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ヤンデレ系攻略キャラが立ちふさがったこと

 気づけば私は大きな声を上げていた。

 理由は分からない。お兄様の言葉に従って、レグルス様に保護してもらった方がいいんだって、自分でも分かっている。お兄様やカチュアと違って、私は戦いの知識がない。いざ襲撃犯とかち合っても、私がいても戦力になるどころか、お荷物にしかならない。

 分かっているけど――


「お願いします、お兄様!」

「っ……だめだ、アリシア! おまえを連れて行くことはできない!」

「だったら自力で行きます!」

「こら、待てっ――」

 お兄様が手を伸ばすけど、私はするりと身をかわして西側廊下に突進した。

 行かないと、私が行かないと。


「アリシア!」

 後ろから伸びてきたお兄様の手が、私の腕を掴む。振りほどこうとしたけれど、お兄様は私を引き寄せて、私の足はずるずると廊下を滑って逆走してしまう。


「いい加減にしろ、アリシア! 僕の言うことが聞けないのか!」

 お兄様が私の耳元で怒鳴る。温厚なお兄様に叱られた事なんて一度もなかったから、つい及び腰になってしまう。

 でも、そんな激昂するお兄様を止めたのはチェリーだった。


「ロイド様! 離宮の廊下から追っ手が!」

「行くしかありませんわ!」

 ベアトリクスも叫んでいる。お兄様は背後を振り返って、廊下に溢れる不審者の姿を認めたんだろう、チッと舌打ちして私の手を引いて走りだした。


 ボン! と背後から大きな音がする。ちらと振り返ると、チェリーが迫り来る追っ手に何かを投げていた。あっという間に、チェリーの前がもわもわとした白い霧に包まれる。

 ……目くらまし用の小麦粉玉か。チェリー、あんなもの持ってたんだ……。


「……分かってくれよ、アリシア。僕は、君を危険な場所に送りたくないんだ」

「分かってます、お兄様……叱ってくれて、ありがとうございます」

 私はお兄様の手を握った。大聖堂まで、あとわずかだ。









 背後から来る追っ手をはね除け、私たちは大聖堂に滑り込んだ。

 やはりというか、重厚な鉄製の扉は大きく開け放たれ、扉の前には喉を切り裂かれて絶命した衛兵たちが横たわっていた。


「相手は相当の手練だ……きっと、聖堂内にいる」

「ですわね。中でこそこそと悪さをするおつもりみたいですわね」

 ベアトリクスも警戒の色を解くことなく、慎重に辺りを見回す。どうやら、下手に私をここらに放り出すよりは全員固まっていた方が安全だと思ってくれたんだろう。私はカチュアとチェリーに挟まれながら、お兄様たちについて大聖堂内に足を踏み入れた。


 聖堂の床は真っ白な石でできていて、ぼんやりとした燭台の明かりが映り込んでいる。でも、あちらこちらにも襲撃を受けた衛兵たちが転がっている。どれも、喉を狙われているようだ。


「さて、お敵様はどこに行ったのかしら?」

 おどけたようにベアトリクスが言って、広々としたホールを見上げた。

 大聖堂のホールは、その先にいくつかの廊下に分かれていた。私たちから見て左右に一本ずつ、細い廊下があって中央には太めの廊下が。たぶん、あの廊下を真っ直ぐ行くといずれ、レグルス様も式を行う大ホールに着くんだろうね。大ホールまではまだ、距離がある。と――


「……おやおや、地に堕ちたご令嬢の到着ですか」

 背後から響く、男性の声。続いて、シュッと金属が擦れる音――


「アリシア!」

 カチュアが叫び、背後を振り返った私の前に躍り出る。


 ガキン! と音がして、カチュアの剣が何者かの剣とかち合う。十字型に結ばれた剣はしばらく拮抗していたけれど、カチュアが剣を大きく振るうと、背後からの襲撃者は大きく跳んで後方に下がる。

 声からして、若い男だ。上から下まで真っ黒な衣装で、頭部も黒いフードを被っているから表情は全く分からない。

 でも、その声には聞き覚えがあった。ただし、彼の声に反応したのは私だけじゃなかった。

 私を庇ったカチュアが、息を呑む。そして、細身の剣を前に構え、吐き捨てるように言った。


「……よくもまた、わたくしの前に現れましたね」

「それはこちらの台詞……ご立派になられましたね、カチュアお嬢様?」

 そう言って男はククク、と低く笑う。甘い低音ボイスなのに、どこか狂気を感じる声。

 私は、彼を知っている――


「私たちの愛おしい方のためです。……ここで死になさい、カチュアお嬢様」

 そう言って、笑う。ばさりと、その頭部を隠していたフードが後に落ちる。

 彼は、見事な銀髪を揺らして笑っていた。


 「恋の花は可憐に咲く」の攻略キャラ、ラルフ・オードリーは不敵な笑みを浮かべて、そこに立っていた。









 ラルフ・オードリー。乙女ゲームの攻略キャラの一人で、物腰丁寧な敬語キャラ。かつてはカチュアの実家であるレイル伯爵家に仕える執事で、カチュアは自分に献身的なラルフに恋をしていた。それは、ゲームでも現実でも同じだった。


 でも、メルティを思うあまりヤンデレと化したラルフルートを選んだ場合、本来ならカチュアは彼に惨殺されるはずだった。でもカチュアは早々にラルフに見切りを付け、彼が追放される前にレイル伯爵家の使用人名簿から彼を除籍している。そして、学院内で殺傷目的で刃物を持ちだした彼は、どっかの鉱山の従業員にさせられた、的なのをぼんやり聞いていたけれど。

 そんな彼が、なぜここに?

 カチュアはラルフから視線を外さず、ふんと鼻息をつく。


「……さては、またしてもメルティ・アレンドラの魔性に引っかかったのですね。何年経っても学習できない男ですね」

「ほう、私の前でメルティを貶すとは、本当に死ぬ覚悟ができているのですね、カチュアお嬢様?」

 ラルフはカチュアを煽るためか、わざと「カチュアお嬢様」とねっとりと囁いてくる。でもカチュアは臆した様子もなく、背後にいる私たちに声を掛ける。


「……先に行ってくださいな、皆」

「カチュア……」

「大丈夫。わたくしもついに、自分の過去に潔斎する場面がやってきたのです。彼を倒して、すぐさまあなたたちを追います」

 静かに宣言するカチュア。彼女に対し、ラルフは馬鹿にしたように低く笑った。


「私を倒す、ですと? 私に倒され、大切なお仲間をも滅多裂きにされる、の間違いでは?」

「行って、アリシア」

 鋭いカチュアの声。その体がふわりと跳躍した。

 ギン、と二人の剣がかち合う。私は静かに、その場から後退する。


「アリシア……」

「行こう、みんな。きっと、奥にはあいつがいる」

 私の言葉に、お兄様やベアトリクス、チェリーは目を見開く。


 そう、ラルフがああ言っているんだ。

 きっと、聖堂の奥には……この襲撃事件を起こしたのは――


「信じてるよ、カチュア!」

 私は叫ぶ。


「先に行くから……絶対、追いついてよ!」

 返事は、鋭い鋼の音だった。

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