未来のためにがんばること
「そして三つ目に……グランディリア王国にお住まいの多くの方々と提携を結び、さまざまな特産品を『ティリスのすずらん』の製品に取り入れることです。我がティリス男爵領は、小麦の生産はさかんですが果実、野菜、乳製品その他諸々の製品の生産には秀でておりません。よって、『ティリスのすずらん』は諸侯の方々、商人の方々との交渉を行い、よりよい製品を取り入れていくよう進めております。例えば(と、スタッフが別の籠を持ち上げてくれた)、こちらのフルーツ盛りだくさんパンに使われる果実は、オルドレンジ侯爵領から輸入しております。また、全製品に使用している乳製品はソレーユ男爵領、レイル伯爵領から仕入れており、そちらのパンに添えられている見事な砂糖菓子は、砂糖菓子の流通に長けたブラックレイン・マルシェの方々の作品でございます」
うちの領土だって万能じゃないからね。万能じゃないからこそ、他と協力しないと高みを目指していけない。というわけで、お世話になっているオルドレンジ侯爵家とレイル伯爵家はしっかりアピールしておきましたよ!
と、そこで聴衆から手が上がった。どくん、と心臓が音を立てる。
来たぞ。聴衆からの質問!
「質問よろしいでしょうか、レディ・アリシア」
「はい、お願いいたします」
私の許可を受けて立ち上がったのは、まるっと肥えた中年男性。着ている服は、そこそこ質のいい貴族服。多分……シルクだ。
「メイスリー子爵家ハワード・メイスリーと申します」
予想通り! プレゼンテーションの常連一号ご来店!
メイスリー子爵は眼光鋭いおじさんだけど、物腰は丁寧だし落ち着いている。彼は私の実力を図るかのように、静かに問うてきた。
「我がメイスリー子爵家は絹織物で栄えております。……が、レディの話を伺っていると、食物以外の製品を得意とする我々は、いささか提携が難しいように思われるのですが、その辺レディはどのようにお考えでしょうか」
私は頷く。そして、会場を見回した。
「ありがとうございます、メイスリー卿。……では、聴衆の皆様にお伺いします。メイスリー卿のように、特産品や得意とする商品が食物でない……そういった方は、よろしければ挙手を。お名前をお伺いできれば、個別にわたくしからのお答えをさせていただきます」
事前に郵送されてきたプレゼンテーション規約では、このようにプレゼンテーターが聴衆に挙手を願い出たり、名を聞いたりというのは許されている。まあ、ここで名前を売っておきたいっていう皆様もいるしね。
予想通り、私の声を受けて数名が挙手した。彼らの名前を順に聞いて、貴族なら頭の中に叩き込んだ貴族年鑑で彼らの特産品を叩き出し、商人なら先に聞いておいて、まとめてお答えする。
「ありがとうございます。ではまず、メイスリー卿やバイオルン卿、ヨード様方、布製品を取り扱う方々、加えてベルシオン卿のように陶磁器を専門にされる方々へのお答えです。……こちらの布包みをご覧ください」
慌てない、狼狽えない。
あらゆる場合を想定して、ベアトリクスやカチュアと一緒に準備をしてきたんだ。朝パン焼くときにはチェリーにも手伝ってもらったし、運ぶ際には男爵家から連れてきた騎士に籠を持ってもらった。
たくさんの人に支えられているんだ。怯まない。
提示したのは、可愛らしいキルトに包まれた物体。パッチワークのように鮮やかな色合いの布は、チェリーに買ってきてもらったものだ。
「こちら、わたくしが考案した、贈答用のパンでございます。……布を開きますね」
何百もの目が見つめる中、私はテーブルに置いていた布包みを引き寄せ、巾着袋のように頭頂部で結んでいた結び目を解いた。
ゆっくり、布が剥がれ落ちる。そこから姿を現したのは、銀色の器に盛られたパン。
「こちらは展示品用ですので器も布も市販のものですが……例えば、パンを誰かに贈りたい、というときに、店舗にて既に包装したものを提供できます。器は丈夫でかつ軽量な陶磁器製、包装用の布には、多種多様な織物を使用することができます。他にも、丈夫な麻製品ですとナプキンとして添えることもできますし、用途は多岐に渡ります」
ちらっと観客席の方を窺うと、真っ先に挙手したメイスリー卿が目を細め、私の手元をじっと見つめていた。
手応えは……悪くなさそうだ。
「続いて、そちらにいらっしゃるモード卿を始めとした、鉱石専門の方々。こちらも、あらゆる方法でわたくしの『ティリスのすずらん』と提携することができます。たとえば、見事な銀製のバターナイフ。柄の部分には、そちらにいらっしゃりますカドーレ子爵が得意となさるガラスを埋め込み、セット製品として売り出します。先ほど申し上げた贈答用ラッピングでも、器を陶磁器から銀椀に変えることができます。……どのような方でも、どのような産物でも、提携することは可能です。『ティリスのすずらん』の繁栄だけでなく、グランディリア王国中にお住まいの皆様と手を取り合い、互いに知識を出し合い、それぞれの長所をより高めあえることをコンセプトにしております。現在も多くの方々と契約を結んでおりますが、今後もわたくしは商談を進め、グランディリアの商業界をより発展させていく所存でございます」
その後も、いくつかの問答が行われたけれど大方、聴衆の納得できる形で終わらせることができたと思う。あらゆる場面を想定してデモストレーションしてくれたベアトリクスとカチュアには、本当に足を向けて寝られない。
持ち時間が終わると、私はお辞儀をしてステージから降りる。この後、プログラム通りに発表を進めていって、その後にはお客さんたちとの商談があるはずだ。プレゼンテーションを受けて、商人や貴族たちも目を付けた企業にモーションを掛けるものだからね。
「アリシア・ティリス様。国王陛下より書簡が届いております」
控え室でチェリーや騎士と一緒にくつろいでいると、スタッフが恭しい態度で登場した。すぐさま騎士が立ち上がって、座っている私の代わりに手紙を受け取る。
「……陛下の璽がございます。本物のようです」
「開封しましょうか、お嬢様」
「そうだね、お願い。チェリー」
チェリーが慎重に手紙を開封して、騎士と一緒に中に異物がないのを確認した後、私に差し出してきた。
私はチェリーが淹れてくれたお茶を片手に、手紙を開く。私が普段使うものとは比べものにならないくらい、質がいい。
「陛下は今日のプレゼンテーションにも、貴賓席でご覧になったそうですね」
チェリーが言うから、私は頷く。陛下のお出ましについては事前に分かっていた。
残念なのは、今朝までの予定だと参加するはずだったレグルス王子が、急遽欠席することになったんだ。どうやら急な来客や王太子候補としての仕事があるらしく、父親である国王陛下だけ会に出席にして、ご自分は城に籠もって仕事と格闘しているとか。まあ、サイラス殿下はもう表舞台から降りたし、フィリップ王子はアレだからどうしても、レグルス王子の負担も大きくなるよね。
そう思って手紙を読んだ私だけど。
「……あ、これ、レグルス王子からの手紙だ」
「陛下の璽なのに、ですか?」
「レグルス王子が使者に手紙を託したそうで、陛下の御名をお借りして私に渡すことにしたそうだよ」
確かに、一国の王子が男爵令嬢に手紙を送るより国王陛下からの書簡だという方が外聞もいい。陛下からだったら、「今日はご苦労。精進せよ」みたいなのかなぁ、って思ってくれるだろうし。
で、肝心の内容だけど。
「それで、殿下は何と?」
「今日参加できないことへのお詫びだね。私の勇姿を見られなかったことは残念だけど、今日の様子は陛下や使者に聞くってさ」
レグルス王子の手紙は、とても丁寧に書かれているけど字は急いでいる様子が見られる。ひょっとしたらギリギリまで粘って、この会に間に合わないことが確定してから急いで手紙をしたためて使者に持たせたんだろうな。この会場も王都内にあるけど、王城からはそこそこ距離があるし、馬車を駆ったとしても時間が掛かるね。
王子に見てもらえなかったのは本当に残念だ。でも、私が今日奮闘したことは決して、無駄にならない。
側で黙って控えていた騎士が、廊下の方を見て私の前に膝を突いた。
「お嬢様、どうやら全てのプレゼンテーターの発表が終了したようです」
「ということは、この後は私も会場に戻って皆さんと交流しないといけないね」
私は立ち上がる。ドレスの内ポケットに王子からの手紙をそっとしまい、騎士が恭しく開けたドアへと向かう。
私は、負けない。
私の、私たちの未来のために、足掻いてみせる。




