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またもやダメンズが立ちはだかったこと

 いきなり現れたラルフ・オードリーはカチュアに任せ、私たちは聖堂の廊下を走る。


「お兄様、大ホールはどっち?」

「普通、グランディリアの教会は北に一番大きな聖堂がある。これだけ広い場所だから、本聖堂までの距離も相当だろうが……」

 お兄様が呟く。そして、ベアトリクスも辺りをきょろきょろさせつつ、言った。


「カチュアが引き受けてくれたからでしょうか……ここらはまだ、静かですわね」

「離宮で殺害された衛兵も、ラルフ・オードリーにやられたということかな」

「……いや、彼じゃない……少なくとも、彼一人じゃない」

 神妙な声を上げるお兄様。お兄様が立ち止まったから、私たちも止まる。

 お兄様は壁の柱に手を付け、辺りを窺いつつ言う。


「ラルフ・オードリーは剣の心得があるようだが、あの剣戟は彼が持っていた、半月刀の刀傷ではない。あれは、僕の目が間違いなければ王城で支給される――」

「! 危ない、アリシア!」

 ベアトリクスの裂帛の声。お兄様がいる壁とは逆の曲がり角から現れた、細長い影。

 そいつは、自分に一番近い場所にいた私に向かって、剣を振り上げる。ラルフが持っていた曲型の半月刀ではない。幅広で刀身が長い、騎士剣だ。


「お嬢様!」

 ふわり、と私の前にチェリーが立ちふさがる。その手には、小さな黒い物体。

 キン! と音を立てて騎士剣が弾かれる。相手はチッと舌打ちし、廊下へと逃げ帰る。


「襲撃だ! 皆、ここを切り抜ける――」

 振り返ってそう言うお兄様だけど、言葉途中でその目が見開かれている。

 お兄様が、私の名を呼ぶ。振り返ったチェリーの目が、真っ赤に染まる。ベアトリクスが、悲鳴を上げる――

 どうしたの、と問う間もなく、私の背中がビリッと痛み、焼き鏝を押し当てられたかのように熱くなる。


「お嬢様ーっ!」

 ふらついた私の体を、お兄様が抱きとめてくれる。……何、これ? 背中が、熱い……?

 お兄様の腕の中で、私は背後を見た。剣を構える、長身の男。その男と対峙するチェリー。


「チェリー……」

「いけません、アリシア。敵はあいつだけではありません」

 ベアトリクスが私の腕に触れて、固い声で言う。……本当だ。先頭にいる男の他にも、廊下からはわらわらと、黒服の不審者たちが集まってきた。どの手も持っているものは、幅の広い騎士剣だ。


 騎士剣を持っている……つまり……?


「ロイド様、アリシアの傷は?」

「背中を斬られたようだが、着ていたコートに針金と綿が仕込まれていた。傷は浅い。少ししたらアリシアも立ち上がれるだろう」

 お兄様とベアトリクスが何か言っている。確かに、背中は痛いしヒリヒリするけど、これで死ぬとは思えないし、ここで死んでやるものか。


「チェリー……」

「お嬢様、お先にお行きください」

 チェリーは、私たちの方を見ない。徐々に、敵の包囲網は近付いてきている。

 先頭の男が被っていたフードがはためいて――私は、あっと叫ぶ。

 ラルフ・オードリーに続き、知っている顔。これまた「恋の花は可憐に咲く」の攻略キャラの顔。


「ルパード・ベルク……」

 ベアトリクスも同じことを思ったんだろう。苦々しく言って、彼女はお兄様の指示を受けてお兄様のポケットに手を入れ、そこから出した何かをチェリーの方に放った。

 チェリーからすれば後から投げられたはずなのに、チェリーはこっちを見ることなく、空中でその物体を受け取って鞘を外す。それは――手の平ほどの長さの、銀刃のナイフだった。


 ルパード・ベルクは、元は王城の騎士だったイケメン。彼は剣術の講師として、時々私たちがいた学院に来ていた。そして、まんまとメルティに心を奪われて彼女の僕に成り下がっていた。それが、今からもう二年も前のこと。

 私を集団包囲した面々の中で、凶器を持ちだしたのがラルフ・オードリーと彼だった。明らかに私を傷つける気でいた二人は、他の連中よりずっと重い刑を科された。結末は、確かラルフと同様にどっかの鉱山に飛ばされたって噂だった。ラルフが再登場したことから何となく嫌な予感はしていたけど、まさかルパードまで、ゲームの強制力に負けてメルティの支配下に堕ちたなんて……。


「チェリー、頼む」

 お兄様が言って、お兄様は私を抱えたまま、踵を返す。えっ、と思っていると、ベアトリクスもお兄様の隣に並んで走りだす。


「え、ちょっ、お兄様、チェリーは……!?」

「おまえも知っているだろう。チェリーの、本当の姿」


 お兄様に低く言われ、私は息を呑む。

 チェリーの、本当の姿。

 知っている。いや、見たことはないけれど――


「チェリーが言っただろう、先に行ってくれと」

 カチュアと同じだ、とお兄様が言うと、ベアトリクスも頷いた。


「わたくしたちは、ここで二人も三人も立ち止まっていてはいけません。この騒ぎを起こした主犯である者の元に、急ぎましょう、アリシア」

 有無を言わさない、二人の言葉。


 チェリー――


 大聖堂の中心部は、もう間近だった。

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