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ついにたどり着いたこと

 王城から離宮までの距離は、さほど遠くない。考え事をしていればすぐに着く距離なので、この道中を気長に感じたことも、それほど多くなかった。


 だが、今は違う。一刻でも早く、離宮に到着せねばならない。

 馬車に乗るレグルスは、腕を組んで厳しい表情で窓の外を睨んでいる。


 ――王城で父王と共に打ち合わせを行っていたレグルスの元に火急の連絡が入ったのは、そろそろ詰めの段階に入ってきた頃だった。

 挨拶もそこそこに入室してきた侍従を、最初父王は叱り飛ばそうとした。だが彼によってもたらされた報告に、親子は青ざめた。


 ――お部屋に、フィリップ王子の姿がありません!


 まさかまた出奔か、だがあの厳重な警備をどうやって……? そう困惑する二人の元に、続いて青い顔の衛兵が駆け込んでくる。


 ――離宮近隣に住む者からの通報です!


 彼の報告を聞き、レグルスはすぐさま王城を飛び出した。城門前に待たせていた馬車に飛び乗り、馬を走らせて離宮に急ぐように命じる。

 衛兵の報告によると、近隣に住む者が、離宮と大聖堂付近で悲鳴や大きな物音がしていると警備兵に通報したそうだ。警備兵は一部の者を王城への伝達に向かわせ、他の者で離宮に駆けつけているという。だが、そもそもあの地域は警備兵の数は多くない。離宮内は多くの衛兵を常駐させているが、離宮外部はそれほどでもないのだ。


 離宮が襲撃された。そしてほぼ時を同じくして、フィリップ王子が城を飛び出した――

 レグルスは渋い顔で窓ガラスを睨む。そこには、しかめ面の自分の顔が映り込んでいる。

 フィリップ王子が関わると、本当にろくなことにならない。彼が王家の名簿から追放されるまで秒読み状態だったが、まさかあの警備を突破されるとは。侍従の読みでは、内通者がいたのではないかということだった。


 考えたくなくても、最悪の展開しか予想できない。

 フィリップ王子が城を脱出し、離宮に向かった。そして、離宮にいるアリシアたちを――


 ガッ! と鈍い音に続いて、激しい揺れ。レグルスは反射的に腕を突っ張って、額を馬車の壁に打ち付けることは防いだ。だが馬車は傾いたままで、レグルスは舌打ちする。すぐにドアが開き、汗を掻いた御者が低く項垂れる。


「申し訳ありません、殿下! 馬車の車輪が外れ、車体が傾いており……」

「修復は不可能か」

「はい、根本に刃物の傷跡があり、おそらく故意に傷つけられたものかと……」

「まさか、点検の時に見落としたわけじゃあるまい……いや、それを問いつめるのは後だ。馬を一頭貸してくれ。乗っていく」

 レグルスは座席に置いていた自分の荷物を担ぎ、慌てふためく御者を押しのけて傾いた車体から出る。


 地面に降りてみれば、確かに、馬車の前方右側の車輪の軸がポッキリ折れており、本体から分離された車輪が脇に転がっていた。今この場にいるのは、レグルスと御者、そしてお付きの騎士二人の四人のみ。いくら大人の男四人でも、重量のある車体を持ち上げて車輪を直すことはできない。できたとしても、時間の無駄だ。

 レグルスの命令を受けた騎士の一人が下馬し、レグルスに手綱を渡す。


「殿下のお供にはホラントを付けます」

 下馬した騎士がそう言い、残った方の騎士も、馬上でしっかりと頷く。


「このホラント、離宮までの殿下のお供を務めます!」

「頼んだ、ホラント。おまえたちは悪いが、近隣の村に駆け込んで――」

 レグルスの言葉の途中で、ひゅん、と空を切る裂帛の音が割り込む。


 とすん、と音を立ててレグルスの足元に刺さったのは、軸の短い矢。矢羽根はまだ細かく振動している。

 すぐさま騎士二人が剣を抜き、レグルスを庇うように立ちふさがる。


「何者だ!?」

 御者が差し出したカンテラを掲げ、騎士は叫ぶ。だが、馬車道の両脇は鬱蒼とした針葉樹林で固められており、当然だが襲撃犯から言葉の返事はない。

 その代わりに、二本目の矢が飛び、今度はレグルスが手綱を持つ馬の足元に突き刺さる。とっさのことに嘶く馬だが、すぐさまレグルスが手の平で馬の腹を撫で、宥めさせる。


「これは、ひょっとして……」

「殿下、応戦いたしますか!?」

「いや……こいつら、足元を狙っている。私たちの移動手段を奪うつもりだ」

 三本目の矢は、下馬した騎士が弾いた。やはりそれは、レグルスが乗ろうとしている馬の足元を狙っている。


 レグルスの読みは正しいようだ。騎士たちも敵の意図に気付いたのか、はっと息を呑む。

 レグルスは鐙に脚を引っかけ、鞍にまたがる。そしてすぐに、部下たちに指示を飛ばす。


「ホラント、着いてこい! ウォルト、おまえは御者と共に馬車の中に避難しろ! 矢の攻撃なら、防げる。接近戦にもつれ込んだ場合は車体を盾に応戦しろ! 安全確認ができ次第、報告に戻れ!」

「はっ! ご無事で、殿下!」

 ウォルトが御者を引きずって安全確保をするのを横目に、レグルスは馬の腹を蹴る。夜の闇の中を駆けだしたレグルスと、その後を駆けるホラント。


 ひゅっ、と矢がレグルスの腿をかすめ、あさっての方向に飛んでいく。乗馬用ブーツに少しだけ切れ込みが入ったが、皮膚は傷ついていない。

 やはり、この襲撃者はレグルスたちを離宮に行かせまいと、馬やレグルスたちの足を狙っている。先ほどの矢の命中率からして、さほどの手練ではない。だが、一発でも馬の脚に命中すれば落馬は避けられない。


「ホラント、一気に駆ける!」

 レグルスは被っていた帽子を目深に引き寄せ、キッと唇を引き結んだ。


 離宮まで、あと数分。











 後ろを振り返りたくて、仕方がない。


 私はお兄様とベアトリクスに脇を固められ、大聖堂の廊下を走っていた。

 残してきたカチュアとチェリーが無事なのか、気が気でない。でも、彼女らのことを心配するほど、私には余裕もない。


「僕の予想が正しければ……この先が、大ホールの一角、祈祷の間だ」

 お兄様が立ち止まる。その頃には、私の背中の痛みもだいぶましになっていた。チェリーが着せてくれた防刃上着に感謝だ。


 私たちが立ち止まったのは、ぶ厚い鉄製の大きな扉の前。扉は観音開きで、表面に渦巻く蔦のような模様が彫り込まれている。

 扉の中央に手の平を当てたベアトリクスが、眉を寄せる。


「……鍵が、開いておりますわ」

「何?」

「じゃあ、やっぱり鍵を奪ってここに押し入ったんだ……」

 どくん、と心臓が大きく鳴る。この先に、いる。あいつが、いる。

 お兄様とベアトリクスも同じことを考えたんだろう。私たちは三人、意思を確認し合うように視線を絡めさせた後、ゆっくり頷いた。


「……扉は、お兄様に開けていただいても?」

「分かっている。それが一番いいだろうな」

 お兄様は扉の左右にそれぞれ手の平を押し当てる。一度鍵を外されたドアは、難なく内側に向かって開く。お兄様はそれほどの怪力でもないから、あまり重い扉じゃないみたいだ。


 ぎぎぎ、とゆっくり、扉が開く。


 そして開かれた目の前の光景に、私たちは言葉を失った。

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