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襲撃を受けたこと

 薄暗い、廊下。壁には点々とたいまつが焚かれているが、その灯りも頼りなく、深夜を前にした離宮はひっそりと静まりかえっていた。

 本日到着した客は、ティリス男爵令嬢御一行のみ。その客人五人の部屋も一箇所に固めているため、客人のいない廊下はしんと静まりかえっており、衛兵の姿も疎らだ。


 さやさやと秋の風が吹く、夜。

 ――夜のしじまを、耳を劈くような絶叫が切り裂いた。









 私はこう見えて、目覚めはいい。

 スマホのアラームとかを掛けて寝れば、百パーセントアラーム音で目覚められる体質だった。よく、目覚ましの音が聞こえなくて寝続ける、って人がいるけど、そんなことない。タイマーを掛ければ絶対に起きられるのは、ある意味特技でもあった。

 そんな私は、遠くから聞こえてくる叫び声で一気に覚醒して跳ね起きた。


「っ……何?」

 私は体を起こす。たぶん、男性の声だ。ゴキが出た……んなわけないか。


「お嬢様、お目覚めですか!?」

 すぐさまチェリーが続き部屋から飛び込んできた。彼女はまだぼんやりする私の前で、ささっとランプに火を付ける。


「今の悲鳴、聞こえましたね?」

「うん……えっと、まさか非常事態……?」

 じわじわと現実が足元から這い上がってきて、私の体が徐々に冷たくなる。まさか、こんな夜中に襲撃――?

 チェリーの手を借りて私が寝間着から普段着に着替えていると、廊下の方でガチャガチャ音がした。


「アリシア、チェリー、いますか!? ベアトリクスとカチュア、ロイド様です!」

「お三方も来られましたね」

 私たちはリビングに移動し、廊下にいる三人を招き入れた。

 ベアトリクスとカチュアはしっかりと普段着だけど、お兄様は就寝用のラフな格好に上着を被り、護身用の剣をひっさげただけだった。あ、よく見るとカチュアも帯剣している。


「今の悲鳴……北東の方から聞こえましたね」

 カチュアはドアや窓の方を警戒しつつ、低く言う。悲鳴がした方角まで分かるなんて……すごいな。


「ロイド様、離宮の北東に何があるか、ご存じですか?」

「……大聖堂は西の渡り廊下を使うんだよな。北東は……分からない。レグルス殿下の部屋も、北だったはずだ……」

 お兄様は考えつつ言う。それに、レグルス様はまだ戻ってきていない。

 今、離宮にいるのは私たち五人と、後は離宮付きの侍女と衛兵たちだけ。だけのはずだけど――


「ティリス男爵令嬢! ご在室ですか!」

 再びドアがノックされる。お兄様とカチュアが立ち上がって、ドアの方に向かった。


「妹のアリシアはいる。ティリス男爵領から来た五人は全員無事だ。名を名乗れ」

「それは安心いたしました。私はグランディリア王宮騎士団、青騎士団のモーガン・ジョハンと申します」

 所属もきちんと言えたのなら、彼は不届き者じゃなくて確かに衛兵の一人なんだろう。お兄様もその名前に覚えがあるようで、「ジョハン家の者か」と呟いてドア越しに話をしている。


「ご苦労だった、ジョハン殿。外の様子は?」

「はっ、離宮の北東が外部の者から襲撃されました。現在、巡回兵を北東に向かわせて事態の把握と援護に回っております」

「なるほど。では、我々は部屋で待機でよいのか?」

「はい。廊下は我々が警備いたしますので、男爵令嬢御一行は室内で――」

「! ……いけませんわ、ドアを開けて!」

 あさっての方向を見ていたベアトリクスが叫ぶ。何、と思ってそっちを見ると――


「っ!?」

 息を呑んだ私を、チェリーが引っぱる。既にお兄様は鍵を開けて、廊下にいた衛兵に何か叫んでいる。

 ベアトリクスが気づいた、異変――私たちのいる部屋のベランダに、黒い影が映り込んでいる。

 侵入者だ――!


「窓から侵入するつもりですわ! 皆、逃げましょう!」

 ベアトリクスが叫び、お兄様とカチュアが剣を抜く。部屋の中が迎撃モードになったのに気づいたのか、それまで音を忍ばせていたベランダの侵入者が何かを振りかぶり、窓ガラスに打ち付けた。

 バリンバリンと派手にガラスが吹っ飛び、すかさず廊下にいた衛兵たちがなだれ込んできた。


「ご令嬢方は避難を!」

 さっきお兄様に名乗った大柄な衛兵が叫び、ベランダから侵入してきた人物に衛兵たちが斬りかかっていく。


「アリシア、逃げましょう!」

 私の腕が引かれ、カチュアが鋭い声を上げる。見るとお兄様が先頭で廊下に飛び出し、ベアトリクスも手招きしている。しんがりは、チェリーだ。

 私はカチュアに引っぱられ、途中からは自分の足で、廊下に出た。遠くの方からは、悲鳴がまだ上がっている。さっきは男性の声だったのに、今は女性の声も聞こえる。侍女たちは大丈夫なんだろうか……。


「どちらに逃げますの、ロイド様!?」

 ベアトリクスが問うと、廊下の様子を窺いつつ進んでいたお兄様が振り返る。


「一番の激戦地と思わしき北東は避けます。西側階段から一階に下りて、正面玄関から……いや、だめだ。さっきの奴らは、南から入ってきた――」

 そういえばそうだ。私たちの部屋は南向きに窓があったから、離宮の南側は既に侵入者に囲まれていると思っていいはずだ。


「西側には大聖堂に続く廊下がありますよね」

 夕方、衛兵に教えてもらった場所を思い出しつつ私は言う。確か、あの廊下はもうちょっと先にあったはずだ。あそこは閉鎖廊下だったけど、逆に言えばさっきのベランダからの侵入のように脇から攻撃される心配はない。大聖堂の所まで出てしまうと、脇に階段がいくつもあったからそこから脱出できる。


「そうだな……仕方ない、西側から脱出しよう。ったく、一体何が……」

 お兄様はブツブツ言いつつ、西側廊下への道を急ぐ。

 廊下を、お兄様が先頭でベアトリクス、私とカチュア、チェリーの順で走る。廊下はほぼ真っ直ぐで、すぐに離宮の南西角まで到達した。この角を曲がれば西側通路はすぐ、だけど――


 先頭を走っていたお兄様が、角を曲がったところで足を止める。ベアトリクスもお兄様の後で立ち止まり、「なんてこと……」と呟いている。


「お兄様?」

「ちっ……ここを通らないとどうにもならない……アリシア、酷だろうがこっちへ」

 お兄様に促され、私はそっと廊下の角を曲がる。そこは――


「っ……」

「酷い……」

 カチュアも息を呑んでいる。私はぎゅっと、カチュアの服の袖を掴む。

 私たちの前は、逆トの字型の通路になっている。夕方に衛兵と立ち話をしたのも、ここだ。


 その廊下には今、十数名の衛兵たちが倒れ伏していた。生きているのか、そうじゃないのか、分からない。彼らの身に何が起きたのかは、辺りに漂う血の臭いと、彼らの体に残された残酷な剣戟の傷が物語っていた。


「うっ……あ、ぁ?」

 私たちの気配を察したんだろう、近くに横たわっていた衛兵の一人がひくっと体を動かして、顔を上げる。まだ若い、お兄様くらいの年の青年兵だ。


「お、客様……?」

「無事か、しっかりしろ。今手当てを……」

「鍵……奪われた……」

 その場にしゃがんだお兄様を力なく制し、青年兵はガラガラ声で言う。途中、ごほっと咳き込んで血の塊を吐きつつ、彼は言った。


「しゅう、げき……聖堂、行った……」

「大聖堂の鍵を奪われて、聖堂に行かれたのか」

 お兄様が冷静に確認すると、彼は辛そうに顔をしかめ、真っ赤に染まった手でお兄様の靴の先に触れる。


「おね、が……ま、す……」

「分かった。よく伝えてくれた、ありがとう。後は私たちに任せろ」

 お兄様が言うと、青年兵は満足そうに顔を綻ばせて、ぐしゃりとその場に倒れ伏した。もう、その背中は上下していない。

 その場に突っ立って動けない私をベアトリクスとチェリーに託し、お兄様とカチュアは手早く、襲撃を受けた衛兵たちの間を歩いていく。でも、どうやら生き残った者はいないみたいだ。さっき必死の思いでお兄様に言葉を伝えた衛兵も、既に息絶えていた。


「大聖堂の鍵が奪われた……まさか、離宮の北東に鍵が?」

 ベアトリクスが苦々しげに言う。夕方の衛兵も、鍵の場所までは言わなかったけど今朝、王城から鍵が運送されたことは教えてくれた。

 ということは、侵入者は大聖堂の鍵を奪って衛兵たちを切り伏せ、大聖堂に向かった――?

 何のために――?


「……彼との約束を守らないとな。アリシア、僕は大聖堂に行ってくるよ」

「お兄様!?」

「アリシア、君はベアトリクスたちと一緒に脱出するんだ。間もなくレグルス殿下も戻ってこられるはずだ……すぐに殿下に保護してもらいなさい」

 お兄様は真面目な顔で言う。お兄様の言うことは正しいって、分かっている。

 分かっているけど――


「……嫌です」

「おい、アリシア?」

「私も一緒に行きます!」

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