝えさせたんでしょ? で、正しくその言葉を伝えて「兵器」を守れってことじゃないの?


 封印を破ったらだめじゃん!


 でもメルティは、私の焦りが全然理解できなかったみたいだ。きょとんとして睫毛を瞬かせ、首を傾げる。腕を、隣にいる義兄の腕に絡めて、その体に頬をすり寄せて。


「そんなことを言われても……だって、こんなにすごい力があるのに、どうして隠しておくのですか? 一言唱えたら、私が世界で一番偉くなれるのに? 大好きなお兄様といつまでも一緒でいられるのに?」

「どういう――」

 問いかけた私の脳裏に、ぴしゃっと稲妻が走る。


 ヨハン・アレンドラ。乙女ゲーム「恋の花は可憐に咲く」に出てくるサブキャラ。ヒロインの義兄で、次期侯爵の有能な男。


 そして彼は――シルエットしか雑誌には公表されてなかったし、ルート解禁する前に私は死んでしまったけれど、私は確信を持った。


 彼は、最後の攻略キャラ。最速でも二巡目でルート解禁で、かなり面倒な条件を満たすことで攻略キャラになる、最難関のキャラクター。


 「攻略は難しい」「既に登場している人物」「ヒロインのことをよく分かっている」などなど、雑誌や取説にはぼんやりとしたヒントだけ与えられていた、六人目の攻略キャラだ。間違いない。


 ……え? つまり、何? どういうこと? というか、フィリップ王子からのプロポーズの話は、どこにいったの? っていうか、いつの間にメルティは二巡目に入ってたの? まさか、最初からヨハンルートに入ってたってオチか!?

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