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意志を固めたこと

 王太子就任式は、大聖堂で行われるということだ。

 大聖堂は王都の中にあるけれど、王城からは離れている。王都には離宮ってのがいくつかあって、そのうちの一つは余命幾ばくもないサイラス殿下夫妻が静かに住まわれていて、他にも各王子たちの休暇用の離宮とか催し物をする際のホールとか、いくつも点在するそうだ。


 大聖堂は、離宮の一つと隣接していて、同じ敷地内にある。その離宮はそれこそ、王家の結婚式や就任式くらいでしか使われない非常に特殊な存在で、今回はレグルス王子の王太子就任式ということで、サイラス王子殿下夫妻の結婚式以来にその扉が開かれるそうだ。


 私たちは馬車に乗って、離宮の門をくぐった。門をくぐると、秋の花が咲き乱れる庭園が目の前に広がる。白と色彩を抑えた黄色を基調とした庭園は、見ているだけで心が落ち着く。


「お待ちしておりました。ティリス男爵家令嬢、アリシア様」

 離宮の前で私たちはきっちりと軍服を着込んだ衛兵に出迎えられた。私たち五人の中で一番地位が高いのは、侯爵令嬢であるベアトリクスだ。でも、今回の主賓は私だから私が代表して名を呼ばれる。


「レグルス王子殿下は既に到着なさっております。アリシア様が到着なさったならばご休憩の後、案内するように伺っております」

「馬車の中でゆっくり休ませてもらったので、私は休憩は大丈夫です。レグルス様にはすぐにお会いできますか?」

「もちろんです」

 衛兵からの許可も下りて、私はすぐにレグルス王子と会うことになった。


「お兄様たちは、ここで待っていてください。レグルス様にご挨拶してきます」

 通された部屋で私が言うと、ベアトリクスたちはともかく、お兄様はとても不安そうに目を細くしている。


「一人で大丈夫なのか? それに、式典前の殿下はお忙しいだろうし……」

「あら、アリシアなら大丈夫ですわ。それよりロイド様、わたくしたちも式典の準備をいたしましょう」

 すかさず脇からベアトリクスが首を突っ込んできて、お兄様の腕を取る。あのグラマラスな胸をお兄様に押しつけたりしない辺り、ベアトリクスはよく分かっている。


「何せ、アリシアが殿下から主賓で呼ばれたのですもの。わたくしたちを代表してご挨拶に伺うのは、当然のことでは?」

「いや、だから僕も付いていくと……」

「あ、ロイド様。賓客のマードック伯爵からお誘いが掛かってますよー!」

 お兄様を遮るのは、チェリー。私たちの荷物を片付けていた彼女は、ひょこっと続き部屋から顔を覗かせてニコニコ満面の笑みを浮かべている。


「どうやら伯爵はここから近いところで宿を取ってらっしゃるらしくて、ロイド様と積もる話でもなさりたいそうで……確か、お二人は学院での同級生でしたよね?」

「ジャックが!? ……っくそ、あいつ、絶対にチェスで負かしてやる……!」

 お兄様は苦虫をかみつぶしたような顔になって頭を掻く。そっとベアトリクスが腕を解き、意味ありげに私にウインクを寄越した。


「……では、ロイド様はご友人とのお話もあるようですし……アリシア、行ってきてくださいな。わたくしたちはここで、式の準備をしておきますわ」

「護衛は離宮の衛兵が付くでしょうが、道中は気を付けてくださいね」

 カウチに座っていたカチュアも声を掛けてくる。……うん、みんなで私が一人でレグルス王子の所に行けるようにしてくれたんだな。お兄様同伴じゃなくなるように。

 私は「ありがとう」の意味を込めて微笑み返し、ちょちょっと髪に手を触れた後、部屋を後にした。

 いざ、レグルス王子の元へ!










 離宮は王城ほど入り組んだ造りをしていない。私たちに宛われた客室は二階で、中庭が臨める絶好のロケーションだった。一方レグルス王子の部屋は、少しだけ薄暗い建物の北側。本人の希望でここにしたんだって。


「到着早々、来てくれてありがとう、アリシア」

 既に衛兵から私の来訪を告げられていたんだろう、レグルス王子はゆったりとした笑みで私を出迎えてくれた。

 数ヶ月ぶりに見る、レグルス王子。最後にその姿を見たのは卒業式の後だったから、春の初め。今はもう秋だから、半年近く顔を見ていないことになる。


 半年経ったレグルス王子は、すっかり少年の面影を消し去り、一人の男の人になっていた。年は私と同じだから、今年で十七歳になったはず。背はぐっと伸びて、ほどよく筋肉の付いた体躯が軍服越しに見て取れる。

 私に向ける笑顔も、前のような男の子っぽい印象はもう残っていない。サナギが蝶へと羽化するように、レグルス王子は静かに、美しく変化を遂げていた。

 私はその場で淑女の礼を取り、深く頭を垂れる。


「王子殿下こそ、お変わりないようで何よりでございます。この度はわたくしたちをお招きいただき……」

「ああ、そういうのナシ。堅苦しいだけだから、昔みたいに気楽にしてくれますか?」

 レグルス王子の声は、どこか楽しそうだ。顔を上げると、怜悧な美貌を緩めて微笑むレグルス王子が。うっ、美形の笑顔、目に悪い……。


「衛兵も下がったことだし……二人きりなんだから、前のようにもっと肩の力を抜いて接してくれるか?」

「えっと、でも殿下は……」

「アリシア」

「うっ、わ、分かりました、レグルス様」

「うん、まあいいかな」

 くくっと低く笑い、レグルス王子は私に席を薦めた。私は一礼して、示されたソファに腰を下ろす。

 脇に控えていた侍女がするりと影のように歩み出て、私たちのお茶を淹れてまた、壁際の置物と化する。相当侍女スキルが高いんだろう、彼女が壁際に戻ると、もう彼女の存在感や気配すら消えてしまって、まさに二人だけの世界にいるような錯覚さえ覚えてしまう。


「……この度は、王太子就任おめでとうございます、レグルス様」

 私が祝いの言葉を述べると、レグルス王子は小さく笑って紅茶を口に運ぶ。


「ありがとう。……とはいっても、僕以外の候補がいなくなってしまったから、でもありますけれどね」

「サイラス殿下はご息災でしょうか……?」

「なんとか小康を保っていますよ。今は奥方と一緒に別の離宮で過ごされています。煩雑な王都中心部から離れているからか、だいぶ気持ちも楽になったそうです。もし起きあがれそうなら、僕の就任式にも参列してくださるとのことでした」

 王子はサラリと言うけど……「起きあがれそうなら」ってことは、普段は寝たきりだってことだよね。サイラス殿下、去年の秋に会ったときはまだ健康そうだったのに、この一年でだいぶ体調が悪化したみたいだな……。


 私が黙ったのを見、レグルス王子はついでのように、「フィリップ王子ですが」と、私が地味に気になっていたことに触れる。


「彼はこの式の間も王城に監禁です。僕の式が終わり次第、彼の身分を剥奪して僻地に追放する処分が決まりました」

「そうなのですか?」

「もう、どうしようもありませんからね。今年の春の卒業式の低落は、君も聞いているでしょう?」

 うん、公衆の面前でメルティにプロポーズして、レグルス王子やベアトリクスに歯向かった挙げ句、ギャラリーからも呆れられ国王陛下からも大叱りされたという、アレね。あの時はチェリーがいち早く事態を知らせて、さっさと退場してよかった。どうやらあの場で、メルティは相変わらず私を罵倒したようだし。


「本当ならばすぐにでも僻地送りにしてもよかったのですが、まだ僕は王太子候補。正式に王太子になってから、心おきなく彼を僻地に放り出そうと思います」

 さすがのレグルス王子も、これ以上異母兄弟に慈悲を与えるつもりはないみたいだ。そりゃそうか。


「僕が王太子になったら……後はおそらく、急スピードで物事が進むでしょう。父上は実は、今すぐにでも僕に王位を譲るおつもりなのです」

「えっ、陛下が?」

 陛下、まだそんなお年じゃなかったはずだけど……。レグルス王子は私の顔を見て、緩く首を横に振った。


「フィリップ王子の暴走の責任を感じてらっしゃるのでしょう。僕が王太子になり、基盤を築くことができたなら、後は僕に任せて王位を退かれるつもりです。メルティ・アレンドラが絡んだあの数々の事件の責任を全て負って、僕の代には何のしがらみも残すことなく、国民からも後ろ指を指されて退位するおつもりなのでしょう」

「そんな……」

「僕からは何も言えません。それが父上のご判断なら、従うまで。むしろ……親不孝だと罵られても仕方ありませんが、父上は僕のために、全てを負ってくださる覚悟をなさった。僕は、その厚意に甘えたいと思うのです」

 少しだけ調子を失ったレグルス王子の言葉に、私はきゅっと口を閉ざした。レグルス王子だって、自分の父親が責任を負って退位するなんて、阻止したいことだろう。でも、レグルス王子がいざ国王となったときの負担やしがらみは、少しでも減らしたいというのが本音だ。


 ともすれば、信頼を失うかもしれない本音を、レグルス王子は明かしてくれた。だったら、私も彼の想いに応えないと。

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